国・地域別IP情報

特許権侵害について懲罰的損害賠償を認めた最初の特許法院判決

 2019年7月9日から施行された改正特許法では、特許権侵害が故意である場合、賠償額を損害額の最大3倍まで増額できるようにした懲罰的損害賠償規定(第128条第8項)[i]が新たに設けられました。故意による特許権侵害行為に対し、この懲罰的損害賠償規定を初めて適用した特許法院判決が言い渡されました。本判決は、当該規定を適用して損害額の増額を認めた判決(釜山地方法院2023.10.4.言渡2023ガハプ42160判決)に対する控訴審判決(特許法院2024.10.31.言渡2023ナ11276判決)であり、2024年11月26日付ですでに確定しています。

 なお、本件特許法院判決の前審である釜山地方法院判決については、弊所ホームページの「国・地域別IP情報」において2024.7.4付で配信した「特許権侵害に対する損害賠償請求に関する2件の韓国法院判決紹介」(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/11781/)で、1件目の判決として紹介しています。今回の特許法院判決は、故意侵害を認め、懲罰的損害賠償規定を適用した点で前審判決と共通しており、損害賠償額については、当該懲罰的損害賠償規定が適用された部分についての1,5倍から2倍に増額した点でのみ相違しますが、特許法院が懲罰的損害賠償規定を初めて適用した判決であり、故意の特許権侵害を効果的に抑制する強力な先例として機能する可能性があるという意義を有することから、前審の続報として改めて配信致します。

 

1.事件の背景および釜山地方法院の判断

 原告は、調理容器用蓋に関する特許発明(以下、「本件特許発明」)の特許権者です。被告は、2015年11月30日から2022年10月31日まで本件特許発明が適用された真空鍋(以下、「被疑侵害製品」)を41万余個製造・販売し(以下、「本件侵害行為」)、総額501億ウォンを超える売上高を達成しました。第一審である釜山地方法院は、被告が原告の特許権を故意により侵害したと認定し、以下のことを命じる判決を下しました。

 (i)2019年7月9日施行の改正特許法施行前までの期間(2015年11月30日から2019年7月8日まで;以下、「期間A」)に対して、被告は特許法第128条第4項[ii]に基づき、被告が本件侵害行為により受けた利益の額を原告に賠償すること。

 (ii)改正法施行以後の期間(2019年7月9日から2022年10月31日まで、以下、「期間B」)に対して、被告は本件侵害行為により受けた利益の額に加えて、利益の額の50%を追加で賠償すること。

 本件釜山地方法院判決のより詳細については、上述の2024.7.4付弊所配信記事、あるいは、下記「情報元3」をご参照下さい。

 

2.特許法院の判断

 上記釜山地方法院判決に対する控訴審において特許法院は、期間Aに関して被疑侵害者(前審における被告)の利益の額を損害賠償額として認めた下級審法院の判断を支持しました。一方、期間Bに関して特許法院は、懲罰的損害賠償規定による追加賠償額を被疑侵害者が受けた利益の額の100%に増額(釜山地方法院判決では50%)し、損害賠償額を被告が受けた利益の額の2倍とする判決を下しました。特許法院の具体的な判断内容は以下のとおりです。

(1)侵害行為の故意性の認定根拠

 被疑侵害者による特許侵害の故意性の認定に際して特許法院は、次の事項を挙げています。

 (i)特許権者(前審における原告)は被疑侵害者(前審における被告)の下請業者であり、被疑侵害者は被疑侵害製品を生産する前に既に特許権者との取引関係を通じて本件特許発明の存在を知っていたこと。

 (ii)被疑侵害者は、特許権者と本件特許発明の使用に対する協議を進める過程で、特許権者の許諾なしで被疑侵害製品の生産・販売を開始し、協議が決裂した以後も引き続き当該製品を生産・販売したこと。

 (iii)被疑侵害者は、特許権者から特許権の侵害行為の差止めを求める旨の通告文を受領したにもかかわらず、引き続き侵害行為を行なったこと。

 (iv)被疑侵害者は、自ら提起した特許無効審判及び消極的権利範囲確認審判が棄却された以後も引き続き侵害行為を行なったこと。

 以上を総合して特許法院は、被疑侵害者が、本件特許発明の存在と、被疑侵害製品の生産・販売が特許権を侵害するという事実を全て知りながら、本件侵害行為を続けたと認められるものと判断しました。

(2)懲罰的損害賠償額の算定根拠

 また特許法院は、期間Bに関して懲罰的損害賠償額の規定による賠償額を被疑侵害者が受けた利益の額の2倍と算定した根拠について、次の点を挙げています。

 (i)特許権者は、被疑侵害者の下請業者の地位で被疑侵害者に製品を納品してきた点、原告の会社規模(従業員数及び売上高)が被疑侵害者に比して著しく小さい点等を考慮すると、被疑侵害者は特許権者に対して優越的地位にあったこと。

 (ii)故意性の有無に関して検討した上記事実関係を考慮すると、被疑侵害者は特許権侵害に関して、明らかに故意をもって侵害行為を行なったと言えること。

 (iii)懲罰的損害賠償による増額賠償が適用される期間B中に侵害行為によって得た売上高の合計が、約58億ウォンというかなりの高額であること。

 (iv)被疑侵害者は、増額賠償規定が施行された2019年7月9日以後も3年3ヵ月間に約7万5千個の被告製品を販売し続けており、その期間が長期にわたるとともに、販売個数も非常に多いこと。

 (v)被疑侵害者が特許権者に本件特許発明の通常実施権の許諾を得るために何回も協議した事実があるものの、結局原告に対する補償が全くなかったという点、被疑侵害者が提起した無効審判及び消極的権利範囲確認審判が全て棄却された以後に被疑侵害者が被疑侵害製品の一部を回収した事実は認められるが、被疑侵害者が販売した物量に比べて回収した物量が決して多いとは言えないという点などを総合してみると、被疑侵害者が被害救済のための十分な努力をしたとは言い難いこと。

 上述の全ての事情を考慮して特許法院は、特許法第128条第8項に基づく賠償額は、増額賠償が適用される期間Bの間に被告が得た利益の額の2倍と定めるのが妥当であると判断しました。

 

3.本件特許法院判決の意義

 2019年7月9日に施行された旧改正特許法付則第3条が「第128条第8項及び第9項[iii]の改正規定は、この法施行後に最初に違反行為が発生したケースから適用する。」と規定していたことから、侵害行為が上記施行日を跨いで発生した事件において、当該付則規定をどのように解釈するかに関し、次の2通りの見解が対立していました。

 ➀施行日前に発生した侵害行為については、上記施行日以降に当該侵害行為が続いていたとしても、増額賠償規定は適用されないと解する見解(以下、「解釈論①」)

 ②施行日前に発生した侵害行為が施行日以降にも継続していた場合、施行日以降に成立する当該侵害行為に対して増額賠償規定が適用されると解する見解(以下、「解釈論②」)

 これまでの多くの下級審判決では上記解釈論①が採択され、旧改正特許法の施行日である2019年7月9日を跨ぐ特許権侵害行為については、増額賠償規定の適用が否定されていましたが、本件の前審である釜山地方法院判決において初めて上記解釈論②が採択され、施行日以降の侵害行為に対する増額賠償規定の適用を認めました。

 上記地方法院判決に対する控訴審である本件特許法院の判決も、解釈論②に基づいて、2019年7月9日以降になされた被告の侵害行為に対して増額賠償規定が適用されると判断したものです。旧特許法付則第3条の「最初に」の語については、「施行後に初めて発生した侵害行為」という一つの侵害行為の性格を意味するのではなく、施行前から続く侵害行為を、施行日の前後で可分のものとして、施行後に成立する侵害行為に対して増額賠償規定が適用されることに限定する規定であると解釈しました。

 本件特許法院判決は、侵害行為が特許法第128条第8項の施行日である2019年7月9日を跨いで発生した場合に、施行日以降に成立した当該侵害行為に増額賠償規定が適用されると判断した初の確定判決として大きな意義があります。

 2024年8月21日に施行された現行の改正特許法では、増額賠償の限度を3倍から5倍に引き上げることにより、故意侵害に対してより強力な制裁を課そうとする昨今の立法の動きを反映しています。また、現行特許法の付則第2条では、旧特許法の付則第3条と同様の規定において「最初に」の語が削除されており、解釈論②が妥当であることが明確になりました。このような法改正の動向を併せて考慮すると、本判決は、施行日を跨いで発生した侵害行為のうち施行日以降の部分については増額賠償規定が適用される点を明らかにしたものとして、特許権者に対する権利保護を一層強化する契機になるものと考えられます。

[情報元]

1.Firstlaw P.C.(第一特許法人)ニュースレター:「韓国特許法院、故意の特許権侵害で発生した利益額の2倍賠償を認定」December 30, 2024
                https://firstlaw.co.kr/jp/sub/insights/board_view.asp?board_idx=1&b_idx=188

 

2.KIM & CHANG Intellectual Property Legal Update「特許権侵害において懲罰的損害賠償を認めた初の特許法院判決(確定)」2025年1月3日
                https://www.kimchang.com/jp/newsletter.kc?idx=31039

 

3.KIM & CHANG IP Newsletter | 2024 Issue2 | Japanese 「韓国地方法院、故意の特許権侵害に対し特許法第128条第8項による懲罰的損害賠償を認定」2024.5.24
                 https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=29543

[担当]深見特許事務所 野田 久登

 


[i] 特許法第128条第8項(2019年7月9日施行の改正特許法で新設):法院は、特許権を侵害した行為が故意であると認められる場合には、損害として認められた金額の3倍を超えない範囲で賠償額を定めることができる(2024年8月21日から施行された改正特許法は、損害額の最大5倍まで賠償額が課せられると規定)。

 

[ii] 特許法第128条第4項:特許権を侵害した者がその侵害行為により受けた利益の額を特許権者が被った損害の額と推定する。

 

[iii] 特許法第128条第9項(2019年7月9日施行の改正特許法で新設、その後変更なし):第8項による賠償額を判断するときには、次の各号の事項を考慮しなければならない。

 (1)侵害行為をした者の優越的地位の有無、

 (2)故意又は損害発生の恐れを認識した程度、

 (3)侵害行為により特許権者が受けた被害規模、

 (4) 侵害行為により侵害した者が得た経済的利益、

 (5) 侵害行為の期間・回数等、(6) 侵害行為による罰金、(7) 侵害行為をした者の財産状態、(8) 侵害行為をした者の被害救済の努力の程度