国・地域別IP情報

特許侵害で訴えられた企業のマネージング・ディレクターはUPC協定第63条第1項の仲介者に該当しないとして、マネージング・ディレクターに対する差止命令に関しては執行停止を命じたUPC控訴裁判所判決

 統一特許裁判所(UPC)の控訴裁判所(ルクセンブルク)は、控訴に伴う「執行停止効果の請求(request for suspensive effect)」に対処し、特許を侵害していると主張される企業の「マネージング・ディレクター(managing director)」は、UPC協定第63条の「仲介者(intermediary)」として責任を問われることはないと判断し、マネージング・ディレクターに対する差止命令に関しては執行停止を命じる判決を下しました。

・Koninklijke Philips NV v. Belkin GmbH事件

(UPC_CoA_579/2024、ORD_53377/2024(UPC控訴裁判所2024年10月29日付け判決))

 

1.UPCでの執行停止効果について

 UPC協定第82条第1項およびUPC手続規則354.1の規定によれば、UPCの第一審の判決は、UPC締約国において直ちに執行可能です。このため、被告企業に対して差止命令が出されたという状況は、当該企業に重大な経済的影響を及ぼす可能性があります。

 被告が第一審判決に不服でUPC控訴裁判所に控訴した場合であっても、UPC協定第74条第1項の規定によれば、UPC控訴裁判所への控訴は原則として執行停止効果を持ちません。このことは、たとえばドイツ国内法とは対照的です。このような重大な影響を緩和するために、UPC手続規則223.1は、控訴に際して執行停止効果の請求を行うことができることを規定しています。

 

2.本件の経緯

(1)訴訟の提起

 Koninklijke Philips NV(以下、「Philips社」)は、Belkin GmbH(以下、「Belkin社」)に対する特許侵害訴訟を、UPCのミュンヘン地方部に提起しました(CFI_390/2024)。Philips社は、Belkin社だけでなくその子会社のマネージング・ディレクターも訴えの対象としました。

(2)第一審地方部の判決

 第一審のミュンヘン地方部は、Philips社に有利な判決を下し、Belkin社とその子会社のマネージング・ディレクターに対して差止命令を発し、特に子会社のマネージング・ディレクターをUPC協定第63条第1項の意味における「仲介者」に分類しました。

 「差止命令」および「仲介者」に関してUPC協定第63条第1項は以下のように規定しています。

**********

Permanent injunctions

(1) Where a decision is taken finding an infringement of a patent, the Court may grant

an injunction against the infringer aimed at prohibiting the continuation of the infringement. The

Court may also grant such injunction against an intermediary whose services are being used by a

third party to infringe a patent.

(弊所仮訳:恒久的差止命令

(1)裁判所は、特許の侵害を認定した判決を下すときに、侵害の継続を禁止する目的で侵害者に対する差止命令を認めることができる。裁判所はまた、そのサービスが第三者による特許侵害に利用されている仲介者に対しても、そのような差止命令を認めることができる。)

**********

(3)控訴裁判所への控訴

 Belkin社はこの判決を不服としてUPC控訴裁判所に控訴するとともに、UPC手続規則223.1に基づいて執行停止効果を請求しました。

 

3.控訴裁判所の判断

 控訴裁判所はこのBelkin社による執行停止効果の請求を部分的に認め、マネージング・ディレクターに対する差止命令に関して執行停止を命じました。控訴裁判所は、控訴による執行停止は特別な状況でのみ命じられる例外であると判示しました。これには、控訴審の判決がでるまで現状を維持することによる控訴人の利益が、差止命令の執行による被控訴人の利益を例外的なほど上回るかどうかを判断することが含まれます。

 控訴裁判所は、控訴された第一審判決が明らかに間違っていることを明確にしました。その通り間違っているのかどうか、したがって明らかな法律違反があるかどうかは、第一審の判決の事実認定と法的考慮に基づいて評価されます。これらの認定または法的考慮が「略式審理(summary examination)」において維持できないことが判明した場合、執行停止を命じなければなりません。

 本件では、控訴裁判所は、マネージング・ディレクターをUPC協定の第63条およびEUのエンフォースメント指令2004/48の第11条の意味における「仲介者」として分類することに明白な法律上の誤りがあると判断しました。控訴裁判所は、マネージング・ディレクターは公式な立場で行動しており、会社自体を代表しており、社外の人間ではない、と論じました。したがって、控訴人のBelkin社は、そのCEOとの関係においてはUPC協定の第63条第1項に規定する「そのサービスが第三者による特許侵害に利用されている」という規定における「第三者」には該当し得ません。UPC協定の第63条第1項に基づく仲介者としての責任は、CEOがマネージング・ディレクターとして機能していることのみから発生するものではありません。

 結果として、控訴裁判所は、マネージング・ディレクターに対する差止命令に執行停止効果を認めましたが、その他のすべての点では執行停止効果の請求を却下しました。

 

4.実務上の留意点

 実務家は、UPCに執行停止効果を請求する際に、規則の例外に関する枠組みを慎重に検討する必要があります。執行停止効果の請求人(控訴人)は、請求を成功させるためには、控訴した場合でも執行可能であるという基本原則から逸脱することについて、事件に固有の説得力のある正当性を提示する必要があります。

 執行停止効果の請求は、UPC控訴裁判所が追加の情報を必要とせずに請求について判断できるようにする必要があります(すなわち、請求には、請求の理由とともに、提出された事実、証拠、および法的議論も含まれている必要があります)。十分に具体的である限り、第一審裁判所のファイル内の訴答書面および文書の参照が許容されます。

 

[情報元] 

McDermott Will & Emery IP Update | November 21, 2024 “UPC Court of Appeal Rules on Suspending First Instance Enforcement, Managing Director Liability”

https://www.ipupdate.com/2024/11/upc-court-of-appeal-rules-on-suspending-first-instance-enforcement-managing-director-liability

[担当]深見特許事務所 堀井 豊