特許権侵害に対する損害賠償請求に関する2件の韓国法院判決紹介
韓国の特許権侵害等に対する損害賠償制度については、弊所ホームページの「国・地域別IP情報」において2024年6月4日付で「懲罰的賠償強化に関する韓国特許法改正」と題して配信した記事において、2024年2月に公布された韓国特許法等の改正について、懲罰的賠償制度の拡大を中心として説明しました。
本稿では、韓国における特許権侵害訴訟の裁判管轄権について簡単に説明した後、改正前の現行特許法下で韓国法院において比較的最近出された2件の特許権侵害の損害賠償請求事件判決(「故意の特許権侵害に対し懲罰的損害賠償を認定した地方法院判決(2023年10月言い渡し)」および「韓国内生産侵害品の海外販売に損害賠償を認めた特許法院判決(2024年1月言い渡し)」)を紹介します。
- 韓国における特許侵害訴訟の裁判管轄について
韓国の旧民事訴訟法および旧法院組織法では、審決取消訴訟についてのみ特許法院に管轄権を認めており、知的財産権侵害訴訟は一般民事法院に、一般行政訴訟は行政法院の管轄となっていました。2016年1月1日施行の改正民事訴訟法および改正法院組織法の下で、特許権を含む知的財産権に関する事件について「管轄集中制度」が施行されたことにより、特許権等侵害事件に対して地方法院合議部(ソウル中央、釜山、大邱、光州、大田地方法院)→特許法院(控訴審)→大法院という三審制で運営されています。詳細は下記「情報元3」をご参照下さい。
II. 故意の特許権侵害に対し懲罰的損害賠償を認定した地方法院判決
韓国の釜山地方法院は、特許権の故意の侵害行為のうち、懲罰的損害賠償を規定する特許法第128条第8項[注4]の施行日である2019年7月9日以後の侵害行為に対しては特許法第128条第8項による追加の損害賠償額を認めました(釜山地方法院2023.10.4. 言渡し2023ガハプ42160判決)。
1.事実関係
(1)原告は、料理容器用蓋に関する本件特許発明の特許権者であり、被告は、本件特許発明を使用した被告の真空鍋の品番「Iモデル」およびこれと同じパッキング部の形態を有する細部モデルを2015年11月30日から2022年10月31日まで販売しました。
(2)被告は本件特許発明に対し無効審判を請求し、特許審判院は被告の請求を棄却。これを不服として被告は特許法院に審決取消訴訟を提起しましたが、被告の請求を棄却する判決が2021年8月7日付で確定しました。
(3)被告はその真空鍋の品番「Iモデル」が本件特許発明の権利範囲に属さない旨の確認を求める消極的権利範囲確認審判を請求し、特許審判院はこれを棄却。これを不服として被告は特許法院に審決取消訴訟を提起しましたが、特許法院の被告の請求を棄却する判決が2021年8月7日付で確定しました。
(4)その後、原告は2023年4月11日付で特許権の侵害行為に基づく損害賠償請求訴訟を釜山地方法院に提起し、以下の点を理由として、被告が特許侵害によって得た利益額に加えて故意侵害による懲罰的損害賠償額が追加で認定されるべきであると主張しました。
①被告は元請業者への優越的地位により、原告が特許を受けた「真空鍋」製品であることを知りながら無断で侵害製品を生産・販売してきたという点、
②原告が被告に対し侵害製品販売中断の要請をしたにもかかわらず販売を継続し、故意の程度が大きかったという点、
③被告侵害製品の相当な売上額にもかかわらず原告に何の補償もしていない点。
2.釜山地方法院の判断
釜山地方法院は、被告が2015年11月30日~2022年10月31日にかけて被告物件を製造・販売して本件特許発明を侵害した事実を認定し、被告は原告に上記の侵害行為による損害賠償の責任を負うことが妥当であると判断しました。特に、損害賠償の責任の範囲において、特許法第128条第4項[注2]により侵害した者の利益額を特許権者の損害額として推定するとともに、特許法第128条第8項が施行された2019年7月9日から2022年10月31日までの被告製品の売上額に対して、特許法第128条第8項[注4]による損害額(いわゆる、懲罰的損害賠償による損害額)を追加で認定し、次のとおり損害額算定の法理を提示しました。
(1)特許法第128条第4項(損害額推定の規定)に基づく損賠額
特許法第128条第4項[注2]に基づき、特許権者としては、侵害者が特許権侵害行為によって得た収益から特許権侵害により追加で要した費用を控除した金額、すなわち侵害者の利益額を損害額としてみなし損害賠償を請求することができる。
(2)特許法第128条第8項(故意侵害に対する懲罰的損害賠償の規定)に基づく損害額
特許法第128条第8項[注4]に基づき、他人の特許権または専用実施権を侵害した行為が故意であったと認められる場合には損害と認定された金額の3倍を超えない(2024年8月施行予定の改正法では「5倍を超えない」)範囲で賠償額を定めることができ、同条第9項[注5]に基づき賠償額を判断するときは、侵害行為をした者の優越的地位の有無、故意または損害発生の憂慮を認識した程度、侵害行為によって特許権者および専用実施権者が被った被害規模、侵害行為によって侵害した者が得た経済的利益、侵害行為の期間・回数等、侵害行為による罰金、侵害行為をした者の財産状態、侵害行為をした者の被害救済努力の程度を考慮すべきである。
III.韓国内生産侵害品の海外販売に損害賠償を認めた特許法院判決
特許法院(第二審)は、被告が原告の認知症治療剤である「イクセロンパッチ(リバスチグミン)」の特許権を侵害したと判断し、120億ウォンの損害賠償の支払いを命じました。本判決は、原告が特許存続期間の延長を承認された後も、被告が該当製品を生産し、ヨーロッパに輸出したことに起因するものです(特許法院2024.1.18.言渡し2021ナ1787判決)。
以下、韓国特許法上の損害賠償推定規定の意義と実務について述べた後、本件特許法院判決の概要を説明します。
1.韓国特許法上の損害賠償推定規定の意義と実務
韓国特許法は、特許権者が「侵害がなかったとすれば販売できた数量」、すなわち消極的損害額を証明することは難しいという点を考慮し、その特則として特許法第128条として損害賠償の推定規定を設けています。具体的には、特許法第128条第2項[注1]は「侵害者の販売数量」に「特許権者の製品の単位数量当たりの利益額」を掛け合わせる規定により、同条第4項[注2]は「侵害者が侵害で得た利益」を損害額として算定する規定により、各損害額を推定しています。
しかしながら、従来の韓国法院は、特許法第128条第2項、第4項などの推定規定を適用するよりむしろ、弁論全体の趣旨と証拠調査の結果に基づき法院の裁量によって損害額を算定する第7項[注3]の規定を適用する場合が多く、これは特許権者の保護のための推定規定の立法趣旨にそぐわないと見る意見がありました。ただし、米国式ディスカバリー制度が導入されていない韓国の裁判環境では、侵害者が損害算定関連資料の提出を拒否した場合には特許権者として立証資料の入手が困難な場合が多いことから、こうした損害額算定の状況になっていたものと考えられます。
2006年、韓国大法院は、レーザープリンタの感光ドラム関連特許侵害に関するいわゆる「キヤノン判決」(大法院2006.10.12.言渡し2006ダ1831判決)において、韓国国内で生産された侵害製品を米国に輸出して利益を得た点に対して損害賠償を認め、旧特許法第128条第2項(現行特許法第128条第4項に対応)を適用して損害額を算定しました。
この「キヤノン判決」から約18年が過ぎ、以下に説明する本件特許法院判決は、特許を侵害する韓国国内生産製品の海外販売およびそれに対する損害賠償に関して、特許法第128条第4項等を根拠として原告(特許権者)の請求を認容し、約121億ウォンおよびその遅延利子相当の損害を認めました。
2.本件特許法院判決が対象とする事件の事実関係
ノバルティスの特許は、リバスチグミン経皮投与用法を提供する発明で、これを活用したノバルティスの「イクセロンパッチ」は世界初のパッチ型アルツハイマー型認知症治療剤に関連しています。「イクセロンパッチ」は、画期的な医薬品として市場で注目を浴び、2007年の発売以降、全世界的に大々的な商業的成功を収めています。
特許権者であるノバルティスは、直・間接的に100%の持分を所有する各国法人(韓国ノバルティスを含む)を通じてイクセロンパッチを海外各国で販売しました。被疑侵害者は韓国国内でイクセロンパッチのジェネリック製品を製造し、そのうちの大部分をヨーロッパなどの海外各国に輸出しており、これに対しノバルティスは、被疑侵害者の特許侵害行為の差止めおよび損害賠償請求の訴えを地方法院に提起しました。
当該地方法院の判決は、特許法第128条第7項[注3]を適用して、損害額を約25億ウォンと認定しました
3.特許法院の判断
第2審である特許法院は、被疑侵害者が製品を生産して特許侵害をし、侵害製品をヨーロッパ各国で販売して、ノバルティスのヨーロッパ販売法人の売り上げが減少したため、持株会社であるノバルティスがヨーロッパ販売法人から配当利益を得られないことになるなどの損害を被ったことを認めて、侵害と損害に因果関係があるものと判断しました。
さらに特許法院は、特許法第128条第4項(侵害者の利益額推定)[注2]により損害を算定して、侵害製品の海外総販売収益から侵害製品の製造・販売のための追加投入費用を控除した貢献利益(contribution margin)を「侵害行為で得た利益額」として算定しました。
一方、特許法第128条第2項[注1]の適用については、損害算定が「侵害者の販売数量」および「単位数量当たりの特許権者の利益額」に基づくことになり、本件において完全子会社であるヨーロッパ販売法人の売り上げ減少による損害額が原告の損害額と同一である特別な事情が証明されない限り、ヨーロッパ販売会社の単位数量当たりの利益額を原告の単位数量当たりの利益額としてそのまま置き換えることができないため、本規定の適用は困難であると判断しました。その結果、特許法院判決では、一審が認めた損害額の約5倍相当の金額を損害額として認定しました。
- 日本の特許法102条(損害額の推定)との対比
損害額の推定について、日本の特許法ではその第102条に規定されており、韓国特許法第128条第2項、第4項は、それぞれ日本の特許法第102条第1項、第2項にほぼ対応します。日本の特許法第102条第5項は、「同条第3項(実施料相当額に基づく推定)の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げない」と規定していますが、韓国特許法第128条第8項のような懲罰的損害賠償を規定するものではありません。
V.上記2件の判決を踏まえた留意点
下記情報元1および2では、概ね次のようなコメントが述べられています。
1.上記釜山地方法院判決について(下記「情報元1」より)
(1)2019年7月9日付で施行された改正特許法により特許法第128条第8項および第9項が新設され、特許法第128条第8項に基づく懲罰的損害賠償の責任が認められる違反行為の時期に関しては、本改正特許法の付則において「第128条第8項および第9項の改正規定は本法施行後、最初に違反行為が発生した場合から適用する。」と規定されています。このため、これまで懲罰的損害賠償の責任が認められたケースはなく、韓国法院は2019年7月9日以前に侵害行為が発生していて、その後も侵害行為が続いてきた事案に対しては、「最初の侵害行為が2019年7月9日前に発生したため改正規定は適用されない」という趣旨で上記付則を解釈してきたと認められます。これに対して、特許侵害行為を可分的な行為として判断し、最初の侵害行為が2019年7月9日の以前に発生し2019年7月9日以後もそれが続いている場合には、少なくとも2019年7月9日以後から成立した侵害行為に対して改正規定が適用されるものと上記付則を解釈すべきである、との学説も出されていました。今回の釜山地方法院の判決は、2015年11月30日から2022年10月31日までの侵害行為が認定されたところ、この期間のうち、改正法施行日である2019年7月9日から2022年10月31日までの侵害行為については別途に特許法第128条第8項に基づく追加の損害額を認めたものです。
今回の釜山地方法院の判決は、控訴により特許法院(二審)に係属中で、未だ判決が確定してはいませんが、特許権侵害に対する懲罰的損害賠償の責任を認めた最初の事例として注目すべきです。
(2)一方、2024年8月21日付で施行予定の改正特許法では、悪意の技術流出を防止して被害救済の実効性をより一層確保するという趣旨により、特許法第128条第8項で規定する懲罰的損害賠償の限度をこれまでの3倍から5倍に引き上げています。併せて、この改正特許法の付則では、「第128条第8項の改正規定は本法施行以後に発生する違反行為から適用する。」と規定しており、「最初に」の記載が削除されています。この付則の文面が変更された理由としては、上述したような「付則に対する解釈」の問題が反映された可能性も考えられます。
今後も韓国における懲罰的損害賠償の適用に関しては、どのような推移していくのか、また、2024年8月21日付で施行される改正特許法により特許権侵害に対する損害賠償額がどの程度認められるのかなど、今後の動向を見守っていく必要があります。
2.上記特許法院判決について(下記「情報元2」より)
(1)特許法第128条第2項、第4項の損害賠償推定規定の趣旨は、特許権者を保護するために設けられたものであり、これに加えて、故意的特許権侵害行為による懲罰的賠償額の上限を3倍から5倍に引き上げる今年8月から施行される改正特許法もまた特許権者保護を強化するためのものです。ただし、韓国では依然として特許権者または法院が侵害者に直接強制して損害立証の証拠を提出させることは容易ではないため、韓国法院は文書提出命令や事実照会、釈明権などを積極的に行使し、侵害者の資料に代わり得る程度の信憑性のある客観的資料あるいは特許権者の資料に基づいて損害額の判断をするなど、より柔軟な損害算定方式を模索することが必要とされています。
(2)今回の特許法院判決のように、特許法第128条第2項、第4項を積極的に適用して、特許権者の資料、または韓国銀行のような公信力のある機関の資料などを基礎にして損害賠償額を算定することが可能であれば、侵害者の立場としても資料提出を回避するよりかは損害額を減らすために積極的に自ら資料を提出するようになり、結果として、侵害立証という好循環をもたらすことが期待できるといえます。
[情報元]
1.5/24着信:KIM & CHANG IP Newsletter | 2024 Issue2 | Japanese 「韓国地方法院、故意の特許権侵害に対し特許法第128条第8項による懲罰的損害賠償を認定」2024.5.24
https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=29543
2.KIM & CHANG IP Newsletter | 2024 Issue 2| Japanese「特許法院、韓国内生産侵害品の海外販売に対して約120億ウォンの損害賠償を認定」(2024.05.24)
https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=29545
3.国立国会図書館調査及び立法考査局 外国の立法 (2016.1)「【韓国】 特許権等の侵害訴訟の管轄集中」
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_9593139_po_02660109.pdf?contentNo=1
[担当]深見特許事務所 野田 久登
[注釈]
特許法第128条(損害賠償請求権) (2024年2月公布の改正特許法施行前の現行特許法)
第2項:第1項にしたがって損害賠償を請求する場合、その権利を侵害した者が、その侵害行為をすることにした物を譲渡したときには、次の各号に該当する金額の合計額を特許権者又は専用実施権者が被った損害額とすることができる。
1. その物の譲渡数量(特許権者または専用実施権者が、その侵害行為外の事由で販売することができなかった事情がある場合には、その侵害行為外の事由で販売することができなかった数量を差し引いた数量)のうち特許権者または専用実施権者が生産することができた物の数量において、実際販売した物の数量を差し引いた数量を超えない数量に特許権者または専用実施権者が、その侵害行為がなかったならば販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた金額
2. その物の譲渡数量のうち特許権者または専用実施権者が生産することができた物の数量において、実際販売した物の数量を差し引いた数量を超える数量、またはその侵害行為外の事由で販売することができなかった数量がある場合、これらの数量(特許権者または専用実施権者が、その特許権者の特許権に対する専用実施権の設定、通常実施権の許諾または、その専用実施権者の専用実施権に対する通常実施権の許諾をすることができたと認められない場合には、該当数量を差し引いた数量)については特許発明の実施について合理的に受けることができる金額
第4項:第1項の規定により損害賠償を請求する場合、特許権または専用実施権を侵害した者がその侵害行為により得られる利益額を特許権者又は専用実施権者が受けた損害額と推定する。
第7項:法院は、特許権又は専用実施権の侵害に関する訴訟において損害が発生されたことは認められるが、その損害額を証明するために必要な事実を証明することが該当事実の性質上、極めて困難な場合には第2項から第6項までの規定にかかわらず、弁論全体の旨と証拠調査の結果に基づき相当した損害額を認めることができる。
第8項(2019年7月9日施行の改正特許法において追加):法院は他人の特許権または専用実施権を侵害した行為が故意的なものと認められる場合には、第1項にかかわらず、第2項から第7項までの規定により損害として認められた金額の3倍(2024年2月公布の改正法で「5倍」に改正)を超えない範囲で賠償額を定めることができる。
第9項(2019年7月9日施行の改正特許法において追加):第8項による賠償額を判断するときには、次の各号の事項を考慮しなければならない。
- 侵害行為をした者の優越的地位の程度
- 故意または損害発生の憂慮を認識した程度
- 侵害行為により特許権者及び専用実施権者が受けた被害規模
- 侵害行為により侵害した者が得た経済的利益
- 侵害行為の期間・回数等
- 侵害行為による罰金
- 侵害行為をした者の財産状態
- 侵害行為をした者の被害救済の努力の程度