国・地域別IP情報

UPC控訴裁判所がクレーム解釈の原則を示した仮差止請求事件の控訴審判決

 弊所ホームページの「国・地域別IP情報」の2024年4月15日付け配信記事「UPC地方部における審査経過の参酌に関する判断」(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/11276/)におきまして、UPCミュンヘン地方部における仮差止請求事件(事件番号:UPC_CFI_292/2023)の請求却下決定についてご報告いたしました。今般、本件の控訴審において、控訴裁判所(ルクセンブルク)の判断が示されましたので、以下にご報告いたします(本件控訴事件の書誌的情報は以下の通り)。

 ・控訴審事件番号:UPC_CoA_1/2024

 ・判決日:2024年5月13日

 ・控訴人:VusionGroup SA(原審の仮差止請求人SES-imagotag SAから名称変更登録済み)

 ・被控訴人:Hanshow Technology Co. Ltd. Et al.およびその関連会社

 

1.事件の経緯

 上記の2024年4月15日付け弊所配信記事におきまして、これまでの本件の経緯および第一審の判断について説明いたしましたが、以下に追加情報も含めて改めて詳細に説明いたします。

(1)仮差止請求の提起

 控訴人は、単一効特許EP3883277(以下、「本件特許」)を所有しております。

 2023年9月4日に控訴人は、被控訴人によって販売されている「製品および価格のラベリングのための電子ラベル」が本件特許のクレームを直接侵害しているとして、UPCのミュンヘン地方部に仮差止請求を行いました。

(2)第一審(ミュンヘン地方部)の決定

 ミュンヘン地方部は、被疑侵害品が本件特許に係る発明を実現しているとは確信できないと述べ、2023年12月20日に本件仮差止請求を却下しました。

(3)控訴裁判所への控訴

 控訴人はこの決定を不服とし、2024年1月4日に控訴裁判所(ルクセンブルク)に控訴しました。

 

2.第一審(ミュンヘン地方部)の争点および判断

(1)本件特許発明の構成

 本件特許は、上記のように製品および価格のラベリングに使用される「電子ラベル」に関するものです。以下に示す本件特許の図2は、電子ラベル(3)の前面図であり、図3はその背面から見た透視図です。

 これらの図を参照しながら本件特許のクレーム1に記載の構成要素を列挙すると以下のようになります。

 ① 筐体(30)の背面側にあるプリント回路基板(35)、および

 ② 以下のものを含む無線周波数装置(36)

  (i)  プリント回路基板(35)上に配置された電子チップ(37)、および

  (ii) 電子ラベル(3)の前面側において筐体(30)上または筐体(30)内に配置されたアンテナ(38)

(2)本件訴訟の争点

 本件訴訟の争点は、電子ラベルの筐体内でプリント回路基板とアンテナとが相互にどのように配置されるかという点にあり、クレームの構成の意味について当事者間で争われました。

 具体的には、控訴人は、本件特許のクレームは、アンテナが筐体の前面にのみあることに限定されるものではないと主張しました。そして、(筐体の背面にある)プリント回路基板と電子ラベルの表示画面(図231)との間にアンテナが配置されるどのような構成もクレームがカバーすることを明細書が明確にしている、と主張しました。このような構成は、侵害であると主張された被控訴人の製品の中に存在していました。

 本件特許のクレーム1(フランス語原文の英訳版)の構成要素のうち、上記の争点を判断するために考慮された重要な構成要素を抽出すると以下のとおりです(本件特許公報第7頁第11コラム第52行~第57行)。

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(前略)the electronic chip (37) of the radio frequency device being disposed on the printed circuit board (35) and the antenna (38) of the radio frequency device being disposed on or in the housing on the side of the front of said electronic label (3).

(弊所仮訳:前記無線周波数装置の前記電子チップ(37)は前記プリント回路基板(35)上に配置され、かつ前記無線周波数装置の前記アンテナ(38)は前記電子ラベル(3)の前面側において前記筐体上または前記筐体内に配置される)

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 被控訴人の製品が本件特許の上記のクレームを実際に侵害しているかどうかという問題について、第一審裁判所は以下のような判断を下しました。

(3)第一審の認定事項

 第一審裁判所は、以下に説明する方法でクレームを解釈しましたが、その結果、被疑侵害品が本件特許を侵害しているという十分な確実を持つには至らず、仮差止の請求を却下しました。第一審裁判所の請求却下決定の論拠は次のように整理できます。

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 ① 電子チップを備えた一方のプリント回路基板と、他方のアンテナとの空間的配置は、個別に考慮するのではなく、文脈の中で考慮する必要がある。このクレームは、電子チップとアンテナとの間に技術的に存在する相互作用を、これらの部品の空間配置によって捉えようとする試みであることは明らかである。

 ② 特許付与手続き中に行われた補正に関連する解釈の補助として使用できると第一審裁判所が考えているクレームのオリジナル版は、プリント回路基板上に配置された電子チップとアンテナとの間の直接的な配置関係をすでに明確に示していた。クレームのオリジナル版は、プリント基板上に配置された電子チップとアンテナとは互いに距離を置くべきであると規定していた(欧州特許公開公報EP3883277A1の原文クレーム3の最後4行の記載“la puce électronique (37) de ladite étiquette électronique (3) étant disposée sur la carte de circuit imprimé (35) et à distance de l’antenne (38)を参照)。間隔を空ける技術的な目的は、干渉を制限することであった。

 ③ 特許付与されたクレームの文言によれば、アンテナとプリント回路基板とは、互いに実質的に正反対に配置されるべきである。クレームは、空間(筐体)内でのこれら2つの部品の位置(配置)を規定し、したがって間接的に相互の空間的関係を規定している。配置に関連する参照基準は、2つの部品のいずれの場合も、電子ラベルの筐体とその両側の面である。クレームに記載された2つの部品のいずれの特徴もこの参照基準を参照している。このようにしてなされた空間的(あるいは配置関係の)限定から、電子ラベルの前面側に割り当てられる部品を、同時に筐体の背面側に割り当てることはできず、その逆も同様である。

 ④ 被疑侵害品である形式指定番号“Nebular-350 Y-N”は、アンテナの少なくともかなりの部分が筐体背面の内側上部に存在する。

 ⑤ これは、アンテナの少なくともかなりの部分を筐体の背面に割り当てる必要があることを意味する。

 ⑥ アンテナが筐体の背面に割り当てられる限り、同時に電子ラベルの前面側に配置することはできない。したがって、アンテナの少なくともかなりの部分を筐体の背面に割り当てることができれば、侵害は成立しない。同じ結論が他の係争中の製品にも当てはまる。

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(4)第一審のクレーム解釈手法の解説

 このように、第一審裁判所は、クレームの出願時のオリジナル版について、特許付与の過程でなされた変更に関連して解釈の補助として用いることができるとの認識を示し、出願当初にクレームが元々どのような文言で表現されていたかを検討しました。

 出願当初のクレームでは、プリント回路基板上の電子チップとアンテナとは間隔をあけるべきであり、そのような構成の技術的目的は、プリント回路基板上の電子チップとアンテナとの間の空間的分離によって無線干渉を軽減することであることが特定されていました。このような出願当初の文言に照らして、裁判所は特許されたクレームを、プリント回路基板が筐体の背面にありかつアンテナが筐体の前面にあるように、電子チップとアンテナとが互いに正反対に配置されることを要求している、と解釈しました。

 裁判所はこのように、問題となっている特許クレームの出願当初のオリジナル版は、特許付与手続後のクレーム解釈に影響を与えると判断し、訴えられた製品を除外するようにクレームを狭く解釈しました。その結果、直接侵害はないと認定し、仮差止請求は認められませんでした。

 一般に欧州の裁判所は、審査経過の参酌をほとんど適用していません。欧州特許条約(EPC)の第69条(欧州特許の保護範囲について規定する条項)には、クレーム解釈において審査経過が考慮され得るとは規定されておらず、UPC協定およびその議定書においても、クレーム解釈において審査経過が考慮されるべきとは明記されていません。しかし、UPCは国内法が適用されると規定しており、クレーム解釈における審査経過の参酌の妥当性についてはUPC加盟国間で議論されており、本件の控訴審の結論が注目されていました。

 

3.控訴審の判断

(1)控訴審のクレーム解釈原則

 控訴裁判所は、請求却下決定に対する控訴人の控訴を受けて、本件を審理しました。そして、控訴裁判所は2024年5月13日付けの判決で、先に控訴裁判所が別件の控訴審事件(UPC_CoA_335/2023)において出した控訴審としての最初の実体的判決であるNanoString Technologies Inc v 10x Genomics Inc事件(以下、「NanoString事件」)判決で採用された原則を適用しました。なお、このNanoString事件の概要については、弊所ホームページの「国・地域別IP情報」の2024年5月8日付け配信記事「UPC控訴裁判所による最初の実体的判決」(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/11384/)におきまして報告しております(ただし、特許の有効性に関する争点のみに焦点を当てて解説)。

 NanoString事件において控訴裁判所の採用したクレーム解釈原則は以下の通りです。

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 ① UPCの控訴裁判所は、欧州特許条約(EPC)第69条およびその解釈に関する議定書に従って、以下の原則に則って手続を進めるものである。

 ② 特許クレームは、欧州特許の保護範囲を決定するための出発点であるだけでなく、決定的な根拠でもある。

 ③ 特許クレームの解釈は、使用されている文言の厳密な文字通りの意味だけに依存するものではない。むしろ、明細書および図面は、特許クレームの曖昧さを解決するためだけでなく、常に特許クレームの解釈のための説明的な補助として使用しなければならない。

 ④ しかしながらこのことは、特許クレームがガイドラインとしてのみ機能すること、および、その主題が、明細書および図面の検討から、特許権者が期待したものにまで及ぶ可能性があること、を意味するものではない。

 ⑤ 特許クレームは、当業者の観点から解釈されるべきである。

 ⑥ これらの原則を適用するにあたっての目的は、特許権者に対する十分な保護と第三者に対する十分な法的確実性とを組み合わせることである。

 ⑦ 特許クレームの解釈に関するこれらの原則は、侵害の評価および欧州特許の有効性に等しく適用される。これは、EPCの下で特許クレームが、EPC第69条による特許の保護範囲を規定し、したがって、EPC第52条から第57条の特許性の条件を考慮して、EPC第64条の下で指定締約国における特許権者の権利を規定する、という機能から生じる。

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(2)控訴裁判所の判断

 控訴裁判所はクレーム解釈に上記の原則を適用して、「無線周波数装置(36)のアンテナ(38)が、前記電子ラベルの前面側において筐体上または筐体内に配置される」というクレームの特徴を次のように解釈しました。

 まず、クレームの特徴を以下の3点に整理しました。

 特徴①:筐体(30)の背面側において筐体(30)に収納されたプリント回路基板(35)

 特徴②:無線周波数装置(36)の電子チップ(37)がプリント基板(35)上に配置されている

 特徴③:無線周波数装置(36)のアンテナ(38)が、電子ラベルの前面側において筐体上または筐体内に配置されている

 クレームの特徴③は、クレームの特徴①および②と併せて読む必要があります。クレームの特徴は常に、クレーム全体を考慮して解釈しなければなりません。さらに、これらの特徴はすべて、電子ラベルの筐体に対する電子ラベルの部品の配置に特定的に関連しています。

 これらの特徴は、無線周波数装置の電子チップとアンテナとを筐体内または筐体上の同じ場所に配置してはならないことを当業者に教示しています。電子チップは筐体の背面側のプリント基板上に配置すべきであり、アンテナは前面側の筐体上または筐体内に配置すべきであります。このことを考慮すると、当業者は、特徴③では、アンテナが、電子チップが取り付けられたプリント回路基板よりも電子ラベルの前面側の筐体上または筐体内に配置される必要があることを理解するでしょう。

 このような解釈は、本件特許の明細書の段落[0034]から[0040]によって確認されます。段落[0034]は、無線周波数装置の電子チップおよびアンテナを、電子ラベルの筐体上または筐体内の異なる場所に配置することを教示しています。段落[0035]によりますと、電子チップは電子ラベルの背面側のプリント回路基板上に配置され、アンテナは前面側の筐体上または筐体内に配置されます。一方、後続の段落では、アンテナと電子チップの両方を前面側に配置することは、ディスプレイ画面の表示面を最大化する上で有害であるため望ましくないことが説明されています(段落[0036])。他方では、アンテナを電子チップに隣接して背面に配置することは、ディスプレイ画面とプリント回路基板によって誘発される電磁妨害を伴うことになるため、読み取り距離と可読性を低下させることになります(段落[0038])。結論として、明細書は、電子チップからアンテナを分離することを再度教示しており(段落[0039])、電子チップはプリント回路基板上に配置され、アンテナはプラスチックの筐体内に、ケースの前面に向けて、好ましくはディスプレイ画面の周囲に組み入れられることを教示しています(段落[0040])。

 控訴裁判所は、このような解釈を踏まえて、第一審裁判所が、クレームの特徴①および③はプリント回路基板とアンテナとが同一平面上に配置されることを排除していると結論付けたことは正しかった、と指摘しました。そして控訴裁判所は、当業者は、これらのクレームの特徴を組み合わせると、アンテナがプリント回路基板よりも電子チップのより前方に配置される必要があることを理解するであろう、と結論付けました。

(3)控訴裁判所の結論

 上記のように控訴裁判所は、本件特許の明細書を検討した結果、電子チップとアンテナとを電子ラベル上または電子ラベル内の異なる位置に配置できることは教示されていたものの、それらを同じ表面に配置することやアンテナを電子チップの隣の背面に配置することの欠点が開示されていると結論付けました。控訴裁判所は、審査経過を参酌した第一審裁判所とは異なるアプローチを適用しましたが、クレームはプリント回路基板上の電子チップとアンテナとの間に空間的な分離を要求しているという点において、第一審裁判所の請求棄却の結論に同意しました。

 

4.EPOUPCとの相違点

 UPCの控訴裁判所の最近の判決では、欧州特許庁(EPO)よりもクレームの解釈における明細書の使用に重点が置かれています。ただし、そのことが必ずしもクレームのより広範な解釈につながるわけではありません。

 本件控訴審では、控訴裁判所は、一審のミュンヘン地方部とは異なるアプローチでクレームを解釈しましたが、一審と同じ結論に達しました。これは、ミュンヘン地方部が審査経過を考慮したものの、審査中に提案された技術的効果は明細書から得られたものであり、したがってミュンヘン地方部はその決定を下す際に間接的に明細書を考慮したものだからです。

 明細書中に特定の機能または構成の欠点が記載されている場合、特にその欠点がクレームされた機能によって達成される技術的効果に反する場合、UPCではそれがクレームの範囲外であると解釈される可能性があります。対照的に、EPOのアプローチは、不利な構成がクレームの他の特徴と矛盾しない限り、より広い解釈を規定しています。今後、クレームの解釈に対するEPOのアプローチが明確になることが期待されており、EPOの審決において最近のUPCの判決が参照されるかどうかについて関心が持たれます。

[情報元]

① D Young & Co Patent Newsletter No.101 UPC Special Edition June 2024 “UPC v EPO: a comparison of claim construction approaches”

https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/upc-1year-epo-claim-construction

② “Order of the Court of Appeal of the Unified Patent Court issued on 13 May 2024 in the proceedings for provisional measures concerning EP 3883277”(本件UPC控訴審判決原文)

(https://www.unified-patent-court.org/sites/default/files/files/api_order/Anordnung%20SES%20Hanshow%20fin%20EN.pdf)

③ “Order of the Court of Appeal of the Unified Patent Court issued on 26/02/2024 in the proceedings for provisional measures concerning EP 4 108 782”(NanoString事件決定原文)

(https://www.unified-patent-court.org/sites/default/files/upc_documents/576355-2023%20AnordnungEN.final_.pdf)

[担当]深見特許事務所 堀井 豊