UPC協定の締約国7ヶ国を対象とした初の恒久的差止を命じるUPCデュッセルドルフ地方部判決
2024年7月3日に統一特許裁判所(UPC)のデュッセルドルフ地方部は、UPC協定の締約国(批准国)の7ヶ国を対象とした初の恒久的差止を命じるUPCとして最初の本案判決を下しました。
(Franz Kaldewei GmbH & Co. KG v Bette GmbH & Co. KG事件:UPC_CFI_7/2023)
1.事件の経緯
Franz Kaldewei GmbH & Co. KG(以下、「Kaldewei社」)は衛生浴槽設備のシャワーのトレイ部分の構造に関する欧州特許EP 3 375 337(以下、「本件特許」)を有しています。本件特許は、UPC協定の締約国であるオーストリア、ベルギー、デンマーク、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダの7ヶ国で有効化されていました。
Kaldewei社は、本件特許のクレーム1-3を侵害しているとして、2023年6月1日のUPC開設の翌日にBette GmbH & Co. KG(以下、「Bette」社)をUPCのデュッセルドルフ地方部(以下、「地方部」)に訴えました。これに対して、Bette社は、本件特許の有効性に異議を唱え、反訴を提起しました。
Kaldewei社は、Bette社の主張する無効理由に対抗し、クレーム2および3の特徴をクレーム1に含める補正を伴う補助請求(auxiliary request)を提出しました。Bette社はこの補助請求の有効性にも異議を唱え、またBette社は本件特許の優先日前の発明の所有権に基づく先使用権を有していると主張しました。
このように地方部で係属中の侵害訴訟において、対象特許の取消を求める反訴が提起された場合、UPC協定第33条第3項により、地方部は、次の3つの選択肢のいずれか1つで手続を進める裁量権を有します。
① 地方部が侵害訴訟および取消の反訴の両方を担当する(第33条第3項(a))
② 地方部が侵害訴訟を担当し、取消の反訴を中央部に付託する(第33条第3項(b))
③ 当事者の合意を得て、事件全体を中央部に付託する(第33条第3項(c))
2023年12月1日に地方部は、選択肢①を選択し、特許の侵害と取消の反訴をともに審理することを決定しました。
そして、2024年5月16日に口頭審理が開催され、その後、2024年7月3日に判決が言い渡されました。このようにUPCは、訴訟の提起から12ヶ月以内に、そして口頭審理から6週間以内に判決を下すという当初の目的をほぼ達成することができました。
2.本件訴訟の争点と地方部の判断
(1)本件特許の有効性について
地方部は、特許付与時のクレーム1は新規性はあるものの進歩性がなく、したがって無効であると判断しました。そして、地方部は、クレーム1にクレーム2および3の特徴を含めた補助請求は有効であると判断しました。進歩性の評価について地方部は、10x Genomics, Inc.事件におけるUPC控訴裁判所判決と同様に、実用的かつ柔軟に進めました。このアプローチは、最も近い先行技術と問題解決アプローチに焦点を当てた欧州特許庁(EPO)のアプローチとは異なるものです。
なお、UPCにおける進歩性の判断については、2024年5月8日付けで配信いたしましたNanoString Technologies, Inc. v 10x Genomics, Inc.事件控訴審判決に関する弊所HPの記事「UPC控訴裁判所による最初の実体的判決」の「5(3)UPCにおける進歩性の判断」をご参照いただきたいと思います(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/11384/)。
地方部はクレームの解釈に関して、上記の控訴審判決に言及し、クレームの解釈のために明細書と図面が参酌されるとするEPC第69条の原則が有効性と侵害の両方の訴訟に適用されると述べました。そして、特許の有効性を評価し、クレームの範囲を解釈する際に、本件特許の明細書を繰り返し参照しました。
(2)先使用権の抗弁について
Bette社は、自社の製品が本件特許または補助請求のクレームを侵害していることについて争いませんでした。Bette社による先使用権の主張について、地方部は、Bette社が発明の所有権とその使用に関する証拠をドイツ国内におけるものしか提供できず、この訴訟で問題となっているUPC締約国におけるものを提供できなかったため、Bette社は先使用権を主張できないと判断しました。UPC協定では、先使用権は先使用が行われた国においてのみ享受されうると規定されています。すなわち、先使用の抗弁に関しては、本件判決からUPCには「汎ヨーロッパの先使用権」のような防御手段は存在しないという結論が導かれ、先使用権の存在は、関係する各締約国について、その国の国内法に従って個別にUPCに主張されなければなりません。被告は各国の関連情報を個別に提供する必要があります。
(3)寄与侵害について
いわゆる寄与侵害(contributory infringement:発明の間接的使用)に関して、地方部は、二重の地域要件があると判断しました。つまり、発明の必須要素の提供および/または引き渡しは、UPC領域内で行われなければならず、発明もまたUPC領域内で使用されなければなりません。今回地方部は、提供/引き渡しがある締約国で行われ、発明が別の異なる締約国での直接使用を目的としていることで、寄与侵害を構成するのに十分かどうかという疑問を残しました。この点については、今後の判例法で明確にする必要があります。
(4)恒久的差止命令について
Bette社が本件特許に関してこれ以上の侵害行為を行わないようにし、侵害製品を流通経路から永久に排除するために、地方部は恒久的差止命令を発令しました。Bette社は、Kaldewei社に対して、特許の付与日以降に侵害行為を行った範囲を通知するよう命じられました。これには、製品の数量、その原産地、流通経路、関係者の身元、実施した広告、および達成した費用と利益に関する追加情報が含まれました。Bette社は、差止命令のどの部分を行使するつもりかを示すKaldewei社からの通知の送達後30日以内にこれらの措置を講じる必要がありました。
(5)損害賠償額について
Bette社は、Kaldewei社に対して暫定的な損害賠償額として10,000ユーロを支払うよう命じられ、もしも侵害行為が続く場合にはさらに支払うよう命じられました。その後、地方部は、反訴の費用はKaldewei社が50%、Bette社が50%負担し、訴訟費用についてはKaldewei社が15%、Bette社が85%を負担するとの判決を下しました。回収可能な代理費用の上限は、Kaldewei社に対して47,600ユーロ、Bette社に対して8,400ユーロに設定されました。反訴については、各当事者の上限は28,000ユーロに設定されました。
3.考察
本件判決から、UPCは、当事者に迅速な救済を提供することに熱心であるように思われます。UPCの訴訟件数の負荷が増えるにつれて、これが維持されるかどうかは興味深いところです。
また、本件訴訟からは、UPCは有効性を評価する際には、クレームの解釈に明細書を使用するアプローチを継続しているようです。先使用を主張する場合には、特許が有効化された各締約国にいて差止命令が発令されるのを回避するために、各締約国における先使用の詳細な証拠を提示する必要があります。
この事件の被告は控訴する可能性が高いと思われますが、これにより、UPC(控訴審)が法律をどのように適用しているかを評価するさらなる機会が提供されるものと思われます。
[情報元]
① IP Update (McDermott News) “European UPC Issues Its First Decisions on the Merits”
(https://www.ipupdate.com/2024/07/european-upc-issues-its-first-decisions-on-the-merits/)
② Legal Lens on the Unified Patent Court | July 2024 (McDermott News)
“Topics: first UPC decision on the merits; permanent injunction; UPC prior use defense not successful”
(https://www.mwe.com/insights/legal-lens-on-the-unified-patent-court-july-2024/)
③ UPC_CFI_230/2023
“D Young & Co Patent Newsletter No.102 August 2024
“First permanent injunction at the UPC: Franz Kaldewei v Bette”
(https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/upc-franz-kaldewei-bette-first-permanent-injunction)
[担当]深見特許事務所 堀井 豊