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後で出願・発行され先に存続期間が満了する関連出願特許は、先に出願・発行され後に満了する最先出願特許に対する自明型二重特許の引例として利用できないとしたCAFC判決

米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、後で出願・発行され先に存続期間が満了する関連特許に基づく自明型二重特許(Obviousness-type Double Patenting)の法理による無効性について対処し、一審の連邦地方裁判所がIn re Cellect事件判決を適用したことを誤りであるとして覆し、後で出願・発行され先に存続期間が満了する継続出願特許は、先に出願・発行され後に存続期間が満了する最先出願特許に対する自明型二重特許の引例として利用できない、との判決を下しました。

(Allergan USA, Inc. v. MSN Labs Private Ltd., Case No. 24-1061(Fed. Cir. Aug. 13, 2024))

 

1.事件の経緯

(1)新薬の承認申請

2015年、米国食品医薬品局(FDA)は、Allergan USA, Inc.およびその関連企業(以下、集合的に「Allergan社」)が商品名Viberzi®で販売する医薬品(エルクサドリン(eluxadoline)の錠剤)の新薬承認申請(NDA)を承認しました。この医薬品は過敏性腸症候群の症状を治療するためのものであり、Allergan社は、当該医薬品に関する化合物および組成の特許を複数有していました。

(2)当該新薬に関する簡略承認申請

2019年、Sun Pharmaceutical Industries Limited.(以下、「Sun社」)、およびMSN Laboratories Private Ltd.およびその関連企業(以下、集合的に「MSN社」)は、それぞれ、

当該医薬品のジェネリック版の発売を目指して簡略新薬承認申請(ANDA)をFDAに提出しました。後発のANDA申請者であるSun社およびMSN社は、米国「Hatch-Waxman法」の規定に従い、後発薬メーカーが新薬の特許の有効期限切れ前に後発薬を発売するために、米国食品医薬品化粧品法(21 U.S.C. §355)の規定に従って、先発のAllergan社の特許の無効またはSun社およびMSN社の製品の非侵害を証明するパラグラフⅣの証明をFDAに提出するとともにその通知書簡をAllergan社に送付しました。

ここで、「パラグラフIVの証明」とは、ANDA申請時に添付する書類の1つで「対象の後発薬は新薬の特許を侵害しない」という内容を主張する証明書をいいます。パラグラフIVの証明を提出したANDAの申請者は、新薬の特許の特許権者および新薬承認申請(NDA)の権利者に、同証明書を提出した旨を通知する必要があります。

(3)連邦地裁への提訴

Allergan社は、米国特許法§271(e)(2)の規定により、Sun社によるANDAの後発製品の承認申請行為は、Allergan社の所有する複数の米国特許の種々のクレームを侵害しており、MSN社によるANDAの後発製品の承認申請行為も同様に、Allergan社の所有する複数の米国特許の種々のクレームを侵害しているとして、デラウェア州連邦地方裁判所に、Sun社およびMSN社を訴えました。これに対して、Sun社およびMSN社はそれぞれ、Allergan社によって主張された特許のクレームの無効を主張しました。

(4)連邦地裁の判断

第一審の連邦地裁は、Sun社に対して主張されたAllergan社の特許のクレームのうち、米国特許第7,741,356号(以下、「356号特許」)のクレーム40は、自明型二重特許の法理によって無効であり、その他の特許の種々のクレームは発明の記述要件(written description)を欠いているので無効である、と判断しました。また、連邦地裁は、MSN社に対して主張されたAllergan社の特許のクレームはすべて記述要件を欠いているので無効である、と判断しました。Allergan社は、この連邦地裁の判断を不服とし、CAFCに控訴しました。

 

2.争点となった356号特許を含むパテントファミリー成立の経緯

CAFCでの控訴審においては、多岐に渡る争点が審理されましたが、本稿においては、356号特許のクレーム40が自明型二重特許の法理によって無効とされるのか否かという点に焦点を当てて解説することといたします。というのは、2023年8月28日付けでCAFCが、「特許期間の調整(Patent Term Adjustment:以下、“PTA”)」が自明型二重特許とどのように相互作用するかという問題に初めて対処し、パテントファミリーを構成するそれぞれの特許の存続期間満了日がPTAによって互いに異なる場合、そのうちのより早く満了する特許が後で満了する特許に対して自明型二重特許を理由とする特許無効の根拠として用いることができる、と結論付ける注目すべき判決を下しており(In re Cellect事件)、本件訴訟においても、一審の連邦地裁がこのIn re Cellect事件判決に依拠していることから注目を浴びているからです。なお、このIn re Cellect事件の概要については後述いたしますが、その詳細については、2023年11月7日付けの弊所HPの記事「特許期間の調整と自明型二重特許との関係に関するCAFC判決」をご参照ください(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/10355/)。

 本件訴訟の対象であるエルクサドリンの発明に関する特許のファミリーの成立について、以下に図示するファミリー出願の関係図(本件CAFC判決原文の第5頁に示された図)を参照して説明いたします。エルクサドリンの発明に関する特許ファミリーの最初の出願が、2010年6月22日に356号特許として成立したものであり、この356号特許の出願日(仮出願日)である2005年3月14日がファミリーにおける最先の出願日であります。この356号特許は本来は、出願日である2005年3月14日から20年の2025年3月14日に存続期間が満了するはずのものです。しかしながら、米国特許庁の審査段階での遅延を考慮して、356号特許には、467日のPTAが付与され、PTAについて考慮された満了日は、本来の満了日である2025年3月14日に467日を追加した2026年6月24日になりました。

 この356号特許として発行された出願からは、2005年3月14日の出願日の利益を主張するいくつもの継続出願が提出され特許になりましたが、そのうちの米国特許第8,344,011号(以下、「011号特許」)および第8,609,709号(以下、「709号特許」)の2件が本稿で取り上げる自明性型二重特許の法理の争点に関係します。

 011号特許は、356号特許の1つの継続出願から2010年7月19日付けで提出された分割出願に基づくものであり、2013年1月1日に011号特許として成立しました。この011号特許については審査遅延はなかったため、PTAは付与されず、356号特許の出願日から20年の2025年3月14に満了することになります。一方、709号特許は、011号特許の継続出願として2012年11月30日付で提出されたものであり、2013年12月17日に709号特許として成立しました。この709号特許についても審査遅延はなかったため、PTAは付与されず、356号特許の出願日から20年の2025年3月14に満了することになります。

3.第一審の連邦地裁での審理

 侵害訴訟の被告のSun社は、011号特許のクレーム33および709号特許のクレーム5により、356特許のクレーム40は自明型二重特許の法理により無効であると主張しました。その根拠は、011号特許のクレーム33および709号特許のクレーム5と、356号特許のクレーム40とは、互いに特許的に区別できず、そして467日のPTAが付与された356号特許は、011号特許および709号特許が2025年3月14日に満了した後の2026年6月24日に満了することになる、ということであります。

 これに対して原告のAllergan社は、クレーム同士が互いに特許的に区別できるかどうかの点については主張しなかったものの、356号特許が最先に出願され最先に特許されたものであるから、その後で出願され後で特許になった011号特許および709号特許によって自明型二重特許の法理が適用されることはない、と主張しました。

 連邦地裁は、Sun社の主張に同意し、Allergan社の主張するように356号特許が「最先に出願され最先に特許された」特許であることは、「重要ではない」と結論付けました。連邦地裁は、In re Cellect事件等の裁判例を引用し、自明型二重特許について分析する際には、裁判所は、特許の出願の日付や発効の日付ではなく、特許の満了日同士を比較するものである、と指摘しました。すなわち、連邦地裁は、In re Cellect事件を含むCAFCの先例について、自明型二重特許の分析においては満了日のみが考慮されるものと限定して解釈しました。この結果、連邦地裁は、356号特許のクレーム40は無効であると判断しました。

 

4.In re Cellect事件の概要

 ここで、連邦地裁において根拠とされたIn re Cellect事件の概要について説明いたします。In re Cellect事件で問題になったのは、もはや自明型二重特許の無効理由を克服するためにターミナルディスクレーマを用いることができない状況において、それぞれの特許に対して付加された、長さがバラバラなPTAの調整分がそれぞれの特許の存続期間に算入され、その結果、より早く満了することになった特許が、後で満了することになった特許に対して、自明型二重特許の引用特許となるという無効理由が生じるのか、という点にありした。

この点についてIn re Cellect事件判決は、PTAによる調整分は、本来の存続期間に付加された上で、ターミナルディスクレーマの満了日の考慮対象となるものであり、医薬特許の延長制度PTEの場合のように、ターミナルディスクレーマによって満了日が引用特許の満了日と一致させられた後に改めて延長期間が付加されるようなものではないことを明らかにしました。In re Cellect事件判決によれば、PTAを取得した特許に関しては、自明型二重特許の分析に関連する満了日は、PTAを考慮した(期間調整後の)満了日であり、自明型二重特許による無効理由を分析する際に、PTAを考慮せずに期間調整前の元の満了日を基準とすることは許されないことを判示しました。このIn re Cellect事件は経緯が非常に複雑な事件であり、その詳細については、上記の弊所配信記事をご参照ください。

 

5.CAFCの判断

CAFCは連邦地裁の判断を覆しました。CAFCは、自明型二重特許の法理の目的は、特許権者が最初の特許の有効期間を実質的に延長するために2番目の特許を取得することを防ぐことにあるので、後から出願され先に満了する継続出願に基づく011号特許および709号特許のクレームは、最先の出願の特許である356号特許に対する自明型二重特許の引例として利用できない、と判断しました。

CAFCは、連邦地裁が最近のIn re Cellect事件判決に依拠したことについて、連邦地裁はIn re Cellect事件判決が自明型二重特許の分析においては満了日のみを考慮するよう義務付けたものと誤解している、と説明しました。CAFCは、本件訴訟においてIn re Cellect事件判決の判示内容が適用されるのは、自明型二重特許の分析においては、後から出願された特許の満了日としてPTA付加後の満了日を考慮し、PTAの付加がなかった場合に引用特許と共有していたであろう満了日は考慮しないよう裁判所に要求するという点のみである、と指摘しました。したがって、In re Cellect事件判決は、自明型二重特許の分析において、PTAの付加期間のある場合の満了日について判断したものであり、本件訴訟において提示された疑問である、どのような状況下においてクレームが自明型二重特許の引例として適切に機能できるのか、という問題に対しては何ら対処してはおりません

本件訴訟に関して言えば、In re Cellect事件判決の判示内容が適用されるのは、自明型二重特許の分析において356号特許の満了日が、PTAの付加が無い場合の2025年3月14日ではなくPTA付加後の2026年6月24日であると判断される点のみであります。その他の点においてIn re Cellect事件判決は、本件訴訟の真の争点、すなわち後から出願・発行され先に存続期間が満了した関連特許が先に出願・発行され後に満了する最先の特許に対する自明型二重特許の引例となり得るかについては何ら答えるものではありません。

 CAFCは、前述したように自明型二重特許の法理の目的が、特許権者が最初の特許の有効期間を実質的に延長することを防止することにあり、先に出願・発行された特許であって正当にPTAが付加された特許を、後で出願・発行された関連特許であってPTAが無いかあってもより少ない特許によって無効にされ得るというような判決を下すことは、自明性型二重特許の法理の目的に抵触するだけではなく、米国議会がPTAを制定する際に特許権者に授けることを意図した利益を破棄してしまうことになると考えました。このような考えに基づいて、CAFC判決は、011号特許および709号特許のクレームは、356号特許のクレーム40を無効にするために使用できる適切な自明型二重特許の引例にはならないと結論付けました。このように判決することは、特許権者が特許的に区別できない発明についてその主題に対する最初の特許の有効期間を実質的に延長するために2番目の特許を取得することを防ぐという自明型二重特許の法理の目的と一致する唯一の結論であるとCAFCは判断しました。

 

[情報元] 

1. McDermott Will & Emery IP Update | August 29, 2024“Later-Filed, Earlier-Expiring Patent Not an ODP Reference”

(https://www.ipupdate.com/2024/08/later-filed-earlier-expiring-patent-not-an-odp-reference/)

2. Allergan USA, Inc. v. MSN Labs Private Ltd., Case No. 24-1061 (Fed. Cir. Aug. 13, 2024) (Lourie, Dyk, Reyna JJ.)(判決原文)

(https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/24-1061.OPINION.8-13-2024_2366074.pdf)

[担当]深見特許事務所 堀井 豊