クレーム用語の単数複数に関するCAFC判決紹介
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、当事者系レビュー(IPR)において争点となっているクレームのサンプル流の数の限定について、特許審判部(PTAB)が複数のサンプル流の可能性を認めずに単一のサンプル流に限定するという誤った解釈をしたと認定し、PTABが採用したクレーム解釈を取り消しました。
ABS Global, Inc. v. Cytonome/ST, LLC, Case No. 22-1761 (Fed. Cir. Oct. 19, 2023) (Reyna, Taranto, Stark, JJ.)
1.本件特許の説明
Cytonomes/ST, LLC(以下、Cytonome社)は、米国特許特許10,583,439号(以下、本件特許)を所有しています。
本件特許は、粒子(細胞、分子、その他の対象となる粒子)処理用のマイクロ流体装置をクレームしています。クレームされたマイクロ流体装置は、検査またはその他の目的で、層流の原理を利用して、流路に沿った特定の点に粒子を流体力学的に集束させます。以下に示す本件特許の図3Aは、クレームされているマイクロ流体装置が、どのようにシース流体(sheath fluid)SFを使用してサンプル流体(sample fulid)Sを流路(flow channel)CLに沿って集束させるかを示す一例です。
流体力学的集束にはいくつかの一般的な特性があります。この特性によれば、粒子を含有するサンプル流体Sを、流路の少なくとも2つの側部で、粒子を含まないシース流体SLと接触させることによって、サンプル流体Sの流れ(すなわちサンプル流(sample stream))を流体力学的に集束させることができます。特に、流路CLを流れるサンプル流体Sの速度に対するシース流体SFの相対速度が、サンプル流体Sの集束に影響を与えます。一般に、シース流体SFがサンプル流体Sに対してより速く流れるほど、サンプル流体Sの対応する断面はより圧縮されます。ある速度では、一部のシース流体SFおよびサンプル流体Sは混合します。しかし、サンプル流体Sに対するシース流体SFの相対速度が大きくなるにつれて、サンプル流体Sは、(1つ以上の軸に沿って)その流れの輪郭における断面積をより減縮するように圧縮されます。もしも相対速度比が特に高ければ、サンプル流体Sは分割され、サンプル流体Sの2つの流路の間にシース流体SFの流路が形成されることになります。
2.本件特許のクレーム
本件特許の独立クレーム1および従属クレーム2を以下に示します(太字斜体部分は判決原文での強調部分を示す)。
**********
- A microfluidic assembly for use with a particle processing instrument, the microfluidic assembly comprising:
a substrate; and
a flow channel formed in the substrate, the flow channel having:
an inlet configured to receive a sample stream;
a fluid focusing region configured to focus the sample stream, the fluid focusing region having a lateral fluid focusing feature, a first vertical fluid focusing feature, and a second vertical fluid focusing feature, the lateral, the first vertical, and the second vertical fluid focusing features provided at different longitudinal locations along the flow channel, wherein a bottom surface of the flow channel lies in a first plane upstream of the first and second vertical fluid focusing features and the bottom surface of the flow channel shifts vertically upward to lie in a second plane downstream of the first and second vertical focusing features; and
an inspection region at least partially downstream of the fluid focusing region.
- The microfluidic assembly of claim 1, wherein the lateral fluid focusing feature is configured to introduce focusing fluid into the flow channel symmetrically with respect to a centerline of the sample stream.
**********
3.事件の経緯
ABS Global, Inc.およびGenus plc(以下、総称してABS社)は、Cytonome社が所有する本件特許についてIPRを開始するように米国特許商標庁(USPTO)に請願しました。ABS社は、そのIPR請願書において、異議が申し立てられたクレームは、少なくとも分割されたサンプル流を備えた装置を教示した先行技術文献(Claire Simonnet & Alex Groisman,
High-Throughput and High-Resolution Flow Cytometry in Molded Microfluidic Devices, 78 Analytical Chemistry 5653 (2006):以下、「Simonnet引例」)を考慮すると、新規性を阻害されているかまたは自明であると主張しました。PTABはこれに同意せず、異議を申し立てられたクレームを単一のサンプル流に向けられたものと限定解釈し、ABS社は、当業者がABSの請願書で引用されているSimonnet引例を考慮して、なぜ先行技術の分割されたサンプル流をクレームされた単一のサンプルの流れに変更したであろうのかを立証できなかった、と結論付けました。ABS社はCAFCに控訴しました。
4.CAFCの判断
CAFCは、PTABが異議を申し立てられたクレームを誤って解釈したと認定しました。PTABは、独立クレーム1が単一のサンプル流に限定されると解釈するに際して、「サンプル流を受け取るように構成された入口(an inlet configured to receive a sample stream)」と、「前記サンプル流を集束させるように構成された流体集束領域(a fluid focusing region configured to focus the sample stream)」という2つの限定に焦点を当てました。PTABは、クレーム1を単一のサンプル流に限定する際に、2回目に出てくる「サンプル流」の前に定冠詞“the”があることに依拠し、複数のサンプル流を許容する解釈は、集束させるための流体(シース流体)が「サンプル流の中心線に対して対称的に流路に導入されること」をさらに要求する従属クレーム2と矛盾するであろうと指摘しました。
CAFCは、PTABのクレーム解釈を取り消し、従属クレームは独立クレームの複数のサンプル流の解釈と矛盾しておらず、PTABは独立・従属の双方のクレーム解釈において2つの誤りを犯したと結論付けました。
CAFCは第一に、名詞の前に“a”または“an”を記載するオープンエンド(open-ended)の「含む(comprising)」クレームに適用可能である「一般原則」をPTABが適切に適用していなかったことを認定しました。この一般原則とは、不定冠詞“a”または“an”は、移行句“comprising”を含むオープンエンドクレームにおいて、「1つまたは複数(one or more)」を意味するという原則です。この一般原則に対する例外は、クレーム自体の文言、明細書または審査経過がこの原則からの逸脱を必要とする場合に発生します。このような原則は、CAFCにおけるこれまでの多くの先例の結論に従ったものであり、本件においても適用されたものです。たとえば、弊所ホームページの「国・地域別IP情報」の2023年6月23日付けの記事「冠詞aおよびsaidとクレーム記載の機能との関係のCAFC判決紹介」(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9674/)で紹介したSalazar v. AT&T Mobility LLC et al., Case No.21-2320; -2376(Fed. Cir. Apr. 5, 2023)(Stoll, Schall, Stark, JJ.)事件をご参照ください。CAFCは、この一般原則に則って、本件においても文脈から逆の解釈が十分に示されない限り、“a”または“an”を伴う限定は1つ以上を意味すると解釈されるべきであると説明しました。CAFCは第二に、異議申立された特許がこの「一般原則」と一致して“a”を明示的に定義していることを無視したとしてPTABを批判しました。CAFCは、特に、開示された実施形態は例としてのみ記載されているため、明確かつ明白な否認がなければ一般原則または特許の定義を拒否する根拠はない、と説明しました。同様にCAFCは、Cytonome社は、異議を申し立てられたクレームにおいて複数のサンプル流と解釈した場合における装置の作動不能の可能性を示せておらず、クレームの分析を変更するような意味のある審査経過の議論は存在しなかった、と認定しました。
集束させるためのシース流体がサンプル流の中心線に対して対称的に流路に導入されることをさらに要求する従属クレームが、独立クレームの複数のサンプル流の解釈と矛盾するかどうかについてのPTABの理由付けの核心部分は、サンプル流の中心線がサンプル流体の中になければならないが、一対のサンプル流の場合やサンプル流が分割されている場合の中心線はそのようにはならず、集束のためのシース流体に存在することになってしまう、というものでした。しかしながら、PTABの理由付けは、別々のサンプル流体に対してまたは分割されたサンプル流体に対して、別々の中心線が引かれるということには対処していませんでした。また、たとえ一対のサンプル流に対して一本の中心線しか引かれないとしても、このクレーム2の文言は十分な広さを有しており、クレーム2が明示的に要求する対称性の特徴は、サンプル流の流れに沿ったどの場所でも集束のためのシース流体が対称的である必要は必ずしもなく、シース流体を流路に導入するときに対称的であればよい、ということを含みます。サンプル流の中心線はシース流体を導入する際の基準点に過ぎないものであり、クレーム2の要件を満たすことが、サンプル流の中心線がシース流体の中を進むことを排除するものは示されていない、とCAFCは判断しました。
一般にPTABのクレーム解釈を破棄するときにはPTABの最終決定を取り消して(vacate)事件をPTABに差し戻します。しかしながら、どのような主張がなされどのような証拠が記録されているかによっては、実質的な証拠によって唯一の結論が裏付けられており、2回目の記録を残す機会を認める明白な理由が存在しないときには、決定を破棄(reverse)することが正当化されます。したがって、異議を申し立てられたクレームは特許性を有さないという結論のみを証拠が裏付け、特定の特許性に関する異議を判定するためにPTABによって決定されるべき適正に提起された争点が存在しない場合は、PTABの決定を破棄することが適切です。本件においてCAFCは、PTABの最終書面決定を、クレーム1および8に関して破棄し、クレーム2、6および9に関して取消し、PTABに差し戻しました。
[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | October 26, 2023 “Go With the Flow: “A” Still Means “One or More” ”
② ABS Global, Inc. v. Cytonome/ST, LLC, Case No. 22-1761 (Fed. Cir. Oct. 19, 2023) (Reyna, Taranto, Stark, JJ.)(判決原文)
https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1761.OPINION.10-19-2023_2208330.pdf
[担当]深見特許事務所 堀井 豊