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被疑侵害者による国外での行為に基づく損害賠償請求を排除した地裁の決定を支持したCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、一般論として、被疑侵害者による侵害を構成する国内行為と因果関係のある外国での活動に基づいて、逸失利益だけでなく、合理的な(reasonable)額のロイヤルティ(royalty)を得ることができることを認めました。

 しかしながら、本件の被疑侵害者の外国での活動と侵害を構成する国内行為との因果関係がないことを理由として、CAFCは、被疑侵害者による米国外での行為に基づく特許権者の損害賠償請求を却下した地方裁判所(以下「地裁」)の決定を支持しました。

              Harris Brumfield v. IBG LLC, Case No. 22-1630 (Fed. Cir. Mar. 27, 2024) (Prost, Taranto, Hughes, JJ.)

 

1.事件の背景

 2010年、Trading Technologies International(以下「TT社」)は、商品取引のグラフィカル・ユーザー・インターフェースと、それらのインターフェースを使用した取引注文の方法に関する4件の特許を侵害しているとして、IBG LLC(以下「IBG社」)に対して地方裁判所に訴訟を提起しました。これらの4件の特許はいずれも、商品取引のグラフィカル・ユーザー・インターフェースのクレームと、それらのインターフェースを使用した取引注文の方法のクレームを含んでいました。

 当該訴訟提起後にTT社の大株主であるHarris Brumfield(以下「Brumfield氏」)がTT社から原告の地位を承継したため、Brumfield氏が本件のCAFCへの控訴人となっています。

 

2.WesternGeco v. Ion Geophysical事件最高裁判所判決について

 本件訴訟の内容の説明に入る前に、本件訴訟において取り上げられ、TT社の損害賠償の主張の根拠となり、地裁判決およびCAFC判決でも取り上げられた、2018年のWesternGeco LLC v. Ion Geophysical Corp.事件における最高裁判所の判決(以下「WesternGeco最高裁判決」)の概要を、以下に説明します。「WesternGeco最高裁判決」の詳細は、下記「情報元4」、「情報元5」をご参照下さい。

 (1)WesternGeco最高裁判決の事件の背景

 WesternGeco LLC (以下「WeaternGeco社」)は、Q-Marineと呼ばれる海底に埋蔵されている石油やガスを探索するための探索装置に関する特許権を保有しており、米国内で当該探索装置を製造するとともに、石油会社からの依頼を受けて同探索装置を用いた海底資源の調査を行なっていました。

 一方、ION Geophysical Corp.(以下「ION社」)は、WesternGeco社の探索装置に関する特許発明の構成部品に相当するDigiFINsと呼ばれる装置を米国内で製造し、WesternGeco社の競合相手である海外の顧客企業に輸出しており、当該顧客企業は、米国外にてDigiFINと他の部品とを用いてWesternGeco社の特許発明に相当する探索装置を組み立て、石油会社から受注した海底資源の調査を行なっていました。

 この事件は、上記探索装置に関する特許権を保有するWesternGeco社が、同社の特許発明の構成部品を米国外に輸出するION社を、特許法第271条(f)(1)[注2]及び(2)[注3]に基づく特許権侵害で訴えたものです。特許法271条(f)によれば、特許製品を完全に組み立てず、組み立て可能な部品の状態で海外に輸出する行為が特許権侵害となります。特に、特許法第271条(f)(2)では、特許発明の使用のために特別に製造又は改造された、非侵害の使用に適した物ではない部品を、組み立て前の状態で合衆国において又は合衆国から供給した又は供給させた者は、侵害者となり得ることが規定されています(条文の詳細は下記[注3]をご参照下さい)。

 (2)CAFCの判断およびWesternGeco社による裁量上訴の提起

 この事件の一連の訴訟の控訴審において、CAFCは、米国特許法は、被擬侵害者による特許発明の海外での実施について損害賠償を与えるものではないため、WesternGeco社は海外での調査契約を勝ち取れなかったことに起因する逸失利益を回復するための賠償金を得ることはできないと判示しました。

 これを受けてWesternGeco社は、「米国特許法271条(f)注2に基づく特許権侵害が立証された場合において、米国外で行われる禁止された組合せ(prohibited combinations)から生じる逸失利益を得ることはできないと断定したCAFCの判断は誤りであるか否か」という点を争点とする裁量上訴を、連邦最高裁判所(以下「最高裁」)に提出し、この裁量上訴を最高裁が受理しました。

 (3)最高裁の判断

 最高裁は、事件の分析を行なうにあたり、問題となる条文の注目点(the statute’s focus)を認定し、当該注目点に関係する行為が米国内で生じたものであるかを検討する必要があるとし、この事件で問題となる条文は特許法第284条[注4]および第271条(f)(2)[注3]であって、第271条(f)(2)の注目点は「米国から部品を輸出するという行為(the act of exporting components from the United States)」であると認定しました。その上で、最高裁は、本事件における上記注目点と関係する行為、すなわちION社がWesternGeco社の特許発明の構成部品を提供した行為は明らかに米国内で行なわれたものであるから、本事件は連邦法の域内適用に関する問題を含むものと言うことができ、WesternGeco社に認められる米国外での逸失利益に基づく損害賠償は、米国特許法284条[注4]の域内適用によるものであると結論づけました。

 すなわち最高裁は、WesternGeco最高裁判決において、特許法第271条(f)(2)に基づいて侵害が発見された場合、特許権者は外国での逸失利益の形で損害賠償を請求できることを認めました。(WesternGeco最高裁判決の概要説明は以上です。)

 

3.地裁における当事者の主張と地裁の判断

(1)特許の有効性についての地裁の判断

 本件訴訟の第1審の手続き中に、地裁は、2件の特許のクレームは無効であるという略式判決を求めるIBG社の申立てを認めました。裁判に先立ち、地裁は、2件の特許は特許不適格であるために無効であり、残りの2件の特許は特許適格性を有する主題を含んでいると認定しました。

 この事件は、特許適格性を有すると認定された残りの2件の特許について審理され、陪審員は、これら2件の特許のクレームが侵害されていると判断しました。

(2)損害賠償についての当事者の主張

 (i)WesternGeco最高裁判決に基づくTT社の主張

 WesternGeco最高裁判決では、上述のように、米国特許法第271条(f)(2)[注3に基づき侵害が発見された場合、特許権者は、外国逸失利益の形で損害賠償を請求することができると判断されました。

 TT社は、WesternGeco最高裁判決の判旨に基づけば、IBG社が米国で被疑侵害製品を「製造」したことに基づいて、当該製品がたとえ海外で使われていたとしても、合理的なロイヤルティの形で損害賠償を求めることができると主張しました。この主張に基づいてTT社は、クレームされた方法を実行したかどうかにかかわらず、被疑侵害製品の全世界のユーザーの使用量に基づいて評価したロイヤルティ率に基づいて、9億6,200万ドルの損害賠償を提案しました。

 iiIBG社の主張

 それに対してIBG社は、660万ドルの損害賠償を提案しましたが、これは、全世界のユーザーではなく、国内ユーザーの使用量に対して評価した、IBG社が提案したロイヤルティ率に基づいて算出した金額に相当します。

 iii)地裁の判断

 陪審員はIBG社に同意し、TT社に660万ドルの損害賠償を与えることを認めました。

 TT社は評決後に、損害賠償に関する新たな審理を求める申立てを行ないました。この申立てにおいてTT社は、IBG社が陪審員に提示した損害賠償額の計算方法が誤っていたと主張しましたが、この申立てを地裁が却下したため、TT社はCAFCに控訴しました。

 

4.CAFCの判断

(1)被疑侵害者による外国の行為に基づく合理的なロイヤルティについて

 CAFCは、WesternGeco最高裁判決の詳細な説明を行なった上で、申し立てが国内の行為に焦点を当てているかどうかを判断するために、特定の法定規定の下で侵害を構成すると主張される特定の国内の行為を検討しなければならないと結論付けました。これに関連してCAFCは、米国特許法第271条(a)[注1]の下では、生産、使用、販売の申し出、および販売は国内行為に限定されていると説明しました。

 またCAFCは、WesternGeco最高裁判決の枠組みは、(逸失利益だけでなく)合理的なロイヤルティの裁定に適用され、合理的なロイヤルティは、仮想的な侵害者が侵害を構成する国内行為に従事するために支払う金額であることを認めました。言い換えれば、被疑侵害者による外国での行為に基づく合理的なロイヤルティは、被疑侵害者による特許権侵害を構成する国内の行為と、外国での行為との間に因果関係がある場合に認められることになります。

(2)本件における特許権者の損害賠償請求について

 CAFCは、上述のようにWesternGeco最高裁判決の下では合理的なロイヤルティが認められていると認定したにもかかわらず、被疑侵害製品の製造に関するTT社の侵害理論は、被疑侵害者による国内の行為による実際の侵害と因果関係(a causal relationship)がないため、TT社のWesternGeco最高裁判決に基づく損害賠償理論を排除した地裁の判断を支持しました。ここで、権利主張されたクレームは、インターフェースを使用した取引注文の方法のクレームと、コンピュータコードを含むコンピュータ可読媒体のクレームの2つのグループに分類されました。一方、IBG社の被疑侵害品は、インターネット上で世界的に使用されるトレーディングツールであり、商品取引のような取引所での売買に使用するためにトレーダーが彼らのコンピュータにローディングするソフトウェアに関するものです。

 CAFCは、「製品を製造する」という主張された侵害は、方法のクレームに合理的に当て嵌めることはできないため、方法クレームを侵害しないと説明しました。またCAFCは、TT社のコンピュータ可読媒体のクレームはソフトウェアの国内設計とプログラミングに焦点を当てており、ソフトウェアを含む物理的な媒体の製造には焦点を当てていないため、「製品の製造」の侵害の理論はコンピュータ可読媒体のクレームには適用されないと説明しました。したがって、TT社の特許発明の構成要素を提供する行為が米国内で行なわれたということにはならず、連邦法の域内適用に基づいて外国での逸失利益の損害賠償を請求することはできない、との結論となりました。

(3)地裁の特許無効の判断の追認

 CAFCは、2件の特許について特許無効であるというIBG社の略式判決の申立てを認めた地裁の判断を支持し、これらの特許のクレームは、ユーザーが取引を行なう際に使用する情報を確認するのに役立つ方法で、特定の市場情報(ビッドおよびオファー)[注5]の受信と表示に焦点を当てていると説明しました。

 CAFCは、この種の情報の受信と表示は、注文の基本的な経済的慣行であり、したがって抽象的であると説明しました。また、CAFCは、市場情報の収集と表示は日常的に一般に行なわれている活動であるため、クレームされた発明は自明であり、特許性を有しないと結論付けました。

 

[注釈]

 

[注1]

特許法第271条(a): 本法に別段の定めがある場合を除き,特許の存続期間中に,権限を有することなく,特許発明を合衆国において生産し,使用し,販売の申出をし若しくは販売する者又は特許発明を合衆国に輸入する者は,特許を侵害することになる。

 

[注2]

特許法第271条(f)(1):何人かが権限を有することなく,特許発明の構成部品の全部又は要部を,当該構成部品がその全部又は一部において組み立てられていない状態において,当該構成部品をその組立が合衆国内において行われたときは特許侵害となるような方法により合衆国外で組み立てることを積極的に教唆するような態様で,合衆国において又は合衆国から供給した又は供給させたときは,当該人は,侵害者としての責めを負わなければならない。

 

[注3]

特許法第271条(f)(2):何人かが権限を有することなく,特許発明の構成部品であって,その発明に関して使用するために特に作成され又は特に改造されたものであり,かつ,一般的市販品又は基本的には侵害しない使用に適した取引商品でないものを,当該構成部品がその全部又は一部において組み立てられていない状態において,当該構成部品がそのように作成され又は改造されていることを知りながら,かつ,当該構成部品をその組立が合衆国内において行われたときは特許侵害となるような方法により合衆国外で組み立てられることを意図して,合衆国において又は合衆国から供給した又は供給させたときは,当該人は,侵害者としての責めを負わなければならない。

 

[注4]

特許法第284条は、特許権侵害の損害賠償についての規定であり、特許権者は、侵害の結果生じた損害について十分な補償を受けることができると規定しています。

 

[注5]

Offer(オファー)は、外国為替取引や資金・債券の取引などで取引業者が提示する売値のことを表し、反対に、取引業者が提示する買値はBid(ビッド)といいます。通常、OfferはBidより高い価格になります。

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “Reasonable Royalty Available for Foreign Activities (But Not This Time)” (April 11, 2024)

              https://www.ipupdate.com/2024/04/reasonable-royalty-available-for-foreign-activities-but-not-this-time/

 

2.McDermott News “Fed. Circ. Defines Foreign IP Damages, Raises New Questions”

              https://www.mwe.com/pdf/fed-circ-defines-foreign-ip-damages-raises-new-questions/

 

3.Harris Brumfield v. IBG LLC, Case No. 22-1630 CAFC判決(March 27, 2024)原文

              https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1630.OPINION.3-27-2024_2292106.pdf

 

4.McDermott News “FOREIGN LOST PROFITS RECOVERABLE FROM THE US SUPPLIER” June 26, 2018

              https://www.mwe.com/insights/foreign-lost-profits-recoverable-us-supplier/

 

5.Jetro NY 「最高裁 WesternGeco 事件判決(速報) ~米国外での逸失利益についての損害賠償請求が認められる~」(2018年6月23日)

              https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2018/20180623.pdf

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登