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和解契約における裁判地選択条項はIPRの提出を妨げないとしたCAFC判決紹介

 

 原審の連邦地裁は、当事者系レビュー(IPR)の請願人が米国特許商標庁(USPTO)に対してIPRの手続を進めることは和解契約の裁判地選択条項(forum selection clause)に違反しているとしてIPRの手続を差し止めるように特許権者が求めた仮差止命令の請求を却下しましたが、控訴審においても米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)はこの原審の決定を支持しました。CAFCは、裁判地選択条項はIPRの請願を妨げるものではないと認定するとともに、差止めによる救済のための4つの要素のうちの第1の「本案勝訴の可能性」の要素について、特許権者が本案訴訟で勝訴することはできないと認定しました。

DexCom, Inc. v. Abbott Diabetes Care, Inc., Case No. 23-1795 (Fed. Cir. Jan. 3, 2024) (Dyk, Hughes, Stoll, JJ.)

 

1.事件の経緯

(1)事件の背景

 DexCom Inc.(以下、「DexCom社」)と、Abbott Diabetes Care Inc.およびAbbott Diabetes Care Sales Corp.(以下、集合的に「Abbott社」)とは、持続血糖測定システム(continuous glucose monitoring system)の競合メーカーです。数年にわたる両者間の特許訴訟の後、2014年に両者は和解およびライセンス契約(以下、「本件契約」)を締結しました。本件契約は以下の条項を含んでいました。

 ①特定の特許に関するクロスライセンス条項;

 ②「特約期間(covenant period)」の間は互いに訴訟を起こさないことを定めた条項;

 ③「特約期間」の間は特許に対して互いに異議を申し立てないことを定めた条項;および

 ④デラウェア州連邦地裁を「法律で認められる範囲で本件契約に起因してまたは本件契約の下でまたは本件契約に関連して生じるあらゆる紛争に対する」専属管轄として特定する裁判地選択条項。

 なお、本件契約は、ライセンスされた特許の最後の満了日または2025年12月31日のいずれか早い日に満了するように定められていましたが、一方で上記の「特約期間」は2021年3月31日に満了するように定められていました。

(2)特許侵害訴訟の提起、移送の申立、および契約違反の反訴の提起

 2021年3月31日に上記の「特約期間」が満了した直後に、DexCom社は、テキサス州西部地区連邦地裁にAbbott社を特許侵害で訴えました。Abbott社は、本件契約の裁判地選択条項を引用して、訴訟をデラウェア州連邦地裁に移送するように申し立てました。Abbott社はまた当該移送申立に加えて、ライセンスされた特許についてDexCom社がAbbott社を訴えたことおよびその訴訟を裁判地選択条項に違反してテキサス州西部地区連邦地裁に起こしたことは本件契約に違反しているとして、契約違反の反訴をデラウェア州連邦地裁に提起しました。

 テキサス州西部地区連邦地裁はDexCom社による侵害訴訟をデラウェア州連邦地裁に移送し、当該侵害訴訟はデラウェア州連邦地裁(以下、単に「連邦地裁」)においてAbbott社が提起した契約違反の反訴と併合されました。

(3)IPRの請願

 その後、Abbott社は2022年4月に、DexCom社が権利主張している特許についての8件のIPRの請願をUSPTOに提出しました。DexCom社は、USPTOの審判部にIPRを開始しないように求める予備的応答を提出するとともに、連邦地裁での契約違反の反訴に対してはさらに契約違反の反訴を行い、とりわけAbbott社がIPRの請願をUSPTOに提出したことによって本件契約の裁判地選択条項に違反したと主張しました。この時点まで、DexCom社は一貫して、主張された特許のクレームはクロスライセンスの対象ではないため、裁判地選択条項は適用不能である、との立場を取っていました。

 Abbott社がIPRの請願を提出してから6か月後の2022年10月25日に、DexCom社は連邦地裁に対して、Abbott社がUSPTOにおいてIPRの手続きを進めることを禁止する仮差止命令を請求しました。

 

2.連邦地裁の判断

 連邦地裁は、当該連邦地裁の属する第3巡回区の法律の下に仮差止めによる救済を認めるための条件として、裁判例(Nippon Shinyaku Co. v. Sarepta Therapeutics, Inc.,25 F.4th 998, 1004 (Fed. Cir. 2022))によって確認されている以下の4つの要素①~④を検討しました。

 ①本案訴訟において勝訴する合理的な可能性についてDexCom社が立証したか?

 ②仮差止命令が認められなければ回復不能な損害を被ることをDexCom社が立証したか?

 ③仮差止命令が認められない場合のDexCom社の不利益と仮差止命令が認められた場合のAbbott社の不利益とのバランスが決定的にDexCom社側に傾いていることをDexCom社が立証したか?および

 ④仮差止命令が公衆の利益のためになることをDexCom社が立証したか?

 連邦地裁はこれらの要素を以下のように評価しました。

 要素①については、連邦地裁は仮差止めの申立について判断する目的で、DexCom社は勝訴の可能性を立証したものと仮定しました。

 要素②については、DexCom社がIPRの請願から仮差止命令の請求を提出するまで6ヶ月の間、IPRの手続に積極的に関与していたことは、回復不能な損害という考えを否定するものであると認定しました。

 要素③については、DexCom社が、異議を申し立てられた特許がライセンスされているかどうかに関して一貫性のない法的立場を取っていたこと(以前は特許はライセンスされていないと主張していたのに本件仮差止命令の請求においてはライセンスされていると主張)、およびIPRに参加してUSPTOの審判部のリソースを使用していることは、衡平法上の救済に逆らうものであると認定し、不利益のバランスの比較衡量においてDexCom社に対して不利な評価を下しました。

 要素④については、無効な特許を防止し、IPRの手続を完了させることによる公衆の利益は差止命令を上回る評価がされると認定しました。

 連邦地裁は以上のように、要素①については本案勝訴の可能性を仮定したものの、他の要素②~④については否定的な見解を示し、仮差止命令の請求を却下しました。DexCom社はCAFCに対して、連邦地裁の決定に対する中間控訴を行いました。

 

3.CAFCの判断

 CAFCは仮差止命令による救済のための要素①、すなわち本案勝訴の可能性に焦点を当てました。連邦地裁はこの要素①がDexCom社に有利であると仮定しましたが、CAFCはこれに同意しませんでした。

 この要素①について判断するためには本件契約の解釈、特に裁判地選択条項が「特約期間」終了後におけるIPRの提出を禁止するものか否かについての判断を必要とします。このような契約の解釈はデラウェア州の州法に基づいてなされることになります。

 CAFCは、本件契約を分析し、契約書中の項目「F.不争条項およびその例外(No Challenge Covenants and Exceptions Thereto)」における例外規定に注目しました。そこでは、DexCom社およびAbbott社は「特約期間」中は互いの特許に「異議を申し立てない」ことが求められていますが、例外として、特定の条件が満たされたと仮定して、異議を申し立てる期限を設定する法律、規制、または規則が存在すれば、「各当事者は他方当事者の特許のいずれに対しても異議を申し立てる権利を留保し、異議を申し立てることが許可される」ことが規定されていました。この項目Fには、例外規定の意図するものの例示として、当事者の特許のIPRが明示的に含まれていました。

 項目Fは、一定の条件下において「特約期間」内におけるIPRの提出を明白に許容していました。したがって、両当事者間の争点は、「特約期間」の満了後におけるIPRの提出の可否に関するものでした。この点について、DexCom社は、裁判地選択条項は、「特約期間」中と「特約期間」後とでは異なる解釈を有すると主張しました。しかしながら、CAFCは、裁判地選択条項には「特約期間」中と「特約期間」後とを区別するものは何もないと説明しました。CAFCは、裁判地選択条項は、「特約期間」の期間中および満了後の双方を支配する条項であるので、「特約期間」中における特定の条件下でのIPRの提出が許容されているのであれば、「特約期間」満了後においてIPRの提出を禁止するようにはこの条項は機能し得ず、裁判地選択条項は「特約期間」後も一貫して適用されるべきである、と理由付けました。したがって、CAFCは、裁判地選択条項はIPRの提出を妨げるものではないと結論付けました。

 このようにCAFCは仮差止命令の救済の要素①に関して、DexCom社が契約違反の反訴に対する反訴の本案訴訟で勝訴することはできないと判断しました。原審の連邦地裁は、要素①についてDexCom社による本案勝訴の可能性を誤って判断したものの、DexCom社が本案勝訴の可能性を示すことができなかったというCAFCの結論は仮差止命令の請求を却下した連邦地裁の決定を支持するものであることから、CAFCはそのような原審の誤りは無害であると判断しました。CAFCは要素①の本案勝訴の可能性がないと判断したため、残りの要素②~④については検討の必要がないと判断し、連邦地裁によるDexCom社の仮差止命令の却下を支持しました。

[情報元]

① McDermott Will & Emery IP Update | January 11, 2024 “Don’t Assume Sweet Success: Forum Selection Clause Doesn’t Preclude IPR”

(https://www.ipupdate.com/2024/01/dont-assume-sweet-success-forum-selection-clause-doesnt-preclude-ipr/)

② DexCom, Inc. v. Abbott Diabetes Care, Inc., Case No. 23-1795 (Fed. Cir. Jan. 3, 2024) (Dyk, Hughes, Stoll, JJ.)

K-fee System GmbH v. Nespresso USA, Inc., Case No. 22-2042 (Fed. Cir. Dec. 26, 2023) (https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1795.OPINION.1-3-2024_2247662.pdf

 

[担当]深見特許事務所 堀井 豊