関連訂正審判の結果が出るまで差戻無効審判の審理を中止しなかったことは 違法ではないとした特許法院判決の紹介
本件は、前の審決取消訴訟の確定判決により特許有効の審決が取り消されて特許審判院が再び審理することになった、差戻無効審判の審決に対する審決取消訴訟に関しています。本件訴訟においては、当該差戻無効審判の手続きにおいて、関連訂正審判の結果が出る時までその審理を中止せず、当該確定判決の趣旨に従って無効審決を下したことが違法であるかについて争われ、2023年3月17日に特許法院の判決が言い渡されました。(2022ホ2752判決)。
以下、まず韓国特許法における訂正審判制度の概要を説明した後、本件特許法院判決の内容を紹介します。
1.韓国の特許訂正制度の概要と、本件判決に関連する法理について
(1)韓国の訂正制度概要
韓国においては、特許付与後に特許権者が特許を訂正する手段である訂正審判(韓国特許法第136条)の制度があります。
特許無効審判が特許庁に係属している間は、訂正審判を請求することができません(韓国特許法第136条第2項)。この点において、特許無効審判が特許庁に係属した時からその審決が確定するまでの間は訂正審判を請求することができない(日本特許法第126条第2項)と規定する日本の制度と異なります。
特許無効審判の係属中は、特許無効審判手続の中で行われる「訂正の請求」によって、明細書及び図面を訂正することができます(韓国特許法第133条の2)。
訂正審判および特許無効審判における訂正の請求においては、予め複数の訂正案を提出することは認められません。
また、訂正審判においても、特許無効審判における訂正請求においても、訂正が複数のクレームに亘る場合、訂正の許否判断は一体的(不可分)になされます。
クレームが訂正される場合、明細書を訂正してその記載と訂正後のクレームとを一致させることについては特に要求されていませんが、実際にそのような明細書の記載の訂正をするかどうかについては、実務が分かれているようです。
(2)本件特許法院判決に関連する法理
特許法院は審決取消の訴えが提起された場合において、その請求に理由があると認めるときは判決をもって該当審決を取り消さなければならず、審判官は審決の取消判決が確定したときは再び審理をして審決をしなければならず、上記確定判決において審決取消の基礎となった理由は、その事件について特許審判院を拘束します(韓国特許法第189条第3項)。
一方、審決を取り消す判決が確定した場合、その拘束力に基づき、新しい証拠が提出されるなどの格別の事情がない限り、特許審判院は、取り消された審決と同一の理由により同一の結論の格別の事情がない限り、特許審判院は、取り消された審決と同一の理由により同一の結論の審決をすることはできません。
ここで新しい証拠とは、少なくとも取り消された審決が行われた審判手続き、ないしは、その審決の取消訴訟で採択、調査されていないものであり、審決取消判決の結論を覆すのに十分な証明力を有する証拠でなければなりません(大法院2002.12.26.言渡し2001フ96判決、大法院2008.6.12.言渡し2006フ3007判決など参照)。
2.本件特許法院判決について
(1)事実関係
本件は、被告が2019年6月3日、原告を相手取り本件特許発明の進歩性が否定されるという理由で特許審判院に無効審判を請求したことに始まり、その後、特許無効事件と関連訂正事件が並行して係属することとなったものです。
2つの事件の時系列的な流れを、以下の表に示します。なお、下表における「原告/被告」は、本件審決取消訴訟の原告(特許権者)/被告(無効審判請求人)を指します。
無効事件 |
訂正事件 |
2019年06月03日 被告無効審判請求 2020年06月22日 請求棄却(特許有効、原告勝) 2020年07月23日 被告による審決取消訴訟提起 2021年07月02日 審決取消判決(特許無効、原告敗)
2021年07月28日 原告上告提起 2021年11月11日 上告棄却(審決取消確定) 2021年12月07日 審判院の差戻審開始 2022年03月18日 請求認容(特許無効、原告敗) 2022年04月18日 原告による審決取消訴訟(本件) 提起
2023年03月17日 請求棄却(原告敗) |
2021年07月16日 原告による訂正審判請求
2022年09月27日 請求棄却(原告敗) 2022年10月27日 原告による審決取消訴訟提起 |
(2)特許法院の判断
本件審決取消訴訟において、特許法院は、以下の理由により、原告の請求を棄却しました。
(a)本件審決に手続き的違法があるかに関しては、特許審判院が無効審判を審理する際に該当特許発明に関して訂正審判が請求されている場合に、訂正審判の結果が出る時まで必ず当該手続きを中止しなければならないとする何らの規定がないだけでなく、本件の具体的経過を見ても、本件特許発明に関する進歩性を否定する趣旨の取消確定判決が下されてから、原告が本件審決手続きにおいて新しい先行発明を提出するなどして発明の進歩性に関して新しい主張を展開したことがなく、さらに原告の訂正審判はその要件を備えていないと判断されて結局棄却されたところ、このような点を総合してみると、特許審判院が本件審決を審理する過程で訂正審判請求を理由とした原告の審判手続き中止要請があったにもかかわらず手続きを中止せずに、取消確定判決の趣旨に沿って審決をしたことは、手続き的に違法であると見ることはできない。
(b)また、原告が本件審決手続きで提出したという証拠は上の訂正審判が提起されて審理中であったという趣旨の書面に過ぎないので、先行判決の拘束的判断の基礎になる証拠関係に変動をもたらす「新しい証拠」と見ることができないため、本件審決に何らかの違法があるということはできない。
(c)原告は、このような特許審判院の本件審決手続きが民事訴訟法第1条第1項の公正な手続き保障の趣旨に反するとも主張しているが、上記の規定は訴訟手続きの「公正」だけではなく「迅速」も強調しているため、本件訂正発明を無効にする本件取消し確定判決後、原告が本件審決手続きで特別な新しい証拠を提出したこともなく迅速に手続きを進めたことが民事訴訟法第1条に反するものと見ることもできない。
(d)一方、先行審決を取り消した特許法院の判決に対する上告が大法院で棄却されたことにより上記の審決取消判決はそのまま確定し、これに伴い、差戻し後の審判手続きでは新しい主張や証拠が提出されておらず、特許審判院は取消確定判決で取消の基礎となった理由に符合するように本件審決をしたことから、本件審決にいかなる実体的違法性もない。
3.実務上の留意点
上記特許法院判決を踏まえ、下記情報元1では、留意点として、次のような趣旨のコメントが述べられています。
(1)韓国と日本は無効審判の手続き中は訂正請求のみ可能とされている点で共通しますが、韓国では無効審判の審決が下された後は審決確定前であっても訂正審判請求が可能です(韓国の特許法第136条第2項、日本の特許法第126条第2項)。
(2)無効審判の手続きで特許有効審決を受けたのちは、特別な事情等がない限り審決取消訴訟の手続きにおける訂正審判の請求について検討しないのが一般的であると言えます。しかし本件では、当該審決取消訴訟において特許が無効であるという理由で上記審決の結果を覆す判決が出されたため、これに対して原告は訂正審判を韓国特許法上の適法な時期に慌てて請求したものと思われ、結果的には、訂正審判の請求が遅くなったために、当該訂正審判に対する最終判断を受けることができないまま、訂正前の請求範囲に対して特許無効が確定したものと思われます。
(3)訂正審判と特許無効審判が並行する場合の手続きについて、韓国特許法第164条第1項では「審判長は、審判において必要であれば職権又は当事者の申請によりその審判事件に関連する特許取消申請に対する決定又は他の審判の審決が確定するか、又は訴訟手続きが完結する時まで、その手続きを中止することができる。」とのみ規定されており、この条文によれば、差戻し後の無効審判の手続きは、本件特許に対する訂正審判の結果が出る時まで「必ずしも」中止する必要はないものと理解できます。また本件の場合は、訂正審判において訂正後のクレームに係る独立特許要件の判断で進歩性なしという理由による棄却審決を受けた状況となったため、特許法院は最終的な訂正審判の確定を待たずに、本件の特許無効判決を下したものと思われます。
(4)韓国の審決取消訴訟では、新たな証拠資料を特別な制限なしに提出することが可能です。そのため、特許が有効であると判断された審決に対する審決取消訴訟においても、審決全体の趣旨や相手方が追加で提出する無効立証資料を綿密に検討した上で、訂正の必要性があると判断される場合には、当該訂正により審決理由が解消することを高い説得性をもって主張して、審決取消訴訟の結果を待たずにできるだけ早期に訂正審判の請求を検討することが望まれます。そうすることにより、本件判決のような、並行して係属する訂正審判の審決が出るのを待つことなく、特許審判院が差戻無効審判で無効審決を出し、ひいては特許法院が審決取消訴訟において請求棄却の判決を出すというような状況を回避できる可能性があります。
[情報元]
1.Kim&Changニュースレター「関連訂正審判の結果が出るまで差戻無効審判の審理を中止しなかったことは違法ではないとした特許法院判決」2023.11.14
https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=28265
2.「諸外国における特許権利化後の補正・訂正制度に関する調査研究」(平成23年3月
社団法人 日本国際知的財産保護協会)
3.韓国特許法条文(新興国等知財情報データバンク「アジア/法令等」より、崔達龍国際特許法律事務所作成(2021.10.19一部改正、2022.04.20施行))
https://www.choipat.com/pds/siryou/choipat_14_20211019.pdf
[担当]深見特許事務所 野田 久登