UPCはUPC締約国外に由来する侵害訴訟について国際裁判管轄権を有するとの判断を下したUPC控訴裁判所決定
統一特許裁判所(UPC)の控訴裁判所は、UPC締約国外に由来する侵害訴訟についてUPCが国際裁判管轄権を有するとの決定を下しました(Dish and Sling v. AYLO事件)
・本案訴訟の事件番号:UPC-CFI-471/2023
・地方部の異議決定に対する控訴審事件番号:UPC-CoA-188/2024(2024年9月3日付決定)
1.事件の経緯
(1)本件控訴審の当事者
DISH Technologies L.L.C.(以下、「DISH社」)は、メディアプレーヤから適応レートストリーミングを提供する方法に関する欧州特許EP2479680(以下、「本件特許」)の特許権者であり、SLING TV L.L.C.(以下、「SLING社」)はその独占的ライセンスのライセンシーです。両社は本案訴訟の第一審の原告であり、裁判管轄権に関する第一審の決定に対する被控訴人であります。
一方、AYLO Premium Ltd、AYLO Billing Limited、およびAYLO Freesites Ltdの3社(以下、集合的に「AYLO社」)は、ビデオストリーミングサービスを提供する企業です。AYLO社は、本案訴訟の第一審の被告であり、裁判管轄権に関する第一審の決定に対する控訴人であります。
(2)UPC地方部への訴訟の提起
DISH社およびSLING社は、AYLO社が、ストリーミング用に利用可能なビデオファイル、およびビデオをストリーミングするためのメディアプレーヤーを提供および供給することによって本件特許を間接的に侵害しているとして、UPCの第一審裁判所であるマンハイム地方部(以下、「地方部」)に侵害訴訟を提起し、とりわけドイツを含むUPC締約国の多くにおいて本件特許のクレーム1、3、5、6、8および11の間接侵害の停止を地方部が命令するように要求しました。
参照のため本件特許のクレーム1のうちサーバーに関する記載(太字・下線で強調)を含む冒頭部分を以下に示します。
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“A method for presenting rate-adaptive streams, the method comprising:
streaming by a media player operating on an end user station a video from a set of one or more servers, wherein each of a plurality of different copies of the video encoded at different bit rates is stored as multiple files on the set of servers, wherein each of the multiple files yields a different portion of the video on playback, wherein the multiple files across the different copies yields the same portions of the video on playback, each of said files having a time index such that the files whose playback is the same portion of the video for each of the different copies have the same time index in relation to the beginning of the video, and wherein the streaming comprises:
requesting by the media player a plurality of sequential ones of the files of one of the copies from the set of servers over a plurality of Transmission Control Protocol (TCP) connections based on the time indexes;
automatically requesting by the media player from the set of servers over the plurality of TCP connections subsequent portions of the video by requesting for each such portion one of the files from one of the copies dependent upon successive determinations by the media player to shift the playback quality to a higher or lower quality one of the different copies, said automatically requesting including,…(以下省略)“
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EPC第64条(欧州特許によって与えられる権利)は、欧州特許が各締約国において付与された国内特許と同等の権利を欧州特許権者に与えることを規定しており、欧州特許の保護内容は各締約国の国内法に基づきます。例えばドイツ特許法では、第10条に間接侵害を規定しており、第10条第1項に、「特許は,特許所有者の同意を得ていない第三者が,当該発明の本質的要素に関連する手段をその発明の本法の施行領域内での実施のために,本法の施行領域内で,特許発明を実施する権限を有する者以外の者に提供又は供給することを禁止する」ことを規定しています。EPC第64条の規定により、ドイツで有効化された欧州特許にはこのドイツ特許法第10条の規定が適用されます。
上記の本件特許のクレーム1(適応レートストリーミングを提供する方法の発明)において、サーバーのセットは、ストリーミングされるエンコードされたビデオデータを保存するとともに、ストリーミングの再生時には保存されたビデオデータをデコードしてサーバーのセットから取り出すことを記載しており、特許発明の実施にはサーバーのセットの使用が必須であることが読み取れます。
(3)UPCの裁判管轄権に関する被告の主張
第一審において、被告であるAYLO社は、UPC手続規則19による予備的な異議申立を提出して種々の反論を行いましたが、とりわけ、UPC手続規則19.1(a)に規定する裁判管轄権の欠如のために訴えは却下されるべきである、と主張しました。UPC手続規則19は被告による予備的な異議申立についての規定で、特に19.1(a)の規定によれば、被告は、請求の原因の送達があってから1ヶ月以内に「当該裁判所の裁判管轄権に関する予備的異議申立 (preliminary objection concerning the jurisdiction and competence of the Court)」を提出することができる、と規定されています。
(4)第一審地方部の裁判管轄権に関する判断
これに対して、第一審の地方部は、2024年4月5日付けの異議決定において、以下に示す理由によってAYLO社の予備的異議申立を却下しました。
UPC協定第31条は、UPCが、2014年5月15日の欧州議会および理事会の規則(EU)No 542/2014(以下、ブリュッセルI改正規則)により改正された民事および商事に関する管轄権および判決の承認と執行に関する2012年12月12日の欧州議会および理事会の規則(EU)No 1215/2012(改正)の71b(1)および7(2)に基づいて、侵害訴訟の国際管轄権を有することを規定しています。
規則71b(1)は以下のように規定しています。
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“The jurisdiction of a common court shall be determined as follows:
(1) a common court shall have jurisdiction where, under this Regulation, the courts of a Member State party to the instrument establishing the common court would have jurisdiction in a matter governed by that instrument;”
(弊所仮訳:共通裁判所の裁判管轄権は、以下のように決定されるものとする:
(1)共通裁判所は、この規則に基づき、共通裁判所を設立する協定の締約国の裁判所がその協定によって規定される事項について管轄権を有する場合、管轄権を有するものとする。)
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ここで、上記の規則71b(1)に規定する「共通裁判所(common court)」とは、特定の協定によって設立された、複数のEU加盟国に共通の裁判所であり、UPCも共通裁判所の1つとして挙げられています(ブリュッセルI改正規則71a(2))。共通裁判所は、共通裁判所を設立する協定に参加する加締約の裁判所がその協定により規定される事項について管轄権を有する場合に、同様に管轄権を有するものとされています。
一方、規則7(2)は以下のように規定しています。
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“A person domiciled in a Member State may be sued in another Member State in matters relating to tort, delict or quasi-delict, in the courts for the place where the harmful event occurred or may occur.”
(弊所仮訳:締約国に住所を有する者は、不法行為、違法行為または準違法行為に関する事項について、他の加盟国において、有害な事象が発生したまたは発生する可能性のある場所の裁判所に訴えられ得る。)
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本案訴訟において主張された間接特許侵害は、AYLO社が、ストリーミング用に利用可能なビデオファイル、およびビデオをストリーミングするためのメディアプレーヤーを提供および供給することによって、方法の発明に関する本件特許を間接的に侵害している、というものであります。ビデオファイルとメディアプレーヤーは、DISH社およびSLING社による(ここまでは争いのない)提出物に従うと、ドイツの顧客に提供および供給されています。欧州連合司法裁判所(CJEU)の判例によれば、裁判所は、国際管轄権の有無を審査する際に、これらの行為が(間接)侵害を構成するかどうかを評価する必要はありません。
予備的異議申立が地方部によって却下された後、AYLO社は地方部の異議決定に対してUPCの控訴裁判所(ルクセンブルク)に控訴しました。
2.控訴裁判所の判断
AYLO社は、上述の規則71b(1)に関連して規則7(2)に基づき、UPCは国際裁判管轄権を持たない、と主張しました。これは、AYLO社のサーバーが米国にあるため、UPC締約国では有害な事象は発生しないであろう、という理由によります。
控訴裁判所はこれに同意せず、規則7(2)の「有害な事象が発生したまたは発生する可能性のある場所」という文言は、損害が発生した場所と、損害を引き起こす事象が発生した場所との両方を対象とするものである、と説明しました。したがって、侵害者であるとされる者は、どちらの場所でも訴えられる可能性があります。
控訴裁判所によりますと、UPCは、次の2つの条件の下で侵害行為に関して国際裁判管轄権を持ちます。
(1)訴訟対象の欧州特許は、少なくとも1つのUPC締約国で効力を持っていること。
(2)主張された損害は、その特定の締約国で発生する可能性があること。
したがって、AYLO社のサーバーの所在地にかかわらず、本件特許が効力を持つドイツにおいてAYLO社のウェブサイトにアクセスできるため、UPCは侵害行為に対する裁判管轄権を有しています。このアクセスは、インターネット経由で発生したと主張される損害の可能性を満たすのに十分でした。ドイツのユーザーは、特許発明の本質的な要素に関連すると主張され、本件発明の実施に適しており、かつその実施を意図した手段(メディアプレーヤーおよびビデオファイル)を入手できます。控訴裁判所は、Webサイトが関係締約国の領土内のユーザーを対象としている必要はないことを明確にしました。当該ウェブサイトに実際にアクセスできるかどうかということ、および締約国における欧州特許権者への損害とが決定的な要素となります。
このような理由により控訴裁判所は、第一審地方部の裁判管轄権に関する異議決定を支持する決定を下しました。
3.実務上の留意点
(1)裁判管轄権の評価と侵害行為の判断
UPCは、UPCの管轄権を評価する際に、事件における侵害の主張を考慮する場合があります。ただし、その考慮は、特許権者がその主張を立証するために証明しなければならない「状況(context)」に限定されます。侵害の主張の「具体的な要件(specific requirements)」に関する議論は必要ありません。本件は、間接侵害の主張に基づくものでしたが、主張されたAYLOS社の行為が実際にUPC締約国で特許侵害を構成したのかどうか(すなわち、エンドユーザーのステーションが実際にクレームされた方法を実施したのかどうか)を判断する必要はありませんでした。ただし、侵害の主張が直接侵害行為を前提としている場合には、そうではない可能性があります。
(2)裁判管轄権の国ごとの評価
UPCは、ブリュッセルI改正規則の71b(1)に従ってUPCの裁判管轄権を国ごとに評価する必要があるかどうかという問題を明示的に未解決のままにしました。この国ごとの評価は、将来の事件で争点になる可能性があります。
(3)デジタル時代とUPCの裁判管轄権
本件判決の結果、特にデジタル時代ではほとんどのWebサイトが世界中でアクセス可能であることから、UPCの裁判管轄権は大幅に拡大されました。本件判決では、主張された侵害者がどこに所在しているか、またはどこで活動しているかに関係なく、侵害されたと主張される特許が効力を持つ締約国でWebサイトが利用可能であることだけが求められています。
[情報元]
1.McDermott Will & Emery IP Update | October 3, 2024“Boundaries? European UPC Confirms Its International Jurisdiction”
(https://www.ipupdate.com/2024/10/no-boundaries-european-upc-confirms-its-international-jurisdiction/)
2.Order of the Court of Appeal of the Unified Patent Court issued on 3 September 2024
Reference numbers:APL_21943/2024 UPC_CoA_188/2024(UPC控訴裁判所判決)
[担当]深見特許事務所 堀井 豊