エンタイア・マーケット・ヴァリュー・ルールが適用されないとして、 地方裁判所の損害賠償認定を覆したCAFC判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、製品の特許権を侵害する特徴が消費者の需要を喚起したという、十分な事実に基づかない専門家の証言が唯一の証拠である場合、エンタイア・マーケット・ヴァリュー・ルール(entire market value rule)は適用されないと結論付けて、地方裁判所の判決を覆しました。
Provisur Techs., Inc. v. Weber, Inc., Case No. 23-1438 (Fed. Cir. Oct. 2, 2024)
1.事件の背景
(1)当事者および本件対象特許の概要
Provisur Techs., Inc.(以下「Provisur社」)は、食品加工機械に関する3件の特許を所有しています。Provisur社は、Weber, Inc.(以下「Weber社」)の製品(SmartLoader)がこれらの3件の特許を侵害するとして、Weber社をミズーリ州西部地区連邦地方裁判所(以下「地裁」)に提訴しました。
3件の特許のうち、2件(米国特許第10,625,436号、第10,639,812号)は高速機械式スライサーに関し、残りの1件(米国特許第7,065,936号、以下「’936特許」)はスライスした食品をパッケージに詰める充填装置および包装装置に関しています。以下に、これらの特許のなかで、地裁とCAFCとで侵害の成否について見解が相違した、’936特許のクレーム14について説明します。
’936特許の図1(下図参照)は、スライスラインおよび包装ラインの実施形態を示しています。この実施形態においてスライス機20は、パンからスライスを切り取り、スライスをコンベヤアセンブリ30に置きます。コンベヤアセンブリ30は、スライスを適切な重量分積み重ねたドラフト(A)をステージングコンベヤ44に移動させ、ステージングコンベヤ44は、ドラフトの列をシャトルコンベヤ52に渡し、シャトルコンベヤ52はドラフトをフィルム製のポケットに送り込みます。矢印Dは、コンベア48, 52によるドラフトの搬送方向を示しています。
’936特許のクレームのうち、権利主張されたクレーム14は以下のように記載しています。
『14. The apparatus according to claim 10, wherein said shuttle conveyor is configured to fill plural rows of pockets while said web is stationary in said fill station, and said shuttle conveyor is configured to retract from an extended position to a retracted position to fill a new first row of a group of empty pockets while said web advances to locate a succeeding plural row of pockets in said fill station.
(試訳)
(括弧内の参照番号は、上記図1との対比のために参考までに筆者が付したものです。)
14.クレーム10に記載の装置であって、前記シャトルコンベア(52)は、前記ウェブが前記充填ステーション(61)内で静止している間に複数列のポケットを充填するように構成され、前記シャトルコンベア(52)は、前記ウェブが前記充填ステーション(61)内で次の複数列のポケットを配置するために前進している間に、伸長位置から収縮位置まで収縮して空のポケット群の新しい第1列を充填するように構成される。』
ここで「ウェブ」は、複数のポケットが形成された細長いフィルム状部材を意味します。以下に示す、ポケットへの充填の実施形態の参考図(クレーム14に対応)をご参照下さい。
(2)地裁への提訴および地裁の判断
Provisur社は、上記3件の特許のそれぞれの特定のクレームを侵害するとして、Weber社を地裁に提訴しました。
地裁における陪審員裁判において陪審員は、Weber社が3件の特許のいくつかのクレーム(’936特許のクレーム14を含みます)を故意に侵害したと判断して、損害賠償を認める評決を行ない、当該評決に基づいて地裁は、Weber社の故意侵害を認めて損害賠償を命ずる判決を下しました。
その後Weber社は、侵害と故意の問題に関する法律問題としての判決(JMOL)[i]と、侵害、故意、損害賠償に関する新たな裁判を求めました。それに対して地裁が、Weber社の申し立てを全面的に却下したため、Weber社はCAFCに控訴しました。
2.CAFCの判断
(1)Weber社が特許権を侵害するかどうかについて
CAFCは、権利主張された3件の特許のうちの高速機械式スライサーに関する2件に関する地裁の侵害との判決を支持し、Weber社もこの判断を容認しましたが、3番目の’936特許の権利主張されたクレーム14に関する侵害との地裁の認定については、以下の理由により覆しました。
’936特許のクレーム14についてのProvisur社の特許権侵害の主張の根拠は、Weber社の製品は、その顧客がクレームの限定を侵害するようにデバイスをプログラムできるというものでした。しかし、裁判では、Provisur社は、Weber社の製品が、顧客がクレームされた発明を実施するようにデバイスを実際に構成することが可能であったこと、または顧客がこれまでにそうしたことについて、証拠を提供しませんでした。特許権を侵害するように設定する必要のあるソフトウェアの一部は、Weber社のサービス技術者だけがアクセスでき、顧客はアクセスできませんでした。
Provisur社はまた、デバイスが実際にクレームを侵害するように構成されていたという証拠を示さず、クレームが侵害された可能性があるという証拠のみを提供しました。したがってCAFCは、Provisur社の専門家の証言は’936特許のクレーム14を侵害していることを示す実質的な証拠ではないと判断しました。
以上の理由によりCAFCは、特許権侵害に関するProvisur社の主張によっては、Weber社の製品であるSmartLoaderが’936特許のクレーム14を侵害していることを立証されないため、このクレームについての法律問題としての地裁の判決を求めたWeber社の申立てを却下した地裁の判断を覆しました。
(2)特許権の侵害が故意によるものかどうかについて
次にCAFCは、特許権の侵害が故意によるものかどうかについて評価しました。
地裁での裁判において、Provisur社の専門家であるWhite氏は、Weber社が、侵害されたとする特許を評価するために第三者に相談しなかったことについて証言しました。具体的には、White氏は、Weber社が特許侵害のリスクを低減するためのFTO(freedom to operate)調査[ii]を実行したという証拠を提出しなかったと証言しました。
地裁の故意の認定に対するWeber社の主な主張は、地裁が、故意侵害を証明するための根拠として弁護士の助言を得なかったことを指摘することを禁じた米国特許法第298条に反して、Provisur社の専門家の証言を不適切に認めたというものです。米国特許法第298条は、「侵害されたと主張されている特許に関し,侵害者が弁護士の助言を取得しないこと又は侵害者が裁判所又は陪審に対して当該助言を提出しないことは,被疑侵害者がその特許を故意に侵害した,又は侵害被疑者がその特許の侵害を誘導しようとしていたことを証明するために使用することができない。」と規定しています。
CAFCは、弁護士からの助言を第三者らの助言に置き換えても、米国特許法第298条を回避することはできないとして、White氏の第三者へのコンサルティングに関する証言は証拠として認めませんでした。また残りの証拠は、「故意を立証するためには、特許権者は、被疑侵害者が、侵害したとされる行為の時点で、侵害するという特定の意図を持っていたことを示さなければならない」という判例に基づき、そのような特定の意図を示すものではないことから、故意侵害を裏付けるものではないと結論付けました。
(3)損害賠償について
最後に、CAFCは、損害賠償の問題に取り組み、特に合理的なロイヤリティの裁定に焦点を当てました。Weber社のSmartLoaderが特許権を侵害する特徴は、侵害対象製品の部分の特徴に過ぎず、残りの部分の多くは特許権を侵害しない特徴を有していました。すなわち、被疑侵害製品には、権利主張された発明とは無関係の複数の別個の機械が含まれていました。
Provisur社のロイヤリティ裁定は、ロイヤリティ率が適用される基準が、侵害部分のみのコストではなく、被疑侵害製品全体のコストであるというエンタイア・マーケット・ヴァリュー・ルールの適用を前提としていました。CAFCは、エンタイア・マーケット・ヴァリュー・ルール自体は許容できる理論であるものの、その適用に際しては、侵害部分が「顧客の需要を喚起する根拠である」ことを示す必要があると指摘しました。
Provisur社の損害賠償専門家は、損害賠償を計算する際にエンタイア・マーケット・ヴァリュー・ルールを適用し、「特許権を侵害する特徴部分がWeber社の被疑侵害製品の需要を喚起するか、または実質的にその製品の価値を創造する」と証言した別の専門家に依拠しました。その専門家は、「被疑侵害製品の特許権を侵害していない特徴は従来型と見なされ、特許権を侵害する特徴は特有のセールスポイントである」と指摘しましたが、その専門家は、被疑侵害製品の特許権を侵害する特徴部分が複数の機器からなる製品全体の販売を促進することを示唆する証拠を提示せず、また、特許権を侵害しない「従来型」の特徴部分が消費者の需要を促進しなかった理由を説明しませんでした。
そのためCAFCは、Provisur社は、推断的で裏付けのない(conclusory)専門家の証言を除いて、被疑侵害製品の特許を侵害する特徴が消費者の需要を喚起したという証拠を提供していないと結論付け、損害賠償額の算定におけるエンタイア・マーケット・ヴァリュー・ルールの適用を認めませんでした。
4.CAFCの判決
上記判断に基づいてCAFCは、’936特許以外の2件の特許については、法律問題としての判決を求めたWeber社の申立てを却下した地裁判決を支持し、’936特許のクレーム14については、故意侵害を法律問題として判決することを却下した地裁判決を覆しました。また、損害賠償についての新たな裁判の申立てを却下した地裁判決についても覆しました。その結果、CAFCの判断と一致するさらなる審理手続きのために、地裁に差し戻しました。
5.実務上の留意点
(1)本件CAFC判決から、’936特許のクレーム14のようにソフトウェアの実行を伴う製品の特許発明の場合は、被疑侵害製品の顧客が当該ソフトウェアを実行するためのプログラムを構成することができることを、具体的に示す必要があることが読み取れます。
(2)故意侵害の立証に際しては、被疑侵害製品および被疑侵害者の情報を詳細に分析し、単に被疑侵害者が特許の存在を認識していたことだけではなく、特定の意図をもって侵害していたことを、具体的に示す必要があります。
また、故意侵害を証明するための根拠として弁護士の助言を得なかったことを指摘することを禁じた米国特許法第298条の適用は、弁護士からの助言を第三者らの助言に置き換えても回避することはできない場合があることなど、同条を広く解釈する必要があります。
(3)エンタイア・マーケット・ヴァリュー・ルールに基づいて特許侵害の損害賠償を要求する場合には、被疑侵害製品の特許を侵害する特徴部分が、製品全体の需要を喚起し、侵害しないその他の従来型の部分は需要の喚起に寄与していないことを、市場の状況を詳細に分析した上で具体的に示す必要があります。
[i] 米国における陪審員裁判では、陪審員が証拠に基づいて当事者の主張が事実かどうかを判断して評決を行ない、その評決に基づいて地裁が判決を下します。ただし、提出された証拠が事案を合理的に裏付けるに足りないと相手方の当事者が判断した場合には、米国民事訴訟規則50条に基づき、法律問題としての判決(Judgment as a matter of law,略してJMOL)を求める動議を出すことができます。
[ii] FTO(freedom to operate)調査:新製品を市場に出す前に行なう、その製品が既存の特許や公開された出願中の潜在的な特許に抵触しないかどうかの調査申請を控訴裁判所に提出できることに留意すべきです。
[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott) “No Matter How You Slice and Dice it, Conclusory Evidence Can’t Support Entire Market Value Damages” October 10, 2024
2.Provisur Techs., Inc. v. Weber, Inc., Case No. 23-1438 (Oct. 2, 2024)CAFC判決原文
https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1438.OPINION.10-2-2024_2394588.pdf
[担当]深見特許事務所 野田 久登