AIA改正法下で先行技術の地位を与える目的で仮出願の優先権を享受するための要件を示したPTABの決定
米国特許商標庁(USPTO)の特許審判部(PTAB)は、先例となる最終書面決定において、ある米国特許に米国特許改正法(AIA)下の先行技術の地位を与える目的で、当該米国特許がその仮出願に基づく優先権を享受するためには、当該米国特許は、当該仮出願の開示によってサポートされたクレームを含む必要はない、と結論付けました。
Penumbra, Inc. v. RapidPulse, Inc., IPR2021-01466, paper 34 (PTAB Mar. 10, 2023) (designated precedential Nov. 15, 2023) (Melvin, Cotta, Wisz, APJs)
1.事件の経緯
RapidPulse, Inc.(以下、RapidPulse社)は、脳内の血の塊を除去するためのシステムである「血栓除去システム(thrombectomy system)」に関する米国特許第10,531,883号(以下、本件特許)を所有しています。Penumbra, Inc.(以下、Penumbra社)は、本件特許を対象とする当事者系レビュー(IPR)を申請しました。IPRの申請においてPenumbra社は、4つの異なる理由で本件特許のクレーム1-18はすべて自明であるとして本件特許の無効を主張しました。
PTABでの審理においては、本件特許の無効理由について様々な争点がありましたが、それらの争点の前提として、仮出願に基づく優先権の享受についてPTABは実務上興味深い判断を示しました。すなわち、クレーム1-18に対するこれら4つの無効理由はいずれも主引例であるTeigen et al.,の米国特許第11,096,712号(以下、Teigen引例)に依拠していました。したがって、もしもTeigen引例が法上の先行技術の地位を有さない場合には、クレーム1-18の無効の主張は認められないことになります。先行技術としての地位を有するかどうかは仮出願に基づく優先権が認められるかどうかによるものであり、本稿ではその点のPTABの判断に絞って報告いたします。
2.本件の前提としての留意事項
本件の説明の前提として、米国の仮出願制度について実務上の見地から留意すべき事項について、以下に簡単に補足いたします。
(1)仮出願は米国において正規の国内出願とされていることから、パリ条約第4条A(2)および(3)に基づいて、パリ条約上の優先権の基礎とすることができます。
(2)AIA改正法102条(d)の下に先行技術となる特許の優先権主張の効果としての「有効に出願されたものとみなされる(considered to have been effectively filed)日」は、102条(新規性)だけではなく、103条(非自明性)にも適用されます。
(3)先行技術となる特許が継続出願(continuation application)であって、先の出願が優先権の効果を伴わない場合、先の出願の出願日が有効に出願された日とみなされます。
3.事件の争点
本件特許は、2019年7月18日に出願された米国特許出願に基づくものであり、この出願は2018年10月24日に提出された仮出願に基づく優先権を主張していました。一方、Teigen引例は、2019年7月23日に出願された国際特許出願に基づく継続出願であり、この出願は、2件の仮出願(1件は2018年12月12日に出願、もう1件は2018年7月24日に出願)に基づく優先権を主張していました。
PTABでの審理において、Teigen引例が先行技術としての地位を有するかどうかは、以下の争点①および争点②の判断にかかっていました。
① 本件特許がその仮出願日である2018年10月24日に依拠できるか?
② Teigen引例がその最先の仮出願日である2018年7月24日に依拠できるか?
PTABは、これらの争点①および争点②について、順に判断しました。
4.PTABの判断
(1)争点①について
争点①の問いに対する答えがYesであって本件特許がその仮出願日の2018年10月24日に依拠できる場合、争点②もYesであればTeigen引例はその優先日2018年7月24日に依拠して先行技術となり得ますが、争点②がNoであればTeigen引例はその国際出願日2019年7月23日に依拠することとなり本件特許に対して先行技術となり得ません。PTABはまず、争点①の本件特許の適正な優先日について評価しました。
PTABは、特許がその仮出願に基づく優先権を享受するためには、その仮出願がその特許の当該クレームに対するサポートの記載を提供している必要があると述べました。この点に関して、IPR請求人であるPenumbra社は、本件特許の仮出願には、本件特許にクレームされている「順方向の流れを妨げる(prevent forward flow)」に対するサポートの記載が存在しないと主張しました。一方、特許権者であるRapidPulse社は、「流体コラムからの最小限の運動量(minimal amount of momentum from the fluid column)」の開示により、クレームされている「順方向の流れを妨げる」が開示されていると主張しました。RapidPulse社によると、順方向の流れは流体コラムからの運動量を生成するため、運動量を最小限に抑えることは流体の流れを妨げることを必要とします。RapidPulse社はまた、システムの遠位端からの順方向の流れが実質的に存在しない実施形態を指摘しました。
Penumbra社はこれに反論して、仮出願のいくつかの実施形態では順方向の流れが必要とされており、仮出願の明細書には流れを妨げることについては何ら記載されていない、と主張しました。PTABはこれに同意し、仮出願には順方向の流れを伴う実施形態が含まれていて、少量の順方向の流れを伴ういくつかの実施形態が記載されているが、仮出願では低い順方向の流れに意味があるとは示されていない、と説明しました。PTABは、「最初の申請で一つの森を開示しておき、後でその森から一本の木を取り上げることはできない」と述べました。
争点①の結論としてPTABは、本件特許についてはその仮出願に基づく優先権の主張は認められず、特許要件の判断基準は本件特許の出願日である2019年7月18日である、と判断しました。
(2)争点②について
(2-1)当事者の主張
争点①についてPTABが上記の判断をしたため、次にPTABは、争点②であるTeigen引例がその仮出願に基づく優先権の利益を享受できるか否かの判断を行いました。これが認められればTeigen引例は先行技術としての地位を有することが可能となります。この争点②についてPTABは興味深い判断を示しました。
IPR申請人であるPenumbra社は、IPR申請書において依拠したTeigen引例中の関連事項は、Teigen引例の2件の仮出願の双方によって完全にサポートされており、したがってTeigen引例は2018年7月24日の最先の優先日を有すると主張しました。
これに対して、特許権者であるRapidPulse社は、2015年のCAFCの訴訟であるDynamic Drinkware事件(Dynamic Drinkware, LLC v. Nat’l Graphics, Inc., 800 F.3d 1375, 1378 (Fed. Cir. 2015))を引用し、Teigen引例が先行技術としての地位を得るために仮出願に基づく優先権を享受しようとすると、(i)Teigen引例の少なくとも1つのクレームがその仮出願によってサポートされていること、および(ii)自明性に関する議論の根拠となったTeigen引例中の関連部分がその仮出願によってサポートされていること、の2点が必要であると指摘しました。そしてIPR請求人は、Teigen引例の仮出願はTeigen引例のクレームに対するサポートを提供していないため、これらの要件のうち、要件(i)を満たしておらず、したがって、Teigen引例は先行技術たり得ないと主張しました。
これに対してPenumbra社は、上記の要件(i)はAIA改正法前(pre-AIA)の特許に適用されるものであって、Teigen引例には適用されないと反論しました。そして要件(ii)は満たしているのでTeigen引例は仮出願に基づく優先権を享受することができると主張しました。
(2-2)PTABの判断
PTABはこの要件(i)について検討しました。たしかにDynamic Drinkware事件においてCAFCは、先行技術としての地位を得る目的では、先行技術となる特許が仮出願によってサポートされたクレームを含む場合にのみ、当該特許は仮出願に基づく優先権を主張することができると述べています。しかしながらPTABは、Penumbra社に同意し、AIA改正法の102条(a)(2)および(d)の文言に基づいて、Dynamic Drinkware事件はAIA改正法(post-AIA)には適用されないと説明しました。
PTABは、AIA改正法の102条は、権利化の目的でクレームされた発明についてAIA改正法100条(i)(1)(B)に規定された「有効出願日(effective filing date)」の定義に従って先の出願の優先権を現実に享受することと、AIA改正法102条(d)に規定された「有効に出願された(effectively filed)」の使用に従って先行技術の目的で先の出願の優先権を主張することとの間を区別している、と説明しました。
USPTOにおける数々のガイダンスやメモランダムは、AIA改正法102条の先行技術としての有効出願日の判断はAIA改正前の判断と異なることを確認しています。特に、MPEP§2154.01(b)は、AIA改正法102条の適用に関して、「特許や公開された特許出願がそのクレームについて優先権の利益を現実に享受するかどうかの問題は、先行技術の目的で特許または公開された特許出願が有効に出願された日を判断する際には争点とはならない。」と明白に述べています。
そしてPTABは、先行技術の地位を得る目的で仮出願に基づく優先権を主張するには、当該特許は次の2つの要件を満たすだけで済むと認定しました。
(a) 当該特許は優先権に関する法令に定める要件(たとえば同時係属性、共通の発明者)を満たさなければなりません。
(b) 仮出願は、争点となっている開示内容をサポートする記載を提供しなければなりません。
PTABはこのテストをTeigen引例に適用しました。Teigen引例は、先行する仮出願の利益を主張し、適切な同時係属性を有し、同じ発明者を共有していたため、要件(a)を満たしていました。Teigen引例の仮出願はまた、Penumbra社がその自明性の議論で使用したTeigen引例中の関連部分についてサポートする記載を提供したため、開示要件(b)も満たしました。これに基づいて、PTABは、Teigan引例が仮出願に基づく優先権を適切に主張しており、その優先日は2018年7月24日であると認定しました。
上記のようにTeigen引例は先行技術の地位を有したため、PTABは無効理由の実体的な分析を進め、無効を申し立てられたクレームは特許性がないとの認定を下しました。
なお、本件については特許権者であるRapidPulse社がPTABに再審理を請求しましたが拒絶されたため、CAFCに控訴しております。したがって、今後出されるであろうCAFCの判断が注目されます。
[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | November 30, 2023 “Distinguishing Drinkware-Provisional Priority Determined Differently in Pre- and Post-AIA Patents”
② Penumbra, Inc. v. RapidPulse, Inc., IPR2021-01466, paper 34 (PTAB Mar. 10, 2023) (designated precedential Nov. 15, 2023) (Melvin, Cotta, Wisz, APJs) PTAB最終書面決定原文
[担当]深見特許事務所 堀井 豊