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クレーム解釈に関するCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、Webベースの広告に関連する2つの特許の各々に関して地方裁判所が下した認容略式判決のうちの一方を認め、他方の一部を取り消しました。その一部が取り消された略式判決は、特許を非侵害とする訴えに関するものでした。Chewy, Inc. v. International Business Machines, Corp., Case No. 22-1756 (Fed. Cir. March 5, 2024) (Moore, Stoll, Cunningham, JJ.)

 

1.事件の経緯

(1)地方裁判所への訴え

 International Business Machines Corp.(以下、IBM)は、Webベースの広告に関連する複数の特許を所有しており、それらには、米国特許第7,072,849号(以下、’849特許)が含まれています。

 Chewy,Inc.(以下、Chewy)は、’849特許を含むいくつかのIBM特許を非侵害とする確認的判決を求めて、ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所(以下、地裁)においてIBMを訴えました。これに対してIBMは、Chewyのウェブサイトとモバイルアプリとが特許を侵害しているとして反訴を提訴しました。

 

(2)地裁判決およびCAFCへの控訴

 地裁は、’849特許を含む2つの特許の各々に関する略式判決を求めるChewyの申し立てを認めました。IBMは、双方の略式判決を不服として上級審であるCAFCに控訴しました。

 

(3)CAFCの判断

 CAFCは、2つの特許のうちの一方に関する略式判決を容認する一方で、他方(’849特許)に関する略式判決については、その一部を認め一部を取り消して地裁に差し戻しました。

 

2.本稿の焦点

 Chewyが求めていた’849特許に関する略式判決は、そのクレーム1,2,12,14,18を非侵害とするものでした。’849特許に関する略式判決は、興味深い争点を有していると思われます。特に、本件では、明細書および従属クレームに記載されているものの独立クレームに記載のない技術事項に基づいて、独立クレームのクレーム解釈が行われております。さらに、本件では、特許非侵害の略式判決を阻害するための証拠に関する基準についてCAFCが判断を示しております。

 そこで、本稿においては、’849特許に焦点を当てて解説致します。

 

3.訴えに関わるクレーム1,2,12,14,18

 訴えに関わるクレームは、争点別に次の2つに整理されます。

 ①「前記受付システムに設けられたストアに広告オブジェクトを選択的に格納する」というクレーム限定を含む「クレーム1,2,14,18」

 ②「編集されたデータに基づいて各ユーザへの特徴付けを確立する」というクレーム限定を含むクレーム8に従属する「クレーム12」

 以下、①のクレームの代表例としてクレーム1の一部を摘記し、②のクレーム12の一部を引用元のクレーム8のポイント部分と共に摘記します(ただし、筆者によって、争点とされたクレーム限定部分をイタリック体に変更。)。

 

①[Claim 1]

        A method for presenting advertising obtained from a computer network, the network including a multiplicity of user reception systems at which respective users can request applications, from the network, that include interactive services, the respective reception systems including a monitor at which at least the visual portion of the applications can be presented as one or more screens of display,

 the method comprising the steps of:

                a. …

                b. …

                c. …selectively storing advertising objects at a store established at the reception system.

(試訳) コンピュータネットワークから取得した広告を提示するための方法であって、前記ネットワークは、それぞれのユーザが対話型サービスを含むアプリケーションをネットワークから要求することができる多数のユーザ受付システムを含み、それぞれの受付システムは、アプリケーションの少なくとも視覚的な部分を1つ以上のディスプレイ画面として表示できるモニタを含み、前記方法は、

                a. …

                b. …

                c. …前記受付システムに設けられたストアに広告オブジェクトを選択的に格納するステップと、を含む、方法。

 

②[Claim 12]

        The method of claim 8 wherein ….

                Claim 8

                A method for presenting advertising in a computer network, …, the method comprising the steps of:

                a. compiling data concerning the respective users;

                b. establishing characterizations for respective users based on the compiled data; and

                ….

(試訳:Claim 8) コンピュータネットワーク内で広告を提示する方法であって、

                a. 各ユーザに関するデータを編集するステップと、

                b. 編集されたデータに基づいて各ユーザの特徴付けを確立するステップと、…を含む、方法。

 

4.地裁の判断

 (1)クレーム1,2,14,18について

 地裁は、クレーム解釈の場面において、「広告オブジェクトを受付システムに設けられたストアに選択的に保存する」というクレーム限定を、「広告オブジェクトを取得し、アプリと同時に表示されることを見越して、受付システムに設置されたストアに保存すること」と解釈し、これは、換言すると、広告オブジェクトを「プリフェッチ(pre-fetched)」する必要があるものと理解しました。その上で、地裁は、Chewyのウェブサイトやモバイルアプリが上記のクレーム限定を実施していることを立証できるものが存在しないとして、Chewyがクレーム1,2,14,18を侵害していないとする略式判決を下しました。

 なお、「プリフェッチ」は、先読みなどの意味を有し、処理速度を向上させるために、必要とされるデータをCPUがキャッシュメモリなどに予め読み出しておく機能を指す場合があります。

 

 (2)クレーム12について

 地裁は、「編集されたデータに基づいて各ユーザの特徴付けを確立する」というクレーム限定について、「ユーザのインタラクション履歴やデモグラフィックなどのようなユーザ固有のターゲティング基準に基づいて、ユーザに広告を配信する必要がある」、と解釈した上で、Chewyのウェブサイトやモバイルアプリは、「編集されたデータに基づいて各ユーザの特徴付けを確立」できないと判断し、Chewyがクレーム12を侵害していないとする略式判決を下しました。

 地裁は、Chewyが問題のクレーム限定を実施していないという事実に関して真正の争点(a genuine dispute)はないと判断していました。なぜなら、地裁は、「Chewyのウェブサイトやモバイルアプリは、個々のユーザのインタラクション履歴やデモグラフィックに関係なく、ユーザが現在閲覧しているページに基づいて広告を配信していることが、証拠に異論の余地なく示されている」と認定したからです。

 

5.CAFCの判断

 (1)クレーム1,2,14,18について

 CAFCは、’849特許に関わる明細書の記載を参酌しました。明細書には、「Summary of Invention」の欄を含めて、「本発明」における広告オブジェクトのプリフェッチングに関する記載が繰り返し登場していました。CAFCは、「本発明」のこれらの繰り返しの説明を考慮すると、当業者であれば、クレームされた発明が広告オブジェクトのプリフェッチを必要としていることを理解すると判断しました。

 ’849特許の従属クレーム9,10,22,23には、「pre-fetching」という用語が明示的に規定されていたため、IBMは、「本発明」のプリフェッチングに関する明細書中の記載は、クレーム9,10,22,23にのみ向けられたものであるとも主張しました。しかし、’849特許は、発明全体の局面として、広告オブジェクトのプリフェッチに一律に言及していることから、CAFCは、クレーム9,10,22,23に「プリフェッチング」が記載されている事実が、これらの明確に限定的な発明の開示を否定するものではないと判断しました。

 さらに、CAFCは、発明を定義するために特許権者は異なるクレームで異なる用語を自由に使用できるとも説示しました。つまり、CAFCは、「pre-fetching」が明示されていないクレーム1,2,14,18についても、クレーム9,10,22,23と同様に「pre-fetching」が必須の構成要素として暗黙的に限定されていると認定したのです。

 CAFCは、経過履歴に含まれる審判理由補充書にも注目し、「主張されている主題の概要」における記載からして、「広告オブジェクトを選択的に保存する」ということが「広告オブジェクトがプリフェッチされること」を意味することを、IBMが審判理由補充書で説明していると判断しました。

 このように、CAFCは、内部証拠に照らして、広告オブジェクトを本発明において選択的に保存するにはプリフェッチが必要であると結論し、クレーム1,2,14,18のクレーム限定に関する地裁の解釈を肯定しました。その上で、CAFCは、Chewyのウェブサイトやモバイルアプリが、クレーム1,2,14,18のクレーム限定を実施していないので、’849特許のクレーム1,2,14,18を非侵害とする地裁の略式判決を容認すると結論しました。

 

 (2)クレーム12について

 IBMは、「編集されたデータに基づいて各ユーザの特徴付けを確立する」というクレーム限定をChewyが実施しているか否かに関する重要な事実について、真正の争点が存在し、そのことが略式判決を妨げると主張し、CAFCはその主張に同意しました。

 IBMは、重要な事実の存在を立証するための2つの証拠、すなわち、Chewyの「プライバシーポリシー」と、Chewyの「内部文書」とに基づいて、真正の争点の存在を主張しました。地裁は、プライバシーポリシーでは、Chewyが問題のクレーム限定を実施していることを裏付けることができないと認定していました。

 CAFCは、プライバシーポリシーが、「パーソナライズされた広告またはターゲットを絞った広告をお客様に提供する」ために、「閲覧や購入などの活動からの情報」に基づいて、…「お客様が表示する広告、お客様が操作する広告、および当社のサービス上でお客様が行うその他のアクション」を使用することを、ユーザに通知していることから、プライバシーポリシーは、Chewyが特定のユーザの閲覧履歴や購入履歴に関する情報を収集し、その情報を使用してユーザに「パーソナライズされた広告またはターゲットを絞った広告」を提供していることを説明していると判断しました。その上で、CAFCは、プライバシーポリシーが、上述の重要な事実に関する真正の争点を生成すると結論しました。

 CAFCは、略式判決を阻害するためにプライバシーポリシーのみで十分であるとしつつも、Chewyの「内部文書」についてさらに判断しました。内部文書は、「現在進められている戦略(Currently Launched Strategies)」として、「再購入の適切な時期である可能性に基づいて、ペットの飼い主の注文履歴から製品を推奨する」ことを説明していました。Chewyは、内部文書に記載されている機能が具体的にどのようにして動作するのかを示す証拠が存在せず、Chewyのソースコードにも、そのような機能は存在しないなどと主張しました。

 しかし、CAFCは、内部文書は略式判決を阻害するのに重大な事実上の争いを生じさせるのに十分であり、侵害の疑いのあるソースコードの正確な場所をIBMが必ずしも特定する必要はないと判断しました。その上で、CAFCは、Chewyのプライバシーポリシーと内部文書とを考慮すると、Chewyが「各ユーザの特徴付けを確立する」か否かに関して重要な事実について真正の争点が存在するといえ、それゆえ、クレーム12の非侵害に関する地裁の認容略式判決を取り消し、さらなる手続きのために本件を差し戻すことを判示しました。

 

6.実務上の留意点

 ’849特許に係るクレーム1には、広告をプリフェッチすることが明示されておらず、クレーム1に従属するクレームにおいて初めてそれが登場します。このことのみからすると、形式的には、クレーム1は、IBMの主張するように、プリフェッチに限定されない広い範囲をカバーするともいえます。しかしながら、明細書には、専ら、本発明が広告オブジェクトをプリフェッチすることが記載されていたため、IBMの主張は受け入れられませんでした。クレーム1でより広範な範囲をカバーし、従属クレームでその範囲を限定しようとする場合、実務家は、広範な範囲を実質的にカバーするサポートを明細書に記載することを忘れてはいけません。

 特許明細書では、一貫して「本発明(“present invention”または“this invention”)」という観点で広告のプリフェッチに関する事項が記載されており、そのことのみが今回のCAFCの判断に影響を及ぼしたとはいえないかもしれませんが、実施形態の説明に「本発明」という用語を多用することは避けた方がよいと考えられます。

 クレーム12に関するCAFCの判断から理解されるように、略式判決の段階において、特許権者は侵害しているとされるソースコードを特定する必要がなく、侵害訴訟を裏付けるためのユーザマニュアル、戦略文書、宣誓供述書などの他の文書証拠に頼ることができることに留意すべきです。

[情報元]

① McDermott Will & Emery IP Update | March 14, 2024 “Patenting Web Advertising? Ask Alice, I Think She’ll Know”

https://www.ipupdate.com/2024/03/patenting-web-advertising-ask-alice-i-think-shell-know/

 

② Chewy, Inc. v. International Business Machines, Corp., Case No. 22-1756 (Fed. Cir. March 5, 2024).(判決原文)

https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1756.OPINION.3-5-2024_2280474.pdf

 

[担当]深見特許事務所 中田 雅彦