米国特許商標庁長官が特許審判部の当事者系レビュー開始却下を取り消した事例紹介
米国特許商標庁(USPTO)の長官は、相前後する2件の当事者系レビュー(IPR)の、互いに異なる請願人間に「重要な関係」がない場合、General Plastic事件における特許審判部(PTAB)の決定に基づいて、後のIPRの審理開始を裁量的に却下すべきかどうかという問題に取り組み、後のIPRについてのPTABのIPR開始却下決定を取り消しました。
Videndum Prod. Sol., Inc. v. Rotolight Ltd., IPR2023-01218 (PTO-Ofc. of Dir., Apr. 19, 2024)
1.事件の経緯
(1)IPRの請願
Videndum Prod. Sol.(以下「Videndum社」)は、Rotolight Ltd.,(以下「Rotolight社」が所有する特許(以下「本件特許」)のクレームに異議を唱えるIPR(以下「本件IPR」)を要求する請願書を提出しました。それに対してRotolight社は、特許権者答弁において、2017年のGeneral Plastic Industrial Co., Ltd. v. Canon Kabushiki Kaisha(IPR2016-01357)(以下「General Plastic事件」)におけるPTABの決定[注1]を引用し、米国特許法第314条(a)[注2]に基づく審理開始を拒否する裁量権を行使すべきであると主張しました。
General Plastic事件においてPTABの拡大合議体は、最初のIPRの開始が却下された後に同一請願人により請願された、新たな先行文献に基づく後続のIPRの審理開始を、以下の7つのファクター(以下「General Plasticファクター」)を考慮して、却下する決定を下しました。
(i) 同じ請願人が以前に同じ特許の同じクレームに関する請願を提出したことがあるかどうか。
(この第1のファクターについてUSPTOは、以下の「2.長官による再検討後の決定」の項で述べるように、相前後する複数のIPRの請願人が同一の場合だけではなく、請願人間に「重要な関係」がある場合にも適用しています。)
(ii) 最初の請願を提出した時点で、請願人は2番目の請願で主張されている先行技術を知っていたか、または知っているべきだったかどうか。
(iii) 2番目の請願を提出した時点で、請願人は最初の請願に対する特許権者の予備的回答をすでに受け取っていたか、または最初の請願で審査を開始するかどうかに関する審判部の決定を受け取っていたかどうか。
(iv) 請願人が2番目の請願で主張されている先行技術を知ったときから2番目の請願を提出するまでに経過した時間の長さ。
(v) 請願人が、同じ特許の同じクレームに関する複数の請願を提出する間に経過した時間について適切な説明をしているかどうか。
(vi) 審判部のリソースが限られていること。
(vii) 長官がIPR開始を通知した日から遅くとも1年以内に最終決定を下すという、米国特許法第316条(a)(11)に基づく要件。
General Plastic事件のPTABの決定の詳細は、下記「情報元3」をご参照下さい。
米国特許法第314条(a):長官が,第311条に基づいて提出された請願(IPR請願)及び第313条に基づいて提出された応答(IPR請願に対する特許権者の暫定的応答)において提示されている情報により,請願において異議申立されているクレームの少なくとも1つに関して請願人が勝訴すると思われる合理的な見込みがあることが証明されていると決定する場合を除き,長官は,当事者系再審査の開始を許可することができない。(日本特許庁ホームページ 「諸外国・地域・機関の制度概要および法令条約等」より)
(2)別の当事者による本件特許に対するIPRについてのPTABの決定
Videndum社は、本件特許についてIPRを請願した最初の当事者ではありません。Arnold & Richter Cine Technik GmbH & Co. Betriebs KG(以下「ARRI社」)は、以前、本件特許に対するIPR(IPR2022-00099(以下「ARRI-IPR」))の請願書を提出しており、PTABはそのIPRの審理を開始しました。口頭審理の1か月前に、ARRI社と特許権者は和解によりARRI-IPRを終了するよう共同で申し立て、PTABはその申し立てを認めました。
(3)本件IPRについてのPTABの決定
本件では、PTABの意見が多数派と少数派に分かれ、多数派は、Videndum社のIPR請願は、上述の「別の当事者による別のIPR」(すなわちARRI-IPR)の「フォローアップ」であると判断しました。またPTABは、General Plasticファクターを分析し、2024年1月25日の決定において、特許法第314条(a)に基づいて、ARRI社の請願に続くVidendum社の請願の審理開始を却下する裁量権を行使しました。ただしPTABは、過去のIPR(Ericsson Inc. v. Uniloc 2017 LLC, IPR2020-00420)の決定を根拠として、本件IPRの請願人であるVidendum社が以前に提出されたARRI社のIPR請願書を単に「メニューおよびロードマップ」として引用したことは、第1のGeneral Plasticファクターの下での却下を支持する「重要な関係」を作り出すには十分ではないことを認めました。したがって、PTABの多数派は、ARRI-IPRの請願人と本件IPRの請願人との間に「重要な関係」がないものと認めた上で、第1のファクターを含むGeneral Plasticファクターを適用して、IPR開始却下の裁量権を行使したことになります。言い換えれば、多数派は、第1のGeneral Plasticファクターを、異なるIPR請願人間に「重要な関係」がないと認められる場合にまで拡張して適用したと言えます。これは、PTABの多数派が、最初の請願人と2番目の請願人との間の重要な関係の欠如によってGeneral Plasticファクターの他のファクターの重要性が減じてしまうことを認識しており、IPRの開始を拒否する裁量権の行使のためには、第1のGeneral Plasticファクターを重視しないと判断したことによると考えられます。
なお、本件IPRについてのPTABの最初の決定の詳細は、下記「情報元4」をご参照下さい。
PTABの中の反対派(少数派)は、第1のGeneral Plasticファクターの下での却下を支持する「重要な関係」を作り出すには十分ではないという多数派の見解に同意した上で、「多数派は裁量権の行使に不利となる特定の事実を考慮しておらず、General Plasticファクターの全体を考慮すれば、IPRの開始を却下する裁量権を行使することはできない」と主張しました。
(4)USPTO長官への再検討要請
2024年2月23日、本件IPRの請願者であるVidendum社は、PTABが裁量権を乱用したと主張して、PTABの決定についての長官による再検討(Director Review)を要請しました。それに対して長官は、再検討することを認めました。
なおUSPTO長官は、特許法第314条(a)[注2]に基づき、IPRの審理開始を拒否する裁量権を有します。
2.長官による再検討後の決定
USPTO長官は、本件IPRが、ARRI-IPRの請願人と同じ当事者によるものでなく、また、ARRI-IPRの請願人と「重要な関係」を持つ当事者によるものでもない状況で、General PlasticファクターについてのPTABの適用に誤りがあると判断しました。
General Plasticファクターは、通常、同じ特許についての後続のIPRを開始するかどうかを判断する際にPTABがどのように分析すべきかを扱います。第1のファクターは、先のIPRの請願人と後続のIPRの請願人とが同一であるかどうかを明示的に問うものです。しかし、General Plasticファクターの適用は、同じ請願人によって複数の請願書が提出された場合だけに限定されるものではなく、これまで、USPTOのIPRの実務において、異なる請願人間に互いに「重要な関係」にある場合にも適用されて、審理開始が却下されています。
本件IPRにおいては、両当事者及びPTABは、先に請願されたIPR(ARRI-IPR)の請願人との間に「重要な関係」がないことに合意していました。それにもかかわらずPTABの多数派は、本件IPRの審理開始を却下する裁量権を行使しました。
それに対してUSPTO長官は、「USPTOはGeneral Plasticファクターを前後のIPR請願人が互いに重要な関係を持たないあらゆるケースに拡張してはいない」と指摘し、PTABによる前例のないGeneral Plasticファクターの拡張を「不適切」であると判断して、PTABの決定を無効とし、PTABの多数派にIPR請願書の実体的内容を検討するように指示して事件を差し戻しました。
3.実務上の留意点
(1)本件IPRにおけるPTABの決定およびその後のUSPTO長官の決定のいずれも、IPR審理開始を裁量により却下することが可能かどうかの判断に際して、General Plasticファクターが有効に適用されることを示しています。したがって、同一の特許クレームについて再度IPRを請願する場合には、PTABが実体的に検討することなく、審理開始を裁量により却下するリスクがあることに留意し、General Plasticファクターを十分考慮した上で、十分に裏付けされたIPR請願書を適時に提出することが重要です。
(2)具体的には、以下の点に留意すべきです。
(i)先に提出したIPR請願書と同一または類似の先行技術および議論に依拠する追加請願書を提出する場合に、PTABは、実体の検討を行なうことなく、裁量で審理開始を却下する恐れがあることをを考慮して、最初のIPR請願時に、特許無効の根拠となり得る、IPR請願者が知り得た先行文献をすべて提出し、考えられる特許無効理由を可能な限り主張をしておくことが好ましいと言えます。
(ii)今回の長官の決定によれば、特許権者は、その後の請願人によるIPRの審理開始を阻止しようとする場合、先のIPRの請願人との間に重要な関係があることを強調する事実を主張する必要があります。また、特許に異議を申し立てるIPR請願人は、審理開始の申立てにおいて、自分自身と以前の請願人との間に重要な関係がないことを強調する必要があります。
(iii)General Plasticファクターの第3のファクターを考慮すれば、後続するIPRの請願は、特許権者により予備的応答がなされる前であって、PTABによるIPR開始に関する決定がなされる前に提出することが好ましいと言えます。
[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott) “How Close Are They? PTO Looking for “Significant Relationship” Between Sequential IPR Petitioners” May 9, 2024
2.本件(Videndum Prod. Sol., Inc. v. Rotolight Ltd., IPR2023-01218)のUSPTO長官の決定原文
https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/ipr2023_01218_paper_12.pdf
3.General Plastic Industrial Co., Ltd. v. Canon Kabushiki Kaisha, IPR2016-01357, PTABの決定原文
4.本件(Videndum Prod. Sol., Inc. v. Rotolight Ltd., IPR2023-01218)におけるPTABの最初の決定原文
https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/ipr2023_01218_paper_9.pdf
[担当]深見特許事務所 野田 久登