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特許期間の調整と自明性型二重特許との関係に関するCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、「特許期間の調整(Patent Term Adjustment:以下、“PTA”)」が、自明性型二重特許(Obviousness-type Double Patenting)とどのように相互作用するかという問題に初めて対処し、パテントファミリーを構成するそれぞれの特許の存続期間満了日がPTAによって互いに異なる場合、そのうちのより早く満了する特許が後で満了する特許に対して自明性型二重特許を理由とする特許無効の根拠として用いることができる、と結論付けました。

In re Cellect, LLC, Case Nos. 2022-1293; -1294; -1295; -1296 (Fed. Cir. Aug. 28, 2023) (Lourie, Dyk, Reyna, JJ.)

 

1.本件特許ファミリー成立の経緯

(1)概要

 Cellect, LLC(以下、「Cellect社」)は、携帯情報端末や電話など、イメージセンサーを備えたデバイスに関するいくつかの特許を所有していますが、これらの特許は単一の特許出願からの優先権を主張したものです。どの特許もターミナルディスクレーマの対象とはなっておらず、それぞれの特許に対して、審査手続段階における米国特許商標庁(USPTO)の手続遅延を理由に米国特許法154条(b)の規定に基づいてPTAが付与されました。もしもこれらの特許にPTAが認められていなかったら、それぞれの特許は最初の出願の満了日と同じ日に満了していたことになります。なお、これらの特許はすべて存続期間満了によってすでに消滅しています。

(2)本件特許の具体的な成立過程

 これらの特許の優先権主張の基礎となった最初の米国特許出願は米国特許第6,275,255号(以下、「255号特許」)として発行しました。この特許から派生してさらに5件の特許、すなわち、米国特許第6,982,742号(以下、「742号特許」)、第6,424,369号(以下、「369号特許」)、第6,452,626号(以下、「626号特許」)、第7,002,621号(以下、「621号特許」)、および第6,862,036号(以下、「036号特許」)が成立しました。

 これらの特許のうち、369号特許および626号特許は255号特許の一部継続出願(CIP出願)であり、742号特許は369号特許のCIP出願であり、621号特許は626号特許のCIP出願であり、036号特許は626号特許の継続出願であります。

(3)PTAの付与

 255号特許から派生したこれらの5件の特許のうち、742号特許については726日、369号特許については45日、626号特許については59日、および621号特許については759日のPTAが認められました(036号特許についてのPTAは0日)。

 本件CAFC判決原文の第4頁に示された上記のパテントファミリーの関係を示す図を以下に掲載します。

2.事件の経緯

(1)侵害訴訟の提起

 Cellect社は、Samsung Electronics, Co.(以下、「Samusung社」)を、PTAが認められた上記の4件の特許(742号特許、369号特許、626号特許、および621号特許)を侵害しているとしてコロラド州連邦地方裁判所に訴えました。

(2)査定系再審査の請求

 被告であるSamusung社は、これら4件の特許は、審査手続段階において審査官によって提起されなかった自明性型二重特許を根拠に特許可能ではないと主張して、4件の特許の各々に対して査定系再審査(Ex Parte Reexamination)をUSPTOに請求しました。請求対象の4件の特許のクレームと、自明性型二重特許による無効主張のための引用特許との関係が本件CAFC判決第5頁に記載されていますので、以下に示します。

 再審査中、審査官は、異議を申し立てられたクレームは、Cellect社の先に満了した引用特許のクレームの自明な変形であると判断しました。その理由は、「自明性型二重特許を根拠にクレームを無効にするための引用特許は、4件の査定系再審査手続全体にわたるネットワークを形成していますが、自明性型二重特許によるすべてのクレームの無効理由は、ファミリーのうちのPTAの付与を受けていない単一の(存続期間が満了した)036号特許に遡ることができる」ということでした。

 このクレーム拒絶をより具体的に説明すると、621号特許クレームは、より早く満了した626号特許クレームによって自明性型二重特許により特許を受けられず、この626号特許クレームは、さらに早く満了した369号特許クレームによって自明性型二重特許により特許を受けることができません。742号特許クレームもまた、より早く満了した369号特許クレームによって自明性型二重特許により特許を受けることはできず、この369号特許クレーム自身は最初に満了した036号特許クレームによって自明性型二重特許により特許を受けることはできません。審査官はこれらの理由により再審査において対象となったクレームを拒絶しました。

(3)審判の請求

 Cellect社は再審査でのクレームの拒絶について、USPTOの特許審判部(PTAB)に審判を請求しました。審判において、Cellect社は、自明性型二重特許に基づいて特許性を判断することは、PTAが特許期間に付与される前の本来の満了日に基づくべきである、と主張しました。もしもこれらの特許がすべてPTA付与前の本来の満了日、すなわち最初の出願の満了日と同じ日に満了していたことになれば、自明性型二重特許の適用は回避することが可能になります。

 Cellect社は、CAFCの過去の裁判例によれば、自明性型二重特許は、有効に付与された、米国特許法156条による「特許期間の延長(Patent Term Extension:以下、“PTE”)」を無効化するものではないとしたことに注目し、PTAについても同様に、自明性型二重特許の分析は、法律上認められたPTAの付与を無効化するものではない、と主張しました。

 Cellect社はまた、自明性型二重特許による拒絶は、自明性型二重特許の根拠をなす衡平法上の原則の下では適切ではないと主張しました。Cellect社は、各特許が満了してしまっている状況では自明性型二重特許の拒絶を解消するためにターミナルディスクレーマを提出することもできないが、それでもCellect社はその満了した特許を譲渡しないことを約束している、とも主張しました(ターミナルディスクレーマによって自明性型二重特許を克服した場合、特許の分割譲渡は制約されます)。

 Cellect社はさらに、再審査を請求された特許の権利化段階において、審査官は自明性型二重特許について検討したとされていたので、再審査の請求は、特許性に関する新たな争点を何ら提示するものではなく、再審査請求を受理したことは適切ではなかった、とも主張しました。

(4)PTABの判断

 PTABは、4件の再審査請求すべてについて、無効を主張された特許クレームは自明性型二重特許により特許されないとする、再審査審査官の認定を支持しました。PTABはまず、争点を、PTAが自明性型二重特許の分析にどのように影響するのか、そして自明性型二重特許の分析は、付与されたPTAを追加した特許の満了日または追加しない特許の満了日のいずれに基づくべきか、という問題に構成しました。

 PTABは、PTAに類似するものとして、上述のPTEと自明性型二重特許の分析との関係について検討しました。再審査に対する審判事件のCAFCの裁判例(Merck & Co. v. Hi-Tech Pharmacal Co., 482 F.3d 1317 (Fed. Cir. 2007))によりますと、自明性型二重特許を回避するために特許権者がターミナルディスクレーマを提出した件においては、その後に改めてPTEが付与されました。すなわち、PTEは、ターミナルディスクレーマによってもたらされた満了日から始まるものであり、ターミナルディスクレーマを提出しなかった場合に満了したであろう日から始まるものではないことにPTABは注目しました。PTABはまた、ターミナルディスクレーマが提出されなかった場合における自明性型二重特許の分析とPTEとの関係を取り扱ったCAFCの裁判例(Novartis AG v. Ezra Ventures LLC, 909 F.3d 1367 (Fed. Cir. 2018))に注目しました。この裁判例によりますと、PTEの付与前の満了日に基づいて自明性型二重特許の分析はなされるべきであると判示されました。すなわち、自明性型二重特許の分析の根拠となる存続期間にPTEによる延長期間は含まれないことになります。

 PTABは、PTEを規定する米国特許法156条とPTAを規定する米国特許法154条との制度目的の相違に鑑み、PTAの場合は、PTEとは異なり、PTAが付与された後にターミナルディスクレーマが適用されると結論付けました。すなわち、PTABは、米国特許法154条(b)(2)(B)の規定において、PTAは、PTEとは異なり、ターミナルディスクレーマにおいて放棄された期間を超えてさらに特許期間を調整するものではないことが明記されていることに注目しました。本件特許においてはターミナルディスクレーマは提出されておりませんが、PTABは、ターミナルディスクレーマは自明性型二重特許の克服にのみ使用されるものであって154条の規定はそのために連邦議会が制定したものであり、自明性型二重特許およびターミナルディスクレーマは、PTAを含む特許期間について考慮されるべきものであるとしました。そしてPTABは、自明性型二重特許の分析は、ターミナルディスクレーマの提出の有無に関わりなく、PTAで調整された特許満了日に基づくべきであると結論付けました。

 PTABはまた、分離して所有権が移転され、複数の譲受人の権利行使による弊害のリスクが残ること、および特許の権利化段階において審査官が自明性型二重特許について検討していたというCellect社の主張は、認めるに足る要因がないことから、Cellect社の主張を退けました。

 Cellect社はPTABの決定を不服としてCAFCに控訴しました。

 

3.CAFCの判断

(1)自明性型二重特許の分析に関する満了日についてCAFCの基本的考え

 CAFCは、自明性型二重特許によってクレームの特許性が否定されるかどうかを分析する際に、特許の満了日が米国特許法154条に基づいて正式に付与されたPTAを含むか(期間調整後の満了日か)どうかについてまず検討しました。

 CAFCは、特許がPTEを受けた場合の自明性型二重特許に関する分析については、関連する満了日はPTE前の(延長分の期間を含まない)満了日であると認めました。一方でCAFCは、PTAを取得した特許に関しては、自明性型二重特許の分析に関連する満了日は、ターミナルディスクレーマが提出されているかどうかに関係なく、PTAを考慮した(期間調整後の)満了日である、と結論付けました。そうであれば、本件のように同じファミリーに属するそれぞれの特許の満了日がPTAの調整分を含むために互いに異なる場合、より早く満了する特許が後で満了する特許に対して自明性型二重特許を理由とする特許無効の根拠となり得ます。

(2)CAFCの基本的考えの根拠

 CAFCは上記の基本的考えの根拠について以下のように説明しています。PTAおよびPTEは両方とも失われた特許期間を回復することを目的としています。CAFCは、PTAおよびPTEによって特許期間が延長された特許クレームが、自明性型二重特許によって特許できないかどうかを判断する際には、PTAおよびPTEのそれぞれが、異なる状況に対処するように設計された別々の条項によって支配されているため、異なる方法で扱われるべきであると理由付けました。

 CAFCによると、PTAはUSPTOによる特許処理の管理上の遅れを理由に、一定の条件を満たせば特許期間を延長するように設計されており、自明性型二重特許が問題となるときにターミナルディスクレーマを超えてまで特許期間を延長できるものではありません(米国特許法154条(b)(2)(B))。一方PTEは、医薬品の認可手続などの規制による製品承認の遅れを理由に特許期間を延長するように設計されており、自明性型二重特許が問題となるときでもターミナルディスクレーマによって延長期間が排除されるものではありません。たとえばPTEについて規定する米国特許法156条(c)(3)および(g)(6)を参照しますと、PTEによる延長の長さ、PTEによって延長されうる特許の数が条文上規定されており、ターミナルディスクレーマによって延長期間が排除されるものではありません。

 すなわち、法律上はPTAの対象となる特許にターミナルディスクレーマが受理されていた場合には、いかなる特許(またはクレーム)もディスクレームされた満了日を超えて延長することはできません。しかしながら、本件においてはターミナルディスクレーマは提出されなかったので154条(b)(2)(B)の規定は直接適用されません。権利化段階および再審査の段階の双方において、審査官は自明性型二重特許の拒絶を行うべきでしたし、Cellect社はターミナルディスクレーマを提出する機会があったはずです。しかしながら現実にはそのようにはなりませんでした。ターミナルディスクレーマは専ら自明性型二重特許の拒絶を克服するためのものであり、PTABが正しく認識したように、自明性型二重特許およびターミナルディスクレーマは課題と解決策であり、コインの両面のように互いに絡み合ったものです。本件においてターミナルディスクレーマが提出されていれば154条(b)(2)(B)の規定が直接適用されていました。連邦議会は、PTAを受けた特許においてターミナルディスクレーマが提出されたときは放棄された満了日を超えて延長されないことを意図していました。したがって、CAFCは、そのようなターミナルディスクレーマが提出されていない場合に、自明な発明をクレームした特許の無効を回避する解決策としてターミナルディスクレーマを考え出した、自明性型二重特許の確立された実務に適合することは、出願人または審査官の不履行から利益を得るようにした連邦議会の明確な意図を裏切ることになる、と判断しました。CAFCは、自明性型二重特許による無効理由を分析する際に、ターミナルディスクレーマ提出の有無に関わらずに、PTAを考慮せずに期間調整前の元の満了日を基準とすることは許されないと判断し、争われている特許は自明性型二重特許により無効であるとしたPTABの判断に誤りはない、と結論付けました。

 次にCAFCは、査定系再審査手続きにおいて自明性型二重特許を認定する際に、誠実さなどの「衡平法上の懸念事項」を審査官が考慮する必要があるかどうかを検討しました。CAFCは、審査官はそのような必要はないと結論付け、Cellect社が所有している、先に満了した引用特許の自明な変形例について、Cellect社が不当な特許期間の延長を受けたというPTABの決定を支持しました。なぜなら、「そのように判示しなければ、事実上、本来は資格のないPTAを与えることになるからである」ということでした。

 最後に、CAFCは、特許性に関する実質的な新たな争点、すなわち査定系再審査手続のための基準要件を認定するという点でPTABが誤りを犯したかどうかを検討しました。CAFCは、実質的な新たな争点についてのPTABの認定は実質的な証拠によって裏付けられていると認定し、Cellect社は、実質的な新たな争点かどうかを証明するために必要な全てであった、審査官が自明性型二重特許を考慮したことを示す審査経過の一部分すら指摘していない、と理由付けました。CAFCは、ターミナルディスクレーマが欠如していることは、審査官が自明性型二重特許を考慮していなかったことを強く示唆していると結論付けました。

[情報元]

① McDermott Will & Emery IP Update | September 7, 2023 “The End Is Not So Near: Patent Term Adjustments Count in Obviousness-Type Double Patenting Determinations”

https://www.ipupdate.com/2023/09/the-end-is-not-so-near-patent-term-adjustments-count-in-obviousness-type-double-patenting-determinations/?utm_source=Eloqua&utm_medium=email&utm_campaign=EM%20-%20IP%20Update%20-%202023-09-07%2015%3A00&utm_content=post_title

② In re Cellect, LLC, Case Nos. 2022-1293; -1294; -1295; -1296 (Fed. Cir. Aug. 28, 2023) (Lourie, Dyk, Reyna, JJ.)(判決原文)

https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1293.OPINION.8-28-2023_2181381.pdf

[担当]深見特許事務所 堀井 豊