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特許発明を具体化した製品の私的販売は「公然開示」に該当しないという 特許審判部の決定を支持した米国連邦巡回控訴裁判所判決

米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、クレームされた発明を具体化した製品の私的販売は、米国特許法(35 U.S.C.)第102条(b)(2)(B)(文末脚注の下線部A)に基づく「公然開示(public disclosure)」に該当しないという特許審判部(PTAB)の決定を支持しました。

 Sanho Corp. v. Kaijet Technology Int’l Ltd, Inc., Case No. 23-1336 (Fed. Cir. 2024年7月31日) (Dyk, Clevenger, Stoll, JJ.)

 米国特許法第102条(a)および(b)の日本語訳を、文末脚注として添付しています。[i]

1.事件の背景

(1)本件対象特許の概要

 Sanho Corp.(以下「Sanho社」)は、ラップトップコンピュータなどの端末機器とプリンターなどの被接続機器との接続性を強化するように設計された、ポート拡張装置に関する米国特許第10,572,429号(以下「本件特許」)を所有しています。

 本件特許の明細書では、端末機器と被接続機器との間でデータ伝送を可能にする、複数のポートモジュールおよびデータ伝送制御モジュールを備えたポート拡張装置について説明されており、このポート拡張装置により、端末機器と周辺機器との接続が容易になります。

 なお、本件特許は中国への国際出願が米国に移行されたものであり、当該国際出願は日本へも移行されて、実用新案登録第3227478号として登録されています。

(2)本件特許に対する当事者系レビュー(IPR)の請願

 Kaijet Technology Int’l Ltd, Inc.(以下「Kaijet社」)は、本件特許の特定のクレームに異議を唱える当事者系レビュー(IPR)を請願し、クレームは先行技術文献(米国特許出願公開No.2018/0165053、以下「先行文献A」)の開示に基づいて自明であると主張しました。

 先行文献Aは、「USB Type-Cインターフェース仕様をサポートする主制御ユニットと、主制御ユニットに電気的に接続され、ディスプレイポート信号を受信するように適合された画像信号処理ユニットとを含む制御システム」を開示しています。したがって、本件特許と先行文献Aはどちらも、複数の被接続機器を端末機器に接続するためのドッキングステーションに関している点で共通しています。

 先行文献Aと本件特許とは、次のような時系列的関係にあります。

 ・2016年11月17日:本件特許の発明者であるLiao氏は、本件特許発明を具現化した製品であるHyperDriveを、Sanho社の所有者に販売する申し出を行いました。

 ・2016年12月6日:Sanho社は、HyperDriveの見本を入手した後に、Liao氏の会社であるGoPod Group Ltd.(以下「GoPod社」)に、HyperDriveを15,000台注文し、GoPad社がそれを承諾 (この時点で私的販売が成立)

 ・2016年12月13日:先行文献Aの有効出願日

 ・2017年4月27日:本件特許の有効出願日

 ・2018年6月14日:先行文献A出願公開日

 ・2020年2月25日:本件特許発行日

 上記時系列的関係に基づいて、米国特許法第102条(b)(2)(B)(文末訳注の下線部A)を適用した場合、HyperDriveの発明者Liao氏によるSanho社への私的販売が同条文の「公然開示」に該当すれば、先行文献Aは、本件特許の有効出願日よりも早い有効出願日を有していても、本件特許に対する先行技術文献としての地位を失っており、先行文献Aは本件特許の有効性に影響を与えないことになります。

(3)PTABの判断

 IPRにおいてPTABは、HyperDriveの私的販売が「公然開示」に該当するかどうかの判断を行なうことなく、先行文献Aの有効出願日が本件特許の有効出願日よりも早かったため、特許クレームは無効であると判断しました。Sanho社は、本件特許の発明者によるHyperDriveの先行販売により、先行文献Aは先行技術文献としての地位を失なうべきであると主張しました。しかしながら、PTABは、Sanho社が先行技術文献の有効出願日より前にHyperDriveを販売したことにより公然開示したことを立証しなかったと判断し、特許無効の決定を下しました。

 上記PTABの決定に対してSanho社は、CAFCに控訴しました。

 

2.CAFCにおける審理

(1)当事者の主張

 控訴審において、Sanho社は、HyperDriveのSanho社への販売が米国特許法第102条(b)(2)(B)に規定の「公然開示」を構成するとPTABが判断しなかったことについて、法的に誤っていると主張しました。

 これに対してKaijet社は、たとえHyperDriveがクレームされた発明の関連機能を具体化していたとしても、クレームされた発明の関連機能が主題を「公然開示」するほど十分に公表されていなかったため、その販売は、第102条(b)(2)(B)の目的[注1]を考慮すると、関連主題を「公然開示」したとは言えず、したがって先行文献Aは本件特許に対する先行技術文献として地位を失わないと主張しました。

(2)CAFCの判断

 (i)米国発明法(America Invents Act 以下「AIA」)下における先行技術について

 CAFCは、まず、AIAにより先発明者主義から先発明者出願主義に移行し、改正後の第102条において先行技術を改めて定義したことを説明した上で、AIAの下では、先行技術には、発明者による公然開示の例外を条件として、特許の有効出願日より前に提出された特許および出願が含まれることを確認的に述べています。

 Sanho社は、米国特許法第102条(b)(2)(B)の「公然開示」という文言は、個人販売を含む、米国特許法第102条(a)(1)(文末脚注の下線部B)に記載されているすべての種類の開示を包含すべきであるとして、HyperDriveの販売がこの公然開示に該当すると主張しました。それに対してCAFCは、HyperDriveの販売は「公然開示」に該当しないと判断し、先行文献AはHyperDriveの販売によって本件特許の先行技術文献としての地位を失わないと認定し、Sanho社の主張を棄却しました。

 (ii)「公然開示」の用語の意義について

 問題の核心は、発明を「販売」することが米国特許法第102条(b)(2)(B)に基づく「公然開示」に該当するかどうかでした。この法律は、主題が先行技術の有効な出願日より前に発明者によって公開された場合、開示は先行技術ではないと述べています。この「公然開示」についてSanho社は、個人販売を含むあらゆる開示が含まれると主張しましたが、CAFCはこれに同意せず、同法の「公然」の語は、単に「開示された」よりも狭い範囲を意味すると指摘し、Sanho社の主張は第102条(b)(2)(B)の例外の目的に反すると判断しました。その判断に際してCAFCは、「特許制度の本質は、限られた期間の独占権と引き換えに、新しく有用な技術の進歩の創出と公開の両方を奨励し、新しい技術を開示によって公共の領域(public domain)にもたらすことにある」と判示した、2023年のAmgen Inc. v. Sanofi事件最高裁判決を引用し、第102条(b)は、発明者が特許出願前に発明を公衆に公開した場合に、発明者を保護することを目的としていると指摘しました。

 CAFCはまた、米国特許法第102条(b)(2)(B)の「公然開示」とは、発明が公衆に利用可能でなければならないことを意味することを支持する立法経緯に依拠しました。Sanho社は、守秘義務がない限り、すべての開示は、たとえ私的販売であっても、公然開示を構成するべきだと主張しましたが、CAFCはこの主張を退け、この法律は「公然開示」と一般的な「開示」を区別しており、異なる意味を示唆していると指摘しました。

 CAFCは、米国特許法第102条(b)(2)(B)は、発明を公に開示する発明者を他者によるその後の開示から保護するものであって、発明者による特許発明の事前の公然開示が、その後の第三者による開示が先行技術になるのを防ぐことを保証していると判断しました。

(iii)結論

 以上のような判断に基づいて、CAFCは、「公然開示」を構成しないHyperDriveの私的販売によっては、先行文献Aは本件特許の先行技術文献としての地位を失わず、本件特許発明は先行技術Aの開示により自明に導かれることから、無効であると結論付けました。

 

3.実務上の留意点

(1)グレースピリオドの適用についての留意点

 AIAの下での米国特許出願のグレース・ピリオドとは、米国特許出願の有効出願日前一年の期間内に当該特許出願の発明を開示した場合に、当該開示を先行技術と扱わないというものです。従来特許出願の発明者の多くは、この期間内に行われる発明者自身による発明の開示や発明を具現化した製品の販売行為は、先行技術にはならないものと広く解釈する傾向にありました。

 本件判決において、特許製品の私的販売が、秘密性がなくても、米国特許法第102条(b)(2)(B)における「公然開示」に該当しないと認定されたことから、AIAの下でのグレース・ピリオドの保護は、1年の期間内の発明の開示が私的販売である場合には、秘密性がなくても先行技術とは認められず、発明を公衆に合理的に利用可能なように、発明の技術的内容を詳細に開示した場合にのみ認められる可能性があることに留意する必要があります。

(2)「公然開示」の解釈の不確実性

 グレース・ピリオドによる保護が受けられるとはいえ、特許出願の前に発明の詳細を開示することは、競合他社による対策を容易化する等のリスクがあり、また、本件判決のみからは、どのような態様でどの程度開示すれば「公然開示」と認められるかの基準が、必ずしも明確になったとは言えません。したがって、種々のリスクを避けるという観点から、発明の開示の前に特許出願を完了することの重要性が変わるものではないことに留意すべきです。

(3)本件判決と、102(a)(1)on sail barとの関係について

 本件判決の約2週間後に出されたCelease v. ITC事件CAFC判決(以下「Celease判決」、詳細は下記「情報元3」参照)において、特許プロセスを使用して製造された製品の販売についての特許法第102条の適用が問題となりました。この判決では、秘密性のある特許プロセスの使用について、2019年のHelsinn v. Teva事件最高裁判決を引用し、秘密性のあるプロセスを使用した製品であっても、特許法第102条(a)(1)のon-sale bar[注2]の対象となると判示しました。

 Celease判決およびon-sale barについては、下記「情報元4」をご参照下さい。また、on-sale barについては弊所ホームページの「国・地域別IP情報」において2022年6月15日に配信した、「本来的な実験的使用目的を伴わない契約は“On-Sale Bar”に対する防御にならないと判示したCAFC判決紹介」と題した記事(URL: https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/8386/)においても、詳細に言及しています。

 このCelease判決は、特許製品の私的販売が特許法第102条(b)(2)(B)の「公然開示」に該当しないとした本件判決と矛盾するようにも見えます。しかしながら、Celease判決で適用された第102条(a)は何が先行技術になるかを規定しているのに対して、第102条(b)は同条(a)の例外を規定している点で相違し、その目的も異なることから、両判決の対象自体が異なっており、特許法102条の解釈に矛盾が生じるものではありません。

 

[注1]

米国特許法第102条(b)(2)(B)は、発明者が自身の発明を公衆に開示することを奨励するため、当該発明者自身の発明を、発明者による開示の後の他人による特許出願から保護することを目的としています。

[注2]

On-Sale Bar:特許出願の1年前の基準日(the critical date)よりも前に、販売されている(on sale)発明については、誰も特許を取得する資格はないという原則

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[i]

第102条 特許要件;新規性(AIA)(a),(b)項(日本特許庁ホームページより)

(a)新規性;先行技術

 何人も特許を受けることができるものとするが,次の事情があるときは,この限りでない。

(1) クレームされた発明が,当該のクレームされた発明に係る有効出願日前に,特許されていた,印刷刊行物に記述されていた,又は,公然使用,販売その他の形で公衆の利用に供されていたことB,又は

(2) クレームされた発明が,第151条に基づいて発行された特許又は第122条(b)に基づいて公開されたか公開されたとみなされる特許出願に記述されており,それにおいて,その特許又は出願の何れか該当するものものが,他の発明者を記名しており,かつ,クレームされた発明に係る有効出願日前に有効に出願されていたこと。

(b) 例外

(1) クレームされた発明に係る有効出願日前1年内にされた開示

 クレームされた発明の有効出願日前1年内にされた開示は,クレームされた発明に対する(a)(1)に基づく先行技術ではないものとするが,次の事項を条件とする。

 (A) その開示が発明者若しくは共同発明者によって,又は発明者又は共同発明者から直接

又は間接に開示された主題を取得したそれ以外の者によってなされたこと,又は

 (B) 開示された主題が,同開示の前に,発明者若しくは共同発明者によって,又は発明者又は共同発明者から直接又は間接に開示された主題を取得したそれ以外の者によって公然開示されていたこと

(2) 出願及び特許に表示されている開示

 開示は,次の事情があるときは,クレームされた発明に対する(a)(2)に基づく先行技術ではないものとする。

 (A) 開示された主題が発明者又は共同発明者から直接又は間接に取得されたこと

 (B) 開示された主題が,同主題が(a)(2)に基づいて有効に出願される前に,発明者若しくは共同発明者によって,又は発明者若しくは共同発明者から直接若しくは間接に開示された主題を取得したそれ以外の者によって公然開示されていたこと

又は

 (C) 開示された主題及びクレームされた発明が,クレームされた発明に係る有効出願日まで,同一人によって所有されていたか又は同一人への譲渡義務を条件としていたこと

 

[情報元] 

1.IP UPDATE (McDermott) “Private Sale Means Public Fail” August 8, 2024

        https://www.ipupdate.com/2024/08/private-sale-means-public-fail/

2. Sanho Corp. v. Kaijet Technology 事件CAFC判決(Case No. 23-1336)原文

        https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1336.OPINION.7-31-2024_2359524.pdf

3. Celease v. ITC事件CAFC判決(Case No. 22-1827)原文

        https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1827.OPINION.8-12-2024_2365402.pdf

4.JETRO NY 知的財産部、Helsinn事件連邦最高裁判決(速報) 「AIA の下でも on sale barの解釈は旧特許法下での解釈と変わらず」(2019年1月23日)

   https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2019/20190123.pdf

[担当]深見特許事務所 野田 久登