国・地域別IP情報

懲罰的賠償強化に関する韓国特許法等改正

 韓国特許庁は、技術奪取の3種と呼ばれる特許権侵害、営業秘密侵害、アイディア奪取の行為があった場合、賠償額は損害額の最大5倍まで引き上げられることが盛り込まれた、「特許法」および「不正競争防止及び営業秘密保護に関する法律(以下「不正競争防止法」)」の改正法を、2024年2月に公布しました。同改正特許法および同改正不正競争防止法は2024年8月に施行予定です。これらの改正法のうち、改正特許法の条文については、下記「情報元3」をご参照下さい。

 

1.韓国の特許法等における、損害賠償拡大の経緯(主として下記「情報元2」を参照)

 韓国では、2019年度から2020年にかけての特許法、不正競争防止法、商標法等の改正により、特許権等の侵害行為に対し、最大3倍の範囲で賠償させることができるように、懲罰的損害賠償制度が導入されました。

 以下、これらの改正法のうち、特許法に絞って改正の経緯を説明します。

(1)懲罰的損害賠償制度の導入

 韓国における懲罰的損害賠償制度は、2019年1月8日付で公布され、同年7月9日から施行されている改正特許法において導入されました。具体的には、「損害賠償請求権」を規定した特許法第128条第8項が、特許権(または専用実施権)を侵害した行為が故意的であると認められる場合には、侵害と認められる金額の3倍を超えない範囲で賠償額を定めることができるように改正されました。

 特許法第128条第9項には、第8項による懲罰的賠償額を判断するときには、以下の8項目を考慮しなければならないことが規定されています。

 ①侵害行為をした者の優越的地位の程度、

 ②故意または損害発生の憂慮を認識した程度、

 ③侵害行為により特許権者および専用実施権者が受けた被害規模、

 ④侵害行為により侵害した者が得た経済的利益、

 ⑤侵害行為の期間・回数等、

 ⑥侵害行為による罰金、

 ⑦侵害行為をした者の財産状態、

 ⑧侵害行為をした者の被害救済の努力の程度。

(2)損害額の規定の変更

 特許権者(または専用実施権者)が、故意または過失で自己の特許権(または専用実施権)を侵害した者に対し、侵害により受けた損害の賠償を請求する場合における損害額を従前の「通常受けられる金額」から「合理的に受けられる金額」へ変更するよう改正しました(特許法第128条第5項)。

(3)特許権者の生産能力を超過する部分に対しても損害賠償可能

 損害賠償額の現実化のために特許権者(または専用実施権者)の生産能力を超過する特許侵害者の製品販売についても損害賠償が請求できるように改正された特許法が2020年6月9日に公布され、2020年12月10日から施行されています。すなわち、特許権者(または専用実施権者)の生産能力の範囲内の販売数量については改正前の特許法に従い、超過販売数量については特許発明の合理的な実施料を計算し、これを合算するようことができるようにしました(特許法第128条第2項)。

 

2.20242月公布の改正法の概要(主として下記「情報元1」を参照)

 現行法(2019年改正特許法および2019年改正不正競争防止法)では、企業の技術競争力を保護するために、特許権及び営業秘密侵害行為、技術取引過程のアイディア奪取行為(事業提案、入札、公募など取引過程で経済的価値を持つ技術的又は営業上のアイデアが含まれた情報を無断で使用する行為)を禁止し、違反時には民事上の損害賠償訴訟を通じて救済を受けることができます。

 それにもかかわらず、特許権、営業秘密侵害や中小企業に対するアイディア奪取事件が生じた場合、侵害事実の立証が容易ではなく、侵害を立証したとしても被害額の算定が難しいため、侵害者から十分な損害賠償を受けられない点が、問題として指摘されてきました。

 そのため、技術を開発して特許や営業秘密などを保有するよりは「技術を真似した方が利益」という認識が広がっており、被害を受けた企業は訴訟で勝っても損害賠償額が十分でなく、その結果訴訟を放棄するケースが多くなるなどの悪循環が生じていました。

 今回の改正は、懲罰的損害賠償の限度を従来の3倍から、国内外と比べても最も高い水準である5倍まで引き上げ、悪意のある技術流出を防止し、被害救済の実効性を確立するための措置です。

 韓国特許庁は、「今回の改正により、技術侵害に対する実質的な賠償がなされるよう期待する」としながら、懲罰的損害賠償制度がより効果的に運用されるためには、損害額の算定に必要な証拠をより簡単に収集する必要があるため、後続措置として特許侵害訴訟における韓国式の証拠収集制度の導入など、制度改善に積極的に取り組んでいく」と述べました。

 一方、特許権侵害、営業秘密侵害及びアイデア奪取などで困難を抱えている場合は、特許庁の「知識財産侵害ワンストップ申告相談センター」を通じて不正競争調査チームの行政調査、技術·商標警察による捜査を依頼できます。

3.日本および諸外国における懲罰的賠償制度の導入状況(主として下記「情報元4」を参照)

(1)日本

 日本では、不法行為に基づく損害賠償の目的を考慮して、実損害の補填を超える賠償は認められないというのが通説的であると言えます。この点に関する代表的な判決として、平成9年7月11日言渡しの最高裁第2小法廷判決(平成5年(オ)1762号)があり、この判決において最高裁は、「我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補填して、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり…、加害者に対する制裁や、将来における同様の行為の抑止、すなわち一般予防を目的とするものではない。」と判示しています。

 ただし、そのような通説に反して、「現行法を離れて不法行為法の制度設計を論じるときには、制度目的が損害の塡補に限られるという一般論は、議論の幅を不必要に狭めてしまうとして、「抑止」という観点から合理的な制度設計を検討することが必要である」とする見解もあります。

 また、「大企業の資本力で、中小企業との訴訟になってもダメージは小さく、模倣や侵害を行ってくる。中小企業には訴訟に対する余力、資金力が無く、泣き寝入りが現実である。米国のように懲罰的賠償制度を導入し、売上高等企業規模に見合った賠償にしない限り大企業の、グレーな模倣、侵害は無くならない」という意見もあります。

(2)米国

 米国特許法第284条(損害賠償)は、以下のように規定しています。

『原告に有利な評決が下されたときは、裁判所は、原告に対し、侵害を補償するのに十分な損害賠償を裁定するものとするが、当該賠償は如何なる場合も、侵害者が行った発明の使用に対する合理的ロイヤルティに裁判所が定める利息及び費用を加えたもの以下であってはならない。

 損害賠償額について陪審による評決が行われなかった場合は、裁判所がそれを査定しなければならない。何れの場合も、裁判所は、損害賠償額を、評決又は査定された額の3倍まで増額することができる。本段落に基づいて増額された損害賠償は、第154条(d)に基づく仮の権利には適用されない。

 裁判所は、該当する状況下での損害賠償額又は適正なロイヤルティを決定するための補助として、鑑定人の証言を聴取することができる。』

 米国では、判例法において、故意侵害であることが、裁判所が懲罰的損害賠償を認める要件とされていますが、2016年のHalo事件における連邦最高裁判決においては、故意侵害の認定において、裁判所に広範な裁量を認める判断が示されています。

(3)中国

 2021年6月1日施行の第4回改正専利法では、専利権侵害の損害賠償について、懲罰的損害賠償制度が導入され、第71条第1項に、次のように規定されています。

『専利権侵害の賠償金額は、権利者が侵害によって被った実際の損失または侵害者が侵害により得た利益に基づいて確定することができる。権利者の損失又は侵害者が獲得した利益の確定が困難である場合には、専利許諾実施料の倍数を参照して合理的に確定する。故意に専利権を侵害し、情状が深刻である場合は、上記方法により確定された金額の1倍以上5倍以下により賠償金額を確定することができる。』

 第4回改正専利法で導入された懲罰的損害賠償制度については、2021年5月25日付けで弊所ホームページで配信した国・地域別IP情報の、知的財産関連法に規定された懲罰的損害賠償に関する「中国最高人民法院の解釈の公布」に関する記事(URL:https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/6597/)をご参照下さい。

(4)ドイツ

 欧州指令 (EU Directive、欧州委員会から加盟国に向けての指令)に基づき、懲罰的賠償制度は採用されておらず、「侵害者利益の吐き出しによる賠償」すなわち、「侵害による利益を侵害者の手元に残すことは正義に反することから、侵害者の利益はすべて吐き出させて、権利者側に移転させることができる」という考え方が採用されています。

[情報元]

1.HA&HA特許&技術レポート2024-03「技術を奪取したら最大5倍の懲罰賠償」

        https://www.siks.jp/wp-content/uploads/2024/03/info411.pdf

 

2.工業所有権情報研修館 新興国等情報データバンク「韓国の特許法等における損害内相の拡大(弁理士 崔達龍)」2021.10.01

        https://www.globalipdb.inpit.go.jp/jpowp/wp-content/uploads/2021/11/eeb7c7acc6af83647e55d76af01454d2.pdf

 

3.2024.2.20公布の韓国改正特許法条文日本語訳(崔達龍国際特許法律事務所作成)

        https://www.choipat.com/menu31.php?id=14&ckattempt=1

 

4.日本特許庁「特許権侵害に係る損害賠償制度について」令和2年5月29日

        https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/tokkyo_shoi/document/39-shiryou/03.pdf

[担当]深見特許事務所 野田 久登