韓国特許庁による最近の優先審査制度変更について
韓国では、優先審査制度により、他の国でも例を見ない程早い登録がなされており、韓国で早く特許登録を受ける必要がある企業にとって注目すべき制度となっています。以下、韓国の特許出願の優先審査制度の概要と、優先審査制度に関する韓国特許庁による最近の変更事項について説明します。
1.韓国における優先審査制度の概要(主として下記「情報元2(1)」より)
優先審査の対象となり得る出願は、大きく分けて以下の(a)から(d)の4つです。
(a)出願公開後、他人が侵害をしている場合
出願が未登録の段階で他の人が自分の発明と同じ発明を実施している場合は、法的な救済が受けられないため、被害を受けることがあります。したがって、このような場合は、早期登録により被害の拡大を避けるため、出願公開後であることを条件として、優先審査を受けることができます。
(b)特定分野関連出願、実施関連出願、特定の条件を満たす実用新案登録出願の場合
特定分野(省エネ、電子商取引、環境汚染防止等)の出願や、既に実施中又はその準備中である場合は優先審査の申請が可能です。この場合、出願人が先行技術調査をして先行技術調査報告書と一緒に提出しなればならず、実施を理由に優先審査の申請をする場合は明確な実施の証拠を一緒に提出しなければなりません。また、実用新案の場合は、出願と同時に審査請求を行い、その出願後2ヶ月以内に優先審査の申請があれば、対象となります。なお韓国では、実用新案も特許と同様の審査制度を採用しています。
(c)特許審査ハイウェイ(PPH: Patent Prosecution Highway)出願の場合(詳細は、下記「情報元4」をご参照下さい)
PPHは、各特許庁間の取り決めに基づき、第1庁(先行庁)で特許可能と判断された発明を有する出願について、出願人の申請により、第2庁(後続庁)において簡易な手続で早期審査が受けられるようにする枠組みです(日本特許庁ホームページ「特許審査ハイウェイ(PPH)について」より)。ただし、PPHは期間が限定された試行プログラムであり、試行プログラムが終了する場合には、事前通知が公表されます。
韓国とPPH協定を結んでいる国・地域(日本など)で出願された、優先日が同じ出願であって、最新の審査通知書で特許可能であると判断されたクレームがあるか、国際特許出願(PCT出願)をして国際予備審査で肯定的な審査結果を受けたクレームがあると判断された出願は、優先審査の対象となります。この場合、先行技術調査報告書を別途提出する必要はありません。ただし、韓国出願のクレームは、他国で許可可能とされたクレームあるいはPCT出願のクレームと、それぞれ一致させなければなりません。
このルートを通じて優先審査を申請すれば、審査官が優先先行技術検索をし、その結果が他国特許庁や国際予備審査機関の検索結果と一致すれば、審査官は新規性や進歩性に対する判断をすることなく登録査定します。
なお、PPHは原則として、PPHの適用を受ける出願において審査が着手されていないことが要件となりますが、韓国においては、PPHに基づく優先審査は、審査が開始されていないときだけでなく、審査がすでに始まっている時にも申請することができます。
(d)指定された先行技術調査専門機関に先行技術調査を依頼した場合(2008年10月1日から施行)
この制度によれば、これまで、特許庁長官が指定した先行技術調査専門機関に先行技術調査の依頼さえすれば、優先審査を申請することができ、韓国の企業が優先審査を申請する場合の大部分がこのルートを通じたものでした。ただし、以下の項目「2.(2)」で述べるように、2024年1月1日より、先行技術調査による優先審査の申請はできなくなりました。
2.韓国特許庁の最近の優先審査制度変更事項(主として下記「情報元1」より)
(1)米国又は日本出願に基づくPPH制度を用いた優先審査期間を短縮
韓国特許庁は2023年8月1日より、米国又は日本出願に基づきPPH制度の下で優先審査を申請した出願に対して各審査段階での処理期間を短縮するPPH改善政策を施行しています。
当該PPH改善政策によれば、米国又は日本出願に基づいてPPH優先審査を申請した場合、優先審査決定時から最初の審査通知の発送までの期間が3ヶ月以内に短縮され、通常のPPH優先審査の処理期間である4ヶ月以内よりも1ヶ月繰り上げられました。また、最初の審査通知の発送の時期のみが繰り上げられる通常のPPH優先審査とは異なり、意見提出通知に対する答弁書を提出してから次の審査通知までの期間も3ヶ月以内に短縮されました。
(2)2024年1月1日より、先行技術調査による優先審査を廃止
2023年8月に立法予告された特許法施行令改正案で、優先審査対象のうち先行技術調査による優先審査が削除されました。したがって、この施行令の施行予定日である2024年1月1日からは先行技術調査による優先審査申請は利用できません。
しかしながら、海外の出願人にとっては、PPHに基づく優先審査申請を利用することができるため、今回の改正が及ぼす影響は限定的であると言えます。
(3)優先審査対象の先端技術を半導体に次ぎディスプレイまで拡大
韓国特許庁は、2022年11月1日に、韓国国内で研究開発や生産が行われている半導体技術分野の特許出願を、同日から1年間優先審査の対象とすることを発表していました。今回新たに、ディスプレイ分野の特許出願を2023年11月1日から1年間優先審査対象として指定すると発表しました。
(4)二次電池分野とバイオ分野にまで優先審査対象を拡大
韓国特許庁は、半導体、二次電池、バイオなどの先端戦略技術分野に審査総力を集中させるために関連法改正、組織整備などを急いでおり、最近では、半導体専門審査組織を新設し、半導体関連出願を優先審査対象にすることにより半導体関連出願の審査期間を平均2.5ヵ月に短縮させました。また韓国特許庁は、半導体関連出願に適用されていた優先審査制度および専門審査官制度を、同じく国家先端戦略産業である二次電池分野とバイオ分野にまで拡大する計画を表明しました。
このような特許庁の政策により半導体、二次電池、バイオ分野の出願における速やかな審査が期待されますが、特許庁の審査総力に限界があることを考慮すると、他の産業分野の出願においては今後審査が多少遅れることが予想されます。
3.実務上の留意点
(1)韓国において、優先審査制度を利用することにより迅速な登録がなされる可能性が高いことから、韓国でまず登録を受けてから、日本でPPH出願を行なうことが、日本における早期権利化にも有効である場合があり得ます。
(2)たとえば日本の特許出願に基づいてPPH出願を行なう場合、最新の拒絶理由通知書で特許可能とされた請求項がなければなりませんが、当該日本出願が拒絶査定を受領したとしても、その出願に特許可能な請求項がある場合や、審査中に拒絶理由通知を受けた段階で、特許可能な請求項が明示されている場合には、優先審査の請求をすることができます。
(3)日本における審査結果を利用して、韓国でPPHの適用を受けるためには、日本で早期審査等を活用して可能な限り早く審査を受けるようにし、韓国では審査請求の時期を遅くし、審査着手を日本の審査結果が出る時期に合わせることなど、両国での審査時期を調整することが必要になります。
その他にも、例えば、韓国で拒絶理由を受けた時点で期間延長し、最長4か月まで意見書提出期日を延長することにより韓国の審査を遅らせる方法も考えられます。
(4)上記「1.韓国における優先審査制度の概要」の項目(c)で述べたように、PPHの一般原則とは異なり、韓国では、審査に着手していてもPPHの適用を受けることができる点も、韓国の優先審査制度の留意すべき特徴であると言えます。
[情報元]
1.[Lee International IP & Law] Newsletter Autumn 2023より「韓国特許庁の優先審査制度変更事項」
https://www.leeinternational.com/home/bbs/board.php?bo_table=Newsletter2023_AUT&wr_id=8
2.ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム 知的財産ニュースより
(1)「韓国において早く特許登録される方法 ‐優先審査制度のご紹介‐」(2016年01月13日)
https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/article/0e56f36b3f75d666.html
(2)「韓国特許庁、半導体技術特許出願の優先審査指定を施行」(2022年11月1日)
https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/ipnews/2022/221101a.html
(3)「日・米と協力して「PPH改善政策」を施行する」(2023年7月31日)
https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/ipnews/2023/230731.html
(4)「韓国特許庁、ディスプレイ分野の特許出願を優先審査対象として指定」(2023年10月31日)
https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/ipnews/2023/231031.html
3.新興国等知財情報データバンク公式サイトより、「韓国における特許審査ハイウェイによる優先審査の活用」
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/19611/
4.日本特許庁ホームページ「特許審査ハイウェイのガイドライン(要件と手続の詳細)・記入様式」より、「IP5 特許審査ハイウェイ及びグローバル特許審査ハイウェイ試行プログラムのための韓国特許庁への申請手順(仮訳)」
https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/soki/pph/document/guideline/kipo_guideline.pdf
[担当]深見特許事務所 野田 久登