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SEP, FRAND関連の地裁判決を覆したCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、特許所有者がコロンビアとブラジルで取得した標準必須特許(SEP)の差止命令を執行することを禁じる訴訟差止命令(antisuit injunction: ASI)を求める申立を却下した連邦地方裁判所の決定を取消して、差し戻しました。

 Telefonaktiebolaget LM Ericsson, et al. v. Lenovo (United States), Inc., Case No. 24-1515 (Fed. Cir. Oct. 24, 2024) (Prost, Lourie, Reyna, JJ.)

 

 以下、上記CAFC判決を説明するとともに、この判決が出された後の、SEPに関する中国および欧州統一特許裁判所の動向を簡単に紹介します。

 

1.事件の背景

(1)当事者および紛争対象SEPの概要

 Lenovo (United States), Inc.(以下「Lenovo社」)とTelefonaktiebolaget LM Ericsson, et al.(以下集合的に「Ericsson社」)は、SEPを相互にクロスライセンスするための交渉を開始しました。SEPは、技術標準に準拠するために不可欠であると宣言された特許です。SEPは定義上、特定の規格に準拠するために実践されなければならないため、SEP保有者はライセンス交渉中に標準実装者に対して大きな力を行使します。

 したがって、SEPに基づく権利行使を行なう場合、SEPの権利者は、自らが保有するSEPを合理的・非差別的な条件(Fair, Reasonable, and Nondiscriminatory terms、以下「FRAND条件」)の下でライセンスすることを、科学技術製品の標準規格を定める標準化団体に対して事前に宣言(FRAND宣言)する必要があります。

 本件では、両当事者は、FRAND宣言(commitment)はフランス法に準拠する契約であり、各当事者が他方に対して行使できること、およびFRAND宣言にはSEPへのライセンスについて誠意を持って交渉する義務が含まれていることに同意しました。

 SEPやFRAND、SEPのランセンス交渉の詳細については、たとえば下記「情報元3(1)、(2)」をご参照下さい。

(2)特許侵害訴訟の提起

 両当事者が合意に至らなかった後、Ericsson社は、Lenovo社がEricsson社の5G[i]無線通信規格に関連する4つの米国SEPを侵害したとして、ノースキャロライナ東地区連邦地方裁判所(以下「地裁」)にLenovo社を提訴しました。Ericsson社はまた、Lenovo社が誠実な交渉を怠ったことによりFRAND宣言に違反したと主張し、地裁に当事者間のグローバルクロスライセンスのFRANDレートを決定するよう求めました。Lenovo社は反訴し、Ericsson社がLenovo社の5Gに関する4件のSEPを侵害したと主張し、同様にFRANDレートの決定を求めました。またLenovo社は、Ericsson社がコロンビアとブラジルで取得した仮差止命令をEricsson社が執行することを禁止する訴訟差止命令を出すように地裁に求めました。この仮差止命令は、Lenovo社がEricsson社のコロンビアおよびブラジルの5G SEPを侵害することを禁じています。ここで、訴訟差止命令(ASI)とは、実質的に同一の紛争が複数の国の裁判所に係属する並行訴訟において、一方当事者による外国裁判所での提訴等の司法的救済を禁止するという差止命令をいいます。日本の裁判所で出されることはありませんが、欧米や中国では、特にSEPに関する訴訟に関して裁判所がASIを発令することがあります。

(4)地裁の判断

 地裁は、Lenovo社の申し立てに対処するため、2012年のMicrosoft対Motorola事件における第9巡回区控訴裁判所の判決[ii]における訴訟差止命令の枠組みを検討しました。この枠組みでは、外国の訴訟差止命令を認める閾値要件として、外国訴訟と国内訴訟で当事者と問題が同じかどうか、および国内訴訟の解決が外国訴訟をも決着させることになるかどうかを検討します。

 Ericsson社は、この閾値要件を満たすためには、国内訴訟の結果に基づいて、外国の訴訟全体を解決することが必要であると主張し、地裁もこれに同意しました。その結果地裁は、国内訴訟がグローバル・クロス・ライセンスにつながった場合にのみ、外国訴訟についても決着させることができることから、本件の場合は外国訴訟全体を決着させるための上記閾値要件を満たさないと判断し、Lenovo社の訴訟差止命令の申立てを却下しました。

 

2.CAFCの判断

 CAFCは、地裁の決定に同意せず、FRAND宣言に従う当事者は、SEPに基づく差止命令による救済を追求する前に、そのSEPのライセンスについて誠実に交渉しなければならないと述べて、そのような誠実な交渉を行なう義務をEricsson社が果たしていたかどうかを地裁が判断していないことを指摘しました。またCAFCは、上記閾値要件を解釈して、「外国の訴訟差止命令が、外国の訴訟全体ではなく、外国の差止命令のみを解決する場合でも、さらに、事実または法律に関する一方の当事者の見解が国内訴訟で勝つ可能性が外国の訴訟の解決に関連する場合でも、外国の訴訟差止命令の閾値要件を満たすことができる」と結論付けました。

 本件において、CAFCは、「FRAND宣言は、Ericsson社がこれらのSEPのライセンスについて誠実に交渉する義務を最初に遵守しない限り、SEPに基づく差止命令による救済を追求することを排除している」ため、訴訟差止命令が認められる閾値要件が満たされていると判断しました。もし地裁が、Ericsson社がその義務を遵守していなかったと判断すれば、その判断は、Ericsson社がSEPに基づく差止命令による救済を求めることの不適切性を決定づけることになります。したがってCAFCは、地裁がその決定を下すことができるように、地裁の判決を取消して、差し戻しました。

 

3.SEPに関する上記判決後の、中国、欧州動向

 上記判決の内容とは直接には関連しませんが、ご参考までに、上記CAFC判決後に中国で発表されたSEP関連のガイドライン、および欧州統一特許裁判所で初めて出されたSEPのFRAND関連判決について、概要のみを以下に紹介致します。

(1)中国国家市場監督管理総局が「標準必須特許に関する独占禁止ガイドライン」を公表

 2024年11月4日、国家市場監督管理総局(SAMR)が「標準必須特許に関する独占禁止ガイドライン」を公表しました。本ガイドラインは計6章22条からなり、SEPに関する概念を定義し、SEPに係る独占行為の分析に関する原則および関連市場の定義に関する考え方を示し、事前・事中の管理監督に関する規則を定め、情報開示、FRAND宣言、誠実交渉などの行為に関するガイドラインとハイリスク行為の予防を強化する内容となっています。

 詳細は、下記「情報元4」をご参照下さい。

(2)欧州統一特許裁判所(UPC)最初のFRAND判決

 UPCのマンハイム地方部は、2024年11月22日に、SEPの執行と、SEPに基づくFRANDライセンスの交渉に関する基準を設定した画期的な判決を下しました。詳細は下記「情報元5」をご参照下さい。

 

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “Can’t Stop the FRAND: Navigating SEP Licensing Disputes” November 7, 2024

https://www.ipupdate.com/2024/11/cant-stop-the-frand-navigating-sep-licensing-disputes/

 

2.Telefonaktiebolaget LM Ericsson, et al. v. Lenovo (United States), Inc., Case No. 24-1515 (Fed. Cir. Oct. 24, 2024)(本件CAFC判決原文)

  https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/24-1515.OPINION.10-24-2024_2408080.pdf

 

3.SEP, FRAND等についての一般的解説資料

(1)経済産業省 「標準必須特許のライセンスを巡る取引環境の在り方に関する研究会」(第5回会合)事務局資料「標準必須特許ライセンス紛争を巡る状況について」令和3年7月12日

https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/patent_license/pdf/005_04_00.pdf

(2)日本特許庁「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き」第2版(令和4年6月)

https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/document/rev-seps-tebiki/guide-seps-ja.pdf

 

4.中国国家市場監督管理総局による「標準必須特許独占禁止ガイドラインの公表」関連

(1)集佳中国知財情報NO.220(November.28,2024)「中国国家市場監督管理総局が『標準必須特許独占禁止ガイドライン』を公布」

http://japan.unitalen.com/html/folder/24121023-1.htm#0

(2)ジェトロ作成の上記ガイドラインおよびその解説書の和訳

 (i)市場監督管理総局による「標準必須特許に関する独占禁止ガイドライン」の印刷配布についての通知

https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/section/20241108_1.pdf

 (ii)「標準必須特許に関する独占禁止ガイドライン」についての解読

https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/section/20241108_2.pdf

 

5.McDermott News “UPC Issues First FRAND Decision” December 19, 2024

https://www.mwe.com/insights/upc-issues-first-frand-decision/

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登


[i] 5G:スマートフォン等のモバイル端末の通信に用いられる第5世代移動通信システム。これまでの世代と比べて、データ通信の大幅な高速化や多数デバイスの同時接続を可能にすることによる高性能化が実現。

[ii] https://cdn.ca9.uscourts.gov/datastore/opinions/2015/07/30/14-35393.pdf