インド特許制度の特徴および最近のインド特許規則改正
インド商工省は2024年3月15日、官報において、2003年に制定され2021年9月21日に改正された特許規則の一部の変更を発表しました。以下、日本の特許制度との比較におけるインド特許制度の特徴を述べた後、今回発表された特許規則の変更の主な内容について説明します。
[I]インド特許制度の特徴
インドの特許制度は、出願、審査請求、出願公開、特許要件、審査等において、多くが日本の特許制度と共通していますが、インドに特有の制度も存在します。以下、インド特許制度の特徴を、主として日本とは異なる部分を中心に説明します。
なお、現行インド特許法および今回の改正前のインド特許規則(2021年9月改正版)の条文については、下記「情報元5」をご参照下さい。
1.インド特許庁について
インド特許庁(以下「IPO」)は、日本の特許庁に相当する特許意匠商標総局の下部機関であり、コルカタにある本局、デリー、ムンバイ、チェンナイのそれぞれにある支局の4ヶ所に配置されています。通常は代理人の住所を管轄する局が出願を受け付けますが、出願の審査は、IPO内部でいずれかの局に振り分けて行なわれることになります。
2.特許出願およびその審査手続きに関する特徴
(1)出願の言語
特許を受けようとするためには、ヒンディー語または英語(特許規則9)で作成された所定の出願書類を提出する必要があります。外国語出願制度はありません。
(2)外国出願許可
特許法は、外国へ特許出願を行おうとする「インドに居住する者」に対して、外国出願許可(FFL:Foreign Filing License)の取得を義務付けています。インドに居住する者は、原則として外国出願許可を取得しなければ、インド国外で特許出願を行うことはできません(特許法39条(1))。また、当該発明が国防目的または原子力に関連すると判断した場合、IPOは、中央政府の事前承認なしに外国出願許可を付与できません(同39条(2))。
発明者および出願人の一人でもインドに居住する者であれば本法は適用されますが、出願がインド国外居住者によりインド以外の国において最初に出願された発明に関しては適用されません(同39条(3))。
外国出願許可の規定に違反した場合、対応するインド特許出願は放棄されたものとみなされ、付与された特許権は無効(特許取消)理由を有します(特許法64条(1)(n))。
(3)関連外国出願に関する情報提供義務
特許法は、インド特許出願と同内容の発明を外国に出願している場合、その関連外国出願の情報をIPOに提供することを、特許出願人に義務付けています(特許法8条)。
(4)拒絶理由解消期間
最初の審査報告(拒絶理由通知)(FER:First Examination Report)が通知されたら、出願人は所定の期間(FERの発送日から6か月)内(拒絶理由解消期間)にすべての拒絶理由を解消するような応答書(意見書、補正書)を提出し、特許出願を特許権付与可能な状態にしなければならず、応答書の提出がなければ、特許出願は放棄されたものとみなされます(特許法21条)。
(5)聴聞(Hearing)
出願人から聴聞の申請があれば、IPOは出願人に不利な決定を行う前に出願人に聴聞を受ける機会を与えなければならず、また、IPOは職権で聴聞を設定することもできます(特許法14条)。
(6)追加特許制度
追加特許の出願は、すでに行われた特許出願または取得された特許の完全明細書[注1]に記載されている主発明の改良発明について、同一の出願人により、追加特許の出願を行なうことができます(特許法54条)。追加特許の改良発明は主発明に対する新規性が要求されますが、進歩性を有する必要はありません。
[注1]インド特許法においては米国の仮出願に相当する出願の明細書を「仮明細書」、通常の出願の明細書を「完全明細書」と称しています(特許法9条)。
3.特許の保護対象の特徴
特許法3条、4条に「特許されない発明」が規定されており、そのうち特許法3条は、「公序良俗に反する発明」、「科学的原理の単なる発見」等の15項目(不特許事由)が列挙されています。当該15項目には、「コンピュータプログラム自体およびビジネス方法」、「(他法で保護される)集積回路の回路配置」が含まれます。特許法4条は、1962年制定の原子力法に規定された原子力に関する発明について、特許を一切付与しないことが明記されています。
4.特許の有効性の争いに関する手続き
(1)特許付与前後の異議申立
何人も、特許出願に対して、出願公開後特許付与前までに、所定の理由に基づいて、特許異議を申立てることができます(特許法25条(1))。
特許権付与の公告後1年の期間が満了するまでの間、利害関係人は、特許権付与に対する異議を申し立てることができます(特許法25条(2))。
(2)拒絶査定に対する不服申し立て
改正前の特許法117A条において、出願人は、特許庁の(特許出願を拒絶する)決定に対して不服がある場合、決定の通知日から3か月以内に知的財産審判委員会(IPAB:Intellectual Property Appellate Board)に審判請求を行うことができることが規定されていました。IPABは、特許庁等の知的財産庁の指示、指令、決定に対する不服申し立て(Appeal)を審理するために、特許庁の外部機関として2003年に設立されていましたが、2021年4月に廃止され、現行の特許法117A条では、拒絶査定に対する審判を含む特許庁等の決定、命令、指示に対して、高等裁判所に審判を請求することができると規定されています。詳細は、下記「情報元6」をご参照下さい。
(3)設定された特許権の無効を申し立てる制度
改正前の特許法64条(1)において、利害関係人は、所定の無効理由に基づいて、特許の取消をIPABに審判請求することができると規定されていました。2021年4月のIPABの廃止に伴い、現行の特許法64条(1)では、利害関係人若しくは中央政府の申立により、所定の取消理由に基づいて高等裁判所が特許を取り消すことができると規定されています。
5.特許発明の実施に関する規定
(1)特許発明の国内実施報告義務
排他的権利を有する特許権者に対してインドにおける特許発明の適正な実施を促すため、特許発明の商業的実施状況を定期的に報告することを毎年、特許権者および実施権者に義務付ける制度が存在します(特許法146条)。インド特許庁は、実施の状況を公開することができます。
(2)強制実施権制度
特許発明に関する公衆の合理的な需要が充足されていないなど、特許権付与の目的に反する状況にある場合、利害関係人の請求により、インド特許庁はこの利害関係人に対して強制実施権を付与することができます(特許法84条)。また、強制実施権を付与してから2年が経過しても公衆の需要が充足されていない状況が継続している場合、インド特許庁は特許権を取消すことができます(特許法85条)。
[II]今回の特許規則変更の内容
2024年3月15日、インド商工省は官報に一部の特許規則の改正を公表し、当該新規則は同日に施行されました。主な改正事項は以下の通りです。なお以下の記載では、今回の改正前の特許規則を「旧規則」、改正後の特許規則を「新規則」と表記します。
1.関連外国出願に関する情報提供義務の緩和
上記項目「[I]2.(3)」で述べた特許法第8条に基づく関連外国出願に関する情報提供義務について、旧規則12(2)は、IPOの特許出願人は、その出願から6ヶ月以内に、何れかの国において行なった同一または実質的に同一の発明に関する他の出願(以下「関連外国出願」)に係る詳細について長官に通知し続ける旨の誓約書を提出しなければならないことを義務付けていました。今回の規則改正により、この義務は廃止され、今後、特許出願人は、以下に示す特定の段階で、関連外国出願について通知するだけで済みます。
・改正されていない規則12(1A)に従って、インドでの特許出願日から6か月以内。
・新規則12(2)の最初の審査報告書から3ヶ月以内(旧規則では6ヶ月以内)。
・例外的に、新規則で新たに追加された規則12(4)に基づき、審査官は、出願人に対し、書面で関連外国出願を申告するよう要求することができます。新規則12(4)では、出願人は審査官の出願通知の日から2ヶ月以内に申告書を提出しなければなりませんが、この期間を最大3か月延長することができます。
2.情報開示義務の廃止
旧規則12(3)に基づき、審査官は、IPOに提出された発明の新規性および特許性(novelty and patentability)に関連する、インド以外の国における情報を提供するよう出願人に求めることができ、出願人はそのような情報を、審査官の要求から6か月以内に提供しなければなりませんでした。
新規則12(3)では、このオプションが廃止され、審査官は、インド以外の国での出願に関する情報を取得するために、利用可能なデータベースを使用する必要があります。
3.審査請求期限の短縮
旧規則24B(1)(i)では、優先日または出願日のいずれか早い方から48か月以内に審査請求書を提出することが義務付けられていましたが、新規則24B(1)(i)では、この期限を優先日または出願日のいずれか早い方から31か月に設定しています。新規則が施行された2024年3月15日より前に提出された出願については、引き続き48か月の期限が適用されます。
4.特許の商業的利用に関する情報の提出義務の緩和
旧規則131(2)では、特許法第146条(2)に規定する登録特許の商業的利用に関する情報を特許が付与された事業年度の翌年度からIPOに毎年、事業年度末の6か月以内に提出する必要がありましたが、新規則131(2)では、当該情報の提出は3会計年度ごとに義務付けられることになり、事業年度末の6か月以内の期限は、審査官の承認と所定の手数料の納付により、3か月延長可能になりました。
5.期間の延長
旧規則138では、手続きを実行するための期間を長官が延長することを認めていましたが、いくつかの例外(補正クレームの翻訳文の提出期限、審査請求期限、最初の審査報告への応答期限など)があり、その範囲が限定されていました。
新規則138では、これらの例外が取り除かれ、審査官の承認を条件として、すべての手続期限を6か月延長することができます。
6.分割出願
現行の特許法16条(1)において、「最初の出願について既に提出済みの仮明細書または完全明細書について,新たな出願をすることができる」と規定されていますが、特許庁の実際の審査では、元の出願でクレームされた複数の発明についてのみ分割出願を許可していました。今回の改正により新設された規則13(2A)は、特許法16条の規定に合わせて、仮明細書もしくは完全明細書に開示された発明、または、既に出願された分割出願に開示された発明について新たな出願(分割出願)をすることができることが明記されています。
7.特許付与前後の異議申し立てに関する規則改正
(1)特許付与前の異議申し立て
特許付与前の異議申立に関する規則55(3)が改正され、異議申立書が、出願された発明の特許性条件に一応の異議(prima facie challenge)を唱える議論を提示しない場合、審査官はそれに応じて異議申立人に通知することが規定されました。
異議申立人が審理を要求しない場合、審査官は、上記の通知から1ヶ月以内に異議申立を拒絶する理由を概説した決定を下します。
異議申立人が審理を要求した場合、審査官は、異議申立を拒絶するか、または一応受け入れる(prima facie accepting)理由を説明する決定を、審理から1ヶ月以内に発行し、この決定を出願人に通知します。
異議申立が出願発明の特許性条件に一応の異議(prima facie challenge)を申し立てる場合、審査官は、異議申立から1ヶ月以内に、拒絶または受理のいずれかの決定を行ない、出願人に通知します。
新規則55(4)では、異議申立を受けた出願人が答弁書を提出するための応答期間が3か月から2か月に短縮されています。
(2)特許付与後の異議申し立て
新規則56(4)では、審査官が特許付与後の異議申立書を審査し、報告書を発行しなければなりませんが、その期限を、異議申立の提出書類の受領から2か月以内(改正前は3か月以内)に短縮しました。
[情報元]
1.IP Alert Patents (Lavoix Communication) “Legislative changes in India”
https://www.lavoix.eu/legislative-changes-in-india/?lang=en
2.JETRO ニューデリー 「インド特許庁、特許規則を改正し、改正特許規則 2024 を公表」(2024年3月20日)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/asia/2023/in/20240320r.pdf
3.インドにおける特許制度のまとめ-実体編(工業所有権情報研修館 新興国等知財情報データバンク)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/18572/
4.インドにおける特許制度のまとめ-手続編(工業所有権情報研修館 新興国等知財情報データバンク)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/19442/
5.インド特許法、特許規則条文(日本特許庁ホームページ「諸外国・地域・機関の制度概要および法令条約等」より)
(1)現行インド特許法(2021年8月13日施行)条文
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/india-tokkyo.pdf
(2)今回の改正前のインド特許規則(2021年9月21日改正版)条文
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/india-tokkyo_kisoku.pdf
6.「インドにおける知的財産判委員会(IPAB)の廃止 -その後-(工業所有権情報研修館 新興国等知財情報データバンク)
[担当]深見特許事務所 野田 久登