国・地域別IP情報

既存薬物のPEG化薬物の許認可による特許権存続期間延長登録を許容できないとして、特許法院判決を覆した大法院判決

 韓国において新物質を有効成分として最初に品目許可を受けた医薬品に対しては、特許法第89条に基づき、薬事法による医薬品許可等により実施できなかった期間の分だけ特許権の存続期間延長登録が可能であり、この場合の新物質は、韓国特許法施行令で「薬効を示す活性部分の化学構造が新たな物質」と定義されています。

 本件最高裁判決の前審において特許法院は、既に許可された「インターフェロンベータ1a」にポリエチレングリコール(PEG)を共有結合してPEG化した「ペグインターフェロンベータ1a」が新物質に該当するか否かが問題となった審決取消訴訟において、韓国特許施行令第7条第1項の「薬効」の意味を広く解釈して、特許審判院の存続期間延長登録出願の拒絶決定を支持する審決を取り消しました(特許法院2021年9月30日宣告2020ホ4129審決取消訴訟)。

 この特許法院判決については、弊所ホームページの「国・地域別IP情報」において、2022年1月31日付で配信(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/7724)しています。

 上記特許法院の判決に対して韓国大法院は、特許法院の判断を覆して、「薬効を示す活性部分」はインターフェロンベータ1aであって、ペグインターフェロンベータ1aは「薬効を示す活性部分」と認めることができず新物質に該当しないとして、これに基づく延長登録は許容されないと判示しました(大法院2024.7.25言渡し2021ㇷ11070判決)。

 

1.事件の背景と経緯

(1)韓国の特許権存続期間延長登録制度の概要

 韓国では韓国特許法第89条[i]に基づき、特許法施行令第7条[ii]で定める発明については、特許発明を実施するために「薬事法」や「農薬管理法」の規定に基づき認可を受けたり、登録等をしたりしなければならず、特許権者は、その認可等を受けるために長期間を要した場合には、当該特許発明を実施できなかった期間に対して、5年を上限として当該特許権の存続期間を1度だけ延長することができます。韓国の特許権存続期間延長登録制度についての詳細は、下記「情報元4」をご参照下さい。

(2)本件特許発明の概要

 本件特許発明は、生物学的活性化合物と結合した残基を有するポリアルキレングリコールに関するもので、関連医薬品に対し2016年7月11日に医薬品輸入品目許可を受けています(以下「許可医薬品」とします)。

 一方、これに先立つ2009年4月22日には、特許法施行令第7条第1号に基づいて有効成分を「インターフェロンベータ1a」とする医薬品について食品医薬品安全処長から既に輸入品目許可を受けていた(以下「既許可医薬品」とします)のに対して、本件特許発明に係る許可医薬品は、インターフェロンベータ-1aにPEGを共有結合してPEG化した「ペグインターフェロンベータ-1a」を有効成分とするものでした。

(3)事件の経緯

 (i)Biogen MA Inc.(以下「Biogen社」)は、インターフェロンベータ-1aにポリエチレングリコール(PEG)を共有結合してPEG化(PEGylation)したペグインターフェロンベータ-1aを有効成分とし、再発性多発性硬化症の治療を用途とする医薬品(以下「本件医薬品」とする)の品目許可を受けました。

 (ii)Biogen社は、本件医薬品の品目許可を受けるまでに85日かかったことを理由に、特許庁に対し特許権の存続期間延長登録出願をしました。

 (iii)それに対して、特許庁審査官は、本件医薬品を、それ以前に許可されたインターフェロンベータ-1aを有効成分とする再発性多発性硬化症治療剤と比較し、適応症と治療効果を示す活性部分において同一なので、「本件医薬品は、延長登録出願対象として規定されている“新物質(薬効を示す活性部分の化学構造が新しい物質)を有効成分として製造した医薬品として最初に品目許可を受けた医薬品”に該当しない」として延長登録拒絶決定を行ないました。

 (iv)Biogen社は、特許庁審査官による延長登録拒絶決定を不服として特許審判院に審判を請求しました。

 (v)特許審判院は、上記(iii)と同様の理由により、特許庁審査官による延長登録拒絶決定を支持する審決を行ないました。

 (vi)Biogen社は、特許審判院の当該審決の取消しを求めて特許法院に審決取消訴訟を提訴しました。

 (vii)2021年9月30日、特許法院は、韓国特許施行令第7条第1項の「薬効」を広く解釈して、本件医薬品は延長登録出願発明に該当するものと認め、審決を取消しました。

 

2.特許法院の判断

 審決を取消した特許法院の具体的な判決理由は次のとおりです。

(1) 上記施行令条項の「薬効を示す活性部分」において、「薬効」は適応症に限定されず、「医薬品の成分中に内在する薬理作用により特定疾病を診断・治療・軽減・処置又は予防する効果」を意味する。この時、特定の疾病を診断・治療・軽減・処置若しくは予防する効果の大小及び持続時間の程度、効果に付随して発生する副作用の有無に差がある場合には「薬効」が同一であると認めることはできない。

(2) ペグインターフェロンベータ-1aがインターフェロンベータ-1aに対して有する生物学的活性および薬動学的特性の差は、結果的に許可医薬品の再発性多発硬化症に対する治療効果の増大をもたらし、上記のような生物学的活性の差異、薬動学的特性の改善、治療効果の増大は、いずれもインターフェロンベータ-1aにポリエチレングリコールが結合されることによって現れる効果である。

 したがって、許可医薬品の成分中に内在する薬理作用によって再発性多発性硬化症を治療する効果を示す部分は「ペグインターフェロンベータ1a」であり、「インターフェロンベータ1a」部分に限定されると認めることはできない。

 韓国特許庁は、上記特許法院の判決を不服として大法院に上告しました。

 

3.大法院の判断

(1)既許可医薬品と許可医薬品との関係について

 大法院はまず、既許可医薬品と許可医薬品との関係を下記のように整理しました。

 (i)既許可医薬品の有効成分であるインターフェロンベータ-1aは、蛋白質医薬物質で体内で活性を有し、異常な免疫作用を調節することにより再発性多発性硬化症の治療効果を奏する。

 (ii)ポリエチレングリコールは、血液中の短い半減期、免疫原性及び抗原性誘発のような蛋白質医薬物質の短所を補完するために蛋白質医薬物質に結合されるもので、それ自体では体内で活性を有さないことが知られている。

 (iii)ペグインターフェロンベータ-1aは、インターフェロンベータ-1aと対比すると抗ウィルス活性、抗増殖活性、抗血管形成活性など生物学的活性に差異があって、血液中の平均滞留時間及び半減期が増加した。その結果、許可医薬品は既許可医薬品に比べて注射投与回数が減少した投与用法の差異がある。

(2)許可医薬品の薬効を示す活性部分について

 続いて大法院は、上記施行令の条項の「薬効を示す活性部分」は、「医薬品の有効成分中、活性を有しながら内在する薬理作用により医薬品品目許可上の効能・効果を奏する部分」を意味すると判断しました。また大法院は、それ自体では活性を有しない部分が従来の品目許可がされた医薬品の「薬効を示す活性部分」に結合されて医薬品の効能・効果の程度に影響を及ぼしたとしても、これは医薬品の効能・効果としての「薬効」を示す部分ではないので、このような部分が「薬効を示す活性部分」に結合されているという事情だけでその結合物全体を上記施行令条項でいう「薬効を示す活性部分」と認めることはできないと判断しました。

 なお、上記大法院判決の具体的な理由の詳細については、下記「情報元1」または「情報元2」をご参照下さい。情報元1および2は、実質的には同じ内容ですが、情報元2の方が、判決内容をより詳細に反映した内容になっています。

 

4.特許権存続期間延長登録に関する韓国特許法改正の動きについて

(1)現在の特許権存続期間延長登録制度の課題

 当局による許認可等に基づく現行の特許権の存続期間延長制度では、有効な特許権の存続期間(許可・登録後延長期間を含めた特許権の存続期間)の上限と、一つの許認可についての延長可能な特許権の数の制限が存在しないため、延長登録制度の濫用等により、後発医薬品の発売が遅延するケースが発生し、国民の医薬品への早期アクセス権の確保に支障が生じています。また、欧米や中国では、以下の項目(2)で述べるように、有効特許権の存続期限の上限と延長可能な特許権数を制限する規定が存在しており、国際的な調和が求められています。

(2)主要国における特許権延長登録制度に関する状況

 (i)日本における特許権延長登録制度は、日本特許法第67条第2項に規定する、審査遅延による延長を認めるものと、同条第4項に規定する、発明の実施のために必要な政令等の処分により実施ができなかった期間を補償するものとがあり、いずれも、5年を限度として延長が認めらる点で、韓国と共通します。日本においても韓国と同様に、許認可等を受けた日から起算した延長後の存続期間の上限については、規定されていません。また、1つの認可等に対して複数の特許権がある場合でも、延長可能な特許権の数の制限はありません。

 (ii)米国においても、医薬品特許の場合、延長可能期間の上限が5年であることは日本、韓国と同様ですが、延長期間は,治験届から新薬申請までの期間の半分と,新薬申請から承認までの期間との合計であり(米国特許法第156条(c)(2))、承認日に残存する延長後の存続期間が14年を超える場合は14年で打ち切りとなります(米国特許法第 156条(c)(3))。また、一つの認可に対して1件の特許のみが延長登録可能です(米国特許法第156条(c)(4))。

 (iii)欧州連合(EU)における医薬品特許についても同様に,発明の実施に当局の許認可を受けるために侵食された権利期間を回復する措置として,補充的保護証明書(SPC:Supplementary Protection Certificates)という制度が存在し、1993年1月に各EU加盟国で施行され、その後の改正により、2009年5月に規則 469/2009が制定されました。

 同規則によれば、EUの場合も、延長期間の上限は5年である点で、韓国等と共通しますが、承認日に残存する延長後の存続期間が15年を超える場合は15年で打ち切りとなります。また、一つの認可に対して1件の特許のみに延長登録が認められます(下記「情報元5」および「情報元6」参照)。

 (iv)中国では、現行の中国専利法第42条[iii]の第3項に規定されているように、「補償の期間は5年を超えず、新薬発売承認後の専利権の合計存続期間は14年を超えないものとする」と規定されています。また、中国専利法第42条に関する中国専利法施行規則第81条第1項には、「一つの新薬に同時に複数の専利がある場合、専利権者はそのうちの一つの専利についてしか専利期限補償を請求することができない」と規定されています。

(3)韓国における改正法案の提出(詳細は下記「情報元3」をご参照下さい)

 韓国では、特許権存続期間延長制度の現状に関する上述した課題、すなわち、延長登録制度の濫用による後発医薬品の発売の遅延を抑制するとともに、同制度が規定されている主要国との国際調和を図る趣旨で、2023年04月06日に「特許法の一部改正法律案(議案番号:2121189)」が提出され、主として次の2点の改正案が提示されました。

 (i)医薬品の行政処分の認可等を待つために延長された特許権の存続期間の上限を、当該許可があった日から14年とすること。

 (ii)1つの認可等について延長可能な特許権の数を1件のみとすること。

 上記改正法案は成立には至りませんでしたが、その後改めて、2024年09月23日に「特許法の一部改正法律案(議案番号:2204182)」として法案が提出されており、近日中に成立する可能性があります。

 

5.実務上の留意点

 本件大法院判決は、特許権存続期間延長登録の対象となる新物質の定義について、特に「薬効を示す活性部分」の意味に対する大法院の見解を明らかにした判例としての意味が大きいと言えます。そのため、医薬品等についての特許権存続期間延長登録を行なう実務者は、本件判決における大法院の判断の具体的な根拠を、詳細に把握しておくことが好ましいと思われます。

 また、上記項目「4」で述べたように、新薬等の承認日において残存する延長後の存続期間の上限を14年とし、他法令による一つの許認可等について一つの特許権に対してのみ延長登録が認められるようにする特許法改正法案が出されていることから、近い将来そのような特許法改正が行なわれる可能性があることにも留意して、特許戦略を検討することが望まれます。

[情報元]

1.Kim&Changニュースレター「大法院、特許権存続期間延長登録の基礎となる医薬品の新物質の範囲を限定的に解釈」2024年11月11日

https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=30620

 

2.ジェトロ・ソウル事務所 知財判例データベース「既許可の薬物をPEG化した薬物については医薬品許可による特許権存続期間延長登録が許容されないとした大法院の判決」

https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/case/2024/_526681.html

 

3.特許権存続期間延長登録に関する韓国特許法の一部改正法律案[ジェトロ・ソウル事務所知的財産情報(知財関連法律改正の動き)より]

(1)「特許法の一部改正法律案(議案番号:2121189)」(2023年04月06日)

https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/law_amendments/2023/230406a.html

(2)「[法案提出]特許法の一部改正法律案(議案番号:2204182)」(2024年09月23日)

https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/law_amendments/2024/240923.html

 

4.工業所有権情報・研修館 新興国等知財情報データバンク「韓国における特許権存続期間の延長制度」(中央国際法律特許事務所 崔 敏基著)2015年3月20日

https://www.globalipdb.inpit.go.jp/jpowp/wp-content/uploads/2024/11/e60d1095098dbd4c634fd1f3e3202a00.pdf

 

5.パテント Vol.69 No.3 「医薬特許権の存続期間の延長」(西口 博之著)

 https://jpaa-patent.info/patents_files_old/201603/jpaapatent201603_074-079.pdf

 

6.パテント Vol.75 No.7 「欧州における医薬特許の保護期間延長制度についての考察」

https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/4024

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登

 


[i] 韓国特許法第89条(許可等に伴う特許権の存続期間の延長)

①特許発明を実施するために他の法令によって許可を受けたり登録等をしなければならず、その許可又は登録等(以下、“許可等”という。)のために必要な有効性・安全性等の試験によって長期間が所要される大統領令で定める発明である場合には、第88条第1項にかかわらずその実施することができなかった期間に対して5年の期間までその特許権の存続期間を1度だけ延長することができる。

②第1項を適用するとき許可等を受けた者に責任ある事由で所要された期間は、第1項の“実施することができなかった期間”に含まれない。

 

[ii] 韓国特許法施行令第7条(許可等による特許権の存続期間の延長登録出願対象発明等)

 第1項:法第89条第1項で“大統領令で定める発明”とは、次の各号のいずれか1つに該当する発明をいう。

 ➀特許発明を実施するために「薬事法」第31条第2項・第3項または第42条第1項により品目許可を受けた医薬品[新物質(薬効を示す活性部分の化学構造が新しい物質をいう。以下、この条で同じ)を有効成分とし製造した医薬品として最初に品目許可を受けた医薬品に限定する]または「麻薬類管理に関する法律」第18条第2項または第21条第2項により品目許可を受けた麻薬または向精神薬(新物質を有効成分として製造した麻薬または向精神薬として最初に品目許可を受けた麻薬または向精神薬に限定する)の発明

 ②特許発明を実施するために「農薬管理法」第8条第1項、第16条第1項又は第17条第1項により登録した農薬または原剤(新物質を有効成分とし製造した農薬又は原剤として最初に登録した農薬又は原剤に限定する)の発明

 

[iii] 現行の中国専利法第42条

(日本特許庁ホームページ「諸外国・地域・機関の制度概要および法令条約等」より)

(1)第42条 発明専利権の期限は20年とし、実用新案専利権の期限は10年、意匠専利権の期限は15年とし、いずれも出願日から起算する。

(2)発明専利の出願日から起算して満4年、かつ実体審査請求日から起算して満3年後に発明専利が付与された場合、国務院専利行政部門が専利権者の請求に応じて、発明専利の権利付与プロセスにおける不合理的な遅延について専利権の期間の補償を与える。ただし、出願人に起因する不合理的な遅延は除外する。

(3)新薬の発売承認審査にかかった時間を補償するために、中国で発売許可を得られた新薬に関連する発明専利について、国務院専利行政部門は専利権者の請求に応じて専利権の存続期間の補償を与える。補償の期間は5年を超えず、新薬発売承認後の専利権の合計存続期間は14年を超えないものとする。
(下線は筆者による)