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特許審判部への再審理請求に審判で主張した議論を含めなかったことにより、 当該主張を放棄したことにはならないと判断したCAFC判決

当事者系レビュー(IPR)における特許審判部(PTAB)の自明性の決定に関して、当事者がPTABに再審理請求(Request for Rehearing)を行なった件の控訴審において、米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、当該再審理請求にIPRで主張した議論を含めなかったことにより、当該主張を放棄したことにはならないと説明して、PTABの自明性認定を支持しました。

Voice Tech Corp. v. Unified Patents, LLC, Case No. 22-2163(2024年8月1日言い渡しCAFC判決)

 

1.事件の背景

(1)本件対象特許の概要

 Voice Tech Corp.(以下「Voice Tech社」)は、単一のモバイルデバイスが音声コマンドを用いてコンピュータ上のさまざまなネイティブアプリケーション(デバイスにダウンロードしてインストールできるアプリ)や機能にリモートアクセスして制御する、方法およびシステムに関する特許(米国特許第10,491,679号、以下「本件特許」)を有しています。本件訴訟においてポイントとなる、方法発明の独立クレーム1のステップ[1.4]~[1.6]と、システム発明の独立クレーム5の構成要件[5.6]~[5.8]との対応関係を示すため、これらの独立クレームの試訳(一部省略しています)を以下に示します。

[独立クレーム1(試訳)]

[1.0] モバイル デバイスからコンピュータにアクセスして制御する方法であって、以下のステップを含む。

[1.1] モバイル デバイスからコンピュータのオーディオコマンドインターフェイスでオーディオデータを受信し、

([1.2], [1.3] 省略)

 前記オーディオコマンドインターフェイスは、

[1.4] コマンドに応答して、選択されたオペレーティングシステムまたはアプリケーションで少なくとも1つのプロセスを実行し、

[1.5] 選択されたオペレーティングシステムまたはアプリケーションが少なくとも1つのプロセスを実行するのに応答して、出力データを生成し、

[1.6] 出力データをモバイルデバイスに送信する。

[独立クレーム5(試訳)]

[5.0] モバイルデバイスからコンピュータにアクセスして制御するためのシステムであって、

([5.1], [5.2] 省略)

[5.3] 前記コンピュータにおいてモバイルデバイスからオーディオデータを受信するオーディオコマンドインターフェイスを含み、

 前記オーディオコマンドインターフェイスは、

([5.4], [5.5]省略)

[5.6] コマンドに応答して、選択されたオペレーティング システムまたはアプリケーションを使用して、コンピュータで少なくとも1つのプロセスを実行し、

[5.7] 選択されたオペレーティングシステムまたはアプリケーションが少なくとも1つのプロセスを実行したことに応答して出力データを生成し、

[5.8] コンピュータのモバイルデバイスインターフェースは、出力データをモバイルデバイスに送信する。

(2)当事者系レビュー(IPR)の請願と、PTABの決定

 Unified Patents, LLC(以下「Unified社」)は、本件特許について、当事者系レビュー(IPR)を請願し、上記独立クレーム1および5を含む特定のクレームに記載の発明は、3件の先行技術文献に基づいて自明であるため特許性がないと主張しました。

 IPR請願書においてUnified社は、クレーム5に関し、ステップ[5.8]の「モバイルデータインターフェイス」には言及することなく、クレーム5はクレーム1と類似しているため、クレーム5の限定はクレーム1の限定と同じ理由により自明であるという趣旨の主張をしています。

 PTABはこの主張を受け入れて、本件特許のすべてのクレームが、先行技術文献の組合せにより自明であると認定しました。

 それに対してVoice Tech社は、クレーム1に記載の「オーディオコマンドインターフェイス」とクレーム5の「モバイルデータインターフェイス」との違いに基づくクレーム5の解釈を示して、PTABの自明性認定に反論しました。

 しかしながらPTABはこのこの反論を受け入れることなく、Unified社の主張に同意して、異議を申し立てられたすべてのクレームは特許性がないと判断しました。

(3)Voice Tech社による再審理請求(Request for Rehearing

 PTABの上記決定に対してVoice Tech社は、米国特許規則(37C.F.R.)§42.71(d)[注1]に基づいて再審理請求を行ない、Unified社のIPR請願書において、クレーム5に記載されている「モバイルデバイスインターフェイス」を開示する先行技術文献の開示を特定していないことを主張しました。しかしながら、この再審理請求においてVoice Tech社は、IPRにおいて主張していた、クレーム1の「オーディオコマンドインターフェイス」とクレーム5の「モバイルデータインターフェイス」との違いに基づくクレーム5の解釈を、改めて主張することはしませんでした。

 PTABは、「クレーム5のステップ[5.8]についてのUnified社の分析はクレーム1の[1.6]に関する先行技術文献の分析に対応付けている」との理由で、Voice Tech社の上記再審理請求を却下しました。この決定に対してVoice Tech社は、CAFCに控訴しました。

 

2.本件控訴審における審理とCAFCの判断

(1)クレーム5の自明性について

 Voice Tech社は、IPR請願書におけるUnified社のクレーム分析がクレーム5に記載の「モバイルデバイスインターフェース」に明示的に言及していなかったため、Unified社の申立ては、異議を唱えられたクレームの「モバイルデバイスインターフェース」についての限定を教示する先行技術の開示を特定できなかったと主張しました。

 これに対してCAFCは、「Unified社がクレーム1の分析を『モバイルデバイスインターフェース』に関するクレーム5の記載に適切に対応させ、自明性に関して十分な議論を提示した」とのPTABの認定に同意するとともに、先行技術文献の1つが「モバイルデバイスインターフェース」を教示していることにも同意しました。

(2)「モバイルデータインターフェイス」の解釈について

 (i)当事者の主張とCAFCの判断

 Voice Tech社はまた、PTABがクレーム5の「モバイルデバイスインターフェース」を適切に解釈しなかったと主張しました。それに対してUnified社は、Voice Tech社のPTABへの再審理の請求に、クレーム1の「オーディオコマンドインターフェイス」とクレーム5の「モバイルデータインターフェイス」との違いに基づくクレーム5の解釈の主張が含まれていなかったため、Voice Tech社がクレーム解釈の主張を放棄しており、控訴審における本件特許のクレーム5についての非自明性の主張は成り立たないと反論しました。

 CAFCはこれに同意せず、「37C.F.R.§42.71(d)に基づくPTABへの再審理請求において当事者が議論を再提起しないという選択は、それ自体では、控訴審で主張することを放棄するものではない」と判断しました。

 (ii)Polycom, Inc. v. Fullview, Inc.事件CAFC判決(以下「Polycom事件判決」)の引用

 この判断に関連してCAFCは、本件判決において、2019年のPolycom事件判決に言及しました。Polycom事件判決は、旧法(pre-AIA)の当事者系再審査(inter partes reexamination)での特許維持決定に対して再審査請求人が請求した審判における特許維持の決定に対する控訴審において出されたものです。再審査請求人は、CAFCへの控訴提起に際して、再審査の請求および審判の決定に対する再審理の請求のいずれにおいても提起しなかった議論を主張しました。そのためCAFCは、控訴において初めて提起された議論は、審判では議論されず、また審判の決定に対する再審理の請求においても主張されなかったことから、放棄されたものと認定し、判決に際して考慮しませんでした。

 一方、本件判決においてCAFCは、IPRの段階で既に主張されており、PTABが十分に検討して正しく判断した論点について、再審理の請求で改めて主張されなかった点で、上述のPolycom事件判決とは状況が相違することから、当該論点の主張を放棄しなかったものとの認定がPolycom事件判決と矛盾しないと判断しました。

(3)クレーム用語の解釈の問題について

 CAFCはまた、「先行技術がクレーム5に記載のモバイルデータインターフェイスを開示しているとPTABが認定したことを考慮すると、IPRにおいてVoice Tech社が提案したクレーム解釈は特許性分析の結果を変更していない」というUnified社の主張にも同意し、クレーム用語の解釈の主張は、論争を解決するために必要な場合にのみ意義があると指摘しました。

 さらに、CAFCは、「Voice Tech社の主張は十分な事実に基づかない推断的なものであり、PTABが採用したクレーム解釈によってVoice Tech社がどのような不利益を被るかについて明確に説明していないため、Voice Tech社のクレーム解釈の議論を考慮する必要はない」と認定しました。この認定に際してCAFCは、「クレーム用語の解釈は、争点となっているクレーム用語について、その争点を解決するために必要な範囲で解釈すればよい」と判示した、Nidec Motor Corp. v. Zhongshan Board Ocean Motor Co.事件CAFC判決(2017年)を引用しました。

(4)Voice Tech社の「後知恵(hindsight)」の主張について

 Voice Tech社は、「Unified社の自明性分析は後知恵に基づいており、先行技術がクレームの特定の限定を教示しているというPTABの認定は誤りである」と主張しました。それに対してCAFCは、異議を唱えられたすべてのクレームに関するPTABの自明性判断を支持し、先行技術文献の組み合わせが問題となっているクレームの限定を教示しているというPTABの認定を支持する実質的な証拠があると認定しました。具体的には、そのような実施的な証拠としてCAFCは、Unified社がIPR請願書において、クレーム5の構成をクレーム1のステップに対応付けて、クレーム1についての自明性の分析がクレーム5についても適用可能であることを示していることを挙げました。

 CAFCはまた、「Unified社の自明性の主張は後知恵に基づく」というVoice Tech社の主張を退け、その実質的証拠として、PTABが、発明時に通常の技術を有する当業者の観点から自明性を論じた専門家の証言に適切に依拠していることを挙げました。

 

3.実務上の留意点

(1)37C.F.R.§42.71(d)に基づく再審理請求での主張について

 従来より、米国特許実務において、再審理請求で主張しなかった論点については、上級審において主張することが認められない恐れがあるとの懸念から、再審理要請に際しては、既に主張していたすべての議論を念のため繰り返すことが多くありました。

 しかしながら、本件判決においてCAFCは、37 C.F.R. § 42.71(d)に基づく再審理請求ではPTABが誤解または見落としたものを主張すべきであると指摘しています。言い換えれば、PTABがIPRの審理において検討し、誤りなく判断した事項については、再審理請求において改めて主張する必要がなく、そのような事項については、再審理請求において主張しなくても、上訴に際して主張を放棄したことにはならないことになります。

(2)クレーム解釈について

 CAFCは本件判決において、Voice Tech社が提案するクレーム解釈がPTABの自明性判断をどのように変更するかを説明しなかったことを理由として、Voice Tech社のクレーム解釈を考慮しませんでした。このことは、クレーム解釈について争う場合において、独自のクレーム解釈を主張する際には、その解釈が自明性の結論にどう影響するかを説明する必要があることを示しています。

(3)自明性判断の実質的証拠について

 CAFCは、PTABの自明性判断を支持する際に、次の2点を挙げて、実質的証拠の重要性を強調しています。

 (i)Unified Patents社のIPR請願書が本件特許のクレーム1の自明性の分析をクレーム5にも適用可能であることを示していたこと。

 (ii)Voice Tech社の「後知恵」の主張を退けるに際して、PTABが適切に専門家の証言を考慮し、発明時点での当業者の視点から自明性を判断したこと。

 これらは、特許発明の自明性について主張あるいは反論を行なう場合、クレーム構成と先行技術文献の開示との関係や、有効出願日当時の当業者の知識等を明確に示すことの重要性を示していると言えます。

 

[注1]

37CFR§42.71 請願(petitions)または動議(motions)に関する決定。

(d) 再審理(Rehearing)。決定に不満のある当事者は、審判部からの事前の許可なしに、再審理の請求を1回提出することができる。決定を修正すべきであることを示す責任は、決定に異議を申し立てる当事者にある。請求では、審判部が誤解または見落としたと当事者が考えるすべての事項、および各事項が以前に動議、異議、回答、または再回答で取り上げられた場所を具体的に特定する必要がある。再審理の請求によって、措置を講じる時間が短縮されることはない。請求は、次の期間内に提出する必要がある。

(1) 請願書で主張された少なくとも1つの特許性がない根拠に関する非最終決定または審判を開始する決定の登録から14日以内。または

(2) 最終決定または審理を開始しないことの決定が下されてから30日以内。

[情報元] 

1.IP UPDATE (McDermott) “Unified Front: No Forfeiture by Failing to Raise Argument in Request for Rehearing” August 8, 2024

https://www.ipupdate.com/2024/08/unified-front-no-forfeiture-by-failing-to-raise-argument-in-request-for-rehearing/

2. Voice Tech Corp. v. Unified Patents, LLC, Case No. 22-2163 (Fed. Cir. Aug. 1, 2024) (Lourie, Chen, Cunningham, JJ.)(本件CAFC判決原文)

 https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-2163.OPINION.8-1-2024_2360441.pdf

[担当]深見特許事務所 野田 久登