対面およびビデオ会議の混合モードによる口頭審理の採否が問題となった審判事例
欧州特許庁でのビデオ会議による口頭審理については、以下で言及するように、これまでに2件の記事を配信していますが、本稿では、一方の当事者が「対面」で審理され、他方の当事者がビデオ会議で審理される混合モード(ハイブリッド)形式で口頭審理が行なわれた、欧州特許庁審判部による比較的最近の審判事例について紹介します。
1.背景
Covid-19のパンデミック時に欧州特許庁(EPO)で必須のビデオ会議が導入されました。2023年に開始されてから、ビデオ会議は、EPOの決定に従って、審査部と異議部での口頭審理のデフォルトの形式となっています。ビデオ会議による口頭審理の開催が不都合であることの重大な理由があり、かつ、審査部あるいは異議部が許可した場合に限り、手続はデフォルトとは反対に対面で行われます。ただし、この決定は審判部には適用されません。審判部の手続規則第15a条に基づき、審判部は、適切であると判断した場合、当事者の要請または審判部自体の意向により、ビデオ会議による手続きを行なう裁量権を有します。
特に、審判G1/21において拡大審判部は、ビデオ技術の限界により、ビデオ会議が口頭審理に最適な形式ではないと判断しました。この場合、対面での口頭審理が「ゴールドスタンダード」であり、混乱(Covid-19パンデミックなど)がない場合のデフォルトのオプションであるべきであると判断されました。
したがって、口頭審理につながる書面による手続き中に、手続きの当事者が対面審理に賛成または反対する詳細な理由を提供することが重要であり、特定の形式に対する好みを表現するだけでは不十分です。
審判G1/21の詳細は、弊所ホームページのIP情報において2021年12月10日付で配信した、「ビデオ会議による口頭審理に関する欧州特許庁拡大審判部の決定」と題した記事(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/7613/)をご参照下さい。
下記「情報元2」において、対面審理についての賛成または反対の議論を準備する際に考慮できる要因に関し、次の『』内のような実際的な提案がされています。
『現在、審判部の口頭審理はテレビ会議で行なわれることが多くなっているようです。これまでの審判での決定に基づけば、対面での審理に賛成または反対する議論を準備する際に考慮すべき要因として、次のことが考えられます。
時間とコストを節約することや、長距離の移動による影響を減らすことは、口頭審理がビデオ会議で行なわれるべきであることの理由として説得力があるかもしれません。
フリップチャートを使用したり、図面を提示したりする必要性は、口頭審理が対面で行なわれることが望ましい場合とそうでない場合があります。担当の審判部が異なれば、これに対して異なるアプローチをとっているようです(T0618/21およびT2432/19を参照)。また、証人を聴取する必要があるからといって、口頭審理が対面で行なわれるべきであるとは限りません。
対象物を検査する必要がある場合は、対面での口頭審理を行なうことが適切であるかもしれません。
さらに、個々の参加者の個人的な制約が、口頭審理が対面、ビデオ会議のいずれかで行なわれることが好ましい理由になり得ます。』
特に審判部でのビデオ会議の使用の問題については、まだ明確な解決には至っておらず、以下の事例で説明するように、その後の審判における審判部の判断は変遷し続けています。
なお、弊所ホームページの「国・地域別IP情報」において2023年5月30日付で配信した、「ビデオ会議による口頭審理についての、欧州特許庁の考え方の推移と現状」と題した記事(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9620/)で、付託G1/21への拡大審判部の回答について簡単に触れるとともに、それ以降のEPOの、審査、異議、審判におけるビデオ会議による口頭審理に関する見解の推移について説明していますので、併せてご参照下さい。
2.混合モードの口頭審理についての審判部の決定の事例紹介
以下、審判における混合モードの口頭審理の採否が問題となった、2023年の5月から7月にかけて決定が出された2件の審判事例を紹介します。2件の審判のうち、下記(1)で紹介する審判は、混合モードでの口頭審理が認められた事例、下記(2)で紹介する審判は、混合モードでの口頭審理が認められなかった事例です。
(1)審判T1501/20における審判部の決定
審判T1501/20の審理においては、両当事者は2023年7月14日に口頭審理に召喚されました。この日は審判請求人にとって国民の祝日であることから、審判請求人は、口頭審理の延期またはテレビ会議での開催を要請しました。しかし、特許権者である審判被請求人は、その代理人と参加従業員との間の調整が対面での口頭審理の方がはるかに容易であるという理由で、ビデオ会議に反対しました。これらの要請を受けて、当事者間では、口頭審理をハイブリッド形式(混合モード)で行なうことが合意されました。したがって、審理中、被請求人の代理人と従業員はEPOの敷地内において対面で参加し、審判請求人はビデオ会議で参加しました。
審判部は、その決定において、当事者が休日に予定を入れていたり旅行を予約したりしていない限り、国民の祝日は口頭審理を延期する十分な理由にはならないと認定しました。さらに、手続き上の理由により審理を延期することはあり得ないと認定しました。
審判部は、拡大審判部の審決(G1/21)を検討し、第15条(a)は、当事者がEPOの敷地内で直接出席することを困難にする一般的な緊急事態がない限り、当事者の一方の意思に反してビデオ会議による口頭審理を実施する法的根拠とはなり得ないと認定しました。
審判T1501/20を担当した審判部は、両当事者が同意したことにより、口頭審理をハイブリッド審理(混合モード)で開催することを許可しました。
(2)審判T1946/21における審判部の決定
審判T1946/21における2023年5月5日付の決定においては、一方の当事者が、代理人が対面で出席し、他の出席者はビデオ会議で出席することを要請しました。この代理人は、他の出席者が誰で、なぜ彼らが事件に関係しているのかを詳述する書面を提出していませんでした。審判部は、そのような要請がない場合、すべての当事者のすべての出席者が参加できる対面式の手続きを実施しながら、追加の並列ハイブリッドチャネルを設定および運用することによって引き起こされる技術的や編成上の複雑さの増大を来してまで、混合モードによる口頭審理の開催を認める理由はないと判断し、口頭審理をハイブリッド形式(混合モード)で開催することを許可しませんでした。
3.実務上の留意点
下記「情報元1」では、上述の2件の審判における審判部の決定を考慮して、次の点を指摘しています。
(1)対面またはビデオ会議の口頭審理に対するさまざまな当事者からの要求のバランスをとることは、EPOにとって必ずしも簡単ではありません。審査部または異議部は、ビデオ会議に代えて対面での手続きを許可する裁量があり、審判部は、対面での手続きに代えてビデオ会議を許可する裁量があります。
(2)審判部は、状況によっては、対面およびビデオ会議の混合モードの審理を許可する用意があるようです。
(3)EPOは、手続きのすべての当事者が混合モードに同意する(または少なくとも異議を唱えない)ことを要求するようです。
(4)審判において一方の当事者がビデオ会議を使用することを希望し、他の当事者が対面での手続きを希望する場合は、当該一方の当事者が相手方にアプローチして、混合モードを許可する意思があるかどうかを確認することを検討する必要があります。
(5)混合モードが一方の当事者のうちの「一部の出席者」のみに必要な場合は、これらの一部の出席者が誰であるかの詳細、および事案との関連性について、混合モード要求の理由とともにEPOに説明する必要があります。
(6)混合モードによって口頭審理が行なわれることが不都合である場合は、その理由をEPOへの書面で説明する必要があります。
[情報元]
1.D Young & Co “EPO guidance: mixed-mode (hybrid) oral proceedings” (October 10, 2023)
https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/epo-mixed-mode-oral-proceedings
2.D Young & Co “Requesting “in-person” or ViCo oral proceedings” (August 1, 2023)
https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/epo-vico-inperson-oral-proceedings
3.審判T1501/20の決定原文(ドイツ語)
https://www.epo.org/de/boards-of-appeal/decisions/t201501du1
4.審判T1946/21の決定原文(英語)
https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t211946eu1
[担当]深見特許事務所 野田 久登