EPO異議申立手続とドイツ連邦特許裁判所での無効訴訟との時期的関係に関するドイツ最高裁判所判決
ドイツ連邦最高裁判所は、ドイツで有効化された欧州特許に対するドイツ連邦特許裁判所への特許無効訴訟の提起は、当該欧州特許に関する欧州特許庁(EPO)の異議申立手続において「クレームの範囲に関する最終決定(a final decision on the claim scope)」がなされた後であれば認められることを明らかにしました(連邦最高裁判決2022年12月6日、事件番号X ZR 47/22)。
1.本件判決の概要
EPOの異議申立手続において、「クレーム範囲に関する最終決定」から、異議申立手続の完結を意味する「正式な結論(a formal conclusion)」に至るまでにはさらに数年を要することがあり得ます。連邦最高裁判所の今回の判決では、そのような追加期間の間、ドイツ国内での無効訴訟の提起を待つ必要がないことが明らかにされました。
以下に、今回の連邦最高裁判所判決で判示されたEPOでの異議申立手続とドイツ連邦特許裁判所への無効訴訟提起との時期的関係について解説するとともに、2023年6月1日に発足した統一特許裁判所(UPC)での無効訴訟が欧州特許の付与前に提起された場合に、そのような無効訴訟が認められるかどうかについても検討いたします。
2.問題の背景
ドイツ特許法は、EPOでの9ヶ月の異議申立期間中および異議申立手続の進行中におけるドイツ連邦特許裁判所への無効訴訟の提起を阻止することによって、EPOでの異議申立を優先しています(ドイツ特許法第81条第2項)。これは欧州では例外的なことです。この条項は、無効な特許を取消すことをより困難にしているとして批判されてきましたが、これまでのところ、それを廃止しようとする立法上のすべての試みにも関わらず生き延びてきました。
異議申立手続中に無効訴訟の提起を待たなければならない理由は「効率」です。より具体的に、EPOでの異議申立手続が終了するまで無効訴訟提起を待つことの目的は、EPOと連邦特許裁判所との間で矛盾する決定がなされることを回避すること、および重複した作業に連邦特許裁判所のリソースを消費することを回避すること、にあります(もしもEPOの異議申立手続において特許が取消されれば、もはやドイツ国内で無効訴訟を起こす必要はなくなります)。
ただし、特許の有効性評価の基準は、EPOとEPC各締約国との間で完全にはハーモナイズされていません。もしもEPOでの異議申立が成功しなかったり、または部分的にしか成功しなかった場合でも、少なくともドイツについては無効訴訟によって特許が完全に取り消される可能性があります。特に医薬の分野の一部の欧州特許は、EPOおよび国内司法機関において重複した手続で攻撃されることがあります。このような状況では、ドイツ法におけるこの条項は無効訴訟を遅らせるだけです。無効訴訟手続は長い期間を要するため、被疑侵害者は、EPOでの異議申立手続が終了する前に無効訴訟を提起することを望むことはあり得ます。
3.本件の経緯
連邦最高裁判所は今回、EPOでの異議申立手続が完全に終結する前のどの時点で連邦特許裁判所への無効訴訟の提起が認められるかを明確にしました。
今回の連邦最高裁判所の判決は、2016年にEPOの異議部によって取消されたEP 2 377 536 に関するものであります。本件特許の特許権者はEPOの審判部に審判を請求し、2019年に、EPOの審判部は当該異議決定を破棄し、そして特許をクレームが補正された形で維持する審決を出しました(EPOにおける最終審)。
事件はその後、補正されたクレームに明細書を適合させるようにとの審判部の指示とともに、異議部に差し戻されましたが、このような処理にはしばしば長い時間がかかる場合があります。本件においては結局、補正された特許明細書は3年後の2022年に公開されました。この補正された特許明細書の公開がEPOの異議申立手続の正式な終了を規定するものです。
本件特許の競合他社は、異議申立手続の正式な終了までのそのような長い期間を待つことなく2020年に、すなわち補正クレームで特許維持という審判部の審決の約1年後に、ドイツ連邦特許裁判所に無効訴訟を提起しました。
4.連邦特許裁判所での議論
連邦特許裁判所での無効訴訟において、被告である特許権者は、このような無効訴訟の提起はあまりにも時期尚早でり、無効訴訟は認められないと主張しました。連邦特許裁判所はこの主張に同意しました。連邦特許裁判所は、無効訴訟が異議申立手続の進行中に提出されたという理由だけで無効訴訟を認めないものではないが、無効訴訟の口頭審理の終了前にはEPOでの異議申立手続は完全に終結していなければならない、と理由付けました。さもなければ、無効訴訟の根拠が不明瞭になってしまうからです。たとえば明細書を補正クレームに適合させなければならない場合、方式上の不備のため、特許がEPOによって取り消される可能性すらあるからです。原告である競合他社は連邦最高裁判所に上訴しました。
5.連邦最高裁判所での議論
連邦最高裁判所は、原審の連邦特許裁判所の判決に同意せず、連邦特許裁判所によるさらなる検討のために事件を差し戻しました。連邦最高裁判所は、異議申立手続中における無効訴訟提起を禁ずる理由である、EPOとの矛盾する判決または不必要に重複した作業が生じるというリスクがない段階に異議申立手続が到達するのはいつか、という問題を検討しました。そして連邦最高裁判所は、それは、EPOが補正されたクレームで特許を維持することを決定したときであって、この決定に対してはもはやEPOにおいて異議を申し立てることはできないであろうと判断しました。そのような補正クレームでの特許維持決定の後であれば、たとえ明細書が補正クレームに適合されていなくても連邦特許裁判所が特許の有効性を評価する十分な根拠ができます。
連邦最高裁判所はまた、特許法は異議申立手続が完結した後の無効訴訟を排除するものではないことにも注目しました。たしかに異議申立手続が進行中に無効訴訟を阻止することは、EPOによって支持された根拠によって特許を評価することを確実にします。しかしながら、EPO審判部が一旦クレームの範囲を判断したのであれば、特許異議申立手続の完結を待たなくても無効訴訟の根拠はすでに明らかであり、無効訴訟を阻止する理由はもはや存在しないと考えられます。
今回の連邦最高裁判決はこの点についてさらに明瞭にしました。すなわち連邦特許裁判所での口頭審理のときまでに、EPOの審判部がクレームの範囲についてすでに十分に判断していたのであれば、そのような無効訴訟は認められると判示しました。
ただし、EPOの審判部の審決の前に無効訴訟を提起することはリスクを伴います。特許の無効を要求する無効訴訟は、たとえば、もしもEPOの審判部が欧州特許を完全に取り消していたり、または審判部が特許を補正された形で維持しかつ連邦特許裁判所が補正クレームの有効性を受け入れた場合には、不成功となるでしょう。このような状況では、無効訴訟の原告は、これらの手続の(しばしば高価になる)費用の少なくとも一部を負担することになります。
6.欧州特許が付与される前にUPCの無効訴訟を提起することは可能か?
ドイツ連邦最高裁判所が今回の判決において明らかにした無効訴訟提起の時期に関する争点は、UPCの無効訴訟提起の時期に関する疑問点と幾分類似しています。
UPC協定の第3条(c)の規定によりますと、UPC協定は、2023年6月1日にUPC協定が発効したときに失効していない欧州特許、または(オプトアウトされていない限り)発効日以降に付与された欧州特許に適用されます(This Agreement shall apply to any: … (c) European patent which has not yet lapsed at the date of entry into force of this Agreement or was granted after this date, … .)。さらにUPC協定第32条(1)(d)の規定によりますと、無効訴訟に関するUPCの専属管轄は付与された特許に限定されます(The Court shall have exclusive competence in respect of: … (d) action for revocation of patents … .)。
ここで、EPOによる欧州特許の付与前の段階で、無効訴訟をUPCに提起することができるのか、もしもできるのであればその時期はいつか、という疑問点が生じます。この点に関して、UPC協定は、欧州特許の付与前に無効訴訟がUPCに提起された場合に何が起こるかについては何も述べてはおりません。早期に無効訴訟を提起することは、以下の(a)および(b)の効果を達成することが考えられますが、実際に達成され得るかは確かではありません。
(a)特許のオプトアウトを防ぐこと(特許付与の前にオプトアウトが宣言されていない場合)
UPC協定第83条(3)の規定によりますと、「すでに訴訟が提起されている」場合にはオプトアウトは排除されます(Unless an action has already been brought before the Court, a proprietor of or an applicant for a European patent granted or applied for prior to the end of the transitional period … shall have the possibility of opt out from the exclusive competence of the Court.)。したがって、早期に無効訴訟をUPCに提起することによって欧州特許のオプトアウトを阻止することが可能ですが、UPC協定では出願段階の欧州特許に対する無効訴訟は認められていないため(前述の第32条(1)(d)の規定)、特許付与前に提起された無効訴訟はオプトアウトを防ぐことはできないかもしれません。UPCはこの問題に対処する必要があります。
(b)後で提起される侵害訴訟の前に無効訴訟を判断させること
欧州特許の付与前にUPCに無効訴訟を提起することは、上記のようにそのような訴訟は認められないとして却下されるリスクを生じさせます。これに対して、ドイツ連邦最高裁判所は前述の判決において、ドイツで有効化された欧州特許に対する無効訴訟が認められるのは、無効訴訟に対する判決が下されるときまでに先行するEPOの異議申立手続の結果が明瞭になっている場合である、と考えました。この理由付けを考えますと、UPCへの無効訴訟もまた、UPCが無効訴訟の許可可能性について判断する前に欧州特許が付与されている限りにおいては、早期に提起することができるかもしれません。
UPC規則第19条は侵害訴訟に関連して「予備的異議申立(Preliminary objection)」について規定しています。第19条(1)には、「訴状送達から1か月以内に、被告は以下に関する予備的異議を申し立てることができる。(a) 統一特許裁判所の管轄権・適格性。当該特許が規則第5条に基づくオプトアウトの対象であるとする異議を含む。・・・」と規定されており、UPC規則第48条により、この第19条(1)の規定は無効訴訟にも準用されています。無効訴訟の被告である特許権者は、UPCの規則第48条に基づく予備的異議申立によってそのような判断を引き起こすことができます。もしも被告からそのような予備的異議申立が直ちに提出され、UPCが無効訴訟の原告に短い応答期間しか与えなかった場合(規則第19条(5)にはこの期間に対する最短の期間は定められていません)、無効訴訟は提出されたすぐ後で認められないとして却下されることになり得ます。特許権者による予備的異議申立を許可し、そして無効訴訟を認められないとして却下するようなUPCの判決は控訴することができるでしょうが、無効訴訟はその後、UPCの控訴審に係属した状態となり、訴訟が迅速に進行することを妨げるでしょう。
したがって、仮にUPCの無効訴訟が、欧州特許の付与前に提出されたという理由だけで認められないとして直ちに却下されることがなかったとしても、早期に提出したことによる時間的な利益は、被告による予備的異議申立のために、小さなものとなってしまうでしょう。特許付与前に無効訴訟を早期に提起するほど、無効訴訟が認められないとして却下されるであろうリスクは高くなることに注意する必要があるでしょう。
[情報元]
HOFFMANN EITLE QUARTERLY
“When Can a German Nullity Action Be Brought During Pending Opposition?”
(https://hoffmanneitle.com/news/quarterly/he-quarterly-2023-06.pdf#page=15)
[担当]深見特許事務所 堀井 豊