国・地域別IP情報

パラメータ発明の記載要件に関する韓国大法院判決

 最近、韓国大法院は、パラメータを発明の構成要件として含む物の生産方法に関する特許(以下「本件特許」)において、パラメータを構成する多数の工程変数のうち、一部の工程変数の測定方法が明細書に記載されていない場合、当該特許は記載要件(発明の詳細な説明の実施可能要件及び特許請求の範囲の明確性要件)に違反して無効であると判断しました(大法院2024.1.11.宣告2020Hu10292判決)。

 なお、2020年12月14日付で施行された韓国の改正特許・実用新案審査基準において、主としてパラメータ関連発明の記載要件の規定が改訂されています。具体的な改訂内容については、弊所ホームページの「国・地域別IP情報」において2021年3月3日付で配信した、「韓国におけるパラメータ発明関連等特許審査基準の改訂について」と題した記事(URL:https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/6079/)をご参照下さい。

 

1.事件の背景

(1)本件特許の概要

 「多結晶シリコンの製造方法」という名称の本件特許の請求項1には、複数の工程変数の相関関係により定義されるパラメータを特定の数値範囲内に制御することが、構成要件として記載されていました。ところが、本件特許の明細書には、前記パラメータの数値範囲を確認するために求められる工程変数のうち、一部の工程変数(すなわち、反応器内の棒の体積、反応器壁の温度、及びガスの体積流量)の測定方法が記載されていませんでした。

(2)特許無効審判の請求

 本件特許に対して、次の2点を主な争点として特許無効審判が請求されました。

 (i) 本件特許の発明の詳細な説明が韓国特許法第42条第3項[注1]第1号の実施可能要件(「発明の詳細な説明は、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者がその発明を容易に実施することができるように明確かつ詳細に記載すること」)を満たすか否か。

 (ii) 本件特許の特許請求の範囲が韓国特許法第42条第4項[注2]第2号の明確性要件(「特許請求の範囲には発明が明確かつ簡潔に記載されていること」)を満たすか否か。

 特許無効審判において特許審判院は、本件特許が上記(i)及び(ii)の記載要件を満たしていないため、特許は無効であると判断しました。

[注1]第42条第3項:第2項による発明の説明は、次の各号の要件を全て満たさなければならない。

 1.その発明が属する技術分野で通常の知識を有した者がその発明を容易に実施することができるように明確かつ詳細に記載すること

 2.その発明の背景となる技術を記載すること

[注2]第42条第4項:第2項による請求範囲には、保護を受けようとする事項を記載した項(以下、 “請求項” という。)が1つ以上なければならず、その請求項は、次の各号の要件を全て満たさなければならない。

 1.発明の説明により裏付けられること

 2.発明が明瞭かつ簡潔に記載されていること

(3)審決取消訴訟の提起

 上記審決に対して、特許権者は特許法院に、特許法第186条(審決等に対する訴え)に基づく審決取消訴訟を提起しましたが、特許法院は、やはり本件特許が上記(i)及び(ii)の記載要件を満たしていないとして、特許無効審決を支持する判決を下しました。

 

2.大法院の判決

 大法院は、下級審の判断を支持し、本件特許は特許法第42条第3項第1号の実施可能要件及び第42条第4項第2号の明確性要件に全て違反して無効であると判断しました。その主な理由を記載要件別に検討すると、以下の通りです。

(1)発明の詳細な説明の実施可能要件について

 本件特許発明は、反応中に互いに密接な影響を及ぼし合う各工程変数の調節を通じて、パラメータが特定の数値範囲内に存在するように工程を行うことで、反応工程を最適化する効果を奏することをその技術的特徴とするので、反応中の工程変数の値が本件特許発明の実施に重要な技術的意味を有する。

 ところが、本件特許の発明の詳細な説明には、前記パラメータの数値範囲を決定するために必要な一部の工程変数の測定方法が記載されておらず、さらに提出された資料だけでは、通常の技術者が本件特許の優先日当時の技術水準で前記工程変数の測定方法や値を容易に把握できるとは考え難い。

 したがって、通常の技術者が優先日当時の技術水準に照らして過度な実験や特殊な知識を付加せずには、発明の詳細な説明に記載された事項によってパラメータで特定された生産方法を使用することができないので、本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明を容易に実施できるように明確かつ詳細に記載されたとは言えない。

(2)特許請求の範囲の明確性要件について

 発明が明確に記載されているか否かは、通常の技術者が発明の詳細な説明や図面等の記載と出願当時の技術常識を考慮して特許請求の範囲に記載された事項から特許を受けようとする発明を明確に把握できるか否かによって個別的に判断すべきである。

 本件特許発明は、反応器内の棒の体積、反応器壁の温度、ガスの体積流量等の工程変数を含むパラメータで構成されているが、棒の体積、反応器壁の温度、ガスの体積流量の測定方法が明確ではないため、本件特許の特許請求の範囲は明確に記載されていない。

 

3.本件判決の意義

(1)パラメータ発明における工程変数の意義の明確化

 最近、既存の生産方法を改良した発明について特許を取得するために、新たなパラメータを創出する方式が頻繁に活用されています。新たなパラメータは、従来技術に開示されていないため、新規性等の側面では有利な場合があります。

 しかし、今回の大法院の判決から分かるように、パラメータを発明の構成要件とする、いわゆるパラメータ発明の場合、新規性及び進歩性の実体的要件と同様に発明の詳細な説明及び特許請求の範囲の記載要件も特許の有効性に大きく関連します。

 もし、パラメータを構成する工程変数の測定方法を特許権者のみが把握できたにもかかわらず、発明の詳細な説明にその測定方法が記載されていなければ、第三者はそのようなパラメータ発明を理解するか、再現することができないはずです。したがって、新たなパラメータを特許請求の範囲に記載する場合には、そのパラメータを構成する工程変数それぞれの技術的意味、測定方法、測定条件等を明細書に具体的かつ明確に記載しなければなりません。

(2)パラメータ発明の記載要件の法理の明確化

 本件訴訟において特許法院および大法院は、各工程変数を測定する方法は多様であって、いかなる測定方法を取るかにより工程変数の値が変わり得る点、及び本件発明は工程変数の値が重要な意味を有する発明であるという点に注目し、反応中の各工程変数の測定方法が明細書に記載されていないので、実施可能要件違反であると判断しました。このように、今回の大法院判決は、パラメータ発明の記載要件に関する法理をより具体的に提示したという意義を有すると言えます。

 

4.パラメータ発明に関する日本特許庁の特許審査基準および日本の代表的判決例

 日本国特許法では、特許請求の範囲の記載要件として、特許法第36条6項にサポート要件(同項1号)、明確性要件(同項2号)が規定され、特許法第36条第4項に実施可能要件が規定されており、パラメータ発明についても、これらの記載要件を満たす必要があります。以下、パラメータ発明について、ご参考までに、これらの特許法の規定に関する特許・実用新案審査基準(以下単に「審査基準」)、および、パラメータ特許発明に関する代表的な判決である「偏光フィルム」事件知財高裁大合議判決について、簡単に述べておきます。詳細は、審査基準の該当箇所、下記「情報元3」等をご参照ください。

(1)特許審査基準について

 ①サポート要件、実施可能要件

 サポート要件の基本的な考え方として、審査基準第II部第2章第2節には、「(請求項に係る発明と発明の詳細な説明との)実質的な対応関係についての検討は、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において『発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲』を超えるものであるか否かを調べることによりなされる」と記載されています。

 また、明確性要件の基本的な考え方として審査基準第II部第2章第3節には、「請求項に係る発明が明確に把握されるためには、請求項に係る発明の範囲が明確であること、すなわち、ある具体的な物や方法が請求項に係る発明の範囲に入るか否かを当業者が理解できるように記載されていることが必要である。また、その前提として、発明特定事項の記載が明確である必要がある。」と記載されています。

 パラメータ発明についても、これらの規定が適用されて、サポート要件、明確性要件の適合性が判断されます。

 ②実施可能要件

 実施可能要件について審査基準第II部第1章第1節には、「物の発明が実施可能要件を満たすためには、発明の詳細な説明は、当業者がその物を作れるように記載されなければならず、当業者がその物を使用できるように記載されなければならない(ただし、具体的な記載がなくても、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき、その物を作れ、使用できる場合を除く。)」と記載されています。

 パラメータ発明の場合、主として、出願時の技術常識を考慮してその物を製造することができる程度に発明の詳細な説明が記載されているかという観点から、実施可能要件の適合性が検討されます。

(2)パラメータ特許に関する「偏光フィルム」知財高裁大合議判決

 「偏光フィルムの製造法」事件知財高裁大合議判決(平成17年(行ケ)10042号)は、パラメータ発明のサポート要件について、上記審査基準の基本的な考え方と同様の考え方を示した上で、さらに、いわゆるパラメータ発明がサポート要件に適合するためには,「発明の詳細な説明は,その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要する」との判断を示しました。

 すなわち、この大合議判決においては、「パラメータ発明について示した数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的意味」を、「出願時において当業者が理解できる程度」あるいは「出願時の当業者の技術常識を参酌して当業者が認識できる程度」に開示することが必要であることを、サポートについてのパラメータ発明に特有の加重要件として挙げています。

 ただし、この加重要件については、その後の多くの判決において必ずしも踏襲されていないようです。

[情報元]

1.FIRSTLAW IP NEWS March 2024 Issue No. 2024-01「韓国大法院、パラメータ発明に関して記載要件の違反により特許無効と判断」2024.3.27

 

2.知財判例データベースより「パラメータ発明における工程変数の測定方法が明細書に記載されていないため、実施要件違反と判断された事例」ジェトロ・ソウル事務所

        https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/case/2023/_516643.html

 

3.パテントVol.74 No.5「パラメータ発明のサポート要件」

        https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/3788

[担当]深見特許事務所 野田 久登