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UPCの手続言語の変更の申立を認めた第一審裁判所の決定

1.事件の概要

 統一特許裁判所(UPC)の第一審裁判所である2つの地方部(オランダのハーグ、ドイツのデュッセルドルフ)はそれぞれ、侵害訴訟の本訴に関連してそれぞれの原告が、付与された特許の言語(英語)とは異なる手続言語(オランダ語、ドイツ語)で侵害訴訟を提起したことは、中小企業である本訴の被告に困難を引き起こしていると指摘し、付与された特許の言語に手続言語を変更するように求めた被告の申立を認める、中小企業にとって有利な同様の2つの決定を出しました。

 これら2件の事件情報は以下の通りです(以下、「事件①」および「事件②」と称します)。

事件①

・裁判所:第一審裁判所(ハーグ地方部)

・事件番号:UPC_CFI_239/2023

・判決日:2023年10月18日

・申立人(本訴の被告):Arkyne Technologies SL

・被申立人(本訴の原告):Plant-e Knowledge BV他1社

事件②

・裁判所:第一審裁判所(デュッセルドルフ地方部)

・事件番号:UPC_CFI_373/2023

・判決日:2024年1月16日

・申立人(本訴の被告):Aarke AB

・被申立人(本訴の原告):SodaStream Industries Ltd

 

2.UPCの訴訟の手続言語

 UPC協定第49条は、UPCでの各種の訴訟の手続言語について以下のように定めています。

(1)第一審の地方部・地域部の裁判(侵害系事件)の手続言語

 ① 地方部の存在する締約国の公用語または地域部を共用する締約国によって指定された公用語(UPC協定第49条第1項)

 ② 地方部の存在する締約国または地域部を共用する締約国によって指定された欧州特許庁(EPO)の公用語(英語、フランス語、またはドイツ語)(UPC協定第49条第2項)

 ③ 下記の(i)(iii)の場合、例外として特許が付与されたときの手続言語

  (i) 両当事者が言語の変更に同意し、担当の裁判官合議体が承認した場合。合議体が承認しなければ、両当事者は中央部に問い合わせることを要求できる(UPC協定第49条第3項およびUPC手続規則321)。

  (ii) 担当の裁判官合議体が言語の変更を提案し、両当事者が同意した場合(UPC協定第49条第4項およびUPC手続規則322)。

  (iii) 当事者の一方の要求により、当事者の他方および担当裁判官合議体の意見を聞いて、第一審裁判所の所長が言語の変更を判断した場合(UPC協定第49条第5項およびUPC手続規則323

(2)第一審の中央部の裁判(取消系事件)の手続言語

 対象となる欧州特許の言語(英語、フランス語、またはドイツ語)(UPC協定第49条第6項)

(3)控訴審の手続言語

 ① 原則として第一審で使用された言語(UPC協定第50条第1項)

 ② 当事者が合意した場合は特許が付与されたときの手続言語(UPC協定第50条第2項)

 ③ 当事者の合意を条件として、裁判所が決定した締約国の他の公用語(UPC協定第50条第3項)

 なお、下記の情報元①の最近の統計によりますと、第一審での手続言語の使用率は、英語が45%、ドイツ語が47%、フランス語が3%、イタリア語が3%、オランダ語が2%となっています。

 

3.事件の背景および経緯

 UPCにおける侵害訴訟は、主張された侵害が発生した場所または被告のいずれかが住居または事業所を有する場所の第一審裁判所(地方部・地域部)に提起することができます(UPC協定第33条第1項(a)、(b))。したがって、主張された侵害が複数の国で発生している場合、または異なる国に拠点を置く複数の被告がいる場合には、原告は訴訟を提起する第一審裁判所(地方部・地域部)を選択する、いわゆるフォーラムショッピングを行うことができます。すなわち、原告は訴訟を提起する地方部・地域部の選択によって、UPC協定第49条第1項の規定(上記の「2.(1)①」参照)が適用される結果として、訴訟の手続言語をも選択することが可能となります。

 今回の事件①においては侵害訴訟の原告はハーグ地方部に訴訟を提起することによって手続言語としてオランダ語を選択し、事件②においては侵害訴訟の原告はデュッセルドルフ地方部に訴訟を提起することによって手続言語としてドイツ語を選択しました。

 いずれの事件においても、被告は中小企業であり、このような馴染みのない言語で訴訟手続を行うことは大きな負担でした。したがって、各事件において被告は、UPC協定第49条第5項に従って訴訟の手続言語を特許が付与された言語である英語に変更するように求める申立(UPC手続規則323)を行いました。

 

4.申立の方式上の争点および裁判所の判断について

 訴訟の手続言語を特許が付与された言語に変更する申立がなされると、UPC手続規則323(1)、(2)の規定により、報告担当裁判官(judge-rapporteur)は申立を当該第一審裁判所の所長に送付し、所長は、相手方当事者に対し、10日以内に申立に対する立場を表明するよう求めなければなりません。UPC手続規則323(3)の規定によりますと、第一審裁判所の所長は、担当部門に相談した上で、訴訟手続の言語を特許が付与された言語に変更するよう命令することができますが、これには特定の翻訳または通訳の取り決めが条件となる場合があります。

 ここで、規則323(1)は、当事者がUPC協定第49条第5項に従って訴訟手続の言語を特許が付与された言語に変更することを希望する場合には、そのような申立を、当事者が原告の場合は請求の陳述書に、当事者が被告の場合には抗弁の陳述書に含めるものと規定しています。しかしながら事件①および事件②のいずれにおいても、被告はそのような申立を抗弁の陳述書を提出する前に行いました。

 事件①においては、本訴の原告による侵害訴訟が2023年7月12日に出訴され、被告は2023年9月21日に手続言語の変更の申立を行いました。事件②においては、本訴の原告による侵害訴訟が2023年10月17日に出訴され、被告は2023年12月4日に手続言語の変更の申立を行いました。

 双方の事件において申立人は、UPC協定第49条第5項の規定には申立を行うための期間が含まれておらず、一方で規則321(1)および322(1)は、両当事者および報告担当裁判官が「書面手続の期間中はいつでも」そのような言語の変更を提案することを許容している、と主張しました。申立人はまた、UPC協定がその手続規則と衝突する場合にはUPC協定が優先され、規則が抗弁の陳述書において申立を行うことを要求することは、手続規則の前文に規定されている均衡性、柔軟性、公平性、衡平性の原則に反すると主張しました。

 事件①および事件②のいずれにおいても第一審裁判所は、UPC協定第49条第5項は、UPC手続規則323に基づく申立が請求の陳述書または抗弁の陳述書の前に提出されることを妨げるものとして解釈されてはならないと主張しました。このような提出時期を制限する解釈は手続きを遅らせ、UPCの一般的な目的に反すると考えられました。一方で、裁判所は、UPC手続規則323の「請求/抗弁の陳述書において」は、申立を行わなければならない期限として理解されるべきであると判断しました。

 なお、UPC手続規則7.1および14.4は、書面による申立およびその他の文書は訴訟手続の言語で提出する必要があり、登録担当事務官(registrar)は、異なる言語で提出された訴答書面は返却しなければならないと規定しています。しかし、事件②では、手続言語の変更の申立は、当初の訴訟言語であるドイツ語ではなく英語で提出されたにもかかわらず、申立は受理可能とみなされました。これは、登録担当事務官が申立を返却しておらず、申立を認められないものとして拒絶するさらなる理由が特定されていなかったためです。

 

5.実体的争点についての主張

(1)申立人の主張

 申立人は、UPC制度は欧州の特許訴訟の費用を中小企業にとって経済的に手の届く程度にすることを目的としているにも拘わらず、申立人のような小規模な企業は多大な翻訳費用による不当かつ不必要な財政的負担に直面している、と主張しました。これに対して、被申立人ははるかに大規模な企業であり、英語を作業言語として使用しているか(事件①)、または本訴を英語で行うための十分な備えがあります(事件②)。実際、双方の事件において、通信および/または提出物にはすでに英語が使用されており、被申立人はオランダ語/ドイツ語への翻訳は不要であると考えていました。

 申立人はまた、本訴における法的な議論のために、特許が付与された言語を使用することは価値があると主張しました。

(2)被申立人の主張

 事件①では、被申立人は、特に翻訳ツールが利用可能であるため、申立人が不当かつ不必要な負担や不利益を被ることはないと主張しました。さらに、裁判官と申立人の代理人のほとんどはオランダ語を話すため、口頭審理はオランダ語で行われるべきであると主張しました。被申立人はまた、本訴の原告は、彼らが訴訟に使用することを希望する言語を選択する選択肢を有しており、オランダ人の代理人がUPCのオランダの地方部で代理をしていることから、この事件においてはオランダ語が当然の選択であると主張しました。

 事件②では、被申立人は、言語の変更は非常に特殊な状況や例外的な状況でのみ行われるものであり、現在の言語を維持する利点と不便さとを天秤にかけるべきであると主張しました。事件①とは異なり、被申立人は、訴訟の手続言語は管轄権を有する地方部の言語に限定されるため本訴の原告側は言語自体を選択することができず、ドイツ語で訴訟を提起したことは、被疑侵害品の流通場所などの事件の状況に起因するものである、と主張しました。

 被申立人は、申立人が世界中で製品を販売しており、ドイツ語を含むさまざまな言語で情報とサポートを提供していることを考えると、このような申立人に対し、中小企業向けの保護を適用すべきではない、と主張しました。さらに、被申立人は、ドイツ語は両当事者にとって外国語であり、請求の陳述書の翻訳が提供されたという事実は、訴訟手続きの言語を英語に変更することが被申立人にとって有利であることを意味するものではない、と主張しました。

 被申立人はまた、質の高い判決を保証するために、裁判官の国籍と母国語を考慮すべきである、と主張しました。

(3)裁判所の判断

 事件①および事件②においてなされたこのような申立に関して、UPCの2つの第一審裁判所(ハーグおよびデュッセルドルフ)はそれぞれ同様の命令を発行しました。

 事件①および事件②のいずれの場合も、裁判所は、訴訟の手続言語を変更するかどうかは、それぞれの重要な利益を、それが不当な不利益にならない程度に考慮して、決定されるべきであるとの判断を下しました。関連するすべての状況を考慮すると、最初に選択された言語が申立人にとって著しく弊害があるということだけでおそらく十分であります。

 事件①では、第一審裁判所(ハーグ地方部)は、手続言語としての英語の使用は被申立人の利益に影響を及ぼさないが、馴染みのない言語で訴訟を起こされることは申立人にとって重大な不都合であることに同意しました。たとえオランダ人の代理人を配置し、翻訳ツールを利用できるとしても、かなりの時間とコストがかかります。さらに、被申立人は、要求された変更に同意しないことについて特に理由を述べていません。

 事件②では、第一審裁判所(デュッセルドルフ地方部)は、UPC協定の重要な目標は、特許を行使しかつ自らを守ることが困難な中小企業が直面する状況を考慮することであることに同意しました。ドイツ語は両当事者にとって同様に不慣れであるにもかかわらず、裁判所はこの訴訟では、経済力で大きく劣る申立人に、被申立人と同様の翻訳や通訳の負担を強いるという重大な不均衡が生じると考えました。

 さらに、英語は当該地方部の公用語であり、裁判官がコミュニケーションや仕事に最も一般的に使用する言語であるため、裁判所は判決の質に関して裁判官の国籍や母国語を考慮しないでしょう。

 したがって、事件①および事件②のいずれにおいても、手続言語を英語に変更する申立が認められました。申立人は、その申立において既存の文書の翻訳を要求していなかったため、裁判所の決定においては、特定の翻訳または通訳の取り決めのような条件が付されることはありませんでした。

[情報元]

①D Young & Co Patent Newsletter No.100 April 2024 “UPC favours SMEs for language change: claimants ordered to sue in the language of the granted patent”

https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/upc-smes-language-change

 

②ORDER of the President of the Court of First Instance in the proceedings before the Local Division THE HAGUE Pursuant to R. 323 RoP (language of the proceedings) Issued on 18/10/2023(事件①の決定原文)

(https://www.unified-patent-court.org/sites/default/files/upc_documents/2023-10-18-ld-the-hague-upc_cfi-239-2023-ord_581189-2023-app_580938-2023-plant-e-v.-arkyne-technologies-anonymized.pdf)

 

③ORDER of the President of the Court of First Instance in the proceedings before the Local Division DÜSSELDORF pursuant to R. 323 RoP (language of the proceedings) issued on 16/01/2024(事件②の決定原文)

(https://www.unified-patent-court.org/sites/default/files/upc_documents/2024-01-16%20LD%20D%C3%BCsseldorf%20UPC_CFI_373-2023%20ORD_592147-2023%20App_590837-2023%20anonymized%20(1).pdf)

 

④UPC協定原文(英文)

(https://www.unified-patent-court.org/sites/default/files/upc_documents/agreement-on-a-unified-patent-court.pdf)

 

⑤UPC手続規則原文(英文)

(https://www.unified-patent-court.org/sites/default/files/upc_documents/rop_en_25_july_2022_final_consolidated_published_on_website.pdf)

 

 

[担当]深見特許事務所 堀井 豊