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陪審員による特許侵害認定および損害賠償認定を覆したCAFC判決

 連邦地方裁判所(以下「地裁」)において陪審員が、「最小メモリ動作電圧技術」に関する米国特許第7,523,373号(以下「373特許」)の文言侵害、および「電子機器におけるクロック速度の管理システムおよび方法」に関する米国特許第7,725,759号(以下「759特許」)の均等論に基づく侵害を認定し、合せて約22億ドルの損害賠償を命じた後、米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、当該地裁判決を覆しました。その中でCAFCは、373特許については地裁の文言侵害認定を支持した上で、損害賠償の地裁命令を取り消し、侵害者とされる者がライセンスの抗弁を追加することを許可しなかった地裁の判断を否定しました。759特許については、地裁の均等論に基づく特許侵害認定を覆しました。

              VLSI Technology LLC v. Intel Corporation, Case No. 1906-4 (Fed. Cir. Dec. 4, 2023) (Lourie, Dyk, Taranto, JJ.)

 

I.事件の背景

1.地裁への侵害訴訟提起

 VLSI Technology LLC(以下「VLSI社」)は、373特許の文言侵害、および759特許の均等侵害で、Intel Corporation (以下「Intel社」)を訴えました。

2.地裁での被告の主張

 (1)特許権の侵害について

 被告であるIntel社は、原告によって提出された証拠は、侵害の認定を裏付けるには法的に不十分であると主張しました。

 (2)ライセンス契約について

 Intel社は2012年に、第三者であるFinjan社と契約を締結し、Finjan社はIntel社に、Finjan社の「関連会社」が所有および管理する特許に対する永久かつ取消し不能なライセンスを付与しました。

 また訴訟中の2020年7月に、Fortress社が、Finjan社の経営権を取得し、VLSI社とFinjan社とを「関連会社」としました。そのためIntel社は、ライセンス契約に基づいて、Finjan社の関連会社であるVLSI社の特許を実施するライセンスを持っていると主張しました。

 その主張に基づいて、Intel社は、Finjan社とのライセンス契約における「関連会社」の広義の定義に基づくライセンスの抗弁を追加するために、訴訟において答弁書を修正することを申し立てました。

3.地裁の判断

 地裁は、過去の第5連邦巡回区控訴裁判所の判決で示されたアプローチを適用して、答弁書修正の時機遅れや、修正の重要性の欠如を理由として、Intel社の上記答弁書の修正の申立てを却下しました。また陪審員は、373特許の文言侵害と、759特許の均等論に基づく侵害を認定し、合せて22億ドルの損害賠償を命じました。

4.Intel社によるCAFCへの控訴

 上記地裁判決を不服として、Intel社は、CAFCに控訴しました。Intel社の主張は概略以下の通りです。

 (1)373特許の文言侵害に基づく損害賠償認定について

 373特許は、デバイスのニーズに応じて、プロセッサとメモリデバイスの両方に個別の電源電圧を提供する特定の機能に向けられていました。特許クレームの特徴は、「省電力モードでは、プロセッサに供給される電圧が閾値を下回ると、メモリは専用電源から電圧供給を受けるように切り替わる」点にあります。

 VLSI社の専門家は、Intel社の製品が特許クレームの技術を実装することによって得られた省電力に基づく損害賠償額を提示しました。

 それに対してIntel社は、被疑侵害製品はその最低動作電圧が特許クレームの限定を満たしていないために非侵害であり、また、損害賠償額算定におけるVLSI社の分析にも誤りがあると主張しました。

 (2)均等論に基づく759特許の侵害認定について

 地裁で陪審員がIntel社による均等侵害を認めた759特許は、さまざまな周波数で動作する機能を持つコンピュータープロセッサなどのデバイス等に向けられていました。759特許のクレームは具体的には、「バスに結合された第1のマスターデバイスであって、第1のマスターデバイスは、第1のマスターデバイスの性能の予め定義された変化に応答して高速クロックのクロック周波数を変更する要求を提供するように構成された」ことを記載していました。

 それに対してIntel社は、自身のデバイスに関し、システム条件の観察に基づいて、(受信)電源制御ユニットで実行されているソフトウェアのみが周波数の変更を必要としたことから、同等のコアは、デバイス自体のパフォーマンスで識別されたコアの変更に基づいて周波数の変更を必要としないことを示して反論しました。またIntel社は、陪審員に提出された均等論に基づく侵害の証拠は、侵害の認定を裏付けるには法的に不十分であると主張しました。

 なお、本稿においては、煩雑化を避ける趣旨で、特許発明の詳細な説明を省略していますが、ご参考までに、「759特許と被疑侵害製品についての補足説明」を本稿にリンクさせていますので、ご参照下さい。この補足説明は、本件CAFC判決における、759特許の図1に基づく実施形態の説明、システム発明の代表クレームである独立クレーム14,およびIntel社の被疑侵害製品の説明部分を抜粋して試訳を作成し、一部編集を加えたものです。

 (3)Intel社のライセンスに関する答弁書の修正の申立てを却下したことについて

 またIntel社は、地裁が、Intel社とFinjan社との間の既存のライセンス契約に基づくライセンスの抗弁を追加するという答弁を修正する申立てを却下したのは不適切であると主張しました。

 

IICAFCの判断

1.373特許の文言侵害とその損害賠償について

 CAFCは、Intel社製品による373特許の文言侵害を認めた上で、損害賠償認定については、以下の理由により、VLSI社の専門家が「明らかな誤りを犯した」として無効とし、地裁でさらに審理するように差戻しました。

 VLSI社の専門家は、特許に起因する省電力を決定する際に、特許権を侵害する機能を実行したとされるIntel製品の2つの異なる「スリープ状態」からのデータに基づいて損害賠償額を計算しました。1つのスリープ状態は、再スタートアップデータを失うことなくメモリのすべてのコアをスリープ状態にして省電力を達成するモードであり、他方のスリープ状態は、個別のコアがスリープ状態になるモードです。しかしながら、当事者間において、373特許の当該機能がIntel製品のこれら2つのスリープ状態のうちの前者の間にのみ実行されたことについては争いがありませんでした。すなわち、373特許の機能を実装することによって得られる省電力に基づく利益は前者のモードにおいてのみ得られるものであり 、両方のスリープ状態を計算に含めることは、特許を侵害する機能の使用による電力節約の計算としての結果の信頼性を損なうものでした。

 

2.759特許の均等侵害について

 CAFCは均等論に基づく759特許の地裁の侵害認定に対するIntell社の主張に同意し、以下のような理由により、均等論に基づく陪審員の侵害認定を覆しました。

 CAFCは、特許権者が均等論に基づく主張で勝訴するためには、クレームされた発明と被疑侵害デバイスとの間の相違が実質的なものではないことに関する詳細な証言と、それに関連する主張を提供しなければならないことを強調した上で、裁判中に提供されたVSLI社の証言は、クレームとインテル製品との間の相違が実質的なものではないことを説明するには不十分であったとの判断を示しました。

 またCAFCは、特許発明と被疑侵害デバイスとの間の相違を「エンジニアがどこで線を引くかの設計上の選択の相違である」と述べたVLSI社の専門家による裁判証言を具体的に引用し、「機能の配置の相違が『設計上の選択』により生じたとは必ずしも言えないため、分析と証言が不十分であると説明しました。またCAFCは、VLSI社は、具体的な証言と関連論拠を用いて、Intel社製品の配置構成が特許発明配置構成と実質的に同じであることを証明すべきであったにもかかわらず、VLSI社は、そのことについて意味のある証言をしなかったと判断しました。

 このように判断するに際してCAFCは、VLSI社が示した証拠は評決を支持するには法的に不十分であると判断しました。CAFCは、「均等の法理は、クレームの意味が我が国の特許制度における独占権の範囲を定義するという原則に限定的な例外を提供する」ものであり、「慎重に制限されなければならない責任の『例外的』根拠である」と説明しました。次に、CAFCは、判例に基づき、均等論適用の次の3つの原則を強調しました。

 (1)オールエレメントルール(1997年のWarner-Jenkinson最高裁判決等)

 均等の証明は、クレーム全体のみに焦点を当てるのではなく、クレームに

記載の構成要件(element)と被疑侵害製品の構成要件とが個々に比較され(element by element)、構成要件ごとに均等の範囲も判断されます。

 (2)機能(function)、方法(way)、結果(result)の実質的同一性(1997年のWarner-Jenkinson最高裁判決等)

 均等成立のためには、被疑侵害製品の各構成要素の機能、方法、および結果のそれぞれが「実質的に同じ」であることを必要とします。

 (3)証拠の具体性と完全性(2016年のAkzo Nobel Coatings, Inc. v. Dow Chemical Co.事件CAFC判決等)

 特許権者は、「クレームされた発明と被疑侵害のデバイスとの間の相違が実質的でないことに関する特定の証言と、それに関連する議論を提供しなければなりません。

 

3.Intel社による答弁書の修正の申立てを地裁が却下したことについて

 またCAFCは、「Intel社とFinjan社との間の既存のライセンス契約に基づくライセンスの抗弁を追加するという、答弁を修正する申立てを不適切に却下した」とのIntel社の主張に同意しました。そしてCAFCは、「Intel社は抗弁を追加するために熱心に行動し、地裁はVLSI社にとって不利益な事柄を何ら具体的に特定しておらず、Intel社の抗弁は実質的に無駄であるというほどには不十分なものではない」と認定しました。その結果CAFCは、Intel社のライセンスの抗弁の追加の申立てを却下した地裁の決定を覆しました。

 

III.実務上の留意点

(1)CAFCの判断は、特許クレームの解釈、両当事者が提出した証拠、地裁が導き出した法的結論など、多くの要因の分析に基づいて行われており、本件判決は、特許侵害事件の複雑さを認識させるものです。また本件は、均等論に基づく特許権侵害の主張に際しては、均等論の判例の歴史的推移を正しく理解することなど、特許に関する法的規定を正確に解釈して適用することの重要性を示唆するものとして、実務上参考にすべき事案であると言えます。

(2)特許権に基づく損害賠償請求に関し、被疑侵害者側としては、特許権者の損害の分析に着目し、分析に誤りがある場合には、できるだけ早く反訴を提起して反論することが望まれます。特許権者側としては、損害の分析に際して、被疑侵害製品の特許権を侵害している側面を見極めて、当該側面に基づいて損害額の算定等の分析を行なう必要があります。

(3)特に均等論に基づいて特許権侵害を主張する場合には、特許発明と被疑侵害品との構成の相違が実質的なものではないことを立証するため、両者の「機能(function)」、「方法(way)」、「結果(result)」を分析し、それらの共通性を充分に説明することが望まれます。

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “Sound the Alarm: Reasonable Royalty Apportionment Analysis Overlooks ‘Sleep State'” (November 2, 2023)

              https://www.ipupdate.com/2023/12/sound-the-alarm-reasonable-royalty-apportionment-analysis-overlooks-sleep-state/

 

2.VLSI Technology LLC v. Intel Corporation, Case No. 1906(本件判決)原文

              https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1906.OPINION.12-4-2023_2231550.pdf

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登