UPCの第一審裁判所で出された手続命令に控訴許可が付与されていない場合、当該命令に対して控訴を希望する当事者はまず、第一審裁判所に控訴許可を申請しなければならないとしたUPC控訴裁判所決定
統一特許裁判所(UPC)の控訴裁判所は、当事者が第一審裁判所で出された手続命令(procedural order)に対して控訴を希望しているが、当該命令において控訴許可(leave to appeal)が未だ付与されていない場合には、当事者はまず第一審裁判所に控訴許可を申請しなければならない、との決定を下しました。第一審裁判所によってそのような控訴許可の申請が却下された場合にのみ、当事者はUPC手続規則220.3に基づく控訴裁判所による裁量的審査(discretionary review)を請求することができます。
・Suinno Mobile & AI Technologies Licensing Oy v. Microsoft Corporation事件
(UPC-CoA-586/2024、APL-54732/2024:2024年10月9日付け決定)
1.事件の経緯
(1)本件控訴審の当事者
Microsoft Corporation(以下、「Microsoft社」)は、欧州特許EP2671173(以下、「本件特許」)の特許権者であり、UPC中央部(そのパリ支部、以下単に「中央部」)での本案訴訟(取消訴訟)の被告です。
Suinno Mobile & AI Technologies Licensing Oy(以下、「Suinno社」)は、UPC中央部での本案訴訟の原告です。
(2)原告に対する費用の担保の提供命令
原告Suinno社と被告Microsoft社との間のUPC中央部での取消訴訟の第一審において、UPC中央部は、原告のSuinno社に対して費用の担保(security for costs)を提供するよう命じました。この命令には、第一審裁判所によるこの命令に対する控訴許可の記載が含まれていませんでした。
(3)原告による控訴裁判所に対する裁量的審査の請求
Suinno社は、第一審裁判所であるUPC中央部に控訴許可を請求することなく、UPCの控訴裁判所(ルクセンブルク)に直接、費用の担保の提供命令についての裁量的審査を請求しました。
2.UPC協定上の関連規定
(1)UPC協定第73条、UPC手続規則220.2
UPC協定第73条は、UPCの第一審裁判所の「判決(decision)」および「命令(order)」に対して、不利な決定を受けた者はUPCの控訴裁判所に控訴することができることを規定しております。特に命令に対する控訴に関するUPC協定第73条第2項およびUPC手続規則220.2は、UPC協定第49条第5項(訴訟の言語)、第59条(証拠の提出)、第60条(証拠の保全と立入検査)、第61条(資産凍結)、第62条(予備的措置)、および第67条(侵害に関する情報の提示)に規定する所定の重要な命令については無条件に控訴裁判所に控訴できることを規定する一方で、その他の手続的命令に対して控訴するためには、第一審裁判所の控訴許可が必要であることを規定しています。
(2)UPC手続規則158.3
この条項は、特に担保の提供命令(order for security)の場合には、当事者がその命令に不服の場合は控訴裁判所に控訴できることを、第一審裁判所は当該命令書に明示しなければならないことを規定しています。
(3)UPC手続規則220.3
この条項は、第一審裁判所が控訴許可を拒否した場合に、当事者は控訴裁判所に裁量的審査を求めることができることを規定しております。
(4)UPC手続規則220.4
この条項は、裁量的審査が請求されたときの控訴裁判所の取り扱いを規定しており、緊急訴訟のための「常設の裁判官(standing judge)」(UPC手続規則345.5および345.8)が、理由を示すことなくこの請求を却下することができる一方で、相手方当事者の意見も聴いた上で請求を認めることもできます。請求を認める場合には、控訴裁判所の所長は、裁量的審査の決定のために控訴裁判所の合議体にこの裁量的審査を割当てます。控訴裁判所の合議体は、控訴許可を拒絶した第一審裁判所の裁判官の意見を聴く場合もあります。
(5)上記の規定の下での手続の流れ
担保の提供命令を発するにあたって第一審裁判所は、控訴許可を付与するか拒絶するかに関する裁量権を有しています。控訴許可を付与した場合には、控訴が可能ですが、拒絶された場合には、控訴裁判所に裁量的審査を請求することができます。控訴裁判所はこれを審査して、控訴可能かどうかについて改めて決定を出すことになります。本件は、このような通常の手続の流れにおいて、担保の提供命令において第一審裁判所が控訴許可について付与も拒否もしなかったために、不利な決定を受け控訴を希望する者の対応が問題となったものです。
3.控訴裁判所の判断
控訴裁判所はSuinno社による裁量的審査の請求を許容できないものとみなし、Suinno社の請求を棄却しました。常設の裁判官は、第一審裁判所が控訴許可を付与も拒否もしておらず、第一審の命令には、UPC手続規則158.3に反して、UPC協定第73条およびUPC手続規則220.2への言及が含まれていない、と指摘しました。
しかしながら、命令に必要な言及がないからといってSuinno社が第一審裁判所に控訴許可の付与を請求する義務から解放されたわけではありません。第一審裁判所は、当事者が控訴許可を請求するできることについて言及していませんでした。だからといって、明示的な控訴許可の付与または付与の拒否が言及されていない場合に、黙示的な控訴許可が存在するということはありません。控訴裁判所はUPC手続規則158を引用しましたが、一方で、UPC協定第73条および手続規則220.2に言及する表示がないことが控訴許可の黙示的な付与とは解釈できない、と指摘しました。
4.実務上の留意点
UPC手続規則220.3に基づく控訴裁判所による裁量的審査は、第一審裁判所が控訴許可の付与を明示的に拒否した場合にのみ許可されます。これは、以下に例示するこの問題に関する控訴裁判所の他の決定とも一致しています:
・2024年8月21日付けの決定(UPC_CoA_454/2024、APL_44552/2024のパラグラフ21)
・2024年10月15日付の決定(UPC_CoA_01/2024、本案訴訟UPC_CFI_440/2023、ACT_588685/2023の第一審命令ORD_41423/2024に対する決定のパラグラフ6)。
UPCの第一審の決定に、UPC手続規則に反して、UPC協定およびUPC手続規則に従って控訴できるという表記が含まれていない場合でも、命令に対して控訴したい当事者にとって黙示の控訴許可が与えられたというプラスの効果はなく、第一審裁判所に控訴許可の付与を請求する必要があり、そのような請求が拒否された場合にのみ、裁量的審査の申請を控訴裁判所に提出できることに留意すべきです。
[情報元]
1.McDermott Will & Emery IP Update | October 24, 2024 “No Leave, No Appeal: UPC Court of Appeal Denies Request for Discretionary Review”
2.ORDER of the Court of Appeal of the Unified Patent Court issued on 9 October 2024 concerning an application for a discretionary review (R.220.3 RoP)
[担当]深見特許事務所 堀井 豊