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流体熱伝達システム特許のPTABによる用語解釈を覆したCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、特許権者が提案した特許クレームの用語解釈を概ね支持した新たな解釈を示して特許審判部(PTAB)の決定を破棄し、当該新たな解釈に基づく再審理を求めて差し戻しました。

              CoolIT Systems, Inc. v. Katherine Vidal, Director of the United States Patent & Trademark Office, Case No. 22-1221 (Fed. Cir. March 7, 2024)

 

1.事件の背景

(1)対象特許の概要

 CoolIT Systems, Inc.(以下「CoolIT社」)は、電子機器を冷却するための流体熱伝達システムに関する特許を保有しています。この特許は、2つの仮出願(2007年および2011年出願)に基づいて優先権を主張しており、ヒートシンク、ハウジング部材、適合(compliant)部材など、さまざまなコンポーネントで構成される熱交換システムに焦点を当てています。

(2)当事者系レビュー(IPR)の請願

 Asetek Danmark A/S(以下「Aseteck社」)は、新規性・非自明性が欠如するとの理由で、当該特許について当事者系レビュー(IPR)を請願しました。IPR手続中、両当事者は、2011年出願の仮出願で導入された用語である「matingly engaged」という用語の意味について争いました。

 Lyon引例の開示に対する本件特許発明の非自明性を保つために、CoolIT社は、この「matingly engaged」という用語は「互いに噛み合って(to interlock)機械的に結合または嵌合する(mechanically joined or fitted together」ことを意味するように狭く解釈されるべきであると主張しました。それに対してAseteck社は、2つの表面を接合するすべての方法を網羅する「互いに接触して(to make contact)接合または嵌合する(joined or fitted together」というより広い解釈を求めました。

 いずれの当事者の主張が妥当かの認定は、先行技術であるLyon引例(2007年の仮出願の出願日より後で、2011年出願の仮出願の出願日より前の2009年3月19日に公開された米国特許出願公開第2009-0071625号公報)に基づく本件特許の非自明性の判断を左右するものです。

(3)PTABの決定

 PTABは、両方の解釈が極端であると判断し、適合部材(compliant member)の少なくとも一部がハウジング部材の凹んだ領域内に収まる場合に、この用語が満たされると解釈しました。「mate」という用語は「結合する(joined)または嵌合する(fit together)」という意味であるということで合意しましたが、「engage」という用語については意見の相違がありました。しかしながらPTABは、「matingly engaged」が「fitting」を超えた嵌合の形態を包含できるかどうかを決定しませんでした。

 PTABは、Lyon引例が「ハウジングと嵌合する(fitting the housing)適合部材(compliant member)」を示唆しているため、本件特許発明は自明であると認定しました。

 

2.CAFCにおける審理

(1)控訴審における当事者の主張

 (i)CoolIT社による控訴と、控訴審での同社の主張

 上記PTABの認定に対してCoolIT社は、CAFCに控訴しました。米国特許商標庁(USPTO)は、Asetek社が和解に基づいて控訴から撤退した後、当該控訴に参加しました。

 CoolIT社は、PTABの「matingly engaged」という用語の解釈には欠陥があり、また、先行技術であるLyon引例に開示の構造は、CoolIT社が提案した解釈の下でも、PTABの解釈の下でも、「matingly engaged」という限定の要件を満たしていないと主張しました。CoolIT社は、提案した解釈は発明の目的に合致しており、また、2007年および2011年に出願した優先権の基礎となる2件の仮出願の記載内容の違いを明確にしており、「matingly engaged」を導入した2011年の仮出願の発明は、融着による接合のみを開示している2007年の仮出願の発明に比べて改善をもたらしていると主張しました。またCoolIT社は、クーラントの流れを制御する目的で、適合部材が入口領域と排出領域とを分割する必要があるため、特定のタイプの接合(joining)または嵌合(fitting)が必要であると主張しました。

 なお、Lyon引例は、20011年出願の仮出願の出願日より前に公開されていますが、本件特許発明が20011年出願の仮出願で導入された、2007年の仮出願の開示とは明確に区別される特徴を備えることが立証されれば、Lyon引例に基づく自明性が回避されることに繋がります。

 (ii)USPTOの反論

 これに対しUSPTOは、CoolIT社が提案したクレーム解釈は、明細書に記載の限定を不適切にクレームに読み込んでおり、「matingly engaged」を相補的な輪郭形状の噛み合いのみに限定し、他の係合形式を排除していると反論しました。USPTOは、クレームも明細書も「互いに噛み合う(interlock)」ことには限定していないと指摘し、2007年の仮出願の開示との相違に関するCoolIT社の解釈に異議を唱えました。ただし、USPTOは代替の解釈については提案しませんでした。

(2)CAFCの判断

 CAFCは、「matingly engaged」を「mechanically joined and fitted together(機械的に結合または嵌合された)」と解釈することが適切であり、そのような解釈が用語の意味を正確に反映し、両当事者が提示した議論と一致していると結論付けました。CAFCは、「interlock」という用語を加えて解釈するというCoolIT社の提案は、「interlock」の語がさらなる解釈を必要とすることから、明確さよりも混乱を招くことになると指摘しました。また、CoolIT社とUSPTOとの間でさえ、「interlock」という用語が何を意味するかについて依然として意見が一致しておらず、したがって、そのような用語を他の用語の解釈に用いることは適切ではないと認定しました。

 またCAFCは、「matingly engaged」の解釈に際して「mechanically(機械的に)」という表現を用いることにより、CoolIT社が「matingly engaged」とは区別されると強調した化学結合や溶着接続を適切に除外すると指摘しました。

 このような判断に基づいてCAFCは、新たに採用された解釈の下で「matingly engaged」という要件をLyon引例が満たしているかどうか、すなわちLyon引例に記載の「適合部材」が「ハウジング部材」と「機械的に結合または嵌合」されているかをPTABが検討しなかったことを理由として、PTABの決定を破棄し、新たな解釈に基づくさらなる検討のために、PTABに差戻しました。

 なお、CAFCは、「matinly engaged」に関して、両当事者の極端な解釈とは異なる新たな解釈を示し、特許発明の有効性については言及しませんでしたが、化学結合や融着接続が除外されることを指摘したことから、PTABでの差戻審において、特許クレームとLyon引例の適合部材とハウジングとの接続態様とが詳細に対比され、Lyon引例に基づく自明性の認定が撤回される可能性を示唆しています。

 

3.実務上の留意点

 この判決は、特許クレームにおける用語を正確に解釈することの重要性を示しています。特に、「matingly engaged」のような特定の並置語句(juxtaposition language)について解釈に争いがある場合には、実務家は、そのような用語の微妙な解釈に細心の注意を払い、内的証拠および外的証拠の両方に基づいて確実に理解することが望まれます。

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) ” Be Cool: Don’t Construe the Construction” (March 21, 2024)

              https://www.ipupdate.com/2024/03/be-cool-dont-construe-the-construction/

 

2.CoolIT Systems, Inc. v. Katherine Vidal, Director of the United States Patent & Trademark Office, Case No. 22-1221 CAFC判決(Feb. 9, 2024))原文

              https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1221.OPINION.3-7-2024_2282155.pdf

[担当]深見特許事務所 野田 久登