数値範囲クレームのサポート要件に関するPTABの決定を覆したCAFC判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、本件特許のほとんどのクレームは先行文献の組合せにより自明であるために35U.S.C.§103に基づいて無効であるとの特許審判部(PTAB)の決定を支持しましたが、一部の従属クレームについて、35U.S.C. §112に基づき、明細書の記載によってサポートされていないために無効であるとのPTABの決定を取り消して、差し戻しました。
RAI Strategic Holdings, Inc. v. Philip Morris Products S.A., Case No. 22-1862 (Fed. Cir. Feb. 9, 2024) (Chen, Stoll, Cunningham, JJ.)
1.事件の背景
(1)付与後レビュー(PGR)の請願
RAI Strategic Holdings, Inc.(以下「RAI社」)は、「大きな燃焼を起こさずにタバコやその他の物質を加熱することにより、吸入可能な蒸気を提供する電動喫煙具」に関する特許を所有しています。Philip Morris Products S.A.(以下「Philip Morris社」)は、付与後レビュー(PGR)を請願し、特許に異議を唱えました。
(2)PTABの決定
(i)サポート要件欠如
PGRにおいてPTABは、「使い捨てエアロゾル形成物質の長さの約75%から約85%の長さ」を有する発熱部材を必要とするという限定を記載した2つの従属クレームは、明細書によりサポートされていないために、米国特許法§112に規定された記載要件を満たしていないと結論づける最終決定を行ないました。
特許の明細書は「使い捨てエアロゾル形成物質の長さに対する発熱部材の長さの割合」について、75%〜125%、80%〜120%、85%〜115%、90%〜110%の範囲を開示しています。PTABは、明細書に開示されたどの範囲も約85%を上限として含んでおらず、このことは、発明者が約75%から約85%の範囲を発明の一部と考えていたかを不明確にしていると指摘し、「クレームされた範囲は、明細書に開示された特定の範囲と異なり、その範囲より大幅に狭い」ため、明細書の記載によるサポートが欠如していると結論付けました。
(ii)非自明性の欠如
残りのクレームについてPTABは、以下の理由により、2件の先行文献(Robinson引例およびGreim引例)の組合せに基づいて自明であるため、米国特許法§103により特許性がないと認定しました。
Robinson引例は、その発熱体は変更可能であり、設計上の選択を認めることができることを記載していることから、当業者に代替の適切な発熱体を選択するように誘因するものであり、Greim引例は、そのヒーターについていくつかの利点を明らかにしました。したがって、PTABは、Robinson引例のヒーターをGreim引例のヒーターに置き換えることを当業者が動機付けられたものと認定し、特許クレームを自明であると認定しました。
上記PTABの決定に対してRAI社はCAFCに控訴しました。
2.CAFCにおける審理
(1)当事者の主張
控訴提起に際してRAI社は、一部の従属クレームについて明細書によりサポートされていないと認定したこと、および、その他のクレームがRobinson引例とGreim引例との組合せにより自明であると判断したことのいずれにおいても、PTABが誤りを犯したと主張しました。
それに対してPhilip Morris社は、特に一部の従属クレームの明細書によるサポートが欠如する理由として、同社の専門家の証言を引用して、明細書に開示された範囲はすべて100%を中心としているのに対して、クレームされた範囲は、80%を中心(約75%と約85%との間の中間値)としており、また明細書は85%を上限とする数値範囲を記載していないため、発明者が約85%を超えない範囲をクレームに記載することは、当業者にとって合理性に欠けると主張しました。
(2)CAFCによる、数値範囲に関する一連の判決の要約
CAFCは、明細書に開示された数値範囲よりも狭い数値範囲を記載したクレームが明細書によりサポートされているかどうかが争点となった一連の数値範囲の判決について、以下のように要約しました。
①1976年のIn re Wertheim事件CCPA(CAFCの前身)判決では、36%と50%の例と、25% – 60%の範囲とが記載された明細書により、35% – 60%の範囲に向けられたクレームがサポートされていると認められました。
②1977年のIn re Blaser事件CCPA判決では、明細書の60°〜200°Cの範囲の記載が、80°〜200°Cの範囲を記載したクレームを支持していると認定されました。
③1997年のKolmes v. World Fibers Corp.事件CAFC判決は、明細書に記載された1インチあたり4〜12回転の範囲と、好ましい実施例としての1インチあたり8回転の記載が、8〜12回転/インチに向けられたクレームをサポートしていると認定しました。
④1965年のIn re Baird事件CCPA判決は、32〜176°Fという充分な説明のない数値範囲の開示は、40°Fから少なくとも(at least as low as)60°F程度までの範囲に向けられたクレームをサポートしていないと認定しました。
⑤2021年のIndivior UK v. Dr. Reddy’s Laboratories 事件CAFC判決は、「25%以上、50%以上という範囲、および「任意の」値の開示は、40%〜60%に向けられたクレームをサポートしていない」と認定しました。
上記①~③の判決は、明細書に開示された数値範囲よりも狭い範囲のクレームは、明細書によりサポートされていることを示しており、上記④および⑤の判決は、逆に、クレームに記載の範囲について明細書の記載によるサポートが認められなかった事案です。上記④および⑤の判決が①~③の判決とは異なる判断がされた理由としてCAFCは、④および⑤の判決ではクレームされた数値範囲が狭くなることにより、明細書に記載の発明とは異なる発明が生じたと認定し、さらに、明細書の記載を、クレームされた数値範囲の発明を開示するものとして当業者が理解したことを示す説得力のある証拠は見当たらないことを指摘しました。
(3)CAFCの判断
(i)明細書によるサポートについて
このような背景から、CAFCは、「控訴人らがクレームによって保護しようとする発明が、控訴人らが明細書において控訴人らの発明として記載した発明の一部であるかどうか」、すなわち、開示された発明とクレームされた発明が異なるかどうかを評価するため、上記①のIn Re Wertheim判決で行なわれた分析手法を用いました。
CAFCは、「まず、我々は、明細書に広く記載された範囲が、クレームに記載のより狭い範囲の発明とは異なる発明に属するかどうかを検討する。クレームに記載の数値範囲が明細書に記載の数値範囲と異なる場合、明細書の記載はより狭いクレーム範囲についてサポートを提供していない。」と説明しました。
またCAFCは、本件特許で特定された喫煙具の発明の性質、および100%の上下を含む発熱体の広範囲にわたる長さの開示を検討した上で、長さが100%を上回ること、あるいは100%を下回ることの技術的意義についての説明が、明細書において欠如しているため、当業者であれば間違いなく、100%を下回る長さも本発明の一部であると考えるであろうとの判断を示しました。
その結果、本件に関しCAFCは、「明細書は、クレームされた範囲を明示的に述べる必要はなく、また、「本件特許の明細書に記載された広範な範囲が『約75%〜約85%』のクレーム範囲とは異なる発明を開示するという証拠はない」と指摘して、本件特許の明細書の記載とクレームされた発明とは異なっていないと認定し、PTABの決定を取り消して、CAFCの判決に沿ったさらなる手続きのために差し戻しました。
(ii)自明性について
PTABの自明性の認定に対しては、RAI社は控訴審で、当業者であればRobinson引例とGreim引例とを組合せるように動機付けられることはなかったであろうと主張しました。
具体的には、RAI社は、Robinson引例の「第2の抵抗加熱素子のサイズと形状は任意に変更することができる」という記述、および、「電源と抵抗加熱素子の選択は設計上の選択の問題である可能性がある」という記述は、当業者がRobinson引例の開示を超えてGreim引例まで検討することを促すものではなく、Robinson引例自身に記載された代替の実施形態への言及を意図しているに過ぎないとの解釈を示し、当業者であればRobinson引例とGreim引例とを組合せることを動機付けられなかったであろうと主張しました。
それに対してCAFCは、実体的な証拠としてのRobinson引例およびGreim引例の開示内容に基づいて、当業者がRobinson引例に記載のヒーターをGreim引例に記載のヒーターに交換することを動機付けられたであろうというPTABの認定が裏付けられることから、自明性に関するPTABの決定は妥当であると判断し、PTABの決定を支持しました。
3.実務上の留意点
(1)本件判決から読み取れる留意点
RAI社は、明細書の2つの数値範囲のそれぞれの下側の端点を使用して、クレームに記載の数値範囲を見出し、CAFCはこのクレームについて明細書によりサポートされているものと認定しました。このCAFCの判断は、これまでの一連の数値範囲に関する判決には見られなかったものです。したがって、本判決の判示により、クレームされた発明と明細書の記載とが異ならないかどうかを評価するするために、明細書に記載の数値範囲の端点の記載は、明細書に記載された数値範囲との類似性よりも重要である場合があることを示していると言えます。
(2)本件判決で言及された一連の判決に基づく留意点
米国特許法第112条に規定するサポート要件を満たすか否かを評価するために、本件判決で引用された一連の以前の判決で述べられた、クレームされた数値範囲の限定を含む発明に関する、以下の重要な原則を忘れないようにすべきです。
(i)クレームされた数値範囲の発明の明細書によるサポートの問題は、それぞれの特許に開示された事実に特有の判断がされることに留意する必要があります。言い換えれば、クレームされた発明と明細書の開示との同一性の有無を主張するに際して、特定の事実に焦点を当てて、相互の同一性あるいは相違を議論することが有効な場合があります。
(ii)特許に開示された技術分野における予測可能性(predictability)のレベルは、クレームされた発明と明細書の記載との同一性の判断において、極めて重要です。当業者に予測可能な(predictable)技術分野においては、そうではない技術分野に比べて、クレームされた発明と明細書の記載との間により大きな相違があっても、同一性が認められる場合があります。
(iii)明細書中で、クレームに記載の数値範囲または端点の明示的な記述は、当該クレームの明細書によるサポートの有無の判断に際して、有効ではありますが、必ずしも必要ではありません。
(iv)クレームされた発明と明細書に記載された発明とが異なるか、同一性を有するかの評価は、当業者の理解に基づいて行われます。
[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott) “Consider Invention When Assessing Support for Claimed Range” (February 29, 2024)
https://www.ipupdate.com/2024/02/consider-invention-when-assessing-support-for-claimed-range/
2.RAI Strategic Holdings, Inc. v. Philip Morris Products S.A., Case No. 22-1862 CAFC判決(Feb. 9, 2024))原文
https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1862.OPINION.2-9-2024_2267755.pdf
[担当]深見特許事務所 野田 久登