当事者系レビュー(IPR)における手続き遅延を理由とする 特許権者に不利な審判部の決定を覆した米国特許商標庁長官の決定
2024年5月21日、米国特許商標庁(USPTO)特許審判部(PTAB)は、当事者系レビュー(Shenzhen Xinzexing E-commerce Co., Ltd. v. Shenzhen Carku Technology Co., Ltd., IPR2024-00222)(以下「本件IPR」)において、特許権者に対する不利益な決定を出しました。
PTABの決定と、その決定が出された状況とを考慮した上で、USPTO長官(以下「長官」)は職権で、PTABの決定の長官レビュー[1]を開始し、この長官レビューの決定に沿ったさらなる決定のためにこの手続きをPTABに差し戻しました。
1.背景
2023年11月21日、Shenzhen Xinzexing E-commerce Co., Ltd.(以下「本件IPRの請願人」)は、米国特許第9,643,506号(以下「本件特許」)の特定のクレームのIPRを求める請願書を提出しました。請願書には、請願書、委任状、およびすべての補足書類が、Shenzhen Carku Technology Co., Ltd.(以下「特許権者」)の記録上の住所に送達されたことを示す送達証明書が含まれていました。
2023年11月29日、PTABは、請願書の提出日および特許権者の予備的回答の提出期限に関する通知を発行しました。この通知では、特許権者は「通知の日から3か月以内に請願書に対する予備的回答を提出できる」と示されていました。通知ではまた、特許権者に対して、「請願書の送達から21日以内に、37 C.F.R.§42.8(a)(2)[2]に基づく義務的通知情報(mandatory notice information)を提出する必要がある」ことも通知されていました。PTABは、通知のコピーを3つの電子メールアドレスに送信しました。その中には、本件特許の登録法律事務所のアドレスと、その事務所の登録弁護士3名のうちの1名のアドレスが含まれていました。特許権者は、通知に記載された期間内に義務的通知情報を提出せず、請願書に対する予備的回答も提出しませんでした。
2024年4月18日、PTABは、以前に通知が送付されたアドレスに再度電子メールを送信しました。またPTABは、本件特許を含む地方裁判所の訴訟で以前に記録されていた特許権者の訴訟弁護士と、IPRにおける請願人の弁護士にもコピーを送信しました。PTABの電子メールには、「通知は提出されていない」と記載されており、「この件では通知の期限が大幅に過ぎている」とアドバイスされていました。
2024年5月21日、審理を開始するかどうかを決定する法定期限前に、PTABは、37 C.F.R. § 42.73(b)(4)[3]を引用し、異議を申し立てられたクレームに関して特許権者に対して自発的に不利な判決を下しました。PTABは、2024年4月18日の電子メールに対して何の返答も受け取っていないと述べ、「特許権者が義務的通知情報を提出せず、PTABの電子メールに返答しなかったことは、争いを放棄したものと見なされる」と判断しました。
特許権者は、義務的通知情報の提出期限を過ぎた2024年7月8日に、義務的通知情報と委任状を提出しました。提出された義務的通知情報において特許権者は、地裁での特許侵害訴訟については、新しい弁護士を代理人に任命し、以前の代理人であった弁護士には、訴訟から撤退するように指示していたこと、本件IPRについては、新しい代理人を手配していたことを示していました。
2.USPTO長官の判断
(1)長官レビューの開始
本件IPRにおけるPTABの上記決定と、その決定が出された状況を考慮し、USPTO長官は自発的に(sua sponte)PTABの決定の長官レビューを開始しました。
(2)長官の判断
本件IPRにおけるPTABの決定をレビューした結果、長官は、PTABの見解に同意せず、特許権者が義務的通知情報を期限内に提出しなかったこと、またはPTABの電子メールに返信しなかったことが、本手続きに関する争いの明確な放棄であるとは考えませんでした。
その判断の根拠として長官は、弁護士の発言が「本手続きの争いの明確な放棄」ではないとして特許権者に不利な判決を取り消した過去のIPRの決定(Apple Inc. v. Zipit Wireless, Inc., IPR2021-01124)を引用しました。
特に、審判部の2024年4月18日付電子メールメッセージでは「通知は期限を大幅に過ぎている」と述べられていたものの、その電子メールメッセージも以前の通知も、37 C.F.R. § 42.8で要求されている義務的通知を提出しなかったことが、争いの放棄と見なされること、あるいは37 C.F.R. § 42.73(b)(4)に基づき特許権者に対して不利な判決が下される可能性があることを十分に示していませんでした。
また長官は、PTABによる特許権者に不利な決定の確定は、以下の状況に鑑みて、時期尚早であったと判断しました。
PTABによる特許権者に不利な決定の後、特許権者の訴訟代理人が2024年6月6日に、同時係争中の地方裁判所訴訟の取り下げ許可申立てを提出していました。その申立てでは、
(1) 特許権者は、少なくとも2024年3月19日には代理人に対し、同時係争中の地方裁判所訴訟の作業を中止するよう指示していたこと、
(2) 特許権者は代理人に対し、本件IPRの手続きを扱わないように指示していたこと、
(3) 代理人は、特許権者が少なくとも地方裁判所訴訟で代理する新しい代理人を探していることを知らされていたこと
などが述べられていました。
さらに、地方裁判所が2024年6月7日に取り下げ許可の申立てを認めました。また上記のように、特許権者はその後新しい弁護士を雇い、最近、PTABに義務的通知情報を提出しました。
(3)長官の決定
以上の判断に基づき、長官は、PTABによる特許権者に不利な決定を取り消すとともに、請願書で争われている特許クレームの少なくとも1つが特許不可能である合理的な可能性があることを請願書が証明しているかどうかを判断することを求めて、本件IPRを審判部に差し戻しました。
3.実務上の留意点
義務的通知を提出しなかったことが争いの放棄と見なされ、争いの放棄が特許権者にとって不利な判断をもたらす可能性があることを、PTABが明示的に通知しなかったことが、PTABの決定が時期尚早との長官の判断の要因となったことは、PTABが当事者に対して明確な手続き上のガイダンスを与えることの重要性を高めることにつながりました。
したがって、PTABは当事者への通知に際して、義務的な通知情報を提出すべき期限等のような、当事者に不利な決定をもたらすおそれのある事項について、今後は漏れなくアドバイスすることが期待されます。
ただし、対PTAB手続きに際して当事者に課される法的義務は、本来当事者が自主的に遵守すべきであって、義務違反が当事者に不利な決定をもたらす可能性があることを考慮して、PTABによるアドバイスに頼ることなく、確実に遵守されるように常に留意することが望まれます。
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長官レビューは、PTABにおける当事者系レビュー(IPR)および付与後レビュー(PGR)の決定に対して、当事者の請求を受けてまたは長官の裁量により長官がレビューをする手続きです。長官レビューは、2021年6月のArthrex事件の最高裁判決を受け、暫定的な運用が開始されました。2023年7月からは、長官レビューの対象に、PTABによる審理開始または拒否に関する決定が追加されています。また、2024年4月16日には、官報において、PTABの決定に対する長官レビューを暫定運用から正式化するための規則案が公表されています。規則案の詳細は、下記「情報元4」をご参照下さい。
37 C.F.R.§42.8(a)(2):IPR等において当事者がPTABに提出を義務付けられる通知情報を規定
37C.F.R.§42.73(b)(4):不利な判決を求めるものと解釈される行為には、争いの放棄等が含まれることを規定
[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott) “From Oops to Encore: The Board’s Premature Adverse Judgment” May 9, 2024
https://www.ipupdate.com/2024/07/from-oops-to-encore-the-boards-premature-adverse-judgment/
2.本件当事者系レビュー(Shenzhen Xinzexing E-commerce Co., Ltd. v. Shenzhen Carku Technology Co., Ltd., IPR2024-00222)の長官レビュー決定原文
https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/ipr2024-00222_paper_7_20240710_.pdf
3.本件当事者系レビュー(Shenzhen Xinzexing E-commerce Co., Ltd. v. Shenzhen Carku Technology Co., Ltd., IPR2024-00222)におけるPTABの最初の決定原文
4.JETRO NY 知的財産部「USPTO、PTAB の決定に対する長官レビューの規則案を公表」(2024年4月25日)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2024/20240425.pdf
[担当]深見特許事務所 野田 久登