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量子コンピューティング発明のEPOの特許出願分析

1. 概要

 EPOが量子コンピューティングに関する特許分析レポート(本稿末尾[情報元]の①および②のURL参照)を2023年1月に報告しており、そのエグゼクティブサマリー部分を概説します。

 

2. 内容

 このレポートは、量子技術に関連する2番目のEPO特許レポートです。レポートの目的は、量子コンピューティングおよび以下の3つのサブセクターの分野における特許動向の概要を提供することです。

 (1)「量子コンピューティングの物理的実現」、(2)「量子エラー修正/緩和」、(3)「量子コンピューティングと人工知能/機械学習」。

 量子コンピューティングの分野における発明数は、近年大きく増加しています。この分野の発明数は過去10年間で何倍にも増加しており(弊所注:国際特許ファミリー数で約8倍(2011年から2020年))、これはすべての技術分野での一般的増加をはるかに上回っています。

 量子コンピューティング分野の特許出願人についてみると、過去10年間の本分野の全出願に占める国際特許出願のシェアが20%以上であり、全技術分野における国際特許出願のシェアと比較すると、明らかに平均を上回っています。

 この高いシェアは、特許出願人の高い経済的期待、および対応する多国籍商業化戦略の表れとも解釈できそうです。

 量子コンピューティングの分野全体における特許出願動向は、上記に示した3つのサブセクター、すなわち「量子コンピューティングの物理的実現」、「量子エラー修正/軽減」、「量子コンピューティングと人工知能/機械学習」では、発明数もここ数年で倍増しました。

 特に、後者のサブセクター(「量子コンピューティングと人工知能/機械学習」)の大幅な増加はここ10年に始まったばかりで、現時点では他のサブセクターや分野全体よりもさらに増加しています。

 量子コンピューティングの全分野、「量子コンピューティングの物理的実現」および「量子誤り訂正/緩和」のサブセクターで最も積極的な特許出願人は、IBMおよびその他の米国に拠点を置く企業であります。

 「量子コンピューティングと人工知能/機械学習」というサブセクターでは、他のサブセクターに比べると、様々な国から出願されている傾向にあります。

 

 

3. コメント

・EPOは、ヨーロッパの「量子フラッグシップ構想(The Quantum Flagship initiative)」の技術分野である量子コンピューティング、量子シミュレーション、量子計測と量子センシング等を評価できるよう、EPO特許レポートを作成しており、今回もその1つです。

・量子技術に関するEPO特許レポートとしては、これまでにQuantum metrology and sensing : 量子計測とセンシング(2019年9月)、本稿のベースとなったQuantum computing : 量子コンピューティング(2023年1月)、Quantum simulation : 量子シミュレーション(2023年6月)([情報元]の④のURL参照)が作成されています。さらに、Quantum communication : 量子通信(2024年)の作成が予定されています。

 また、今回報告を省略しておりますが、量子計測とセンシングでは、特許出願件数はまだ少ないものの、量子技術の商業化への投資と行政支援の影響で、近年特許出願が顕著に増加していること、および、研究機関が最も多くの特許出願者である等が報告されています([情報元]の③のURL参照)。

 さらに、量子シミュレーションでは、積極的に特許を出願しているのは企業であり、大部分は米国、次にカナダ、ヨーロッパ、中国、日本が続いていること、米国に本拠を置く大学も重要な役割を果たしていること等が報告されています。

・なお、上述の「量子フラッグシップ構想」とは、EUの最大かつ最も意欲的な研究構想の1つとして2018年に発足しました([情報元]の⑤のURL参照)。少なくとも10億ユーロの予算と10年の期間のこの構想は、研究機関、学界、産業界、企業、政策立案者を結集し、前例のない規模で共同・協力的な取り組みを行っているものとされています。

・今回のレポート中の量子コンピューティングに関する出願人分析データによると、日本企業は10位までに東芝/NFT、日立、NECが入っています。

(1位)IBM、(2位)Toshiba/Nuflare Technology(3位)Intel(4位)Microsoft(5位)Nokia/Here Global(6位)Harvard University(7位)Hitach(8位)Google(9位)MIT (Massachusetts Institute Of Technology)(10位)NEC

・今後、益々量子コンピューティングの出願が増加するものと予想されますが、発明の開示について他の技術分野以上に注意を払う必要があるとEPの代理人(Hoffmann Eitle)が考察しています([情報元]の⑥のURL参照)。一例として、量子技術はまだ比較的新しく、多くの人にとって馴染みのないものであるため、発明がどのように実装されるかについて明示的かつ詳細な説明することは、EP出願における開示不十分の問題を避けられ、さらに審査官が発明を理解するのに役立つ可能性があるとしています。具体的には、量子コンピューティングが基本的な構成要素として、もつれ、波動・粒子二元性、量子ビットなどの複雑な概念に基づいているため、アルゴリズムや回路をどのように実践するか、明確で詳細な説明が望まれるとしています。

[情報元]

https://www.epo.org/news-events/news/2023/20230125.html

https://link.epo.org/web/epo_patent_insight_report-quantum_computing_en.pdf

https://link.epo.org/web/patent_insight_report-quantum_metrology_and_sensing_en.pdf

https://link.epo.org/web/epo_patent_insight_report_quantum_simulation_en.pdf

https://qt.eu

https://hoffmanneitle.com/news/quarterly/he-quarterly-2023-06.pdf#page=5

[担当]深見特許事務所 栗山 祐忠