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クレーム解釈に関するCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、異議を申し立てられた特許クレームは先行技術に対して自明であるとはいえないとする米国特許商標庁(USPTO)の特許審判部(Patent Trial & Appeal Board: PTAB)の決定を覆しました。CAFCは、PTABが、クレーム解釈の必要はないと結論付けながらも争点となっているクレームの文言を暗黙のうちに解釈しており、しかもクレーム解釈に誤りがあったと結論しました。

Google LLC v. EcoFactor, Case Nos. 22-1750; -1767 (Fed. Cir. Feb. 7, 2024) (Reyna, Taranto, Stark, JJ.).

 

1.事件の経緯

(1)IPRの請求

 EcoFactor, Inc.(以下、「EcoFactor」)は、外部の気象条件と家の内部の温度条件とを考慮して、快適さとエネルギー節約とのバランスをとる動的気候制御システムに関連する、米国特許第8,498,753号(以下、本件特許)の譲受人であり、本件特許を所有しています。

 Google LLCおよびecobee,Inc.(以下、集合的に「Google」)は、米国特許商標庁(USPTO)に対して当事者系レビュー(IPR)の申立てを行い、米国特許5,197,666(以下、「Wedekind」)に米国特許6,216,956(以下、「Ehlers」)を組み合わせたコンビネーションは、本件特許に係るクレーム1-20を自明にすると主張しました。

 

(2)PTABの決定およびCAFCへの控訴

 PTABは、最終決定を発行し、Googleが、申立てに係る本件特許クレームが無効であるということを証拠の優越によって示さなかったと結論付けました。すなわち、PTABは、Googleが提示したWedekindおよびEhlersによって本件特許に係るクレーム1-20が自明であるとはいえないと判断しました。

 Googleは、PTABの結論を不服として上級審であるCAFCに控訴しました。

 

2.事件の争点

 事件の争点は、次の(1)、(2)です。

(1)PTABは、(両当事者において明示的に提案されることのなかった)「クレーム解釈(claim construction)」をしたか、あるいは単純にクレームと先行技術とを対比したか

 (なお、ここでいう「クレーム解釈」は、クレームの文言のみに基づいてクレームを解釈するのではなく、明細書などにも依拠してクレームを解釈することを指します。)

(2)PTABがクレーム解釈をしたと判断される場合、そのクレーム解釈に、次の2点において誤りがあったか

 (i)PTABのクレーム解釈は、米国の行政手続法であるAPA(Administrative Procedure Act)に違反するか

 (ii)クレーム解釈によって課せられたクレーム限定は、内的証拠または判例によってサポートされるか

 

3.争点となっているクレーム

 異議の対象とされたクレーム1は、構造物(例えば住宅)が目標温度に到達することが望ましい目標時間を取得することを含む、気候制御システムのサイクル時間を短縮するための方法を規定しています。

 クレーム1は、いくつかのステップを含んでおりますが、争点とされたステップを以下に摘記します([1m], [i]- [v]は、本件における当事者の使用に従う。ただし、筆者によって[1m], [i]- [v]をボールド体に変更。)。

**********

[1m] determining a first time prior to said target time at which said climate control system should turn on to reach the target temperature by the target time based at least in part on [i] said one or more thermal performance values of said structure, [ii] said performance characteristic of said climate control system, [iii] said first internal temperature, [iv] said first external temperature, and [v] the forecasted temperature;

….

 (仮訳)

1m目標時間までに目標温度に到達するために気候制御システムがオンになるべき、目標時間よりも前の第1時間を、[i]前記構造の前記1つ以上の熱性能値、[ii]前記気候制御システムの前記性能特性、[iii]前記第1内部温度、[iv]前記第1外部温度、および[v]前記予測温度、のうちの少なくとも一部に基づいて、決定するステップ

**********

 

 摘記のとおり、ステップ[1m]は、少なくとも[i]-[v]の一部(based at least in part on)に基づいて「第1時間」を決定することを規定しています。換言しますと、ステップ[1m]では、第1時間を決定するために用いる「入力」として、[i]熱性能値、[ii]性能特性、[iii]第1内部温度、[iv]第1外部温度、および[v]予測温度、が列挙されています([図1]参照)。

 [図1]

4.PTABの判断

 両当事者は、Wedekindが、第1時間を決定するために用いる入力として、「[iii]第1内部温度」を開示するかどうかを争いました。

 Googleは、Wedekindが、内部温度値(入力[iii]に相当)から計算される熱性能値(入力[i]に相当)に基づいて「第1時間」を計算しているので([図2]参照)、Wedekindは、[1m]の「[iii]第1内部温度」の要件を充足すると主張しました。

 [図2]

 EcoFactorは、Googleの主張に同意せず、[1m]における入力[i]-[v]の各々は、別個であって、Googleの主張するように絡み合わせることはできないのであり、そうでなければ、クレームの限定事項を意味のないものにすると反論しました。ただし、両当事者のいずれも、問題を解決するための「クレーム解釈」の主張を明示的には行いませんでした。

 PTABは、クレームの文言(claim language)に基づけば、入力[i]- [v]は、各々が明らかに異なる入力データを必要とする、別個の異なる構成要素であり、ステップ[1m]に関する「クレーム解釈」は不要であると判断しました。そうして、PTABは、Googleの自明性理論は5つの独立した入力の各々を用いておらず、むしろ、入力[i],[iii]の両方を満たすために入力を2倍にカウントしていると判断しました。最終的に、PTABは、Wedekindに依拠するGoogleの自明性理論は、先行技術が争点のクレーム構成を教示していることを説明することができなかったと結論しました。

 

5.CAFCの判断

 (1)PTABは、クレーム解釈(claim construction)をしたか

 CAFCは、PTABがクレーム1のクレーム解釈をしたと結論しました。PTABは、如何なるクレーム解釈も必要とされないと明言した上で、問題の5つの入力[i]-[v]は個別の構成であると結論し、この結論をサポートするために、「クレームが要素を別々(separately)に列挙する場合、クレームの文言は、それらの要素が個別(distinct)の要素であることを明確に暗示する」とする、CAFCのいくつかの判決(Becton Dickinson & Co. v. Tyco Healthcare Group, LP, 616 F.3d 1249, 1254 (Fed. Cir. 2010)他)を引用していました。

 しかしながら、CAFCは、問題のステップ[1m]のうちの1つの入力が別の入力に基づいて計算され得るかどうか、およびそれらが別個でなければならないか、または絡み合わされ得るかどうかなど、それらの入力の範囲および境界を明確にするためのものは、クレームに存在しないことに注目しました。その上で、「入力が別の入力に部分的に基づくことができないこと」、および「各入力が別個でなければならないこと」を決定することは、クレームの範囲に対する制限を確立することであるから、PTABのクレームに対するそのような決定は結果的にクレーム解釈に該当する、とCAFCは判断しました。

 

(2)PTABによるクレーム解釈に誤りがあったか

(i)クレーム解釈は、APA(Administrative Procedure Act)に違反するか

 CAFCは、PTABによるクレーム解釈はAPAに違反しないと結論しました。CAFCは、初めに、争いのある用語について、PTABが両当事者の提案無しにクレーム解釈を採用してもよいこと、ただし、PTABは、応答するための通知および機会を両当事者に与えることなく、最終書面決定において両当事者のいずれも要求も予想もしていなかったクレーム解釈を採用することによって途中でセオリーを変更することはできないことを確認しました。

 その上で、CAFCは、両当事者から明確なクレーム解釈は提案されていなかったものの、中核となる問題が[1m]に列挙されている5つの入力の範囲と境界とに関連していることを両当事者が認識した上で論争をしていたため、この問題に対処するための通知と機会の両方が両当事者に与えられていたと判断し、冒頭のとおりに結論しました。

 

(ii)クレーム解釈によって課せられたクレーム限定は、内的証拠または判決によってサポートされるか

 CAFCは、PTABによるクレーム限定は、内的証拠または判決によってサポートされないと判断しました。CAFCは、初めに、クレーム解釈に関して、「クレーム用語を特許請求の範囲の用語を解釈するとき、クレームそれ自体、明細書および、審査経過を含む内部証拠に対して、最初に目を向け、かつ、主に依拠しなければならないこと」を確認しました。その上で、本件のクレーム文言は、[1m]が、5つの入力のいずれかが他の入力の計算に使用されと広く解釈され得ることをサポートしており、クレーム言語は、入力が使用される手法に制限を課していないため、特許権者は、広い用語を自由に選択でき、特許権者がその用語を明示的に再定義するか、その範囲を否認しない限り、その単純かつ通常の意味の全範囲を取得することを期待できることに言及しました。さらに、CAFCは、本件明細書は、入力が個別(separate)であるべきことを明示的に要求しておらず、逆に本件明細書は、1つの入力が他の入力に基づいて計算される実施形態を企図していると判断しました。

 さらに、CAFCは、PTABが引用したBecton, 616 F.3d at 1253–54等の判決に関して、これらの判決は、個別に列挙されたクレーム要素が別個の構成要素であるというルールを作成するものでなく、実際、Becton, 616 F.3d at 1253–54では、明細書が参照されることによって、クレームの「バネ手段」が「ヒンジ付きアーム要素」から分離されていることが確認されていることを明らかにしました。

 加えて、CAFCは、判決(Pow- ell v. Home Depot U.S.A., Inc., 663 F.3d 1221,1231–32 (Fed. Cir. 2011).)を例示の上で、個別に列挙されたクレームの限定には、切り離された別個の物理的構造を示しているという「推定」が働くものの、その推定は個別の特許の文脈(context of a particular patent)において常に覆滅され得ると説示しました。その説示を踏まえて、CAFCは、本件のクレーム文言および明細書は、[1m]における5つの入力の各々が他の入力とは区別して使用されなければならない別個の構成であるという推定を覆滅させると判断しました。

 最終的に、CAFCは、クレーム解釈に関して、Googleの提案に同意し、PTABによる[1m]に関するクレーム解釈は誤りであると結論しました。したがって、CAFCは、PTABによるクレーム解釈を覆し、その最終決定を取り消し、[1m]の限定に関する正しい解釈の下でさらに手続を進めるようPTABに差し戻しました。

 

6.実務上の留意点

(1)特許権者(特許出願人)の観点

 個別に列挙されたクレームの限定要素は、切り離された別個の構造を定義すると認定される場合がありますが、CAFCの説示のとおり、この認定は推定に過ぎず、個別の特許の文脈から推定を覆滅させることが可能です。このため、個別に列挙されたクレームの限定要素の各々が、切り離された別個の構造として解釈されることを望む特許出願人は、その旨の明確な文言を明細書に含める必要があるといえるでしょう。

 

(2)申立人の観点

 苦労して見つけた先行技術文献と申立対象のクレームとの間に若干の隔たりが存在することは、実務上、少なくありません。しかし、今回のケースから理解されるとおり、クレームに先行技術を当て嵌めることが難しいと思われる場面においても、先行技術がクレームに含まれるように発想し、先行技術とクレームの構成要素との関係を理論立てて説明することにより、「穴埋め」に成功する余地がありますので、申立人としては、より近しい先行技術をサーチすべきことはもちろんのこと、穴埋めに用いる理論の精度を上げることにも注力すべきでしょう。

 

(3)コメント

 今回のIPRにおいては、表面上は、両当事者から「クレーム解釈」の明示的な提案がなく、また、PTABも「クレーム解釈」を意図していない状況において、実は、潜在的に実施されていた「クレーム解釈」を前提とする議論が進んでいたことになります。

 CAFCは、上述のとおり、個別に列挙されたクレームの限定には、切り離された別個の物理的構造を示しているという「推定」が働くと説示しました。このことから、仮に、本件IPRにおいて潜在的にも「クレーム解釈」が行われなかった場合、問題の[1m]の解釈には、切り離された別個の物理的構造を示しているという「推定」が働くことになり、その限りにおいては、EcoFactorの主張が妥当性を帯びることになるのでしょう。そういった意味においても、本件は興味深い事案であるといえそうです。

[情報元]

① McDermott Will & Emery IP Update | February 15, 2024 “Even a Non-Explicit Claim Construction Can Be Erroneous”

https://www.ipupdate.com/2024/02/even-a-non-explicit-claim-construction-can-be-erroneous/

 

② Google LLC v. EcoFactor, Case Nos. 22-1750; -1767 (Fed. Cir. Feb. 7, 2024) (Reyna, Taranto, Stark, JJ.).(判決原文)

https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1750.OPINION.2-7-2024_2266326.pdf

 

[担当]深見特許事務所 中田 雅彦