欧州特許庁、10日間ルールを廃止
欧州特許条約(EPC)の改正された規則が2023年11月1日に施行され、それによって、2022年11月に欧州特許庁(EPO)がすでに発表していたように、庁通知に対する応答のための期限計算における10日間ルール(10-day rule)が廃止されました。
1.廃止された10日間ルールについて
2023年11月1日に施行された規則による変更は、EPCの規則126および127を改正するもので、2023年10月31日までのEPOからの庁通知に適用される改正前の規則126および127(下記の「注1」参照)において、デフォルト(初期設定)では、庁通知は発行から10日後に通知されたものとみなされるとされていました。
この10日間ルールによれば、たとえば、2023年10月3日付けでEPOが発行した庁通知は、発行日から10日以内(つまり、2023年10月13日まで)に届くものと想定されます。庁通知によって設定された期限(たとえば4か月の期間)は、通知日から10日後(この場合は2023年10月13日)に開始されます。したがって、当該庁通知への回答の締切り日は、2024年2月3日ではなく、実質的に2024年2月13日となります。
この10日間という期間は、EPOからの通知を配信する主要な手段が郵便であったときに導入されたもので、郵便サービスの潜在的な遅延を補填することを目的としていました。実際には、この期間は、多くの庁通知への応答の期限に追加の10日間を提供します。なお、庁通知が宛先に届いたことの立証責任は、原則としてEPOが負います(下記「注1」の下線部をご参照下さい)。
注1:改正前のEPC規則126および127
(日本語訳は日本特許庁ホームページ「諸外国・地域・機関の制度概要および法令条約等」の訳文を基本とし、一部改変しています。下線は筆者が付記したものです。)
[改正前規則126 郵便による庁通知]
(1) 郵便によるすべての庁通知は,書留郵便による。
(2) 庁通知が(1)に従って行われた場合は,当該書簡は,それを郵便サービス提供者に引き渡した後10日目に名宛人に配達されたものとみなす。ただし,それが名宛人に届かなかった,又は前記の日より後の日に到達したときは,この限りでない。紛争が生じた場合は,その事情に応じて,書簡がその目的地に届いたことを立証すること又は書簡が名宛人に配達された日を立証することは,欧州特許庁の責任である。
(3) (1)に従う庁通知は,当該書簡の受領が拒絶された場合においても,行われたものとみなす。
(4) 郵便による庁通知が(1)から(3)までによって定められていない範囲については,庁通知が行われる国の法律を適用する。
[改正前規則127 電気通信手段による通信]
(1) 庁通知は,欧州特許庁長官が定める電子通信により,かつ,同長官が定める条件に基づいて行うことができる。
(2) 庁通知が電気通信手段により行われる場合は,電子書類は,その送信後10日目に名宛人に配達されたものとみなされる。ただし,それが宛先に届かなかったか又は宛先に遅れて届いた場合は,この限りでない。紛争が生じた場合は,その事情に応じて,電子書類がその宛先に届いたことを立証すること又はそれが宛先に届いた日を立証することは,欧州特許庁の責任である。
2.EPC規則改正による新しいルールについて
EPOからの通知の99%以上がデジタルで受信されているため、郵便の遅延の影響は最小限に抑えられており、10日間ルールは実情に合わないものとなっていました。そこで、EPOのデジタルトランスフォーメーションの一環として、改正された規則では、10日間ルールを廃止し、特許協力条約(PCT)に適応させた別の保障措置(safeguard)を導入しました。
2023年11月1日以降のすべてのEPOからの庁通知に適用される新しい規則では、応答のための期限は庁通知の発行日から始まります。庁通知によって設定された期限(たとえば、4か月の応答期間)は庁通知の日付から始まります。このシナリオでは、庁通知は発行から7日以内に受信されることが想定されていますが、この7日間の期間は、庁通知の日付から始まる期限(たとえば、4か月の応答期間)に含まれます。すなわち、当該期限が庁通知の日付から7日後に始まるものではありません。
現在、庁通知の大部分はEPOからデジタルで受信されているため、受信者はEPOが発行されるとすぐに庁通知をダウンロードできます。庁通知の送達に遅延が生じた場合の保障措置を提供するために、新しいEPC規則126および127(下記「注2」参照)では、PCTの下で規定(下記「注3」のPCT規則80.6参照)されているものと同様の保障措置(safeguard)が導入されています。具体的には、EPOが、庁通知の日付から7日以内に宛先に到達したことを証明できなかった場合、7日を超過した日数だけ応答期間が延長されます。送達があったことやその日付に争いがあるときはEPOが立証責任を負います。
たとえば、庁通知の日付から12日後に庁通知が届くと、応答のための期限にさらに5日が追加されます。また、たとえば庁通知の日付から4日後に庁通知が届いた場合は、遅れ日数が7日を超えないため、期限は延長されません。
注2:改正後のEPC規則126および127
(日本語訳文は、下記「情報元3」に記載の「仮訳」を基本とし、下線は筆者が追記)
[改正された規則126(2)]
第1項(改正前と同文)の規定による通知が行われた場合には,書類が名宛人に到達しなかった場合を除き、その日付が付された日に名宛人に送達されたものとみなされる。文書の引渡しに関して紛争が生じた場合、欧州特許庁は、文書が目的地に到達したことを立証し、文書が名宛人に引渡された日を立証する義務を負うものとする。欧州特許庁が、その文書が宛先に到達した日から7日を超えて配達されたことを立証した場合、その文書のみなし受領が規則131条2項の関連事象である期間は、その7日を超えた日数だけ遅く満了するものとする。
[改正された規則127(2)]
通知が電子的通信手段によって行われる場合、電子的文書は、それが宛先に到達しなかった場合を除き、それが付された日に宛先に到達したものとみなされるものとする。電子文書の引渡しに関して紛争が生じた場合、欧州特許庁は、文書が宛先に到達したこと及び宛先に到達した日を立証する義務を負うものとする。欧州特許庁が、電子文書がその宛先に到達した日付から7日以上経過していることを立証した場合、その文書のみなし受領が規則131条2項の関連事象である期間は、7日を超過した日数だけ遅く満了するものとする。
注3:PCT規則80.6(文書の日付)
(下記日本語訳文は、WIPOホームページ「PCTリーガルテキスト:条約、規則及び実施細則」の「特許協力条約に基づく規則(2022年7月1日発効)」の訳に基づいています。下線は筆者により追加。)
国内官庁又は政府間機関の文書又は書簡の日付の日から期間が開始する場合には、関係者は、当該文書又は書簡がその日付の日よりも遅い日に郵便で発送されたことを証明することができる。この場合には、期間の計算上、実際に郵便で発送された日を期間の初日とする。当該文書又は書簡が郵便で発送された日にかかわらず、出願人が、国内官庁又は政府間機関に対し、当該文書又は書簡がその日付の日の後7日よりも遅い日に受領されたことを国内官庁又は政府間機関が認める証拠を提出する場合には、国内官庁又は政府間機関は、当該文書又は書簡の日付の日から開始する期間がその日付の日の後7日を超える日数と等しい日数を追加した日に満了するものとして取り扱う。
3.実務上の留意点
(1)10日間ルールの廃止は、庁通知への応答期限が庁通知の日から始まることから、期限の計算のためにはこれまでよりもシンプルになります。ただし、改正された規則の施行日である2023年11月1日から6か月の間(下記「注4」のEPC規則132(2)の下線部に記載の、2023年10月31日発行の庁通知の応答期限が最大の6か月まで延長された場合を想定)は、応答期間中の庁通知について、改正前の規則が適用される場合と改正後の規則が適用される場合とが混在することから、各庁通知の応答の締切り日の判断に混乱を生じないように注意する必要があります。
(2)改正されたEPC規則の下では、EPOが、庁通知の日付から7日以内に宛先に到達したことを証明できなかった場合、7日を超過した日数だけ応答期間が延長されますが、この追加期間を得るためには要求する必要があり、期限に自動的に追加されるものではないことに注意することが必要です。
(3)改正されたEPC規則126および127による変更は、EPOの指定する期間によって庁通知の日付に基づいて起算された期限にのみ影響し、EPC出願又は分割出願の提出期限やEPOへの異議申立の期限など、EPCの条文に法定される期間によって設定された期限は、この変更の影響を受けないことに留意すべきです。
注4:EPC規則132 欧州特許庁が指定する期間
(1) 条約又は本施行規則が「指定する期間」に言及している場合は,この期間は欧州特許庁が指定する。
(2) 別段の定めがあるときを除き,欧州特許庁が指定する期間は,2月以上4月以下とし,一定の事情においては,最長6月とすることができる。特別な事件に関しては,期間は,請求に基づいて延長することができるが,その請求は当該期間の満了前に提示する。
[情報元]
1.D Young & Co.”A new digital age: European Patent Office scraps the ten-day rule”(October 10, 2023)
https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/epo-scraps-ten-day-rule
2.EPOホームページ”Notice from the European Patent Office dated 6 March 2023 concerning amended Rules 126, 127 and 131 EPC”
https://www.epo.org/en/legal/official-journal/2023/03/a29.html
3.JETROデュッセルドルフ事務所「欧州特許庁(EPO)、2023年3月1日に発効予定の改訂審査ガイドラインについてドラフトを公開、意見募集を開始」2023年2月1日
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/europe/2023/20230201.pdf
[担当]深見特許事務所 野田 久登