Alice事件の2段階テストに関するCAFC判決紹介
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、Alice事件最高裁判決の2段階テスト(Alice two-step test)に基づいて、米国特許法101条の主題適格性の欠如を理由として地裁が訴訟を却下したことを支持しました。ただし、Newman判事は「101条の現行法」に焦点を当てて鋭い反対意見を提出しました。
Realtime Data LLC v. Array Networks Inc., Case No. 2021-2251 (Fed. Cir. Aug. 2, 2023) (non-precedential) (Reyna, Taranto, JJ.) (Newman, J., dissenting)
1.事件の経緯
(1)地裁への訴訟の提起
2017年11月から2018年12月にかけて、Realtime Data LLC(以下、「Realtime社」)は、複数の被告企業に対して、デジタルデータ圧縮の方法およびシステムに関するRealtime社の7件の特許(米国特許第9,054,728号、第8,933,825号、第8,717,203号、第9,116,908号、第7,415,530号、第10,019,458号、および第9,667,751号)を侵害していると主張して、デラウェア州連邦地方裁判所に訴訟を起こしました。2019年に一部の被告は、権利主張された特許クレームは米国特許法101条の特許適格性がないと主張して、原告の請求原因の記載欠如を理由に訴えの却下を求め、地裁は、この申立を認め、正式な書面での判決を省略して速記録のみを残すこととし、口頭で判決を述べました。
(2)CAFCへの控訴
Realtime社はCAFCに控訴しました。控訴審においてCAFCは、控訴審での有意義な再審理を可能にするにはあまりにも大ざっぱな判決を地裁が下したと認定し、そのためCAFCは、地裁判決を取消して、より詳細な101条の分析を行うように地裁に差戻しました。
(3)差戻し審での審理
2021年の差戻し審において、地裁は、Alice事件で連邦最高裁判所が定めた2段階のテストに取り組んだ見解書を発行しました。
差戻し審において地裁は、101条に基づいて特許が無効であると認定し、Realtime社の訴えの却下を求める被告の申立を認めましたが、一方でRealtime社に対し、修正された訴状を提出する機会を与えました。Realtime社が修正された訴状を提出した後、被告は訴えの却下を求める申立を改めて行ないました。地裁は再び、101条に基づいてRealtime社の訴えを却下しました。その判決において、地裁はまず、101条の分析に関しては、Realtime社の以前の訴状と修正された訴状との間に重大な違いはないと認定しました。次に、裁判所は以前の判決の法的分析を参照により組み込み、クレームが101条に基づいて無効であるという認定を再確認し、今回は、Realtime社に修正された訴状を提出する猶予を与えずに却下を認めました。Realtime社は再度控訴しました。
2.Alice事件の2段階のテストについて
Alice事件の2段階のテストのステップ1では、主張されたクレームが抽象的なアイデアなどの特許適格性のない概念を対象としているかどうかを評価し、そうである場合にはステップ2において、クレームを考慮して「発明的概念」を探索し、特許不適格な主題から特許適格な応用に「クレームの特性を変換する」何らかの要素であって、「良く理解され、日常的で、または慣例的な活動」以上のものでなければならない要素が有るのかを判断します。
なお、Alice事件の2段階のテストについては、弊所ホームページの下記の記事をご参照ください。
① 2022年8月15日付けで配信された「米国最高裁が特許の主題適格性と自然法則に関するCAFC判決の裁量上告を却下」
https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/8387/
② 2022年10月17日付けで配信された「特許法101条(特許適格性)に関連する米国特許商標庁の取組み紹介」
https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/8857/
③ 2022年12月14日付けで配信された「CAFC判決紹介 Alice最高裁2段階テスト」
https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9043/
④ 2023年5月18日付けで配信された「Aliceの2ステップテストに関するCAFC判決」
https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9582/
3.本件発明の説明
本件訴訟では、7件の特許の多数のクレームが議論の対象となりました。ここではその全てを取り上げることはできませんので、それらのクレームの代表例として、米国特許第9,054,728号(以下、「728号特許」)のクレーム25に関する裁判所の判断を以下に紹介いたします。この728号特許のクレーム25の原文とその試訳を以下に示します。
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- A computer implemented method comprising:
analyzing, using a processor, data within a data block to identify one or more parameters or attributes of the data within the data block;
determining, using the processor, whether to output the data block in a received form or in a compressed form; and
outputting, using the processor, the data block in the received form or the compressed form based on the determination,
wherein the outputting the data block in the compressed form comprises determining whether to compress the data block with content dependent data compression based on the one or more
parameters or attributes of the data within the data block or to compress the data block with a single data compression encoder; and
wherein the analyzing of the data within the data block to identify the one or more
parameters or attributes of the data excludes analyzing based only on a descriptor that is indicative of the one or more parameters or attributes of the data within the data block.
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25.コンピュータ実装方法であって、
プロセッサを使用して、データブロック内のデータを分析して前記データブロック内の前記データの1つ以上のパラメータまたは属性を特定することと、
前記プロセッサを使用して、前記データブロックを受信されたフォームで出力するのか、または圧縮されたフォームで出力するのかを決定することと、
前記プロセッサを使用して、前記決定に基づいて、前記データブロックを前記受信されたフォームまたは前記圧縮されたフォームで出力することとを含み、
前記データブロックを前記圧縮されたフォームで出力することは、前記データブロック内の前記データの前記1つ以上のパラメータまたは属性に基づくコンテンツ依存データ圧縮で前記データブロックを圧縮するのか、または単一のデータ圧縮エンコーダで前記データブロックを圧縮するのかを決定することを含み、
前記データブロック内の前記データを分析して前記データの前記1つ以上のパラメータまたは属性を特定することは、前記データブロック内の前記データの前記1つ以上のパラメータまたは属性を示す記述子のみに基づいて分析することを除外する、方法。
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4.Alice事件の2段階テスト関する裁判所の判断
差戻し審において地裁はAlice事件の2段階テストについて検討し、Realtime社が権利主張した7件の特許の各クレームは「圧縮を用いて情報を操作する」抽象的な概念に向けられており(ステップ1)、さらに各クレームは、「一般的な手法を用いて抽象的なアイデアを汎用コンピュータに単に適用したにすぎない」と認定しました(ステップ2)。
そして今回、CAFCは二度目の控訴審において、Alice事件の2段階のテストに取り組み、ステップ1およびステップ2の各々について、差戻し審における地裁の判断に合意しました。以下に、差戻し審における地裁の判断、およびCAFCの判断について、728号特許のクレーム25を例にとって説明いたします。
(1)Alice事件の2段階テストのステップ1に関する裁判所の判断
① 差戻し審の地裁の判断
地裁は、728号特許は「データの内容に基づいてデータを圧縮する」という抽象的なアイデアに関するものであると認定しました。これに対してRealtime社は、特許は抽象的なアイデアに向けられたものではなく、「デジタルデータ圧縮に対する特定の改良点に関するものであり、汎用コンピュータ上における抽象的な数式の使用や基本的な経済やビジネスの実務を単に記載したものではない」と主張しました。
しかしながら地裁は、「主張された特許は実際のところ、データ圧縮のための『技術的に複雑で、・・・改善された、特定の方法』を提案しておらず、それらのアイデアを適用する最も一般的な指示のみを伴って抽象的なアイデアを記述しているに過ぎない」と説明し、Realtime社の主張は説得力を有さない、と認定しました。具体的には、地裁は、主張されたクレームが、「改良されたシステムをどのように構築しているのか」、「データをどのように分析しているのか」、「クレームされた『効率上の利点』をどのように達成しているのか」など、「どのように」について開示していない、と認定しました。
② CAFCの判断
CAFCはこの地裁の見解に同意し、特許不適格性を回避するために繰り返し判示してきたように、「クレームは、結果のみを記載しているクレームからそれを達成する方法を記載しているクレームに変換するために必要な具体性を有していなければならない」と指摘しました。クレームは、「製品クレームの場合は一定レベルの具体性で特定された構造に、方法クレームの場合は具体的な行為に、クレームの範囲を限定することによって、機能的な結果が『どのように』達成されるのかを特定」しなければなりません。
Alice事件の2段階テストのステップ1に関してCAFCは、争点となっているクレームはいずれも、データ圧縮を実行するための何らかの特別な技術を特定しておらず、代わりにどのクレームも「結果指向性の高い一般論で記載され、発明であると主張されたものがどのようにして結果を達成するのかについて十分な記載を欠いている、データ操作に関するクレーム」である点で、地裁の判断に同意しました。
728号特許の代表的なクレーム25について見てみますと、上記の試訳のように、「プロセッサ」を使用して、「データブロック内のデータ」を「分析」して前記データのいくつかの特定されていない「パラメータ」または「属性」を特定することと、前記データブロックを「受信された」または「圧縮された」フォームのいずれで「出力」するのかを「決定」することと、前記データブロックを前記決定されたフォームで「出力」することとを要求する方法を規定しており、この方法において、圧縮されたフォームで出力することは、(以上のパラメータまたは属性に基づく)「コンテンツ依存データ圧縮」で圧縮するのかまたは「単一のデータ圧縮エンコーダ」で圧縮するのかを決定することを含み、前記データを分析することは、パラメータまたは属性を「示す記述子のみに基づいて分析することを除外する」ものであります。
しかしながら、この728号特許のクレーム25も明細書もそのようなデータがどのようにして分析され圧縮されるかについては一切説明してはおりません。728号特許の明細書の第7欄の第13行~第22行の記載を参照いたしますと、「エンコーダの組であるE1, E2, E3 … Enは、ランレングス(run length)符号化、ハフマン(Huffman)符号化、レンペルージフ(Lempel-Ziv)辞書式圧縮、算術符号化、データ圧縮、およびデータ空文字抑制(data null suppression)等の、当該技術において現在周知の任意のn個の無損失の符号化技術を含みうる。符号化技術は、異なるタイプの入力データを効果的に符号化する能力に基づいて選択されることを理解されたい。既存のおよび将来のデータタイプを幅広くカバーするために、全てを搭載したエンコーダが選択されることが好ましいことを理解されたい。」と記載されているに過ぎません。
クレームは、たとえば、データを分析して、データの長さを決定するのか、複雑さを決定するのか、タイプを決定するのか、または構造を決定するのか、について記載しておりません。したがって、これらの決定をどのような分析手法で行うかについては不特定の様々な手法が使えるものと推測されますが、この点についてクレームが提供している唯一の指針は、そのような分析を「記述子のみに基づいて」行うことを除外する、ということだけです。不特定な分析方法の中から1つの方法を除外したところで、クレームの範囲を有意に限定するものではなく、このようにクレームの狭め方を最小限にすることはクレームをより特定的にすることにはなり得ません。
(2)Alice事件の2段階テストのステップ2に関する裁判所の判断
① 差し戻し審の地裁の判断
地裁は、主張されたクレームは、「一般的な手法を用いて抽象的なアイデアを汎用コンピュータに単に適用したにすぎない」ので、Alice事件の2段階テストのステップ2を満たしていないと認定しました。これに対してRealtime社はCAFCに再度控訴し、「開示された発明は、・・・コンピュータの機能性を改善し、デジタルコンピュータデータの圧縮の分野で特に生じる問題を克服する、特定の、慣用的ではない技術的解決をもたらしている」と主張しました。
② CAFCの判断
Alice事件の2段階テストのステップ2に関してCAFCは、上記の地裁の認定に同意し、争点となっているクレームは特許適格な主題へと移ることができないことに同意しました。したがって、CAFCは、クレームは特許不適格な主題に向けられたものであると判断し、101条に基づく訴えの却下を支持しました。
特に728号特許に関しては、Realtime社は、クレームは、コンテンツ依存データ圧縮およびコンテンツ独立データ圧縮、エンコーダ、プロセッサを用いるなどして、特定的に構成されたコンピュータ要素の、特定的で非慣用的な組合せを要求していると主張しました。しかしながら、728号特許の明細書は何らかの特定的なプロセッサの使用を主張してはおりません。明細書はまた、「データブロックに関連するデータ圧縮タイプの記述子を抽出するために当業者に知られた方法を用いて」データの分析が可能であり、従来のコンテンツ依存技術が多く存在しており、データ圧縮の効率が「圧縮されるデータのコンテンツに高度に付随する」ことは知られている、と説明しているに過ぎません。
この結果、CAFCは、クレームの個々の限定や順序付けられた限定の組合せにおいては、クレームを特許適格性を有する主題に変換するものは何も見出さなかった、と結論付けました。CAFCによれば、本件クレームのように、一組の汎用コンピュータの構成要素の上で実行される抽象的なアイデアを記載するだけでは、発明的概念を含むことにはならないであろう、ということです。
5.Newman判示の反対意見
Newman判事は鋭い反対意見を提出し、本件は「正確には実施可能性に関する案件である」と主張し、「101条は決してこのような方法でこれらの技術分野の発明を保護対象から除外することを意図したものではない」との見解を示しました。この反対意見は、101条の目的と、米国のイノベーションに対する現在の101条関係の判例法の影響とに関する、主に米国の連邦議会議員らによる声明をまとめたものです。Newman判事であれば、101条の特許適格性の要件を適用するのではなく、当業者がクレームされた発明を過度の実験なしに製造および使用できるようにする十分な開示を特許が提供することを要求する米国特許法112条に基づく有効性の判断を求めて、地裁への差戻しを行ったであろうと考えられます。
[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | August 10, 2023 “Should This Be an Alice Two-Step or a Section 112 Enablement Waltz?”
② Realtime Data LLC v. Array Networks Inc., Case No. 2021-2251 (Fed. Cir. Aug. 2, 2023) (non-precedential) (Reyna, Taranto, JJ.) (Newman, J., dissenting)(判決原文)
https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/21-2251.OPINION.8-2-2023_2166816.pdf
[担当]深見特許事務所 堀井 豊