国・地域別IP情報

本人訴訟であっても、連邦民事訴訟規則上の訴答要件を満たす必要があるとして、特許侵害の訴えを却下した地裁の判断を支持したCAFC判決

 本件訴訟の第一審裁判所であるメリーランド州連邦地方裁判所は、Amazon.com, Inc.(以下「Amazon社」)および Ring, LLC(以下「Ring社」)に対する本人訴訟(民事事件について、代理人としての弁護士を選任することなく、当事者が直接行なう訴訟)の当事者(pro se litigants)による特許侵害訴訟を、裁判管轄区の表示が不適切であることに加えて、被疑侵害製品が特許クレームの全ての限定を含んでいることの十分な事実を主張しなかったことを理由に、原告であるMassoud Heidary(以下「Heidary氏」)の訴状を却下する判決を下していました。

 当該地裁判決に対する控訴審において連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、当該地裁による訴状の却下を支持するとともに、本人訴訟を行なう当事者による訴答[i]を大らかに解釈(a liberal construction of pleadings)すべきことは、連邦民事訴訟規則(Federal Rules of Civil Procedure、以下「FRCP」)に基づく訴答要件を無視してよいことを意味するものではないと指摘しました。

 

1.事件の背景

(1)当事者および本件対象特許の概要

 Heidary氏は、米国特許第10,380,862号(以下「’862特許」)を所有しています。この特許は、煙検知ユニットによって火災が検知されたときに、HVAC[ii]システムのファンを停止して火災の拡大を抑制する「防火システム」に関するものです。’862特許のクレーム1の試訳を以下の『』内に示します。原文は文末の注釈[iii]をご参照下さい。

『1.建物内の火災を鎮火するシステムであって、

 複数の煙検知ユニットを備え、該複数の煙検知ユニットの各々は、煙検知器、電源、補助電源、前記煙検知器に接続されたカメラ、および、カメラに接続された無線送信ユニットを含み、

 前記システムはさらに、通常時閉リレー、HVACユニットに接続されたファンコントローラ、サーモスタット、ディスプレイユニット、ディスプレイユニット用のマイクロコントローラ、マイクロコントローラ用の無線受信機、および電話システムを備え、

 前記煙検知器のいずれか1つによって煙が検知されると、それぞれの前記煙検知器は、通常閉じているリレーに信号を送信してリレーを開き、サーモスタットおよびファンコントローラへの電源供給を遮断することによりファンユニットを停止し、また、それぞれのカメラおよび無線送信ユニットを作動させて、マイクロコントローラに接続された無線受信機に信号を送信し、マイクロコントローラに接続されたディスプレイユニットに火災の場所を表示する。』

(2)特許侵害訴訟の提起

 (i)Heidary氏の主張

 Heidary氏は、Amazon社およびRing社(Amazon社の傘下のホームセキュリティおよびスマートホームデバイスのメーカー)に対して、2022年9月13日にメリーランド州連邦地方裁判所(以下「地裁」)に特許侵害訴訟を提起し、訴状において、Amazon社が’862特許のクレーム1のすべての限定を満たす2つの製品を販売していると主張しました。

 またHeidary氏は、Amazon社およびRing社が’862特許の侵害を誘発するため、「特許侵害を積極的に誘発する者は、侵害者として責任を負わなければならない」と規定する米国特許法(以下「35U.S.C.」)§271(b)に基づいて、侵害者として責任を負わなければならないと主張しました。

 (ii)地裁の判断

 地裁はまず、訴状がRing社に関する不適切な裁判地を示していることを理由に、Ring社に対する請求を却下しなければならないと決定しました。

 次に地裁は、Heidary氏が訴状において被疑侵害製品による特許クレームの直接侵害を裏付ける事実を主張しなかったとして、同氏の特許侵害の訴えを却下しました。

 さらに地裁は、Heidary氏の誘発侵害の主張に対して、本件において、単一人による直接侵害が認められないことから、2014年6月言い渡しのLimelight Networks, Inc. v. Akamai Technologies, Inc.事件連邦最高裁判所判決(以下「Limelight最高裁判決」)等の判例に基づき、被告は35U.S.C.§271(b)に規定する「特許侵害を誘発することについて責任を負う」者には該当しないとして、やはりHeidary氏の訴えを却下しました。

 Limelight最高裁判決の前審であるCAFCの大合議(en banc)判決においてCAFCは、「ある当事者がある特許の侵害を誘発した場合、特許発明のすべての構成を実施する単一の当事者がいないという理由のみで侵害誘発者を免責する理由はない」として、Limelight社による誘発侵害を認める判決を下していました。しかしながらLimelightが上告した最高裁では、何人も35U.S.C.§271(a)[iv]に規定する直接侵害を行なっていない場合、§271(b)に規定する誘発侵害の責任を負うことはないとして、CAFC大合議判決を破棄していました。Limelight最高裁判決の詳細については、下記「情報元5」をご参照下さい。

 

2.CAFCの判断

 Heidary氏は、地裁の判決に対して控訴しました。控訴状においてHeidary氏は、地裁の訴え却下の理由、すなわち、訴状に示された裁判地が不適切であること、特許侵害の主張において詳細な事実関係が述べられていないとして、直接侵害を認めなかったこと、および、Amazon社およびRing社が特許侵害を誘発することについて責任を負わないと認定したことのそれぞれについて、異議を唱えました。それに対してCAFCは、地裁の訴え却下の理由のそれぞれについて以下のように判断しました。

(1)裁判地について

 CAFCはまず、地方裁判所が、不適切な裁判地を理由にRing社に対する請求を却下しなければならないと決定したことは誤りであったかどうかを取り上げました。

 特許関連の裁判地を規定した28U.S.C.§1400(b)[v]に基づく不適切な裁判地に関する規則 12(b)(3) に基づく却下申立てを審査する際には、特許法に固有の問題であることから、CAFCの判例が適用されます。

 判例に基づけば、特許裁判地法である28U.S.C.§1400(b)の目的上、国内法人は設立された州にのみ「所在」するものと認められます。被告が関連地区に所在しない場合、当該地区内で被告が侵害行為を犯しかつ当該地域内に被告の正規の確立された事業所が実体として存在する場合にのみ、当該地区は裁判地となり得ます。

 Heidary社の訴状では、Ring社は有限責任会社であり、デラウェア州の法律に基づいて存在すると述べています。すなわちRing社はデラウェア州の法人でありメリーランド州の法人ではないため、特許裁判地の要件としての「メリーランド地区に所在している」とは言えません。

 したがってHeidary氏は、Ring社がメリーランド州で侵害行為を犯し、同州に正規かつ確立した事業所を持っていると主張または証明した場合にのみ、Ring社に関して裁判地が適切であると証明できたことになります。その点について地裁は、Heidary氏が事実を主張せず、Ring社がメリーランド地区に実体としての事業所を持っていることを示さなかったため、訴状に示した裁判地は不適切であるとして、Ring社に対する訴えを却下していました。CAFCは、この判断は正しいとして、地裁の決定を支持しました。

(2)直接侵害について

 CAFCは次に、地裁がHeidary氏の直接侵害の申し立てを却下したことは誤りであったかどうかについて検討し、以下のように判断しました。

 (i)本人訴訟の訴状は、おおらかに(liberally)解釈されなければならないものの、判例によれば、おおらかな解釈とは、連邦民事訴訟規則に基づく訴状の要件を無視することを意味するものではない。したがって、本人訴訟当事者であっても、被告が申し立てられた不正行為に対して責任があると裁判所が合理的に推論できるようにする事実内容を訴状に記載しなければならない。

 (ii)特許侵害を主張する原告が、特許クレームの各限定がどのように侵害されているかを詳述する必要はないものの、原告は訴状に特許クレームの限定を列挙することのみによって、被告製品がそれらの限定を含むものと結論付けることはできず、被告製品が特許クレームを侵害している可能性が高い理由を明確に示す事実の申し立てがなければならない。

 (iii)直接侵害について35 U.S.C.§271(a)は、「米国内で特許発明を無許可で製造、使用、販売の申し出、または販売する者は、特許を侵害する」と規定している。直接侵害が認定されるためには、特許の1つ以上のクレームが、被疑侵害機器について記載されていなければならない。クレームに被疑侵害機器が記載されていると言えるのは、「クレームに明記されているすべての限定が被疑侵害機器に現れている場合」のみである。

 (iv)Heidary氏の訴状は、’862特許の限定事項であると主張するものを列挙して、Amazon社が’862特許のクレーム1のすべての限定事項を満たす製品を米国で製造、販売、使用、販売の申し出、または輸入していると主張しているだけであり、直接侵害を裏付ける主張としては不十分である。

 (v)さらに、’862特許は複数の構成要素を備えるシステムを記載しているのに対して、被疑侵害製品は煙探知器のみで構成されているため、特許クレームの発明と被疑侵害製品との間には明らかな相違がある。

 以上のような判断に基づいてCAFCは、Amazon社およびRing社による’862特許の直接侵害に関するHeidary氏の訴えを却下した地裁の判断を支持しました。

(3)誘発侵害(induced infringement)について

 「Amazon社およびRing社が’862特許の侵害を誘発することから、35U.S.C.§271(b)に基づいて、侵害者として責任を負わなければならない」とのHeidary氏の主張については、Limelight最高裁判決等の判例に基づいて当該主張を却下した地裁の決定を支持し、単一者による直接侵害が認められない本件において、誘発侵害の認定はあり得ないとの見解を示しました。

(4)結論

 CAFCは、Heidary氏の残りの主張を検討した結果、いずれも説得力がないと判断し、Amazon社およびRing社の主張を認めた地裁判決を支持する判決を下しました。

 

3.実務上の留意点

(1)特許侵害訴訟において被告の所在地ではない地区を裁判地とするためには、当該地区に被告の正規の確立された事業所が実体として存在することを立証する必要があります。

(2)本人訴訟の当事者であっても、民事訴訟規則上の訴答要件が免除されるわけではないことから、特許侵害訴訟において直接侵害を主張する際には、特許クレームに明記されているすべての限定が被疑侵害製品に現れていることを、具体的な事実を主張することによって裏付ける必要があり、このことは代理人を立てた通常の特許侵害訴訟においても当然に要求されることに留意すべきです。

(3)米国の特許侵害訴訟において現時点で依拠すべき最高裁判例によれば、35U.S.C.§271(b)に規定された特許侵害の誘発による特許侵害の責任を負うものと認められるためには、単一人による直接侵害の存在が前提となることに留意する必要があります。

[情報元] 

1.WHDA, LLP “Liberal construction for pro se litigants does not mean ignoring the pleading requirements under the FRCP” October 28, 2024

        https://cafc.whda.com/liberal-construction-for-pro-se-litigants-does-not-mean-ignoring-the-pleading-requirements-under-the-frcp/

 

2.MASSOUD HEIDARY v. AMAZON.COM,INC., RING,LLC,(October 15, 2024) CAFC判決原文

        https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1438.OPINION.10-2-2024_2394588.pdf

 

3.知財管理67 No.11 2017「米国特許侵害訴訟における訴答」(鈴木亜矢)

https://www.finnegan.com/a/web/146386/AS-Intellectual-Property-Management-Pleading-in-U.S.pdf

 

4.MASSOUD HEIDARY v. AMAZON.COM,INC., RING,LLC,(December 14, 2023)地裁判決原文

https://cases.justia.com/federal/district-courts/maryland/mddce/8:2022cv02319/519515/44/0.pdf?ts=1702658295

 

5.日本弁理士会 米国情報 国際活動センターからのお知らせ 2015年1月.「方法特許の誘引侵害(特許法 271 条(b))に関する最高裁判決」LIMELIGHT NETWORKS, INC. v. AKAMAI TECHNOLOGIES, INC., ET AL. 判決日:2014 年 6 月 2 日

https://www.jpaa.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/03/Limelight-Networks-v-Akamai-Technologies.pdf

[担当]深見特許事務所 野田 久登

 


[i] 訴答(pleading):原告からの訴状(complaint)、これに対する被告からの申立て(motion)、答弁書(answer)、申立てや答弁書に対する応答など

[ii] HVAC:暖房(Heating)、換気(Ventilation)、空調(Air Conditioning)の頭文字を取ったもの

[iii] ’862特許のクレーム1は、以下の通りです。

  1. A system for suppressing fire in a building, the system comprising:

         a plurality of smoke detector units, each smoke detector unit comprising:

            a smoke detector, a power supply, an auxiliary power supply, a camera connected to the smoke detector, and a wireless transmission unit connected to the camera a normally closed relay,

         a fan controller connected to an HVAC unit,

         a thermostat,

         a display unit,

         a micro-controller for display unit,

         a wireless receiver for the micro-controller,

         a telephone system,

         wherein upon detection of a smoke by any one of the smoke detectors, the respective smoke detector passes a signal to a normally closed relay to open and to cutoff the power supply to the thermostat as well as fan controller thereby shutting off the fan unit; and activates the respective camera and the wireless transmission unit to transmit a signal to a wireless receiver connected to the micro-controller so as to display the location of the fire on the display unit connected to the micro-controller.

[iv] 35U.S.C.§271(a)は、「本法に別段の定めがある場合を除き,特許の存続期間中に,権限を有することなく,特許発明を合衆国において生産し,使用し,販売の申出をし若しくは販売する者又は特許発明を合衆国に輸入する者は,特許を侵害することになる。」と規定。

[v] 28U.S.C.§1400(b)は、「特許侵害に関する民事訴訟は、被告が居住する、または被告が侵害行為を犯し、正規かつ確立した事業所を有する司法管轄区で提起することができる」と規定。