米国特許庁関連実務でのAIツール使用に関するガイダンスを発行
米国特許商標庁(USPTO)は、USPTO関連実務についての人工知能(AI)ツールの実際の使用に関する新しいガイダンスを発行しました。新しいガイダンスは、AIツールの責任ある使用を促進し、その使用に起因する誤用や危害から、対USPTO手続等の代理人としての特許弁護士等の実務家(以下「実務家」と略記します)およびその依頼人を保護するための提案を提供することを意図しており、すでに発行されている「AI支援発明の発明者に関する審査ガイダンス」に続くものです。当該審査ガイダンスについては、弊所ホームページの「国・地域別IP情報」において2024年4月15日付で「USPTO、AI支援発明の発明者に関する審査ガイダンスを発表」と題して配信した、下記URLの記事をご参照下さい。(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/11279/)
以下、今回発行されたAIツールの使用に関するガイダンスの趣旨を述べた後、ガイダンスで説明された「USPTOの現行規則と政策」、「現行規則のUSPTO関連実務への適用」について、その概要を紹介します。
1.ガイダンスの趣旨
特許関連の実務家は、先行技術の調査、特許出願のレビュープロセスの自動化、クレームチャートの作成、文書レビューの支援、審査官の行動の分析のために、AIベースのシステムやツールを使用することが増えています。しかし、AIツールは完璧ではないため、誤用や不正行為に対して実務家は潜在的に脆弱です。
このような問題に対処するため、新しいガイダンスは、USPTOへの手続に関わる実務家に対し、AIを使用する場合に適用される現行規則や同規則の適用例を紹介するとともに、実務家がAIを使用する際に生じるリスクを認識させ、そのリスクを軽減するための示唆を与えるものです。
2.USPTOの既存の規則と政策
このガイダンスでは、誠実義務(duty of candor)、署名要件とそれに対応する証明書、情報の機密性、外国出願ライセンスと輸出規制、電子システムの政策と依頼人に対する義務など、AIツールを適用する際に考慮すべきUSPTOの既存の規則と政策について、以下のように説明しています。
(1)率直さと誠実さの義務(Duty of Candor and Good Faith)
USPTOの審査、再審査、審判、特許審判部(PTAB)または商標審判部におけるその他の手続きなどの、USPTO関連実務に関与する各個人は、USPTOに対応する際に率直かつ誠実な義務を負っています。実務家については、これらの義務は連邦規則集第37編(37CFR)11.303に詳述されています。さらに、他の規則が37CFR§11.303に重複して適用される場合があります。例えば、特許審査および再発行手続では、個人は、37CFR1.56(a)に詳述されているように、官庁に率直かつ誠実な義務を負います。これには、このセクションで定義されているように、その個人が特許性に重要であることがわかっているすべての情報をUSPTOに開示する義務が含まれます。この義務は、これらの個人とUSPTOとのすべての手続きに拡張され、特許審査官に対する手続の代理に限定されません。
(2)署名が必要な文書
一般的に、USPTOに提出された特許関連のすべての通信文書には、人の署名が必要です。この署名を含めることで、文書に表示される人の署名が実際にその人によって挿入されたことを証明します。言い換えれば、実務家を含む人は、紙に自分の署名を挿入しなければなりません。
署名が必要な文書がAIシステムの助けを借りて作成された文書である場合、人の署名は、その人によってレビューされ、その人が、文書のすべてが真実であり、不適切な目的で提出されていないと信じていることを保証します。
(3)情報の守秘義務
37CFRの下で、限られた状況を除き、実務家が依頼人情報の機密性を維持することが要求されています。実務家は、依頼人の代理に関する情報の不注意によるまたは不正な開示、または不正アクセスを防止するために適切な努力をしなければなりません。したがって、実務家は、不注意や不正な開示を防ぐための適切な措置を含む、依頼人の情報の機密性を維持するための措置を講じる必要があります。さらに、利益相反に関するUSPTOの職業上の行動規範は、一般に、その依頼人の不利益に依頼人の代理に関連する情報を使用することを実務家に禁止しています。
先行技術調査や出願書類作成等にAIシステムを利用すると、依頼人の機密情報が、これらのシステムの所有者を通じて不用意に第三者に開示され、依頼人に損害を与える可能性があります。これらの考慮事項に照らして、出願書類の作成など、USPTOでの実務においてAIシステムを使用する者は、リスクを認識し、機密情報が漏洩しないようにするための措置を講じる必要があります。
(4)外国出願ライセンスと外国への送出規制
特許関連の実務家は、外国出願の準備、出願、出願の可能性、および審査に関連する目的で、外国で特許出願を提出する前、または技術データを外国へ送り出す前に、外国出願ライセンス要件を遵守する必要があります。
実務家は、さらに、USPTOによる外国出願ライセンスは、米国で提出される特許出願の準備のための主題の外国への送出を許可しておらず、むしろ、外国出願ライセンスなど、USPTOによるライセンスに基づく主題の外国への送出は、外国特許出願の提出に関連する目的に限定されます。また、外国への送出が規制される技術を外国人にリリースすることは、外国への送出と見なされる場合があります。
実務家は、これらの点に留意し、AIシステムを使用する際にデータが不適切に外国へ送出されないようにする必要があります。
(5)電子システムについてのUSPTOの政策
USPTOの電子システムへのアクセスには種々の規約により制限されており、これらの規約に違反した場合、あるいは許可されたアクセス数を超えた場合、USPTOの電子システムへのアクセスに関連する連邦法および/または州法の下で刑事責任または民事責任を負う可能性があります。さらに、そのような行為は、USPTOによって管理される罰則または制裁につながる可能性があります。
以下の「3.(3)で述べるように、AIツールはUSPTOのアカウントを取得できないため、実務家は、AIツールがアクセス権限のない書類にアクセスしたり、書類を提出したりしないように注意する必要があります。
(6)依頼人に対する義務代理
USPTOの専門的行動規範は、USPTOでの手続きを代理する実務家が依頼人に有能で勤勉な代理を提供することを要求しています。37CFR11.101の下では、実務家は「代理に合理的に必要な法的、科学的、技術的知識、スキルを有するとともに、徹底した実務の遂行および準備を行なう必要があります。また実務家が顧客を代理するに当たっては、適正な勤勉さ(reasonable diligence)をもって行動しなければなりません。
さらに、37CFR11.104は、実務家が、「顧客の目的を達成するための手段について顧客と適度に協議する」こと、および、「顧客が代理に関して十分な情報に基づいた決定を下せるように適切かつ必要な範囲で問題を説明する」ことを要求しています。顧客を代理して他の実務家や実務補助者の仕事を監督する実務家は、実務家および実務補助者が専門的義務またはUSPTOの専門的行動規範を遵守することを保証するために適正な努力をする責任があります。
AIツールを使用する場合、実務家は、依頼人に対して負う義務にAIツールが違反していないことを確認する必要があります。たとえば、実務家は、依頼人を適正に代理するために必要な法的、科学的、および技術的な知識を有している必要があります。
3.規則の適用事例の紹介
このガイダンスでは、文書の起草、USPTOへの書類の提出、USPTOのITシステムへのアクセス、機密保持と国家安全保障、詐欺、故意の違法行為等におけるAIツールの使用に関して、これらの規則と政策の適用可能性について以下のように説明しています。
(1)文書作成のためのAIツールの使用
技術明細書の起草、USPTOのオフィスアクションへの応答の作成、特許クレームの起草等を容易にするために、知的財産業界向けにAIツールが開発されました。これらのツールの使用は禁止されておらず、特に要求されない限りその使用を開示する義務もありませんが、このガイダンスでは、代理人である実務家がUSPTOに提出された文書や宣誓供述書に署名する前に、生成されたAI出力を慎重に確認することの必要性を強調しています。
また実務家は、率直さと誠実さの義務の下で、先行技術文献、情報開示陳述書(IDS)、およびAIツールの使用の事実を含む、AIを通じて得られた全ての重要な関連情報を、それらの情報が37CFR1.56(b)で定義されている特許性にとって重要な場合には、慎重に検討し、開示する必要があります。
実務家はさらに、すべての特許クレームに記載の発明が人間の発明者による大きな貢献により生み出されたものであって、純粋にAIによって生み出されたものではないことを確認する必要があります。
(2)USPTOへの書類の提出
AIツールを使用して、USPTOへの文書の準備と提出を支援または自動化できますが、USPTOの規則や政策に違反しないように注意し、文書がAIツールや非自然人ではなく、人によってレビューおよび署名されるように注意する必要があります。AIシステムおよびツールは、USPTOの電子ファイリングシステムを通じて文書をファイリングまたはアクセスするための「ユーザー」とは見なされません。したがって、AIシステムまたはツールは、PTO.gov アカウントを取得したり、実務家が申請目的でアカウントを取得するためのサポートスタッフとしてAIツールを支援したりすることはできません。
(3)USPTOのITシステムへのアクセス
AIツールには、USPTOのITシステムにアクセスして操作する機能がありますが、これらのツールの使用が連邦法および州法、およびUSPTOの規制と政策に抵触しないように注意を払う必要があります。注意すべき重要な要件の1つは、ユーザーが権限のないドキュメントを提出したり、情報にアクセスしたりしてはならないということです。
AIシステムまたはツールは、上述のようにUSPTO.govアカウントを取得することはできません。USPTOへの書類提出を支援するために、AIシステムを含むコンピュータツールを使用している場合、そのコンピュータツールは、特許電子システムの法的枠組みやその他のポリシーに違反した場合、刑事、民事、および/または行政措置および罰則を受けることに加えて、AIツールの使用者は、ユーザーのUSPTO.govアカウントを取り消される可能性があります。
(4)守秘義務と国家安全保障上の考慮事項
USPTOでAIを実際に使用すると、機密性の高い技術情報を含む顧客の機微に触れる情報や機密情報が不注意で第三者に開示される可能性があります。これは、例えば、発明者側が先行技術調査を実行したり、明細書、クレーム、またはオフィスアクションへの応答の草案を生成したりするためにAIシステムに入力される場合に発生する可能性があります。
このような開示は、国家安全保障、輸出管理、および外国出願ライセンスの問題にも関係する可能性があります。具体的には、実務家は、AIツールが米国外にあるサーバーを利用する可能性に留意する必要があり、そのようなツールに入力されたデータが米国外に送出される可能性が高まり、既存の輸出管理および国家安全保障規制または秘密保持命令に違反する可能性があります。サーバーが米国内にある場合でも、これらのサーバーがホストするAIシステムの使用に関連する特定の活動は、米国外によって行なわれます。このような活動は、規制の対象となる外国への送出と見なされる場合があります。
したがって、これらのAIツールを使用する前に、実務家はAIツールの利用規約、プライバシーポリシー、およびサイバーセキュリティの慣行を理解することが不可欠です。
(5)詐欺および意図的な不正行為
対USPTO手続またはUSPTOのITシステムへのアクセスに関連して、いかなる場合も、すべての個人は、上述のように率直さと誠実さの義務を負っており、USPTOは詐欺や意図的な違法行為を容認しません。この義務は、これらの個人の個人的な行動だけでなく、これらの個人がAIツールを含む自動化されたツールを使用して行なう行動にも及びます。さらに、USPTOのウェブサイト上でのAIツールの使用は、USPTOウェブサイトに含まれるデータ、またはUSPTOのWebシステムとの間で転送されるデータに対する許可されていないアクセス、アクション、使用、変更、または開示を目的とする場合は、「コンピュータ詐欺と濫用に関する法律」に違反します。USPTOは、このような動作を特定するためにネットワークトラフィック(任意の時点でネットワーク上を移動するデータ)を監視しており、違反者は刑事、民事、行政上の措置と罰則の対象となります。
[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott) “New Guidance Addresses Use of AI Systems, Tools in Practice Before the PTO” (April 18, 2024)
2.米国Federal Register “Guidance on Use of Artificial Intelligence-Based Tools in Practice Before the United States Patent and Trademark Office” (A Notice by the Patent and Trademark Office on 04/11/2024)
3.JETRO NY 知的財産部「USPTO、庁への手続におけるAIの使用に関するガイダンスを公表」2024年4月19日
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2024/20240419.pdf
[担当]深見特許事務所 野田 久登