特許適格性評価の前にクレーム解釈が必要との特許権者の主張を却下したCAFC判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、特許法第101条に規定する特許適格性の欠如を理由に特許侵害訴訟を却下した連邦地方裁判所の判決を支持し、特許適格性を評価する前にクレームの解釈が必要であるという特許権者の主張を却下しました。
Trinity Info Media, LLC v. Covalent, Inc., Case No. 22-1308 (Fed. Cir. July 14, 2023) (Stoll, Bryson, Cunningham, JJ.)
1.背景
(1)特許無効を理由とする訴訟却下の申立て
Trinity Info Media, LLC(以下「Trinity社」)は、アンケート的な(polling)質問への回答に基づいてユーザーをリアルタイムで接続するアンケート形式の(poll-based)ネットワーキングシステムに関連する特許の侵害で、カリフォルニア州中央地区連邦地方裁判所(以下「地裁」)にCovalent, Inc. (以下「Covalent社」)を訴えました。それに対してCovalent社は、特許クレームは特許不適格な主題に向けられているため、35U.S.C.§101の下で無効であると主張して、訴訟の却下を申し立てました。
(2)対象となる特許について
本件訴訟の対象となる米国特許第9,087,321号等(以下「本件特許」)のクレームされた発明は、ユーザーからのアンケート回答を通じて決定されたユーザー間の類似性に基づいて、ユーザーを他のユーザー、または製品、商品および/またはサービスに結び付けて、リアルタイムの結果をユーザーに提供する、ユーザーへのアンケートに基づくネットワーキングおよび電子商取引(e-commerce)システムを対象としています。
本件特許の代表的なクレーム(米国特許第9,087,321号のクレーム1)の原文およびその試訳は、以下の『』内の通りです。
『1. A poll-based networking system, comprising:
a data processing system having one or more processors and a memory, the memory being specifically encoded with instructions such that when executed, the instructions cause the one or more processors to perform operations of:
receiving user information from a user to generate a unique user profile for the user;
providing the user a first polling question, the first polling question having a finite set of answers and a unique identification;
receiving and storing a selected answer for the first polling question;
comparing the selected answer against the selected answers of other users, based on the unique identification, to generate a likelihood of match between the user and each of the other users; and
displaying to the user the user profiles of other users that have a likelihood of match within a predetermined threshold.
[試訳]
1.アンケートベースのネットワーキングシステムであって、
1つまたは複数のプロセッサおよびメモリを有するデータ処理システムを備え、前記メモリは、実行されると、その命令が1つまたは複数のプロセッサに以下の動作を実行させるように命令で特別にエンコードされている:
ユーザーからユーザー情報を受け取り、ユーザー固有のユーザープロファイルを生成する動作;
ユーザーに、有限の回答セットと固有の識別情報(unique identification)とを有する最初のアンケート形式の質問を提供する動作;
最初のアンケート形式の質問に対する選択された回答を受信して保存する動作;
前記固有の識別情報に基づいて、選択された回答を他のユーザの選択された回答と比較し、ユーザと他の各ユーザとの間で一致する可能性を見出す(generate)動作;および、
所定の閾値内で一致する可能性がある他のユーザのユーザプロファイルをユーザに表示する動作。』
(3)地裁の判断
申立てに対処するにあたり、地裁は、特許クレームが「質問に対して類似の回答をしたユーザー同士をマッチングする」という抽象的なアイデアに向けられており、独創的な概念が含まれていないと判断しました。
地裁はさらに、クレームされている発明はコンピューターの機能を改善するのではなく、「単に人間よりも速く機能を実行するためのツールとして一般的なコンピューターコンポーネントを使用した」と認定しました。したがって、特許クレームは35U.S.C.§101に基づいて無効であると判断し、訴訟の却下の申し立てを認めました。それに対してTrinity社はCAFCに上訴しました。
2.CAFCの判断
(1)特許適格性評価の前にクレーム解釈が必要かどうかについて
Trinity社は、「地裁が、事実の開示(discovery)を許可することなく、またクレームの解釈を行なうことなく、訴訟却下の申立てを認めたことで誤りを犯した」と主張しましたが、CAFCは、35U.S.C.§101を理由とする訴訟の却下の申立てを克服するためには、「特許権者は、具体的なクレームの解釈を提案するか、具体的な事実を特定して、クレームされた発明について35U.S.C.§101の特許適格性を判断する前にクレーム解釈を行なう必要がある理由を説明しなければならない」と判断しました。ここで言う「クレーム解釈」は、当事者間に争いのある訴訟対象特許のクレーム中の文言について、裁判所がその意味と範囲を決定する、いわゆる「マークマンクレーム解釈」(たとえば下記「情報元3」参照)を意味します。
Trinity社は地裁に対してクレームに用いられた用語の意味を特定しましたが、クレーム解釈を提案したり、クレーム解釈が35U.S.C.§101に基づく分析にどのように影響するかを説明したりすることはありませんでした。Trinity社は開示されるべき具体的な事実を特定したり、35U.S.C.§101に基づく分析を変更する特定のクレーム解釈を提案したりしなかったため、Trinity社の一般的な(generic)主張は訴訟の却下の動議を回避するには不十分でした。
(2)Alice-Mayoテストに基づく特許適格性の判断
CAFCは、権利主張されたクレームがAlice-Mayoテスト(以下「Aliceテスト」)のステップ1の枠組みの下で無効であるかどうかの分析を続けました。この枠組みの下で、ステップ1は、権利主張されたクレームが抽象的なアイデアなどの特許不適格な概念に向けられているかどうかを評価します。ステップ2は、クレームを検討して「発明概念」を探し、その発明概念に不適格な主題から特許適格な出願に「クレームの性質を変換する」要素が含まれるかどうかを判断します。
ステップ1で、CAFCは、特許クレームは「質問に基づくマッチング」という特許不適格な抽象的なアイデアに向けられていると結論付けました。CAFCは、「抽象化の明らかな(telltale)兆候は、クレームされた機能が人間の心の中で、または鉛筆と紙を使用して実行できる精神的プロセスである場合に見出せる」(Intell. Ventures I LLC v. Erie Indem. Co. (Fed. Cir.2017)を引用)と指摘し、「人間の心は質問に対する人々の回答を確認し、それらの回答に基づいて相互の一致を特定できる」と判断しました。
さらに、一部の従属クレームに現れる些細なバリエーション(例えば、携帯用デバイスの使用による一致のレビュー、性別に基づくマッチング)は、主張されたクレームの主要な特徴を変えるものではありませんでした。
CAFCはさらに、ソフトウェア発明において、ステップ1は多くの場合、クレームがコンピュータ能力の具体的な改善に焦点を当てているかどうか、あるいは、「コンピュータが単にツールとして用いられる抽象的なアイデア」に焦点を当てているかどうかによると説明しました(Finjan, Inc. v. Blue Coat Sys., Inc. (Fed. Cir. 2018)を引用)。
本件特許の明細書においては、確かに、発明者らが直面している問題は、コンピュータ技術の改良ではなく、質問に基づいてマッチングするという抽象的なアイデアをどのように実行するかであることが記載されています。
ステップ2で、CAFCは、特許クレームが独創的な概念に向けられているというTrinity社の主張を却下しました。CAFCは、先行技術が特許クレームに記載の要素を欠いているというTrinity社の十分な証拠に基づかない主張(conclusory allegations)に納得できず、発明性に関するTrinity社の主張は「コンピューターを使用して抽象的なアイデアを実行することに固有の、速度の向上を反映しているにすぎない」と判断しました。
CAFCは、基礎となる抽象的なアイデアを実行する(implement)ためにコンピューターの一般的な機能またはルーチン機能を作動させる(invoke)ことは、独創的な概念をもたらさず、Trinity社が主張する「固有の識別子(unique identifiers)」でさえ、単に人間の行動を系統立てるための非独創的な方法であることを強調しました。ここで「固有の識別子」とは、ある対象の識別のためのみに使用される、一義的に特定される識別子を意味します。
またCAFCは、一部の従属クレームに記載された、携帯電話やアプリの既知の技術を使用することや、マッチングを精査するためにデータを読み取ること(swiping to review matches)から独創的な概念は生じないと判断しました。その結果CAFCは、本件特許クレームが35U.S.C.§101に基づいて不適格であるという地裁の認定を支持しました。
3.実務上の留意点
35U.S.C.§101の理由で訴訟の却下の申し立てに直面している特許権者は、35U.S.C.§101に基づく分析との関連性を示すより具体的な主張なしに、単にクレームの文言の意味を特定したり、事実の開示(discovery)を要求したりするだけでは、訴訟の却下の申し立てを乗り切るには不十分である可能性があります。
訴訟の却下を回避するためには、特許権者によって提案されるクレーム解釈または開示される事実が35U.S.C.§101の分析にどのように影響するかを特定し、説明する必要があります。
[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott Will & Emery) “Invoking Generic Need for Claim Construction Won’t Avoid § 101 Dismissal” July 27, 2023
2.Trinity Info Media, LLC v. Covalent, Inc., Case No. 22-1308 (Fed. Cir. July 14, 2023)判決原文
https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1308.OPINION.7-14-2023_2157763.pdf
3.パテントVol.70, No.3 「米国特許侵害訴訟におけるMarkmanクレーム解釈」
[担当]深見特許事務所 野田 久登