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単一の種概念のみにより支持されるミーンズプラスファンクションクレームの有効性に関する審判レビューパネルの決定

 米国特許商標庁(PTO)の審判レビューパネル(ARP:Appeals Review Panel)[注1]は、単一の種概念(single species)のみの開示によって支持されるミーンズプラスファンクション(M+F:means-plus-function)クレーム[注2]の機能で特定された手段は、明細書が他の法定均等物(statutory corresponding equivalents)の開示を欠いていても、不明確性または明細書の記載の欠如を理由として無効されないとの決定を下しました。

              Ex parte Chamberlain, Appeal No. 22-001944 (App. Review Panel, May 21, 2024) (Vidal, Dir.; Udupa, Boalick, APJs)

 

[注1]

審判レビューパネル(Appeals Review Panel):審判の決定をUSPTO長官が再検討する長官レビューの際に長官が自発的に招集可能な、長官、特許局長(Commissioner for Patents)、およびPTABの主席審判長(Chief Administrative Patent Judge.)で構成される、2023年7月に新たに制定されたパネル。

 

[注2]

ミーンズプラスファンクションクレーム:クレームの構成要件を、特定の機能を遂行するための手段又は工程として、機能的に特定したクレーム。

 

1.事件の背景

(1)本件特許出願のクレーム

 問題となっている特許出願(16/803,690、以下「’690出願」)の独立クレームは、抗体の生体内での(in vivo)半減期を延ばすために考案されたアミノ酸置換を含む「抗C5抗体外療法」で患者を治療する方法に関するものです。いずれのクレームも同様に、「抗C5抗体を投与することによって患者を治療する方法であって」というプリアンブルが含まれてます。’690出願の独立クレームの1つ(クレーム8)はジェプソン形式[注3]であり、もう1つ(クレーム9)はM+Fの限定を含んでいました。

 

[注3]

ジェプソン形式:「…において(…であって)、~を特徴とする、…」のように、最初に発明の公知部分を述べた上で、その発明の特徴となる新規部分を記述するクレーム形式。

 クレーム8,9は以下の通りです。

  1. In a method of treating a patient by administering an anti-C5 antibody with an Fe domain, the improvement comprising said Fe domain comprising amino acid substitutions M428L/N434S as compared to a human Fc polypeptide, wherein numbering is according to the EU index of Kabat, wherein said anti-C5 antibody with said amino acid substitutions has increased in vivo half-life as compared to said antibody without said substitutions.

 (仮訳)

  1. Feドメインを有する抗C5抗体を投与することにより患者を治療する方法において、前記Feドメインは、ヒトFcポリペプチドに匹敵する(as compared to)アミノ酸置換M428L/N434Sを含み、番号付けはKabatのEUインデックスに従い、前記アミノ酸置換を有する前記抗C5抗体は、前記置換のない前記抗体と比較して、生体内半減期が増加していることを特徴とする。
  2. A method of treating a patient by administering an anti-C5 antibody comprising:
  3. a) means for binding human C5 protein; and
  4. b) an Fc domain comprising amino acid substitutions M428L/N434S as compared to a human Fe polypeptide, wherein numbering is according to the EU index of Kabat,

              wherein said anti-C5 antibody with said amino acid substitutions has increased in vivo half-life as compared to said antibody without said substitutions.

 (仮訳)

  1. 抗C5抗体を投与することにより患者を治療する方法であって、
  2. a) ヒトC5タンパク質を結合する手段;および
  3. b) ヒトFeポリペプチドに匹敵する(as compared to)アミノ酸置換M428L/N434Sを含むFcドメイン(番号付けはKabatのEU index[注4]に従う)を含み、

              前記アミノ酸置換を有する前記抗C5抗体は、前記置換のない前記抗体と比較して生体内半減期が増加している。

 

[注4]

KabatのEU index:可変領域に基づいて抗体中のアミノ酸残基に番号付けするための指標の一種。

(2)特許審判部(PTAB)の決定

 審査官による拒絶に対して請求された査定系再審査(EPR:Ex Parte Reexamination)においてPTABは、特許法第112条(a)[注5]に基づき、独立クレーム8,9について新たな拒絶の理由を提示するとともに、自明性型二重特許のクレームに対する審査官の拒絶を支持しました。またPTABは、特許法第112条(b)[注6]に基づき、M+Fのクレーム要素を含むクレーム9を不明確であると認定し、新たな拒絶の理由を示しました。

[注5]

特許法112条(a):明細書は,その発明の属する技術分野又はその発明と極めて近い関係にある技術分野において知識を有する者がその発明を製造し,使用することができるような完全,明瞭,簡潔かつ正確な用語によって,発明並びにその発明を製造,使用する手法及び方法の説明を含まなければならず,また,発明者又は共同発明者が考える発明実施のベストモードを記載していなければならない。

[注6]

特許法112条(b):明細書は,発明者又は共同発明者が発明とみなす主題を特定し,明白にクレームする1又は2以上のクレームで終わらなければならない。

 PTABがクレーム9を不明確であると認定した理由は、つぎの通りです。

  (a) まずPTABは、クレーム9がmeans-plus-functionクレームであると認定しました。

  (b) また、クレームされた「ヒトC5タンパク質を結合するための手段」の明細書に開示されている例は「5G1.1」の1つだけであり、その構造は開示されていないと判断しました。

  (c) またPTABは、EPRの請求人が「5G1.1抗体の構造が出願時に既知であったことを立証していない」と認定しました。

  (d) PTABはさらに、「ヒトC5タンパク質を結合するための手段」は、特許法112条(f)[注7]に基づいて、明細書に開示された結合構造及びその均等物をカバーするものと解釈されるが、結合構造が開示されていないため、クレーム9の均等物を決定することはできないとの判断を下しました。

 

[注7]

特許法112条(f):組合せに係るクレームの要素は,その構造,材料又はそれを支える作用を詳述することなく,特定の機能を遂行するための手段又は工程として記載することができ,当該クレームは,明細書に記載された対応する構造,材料又は作用及びそれらの均等物を対象としているものと解釈される。

 なお、PTABの最初の決定およびARPの決定のいずれも、特許法112条の段落の表記について、2012年9月16日以降の出願に適用されるAIA法の「(a)~(f)」と、それ以前の出願に適用されるpre-AIA法の「パラグラフ1~6」の両者を使い分けていますが、実質的に同じ内容であるため、本稿では現行法である前者の表記に統一しています。

 

(3)連邦巡回控訴裁判所(CAFC)への上訴と、USPTOよる差戻し要請

 上記PTABの決定を不服として出願人は、CAFCに上訴しました。その後、USPTOは、CAFCに対し、「バイオテクノロジーの分野、特に抗体技術分野におけるジェプソン形式およびM+Fクレーム」の適切な分析に関する特許庁の立場を明確にし、「修正された決定を下す」ために、本件をUSPTOに差し戻すよう要請するという異例の措置を採りました。

 

2.差戻し後の審判レビューパネル(ARP)の判断

(1)ARPの判断の概要

 差戻し審において、招集されたARPは、明細書が当業者が発明を実施できる程度に発明を記載していないために、クレーム8,9が特許法第112条(a)の要件を満たしていないというPTABの判断を支持しましたが、M+F要素を含むクレーム9の不明確性に関するPTABの認定を覆しました。その際、ARPは、M+Fクレームの要素の無効基準や、限定的なプリアンブルが無効性に及ぼす影響について、有益な解説を提供しました。

(2)クレーム8,9の特許法第112条(a)の記載要件欠如について

 クレーム8,9のプリアンブルに記載の「抗C5抗体を投与することにより患者を治療する方法」との記載は、クレームされた発明の特許性判断の上で、単に発明の分野や目的を示す文言としてではなく、限定的に解釈すべきであると認定しました。具体的には、「患者を治療する」という用語は、単に「その方法が有用であるかもしれない状況」を提供するだけでなく、「抗体の生体内半減期を延ばし、抗体を投与すること」を含むクレームの本体部分(body)の限定を意義付けて、クレームされた方法自体の存在理由を構成する上で必要であったと判断しました。

 また、’690出願の明細書は、抗C5抗体の1つの例である5G1.1抗体についてのみ言及しており、あらゆる「抗C5抗体」の広範な属について十分に裏付けられていないため、「患者の治療」についても十分に裏付けられていないと判断しました。

 したがって、特許法第112条(a)に基づくPTABのクレーム8,9の拒絶を維持しました。

(3)クレーム9が特許法112条(f)の記載要件を満たすことについて

 (i)M+Fクレームの機能で特定された「手段」に対応する構造の開示

 差し戻し審において、ARPはまず、クレーム9の「ヒトC5タンパク質を結合するための手段」の記述が特許法112条(f)に規定するM+F限定に該当することを確認しました。

 また、クレームに記載の抗C5抗体に対応するものとして明細書では5G 1.1のみが開示されていることが、「ヒトC5タンパク質に結合する手段」に適切な構造を提供するかどうかを、記録された先行技術に基づいて検討し、次の点を確認しました。

 記録された先行文献によれば、5G 1.1という用語は、もともと寄託されたハイブリドーマから生成された特定のマウスモノクローナル(mouse monoclonal)抗体を指すものと理解されており、当該先行文献は、5G 1.1マウス抗体の可変重鎖および可変軽鎖の配列も開示していました。

 さらに、記録されている先行技術に基づくと、5G 1.1という用語は、Alexion社が開発したヒト化抗体であるエクリズマブ(eculizumab)を指すものとしても使用されていました。

 よって、ARPは、当業者であれば「5G 1.1」が2つの関連抗体、つまり元のマウスモノクローナル抗体とマウス抗体のヒト化バージョンであるエクリズマブを指すものと理解していたものと判断しました。

 したがって、ARPは、「ヒトC5タンパク質に結合する手段」という記載が明確であると判断し、この記載が不明確であるとするクレーム9に対するPTABの拒絶を取り下げました。

 (ii)M+F限定に対応する構造の均等物の開示が必要か否か

 ARPは、次に、特許法112条(a)および(b)の要件を満たすために、明細書は、特許法112条(f)に基づくM+F限定に対応する構造の均等物を開示または記述しなければならないかどうかを検討しました。その結果ARPは、「特許法112条(f)の条項によれば、明細書に記載されなければならないのは、『手段』に対応する特定の機能を実行するため構造、材料、または行為であって、特許法112条は、明細書がその構造の均等物も記述しなければならないとは述べていない」と述べて、「明細書は、特許法112条(a)および(b)の要件を満たすために、5G1.1の均等物を開示する必要はない」と結論付けました。

(4)ARPの決定

 以上述べた判断に基づいてARPは、クレーム9に対するPTABの特許法112条(a)および(b)に基づく拒絶の一部を覆しました。ただしARPは、最終的に、他の理由でEPRの請求を却下したPTABの決定を維持しました。

 

3.実務上の留意点

(1)特許出願人は、クレームのプリアンブルの文言が境界を十分明確にしていること、および、その境界で特定された範囲が明細書の記載の範囲に見合ったものであることを確認すべきです。

 また、本件EPRにおけるARPの決定に基づけば、特に、治療方法のクレームのプリアンブルの文言としては、明細書で裏付けられていないすべての潜在的な状態を含む広範な属ではなく、明細書に開示された特定の疾患または疾患の種類(class)を挙げることが必要です。

(2)M+F形式を用いて抗体の特許を取得しようとする特許出願人は、今回のARPの決定を、有用なガイダンスを提供するものとして参照することが望まれます。

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “For Statutory Equivalents, Even One Means May Be Enough” June 6, 2024        https://www.ipupdate.com/2024/06/for-statutory-equivalents-even-one-means-may-be-enough/

 

2. Ex parte Chamberlain, Appeal No. 22-001944 (App. Review Panel, May 21, 2024)(本件差戻し審の決定原文)    https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/2022001944_order_20240521.pdf

 

3. Ex parte Chamberlain, Appeal No. 22-001944 (PTAB, January 10, 2023)(本件EPRの最初のPTABの決定原文)        https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/ex_parte_chamberlain_2022-001944_20230110.pdf

[担当]深見特許事務所 野田 久登