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発明譲渡条項で使用されている文言は曖昧であるとして略式判決を取り消し、さらなる事実認定を命じたCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、雇用関連契約の発明譲渡条項で使用されている文言は複数の合理的な解釈が可能(すなわち曖昧)であり、したがってさらなる事実認定が必要であるとして、地方裁判所の略式判決を取り消して差戻しました。

Core Optical Tech., LLC v. Nokia Corp., Case Nos. 23-1001; -1002; -1003 (Fed. Cir. May 21, 2024) (Dyk, Taranto, JJ.) (Meyer, J., dissenting)

 

1.事件の経緯

(1)訴えの提起

 Core Optical Technologies, LLC(以下、「Core Optical社」)は、自社の米国特許第6,782,211号(以下、「本件特許」)の侵害を主張して、3つの被告グループ(Nokia(事件番号:2023-1001)、ADVA(事件番号:2023-1002)、Cisco(事件番号:2023-1003))に対する特許侵害訴訟をカリフォルニア州中部地区連邦地方裁判所に起こしました(以下、これらの3つの被告グループを集合的に「Nokia社」と総称)。

(2)当事者の主張

 被告であるNokia社は、原告であるCore Optical社には特許侵害訴訟を起こす資格がないとして、略式判決を求めました。なお、米国の訴訟制度において「略式判決(summary judgement)」とは、正規の事実審理を省略して下される判決のことを指します。

 Nokia社は、1990年に締結された雇用関連契約の発明譲渡条項により、発明者であるMark Core博士が発明当時の雇用主であるTRW Inc.(以下「TRW社」)にすでに本件特許を譲渡していた、と主張しました。当該契約では、Core博士は、「TRW社の事業または活動に関連し、TRW社での雇用中に『考案され、開発され、または実施された』彼自身のすべての発明を、TRW社に開示し、かつ自動的にTRW社に譲渡することに同意した」とされています。Nokia社は、そのような早い段階での本件特許のTRW社への譲渡により、Core Optical社へのその後の譲渡は無効である、と主張しました。なお、当該契約には、TRW社での彼の仕事とは無関係な「完全に(Core博士の)個人の時間で開発された発明(an INVENTION … which was developed entirely on my own time」については、譲渡から除外するという重要な例外条項(第9条)がありました。[注釈1]

 Nokia社は、当該契約に基づく本件特許のTRW社への譲渡によって、Core Optical社には特許を主張する法的権利がない、と主張しました。一方、Core Optical社は、「Core博士は、TRW社での『勤務時間』中に博士研究に取り組まないように注意し、博士研究に取り組む際にはTRW社の機器、施設、または備品を使用しないように注意していた」という証拠を提示し、本件特許は上記の例外条項に該当する、と主張しました。したがって、決定的な争点は、この例外条項が本件発明に適用されるか否かという点に絞られました。

(3)第一審の判断とCAFCへの控訴

 第一審の連邦地裁はNokia社の見解に同意し、Nokia社の略式判決の申立てを認めました。略式判決の申立を認めるにあたり、連邦地裁は、上記の発明譲渡条項の例外条項が適用される(すなわち、TRW社への非譲渡発明である)ための以下の3つの要件を示しました:

 ① 発明の過程においてTRW社の機器、備品、施設、または企業秘密情報を使用しなかったこと

 ② 発明が完全に従業者個人の時間に開発されたものであること

 ③ (a)発明がTRW社の事業やTRW社の現実のまたは明確に予想される研究開発に関係するものではなく、または(b)TRW社のために従業者によって実行された何らかの業務からもたらされたものではないこと

 連邦地裁は、本件特許でクレームされている発明に間違いなく繋がったCore博士の博士研究については、Core Optical社の提出した証拠により、上記の要件①~③のうち、①および③には該当するものの②には該当しないと認定し、1990年の雇用関連契約の例外条項には該当しない、と判断しました。この認定は、TRW社のフェローシップ・プログラムがCore博士の博士研究を支援し、可能にしたという事実に基づいています。すなわち、連邦地裁は、Core博士が博士号取得研究に費やした時間(その期間に、彼はクレームされた発明を開発しました)は、少なくとも部分的には「TRW社の時間」であり、「完全には」Core博士の「個人時間」ではない、と判断しました。

 Core Optical社はこれを不服としてCAFCに控訴しました。

 

2.CAFCの判断

 CAFCは、連邦地裁による略式判決を、契約上の紛争について根拠となる第9巡回区およびカリフォルニア州の法律に基づき新たに審査するとともに、関連する事実認定についても見直しました。そして、CAFCは、以下の理由により、発明の所有権という当事者適格に関する問題を略式判決による解決で済ませた連邦地裁の判断には同意しませんでした。

 カリフォルニア州法の下では、「契約解釈の基本目標は、当事者の共通の意思を実現することである(the fundamental goal of contractual interpretation is to give effect to the mutual intention of the parties.)」とされています(City of Atascadero v. MLPF&S (1998))。CAFCはCore Optical社に同意し、「完全に個人の時間(entirely-own-time)」という文言は、Core博士が彼の博士研究に費やしたすべての時間を個人の時間として指定するという、雇用契約の当事者であるTRW社およびCore博士に共通の意思を明確に表現するものではなく、またはNokia社が主張したように、Core博士が彼の博士研究に費やした時間の一部が(連邦地裁が判断したように)部分的にTRW社の時間であったことを示すという共通の意思を明確に表現するものでもない、という立場を取りました。

 CAFCは、Core博士が彼の博士研究のためにTRW社に資金提供を求めたこと、およびかれの研究がTRW社の事業に十分に関連していたためTRW社がフェローシップ資金を提供したことなどを含む、争いのない事実を検証しました。しかしながら、CAFCは、「完全に個人の時間」という文言はそれ自体、どちらの解釈も決定的に強制するものではないと結論付けました。

 CAFCは、連邦地裁が主に依拠した2つの州裁判所の判決から、記録上の事実を区別し、連邦地裁の結論を決定付ける法的根拠はなかったと説明しました。CAFCは、TRW社の契約の発明譲渡条項には複数の合理的な解釈が可能であると結論付け、したがって原審の略式判決を取り消し、契約の文言自体では問題が解決しないという前提に基づいて、さらなる事実認定が必要である、と指示して連邦地裁に差し戻しました。CAFCは、今回の略式判決で取り扱われた発明の所有権の問題は、Core Optical社の特許侵害訴訟の本質とは別の、「当事者適格に関する管轄権の入り口の問題」であり、連邦地裁は「管轄権の問題を解決するために」事実認定者として行動する権限を有する、と指摘しました。

 なお、Mayer判事は、短い反対意見を書き、その中で、当事者間に争いのない事実に基づいて、連邦地裁が、「(Core博士)が特許発明を『完全に個人の時間で』開発したわけではない」と認定し、本件特許は自動的にTRW社に譲渡されたものと判断し、その上で正しく略式判決を出したものと考える、と述べました。

[注釈1]

“9. Non-TRW Inventions. I understand that this Agreement does not require me to assign to TRW my rights to an INVENTION for which no equipment, supplies, facility, or trade secret information of TRW was used and which was developed entirely on my own time, and (a) which does not relate (1) to the business of TRW or (2) to TRW’s actual

or demonstrably anticipated research or development, or (b) which does not result from any

work performed by me for TRW. Nevertheless, I shall disclose to TRW those INVENTIONS referred to in this paragraph 9 to enable TRW to determine if it has an interest therein.”

 

[情報元]

① McDermott Will & Emery IP Update | May 30, 2024 “Getting to the Core of It: Assignment Clause Is Ambiguous”

(https://www.ipupdate.com/2024/05/getting-to-the-core-of-it-assignment-clause-is-ambiguous/)

② Core Optical Tech., LLC v. Nokia Corp., Case Nos. 23-1001; -1002; -1003 (Fed. Cir. May 21, 2024) (Dyk, Taranto, JJ.) (Meyer, J., dissenting) 本件判決原文

(https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1001.OPINION.5-21-2024_2320984.pdf)

[担当]深見特許事務所 堀井 豊