UPCの近況と最初の判決例
統一特許裁判所(UPC)は、2023年6月1日に発足しました。それから3ヶ月経過したUPCの近況について、欧州代理人からのサーキュラーレターの情報を元に簡単にご報告いたします。
1.UPC発足直後の状況
発足直後の利用状況について説明いたします。
(1)提起された訴えの数
3ヶ月経過した時点でUPCには52件の事件が係属しており、そのうち侵害訴訟は35件、取消訴訟は7件、その他は仮差止請求や証拠保全請求となっております。欧州特許庁(EPO)で毎年異議申立される特許の数が通常約4,000件であることと比較しますと、今のところ取消訴訟の件数は比較的少ないようです。これまでに1件の仮差止請求と、2件の証拠保全命令の請求とが認められました(下記の「2.最新の判決例」で詳述)。
(2)提起された訴えの分野
侵害訴訟に関しては特定の技術分野に目立った偏りはありません。侵害訴訟は、医薬品、バイオテクノロジー、電気通信、小売技術の分野で事業を展開する企業に関するものです。一方、取消訴訟は主に医薬品および/またはバイオテクノロジーの分野に関連しています。
(3)訴えを提起した者の国籍
UPCの利用は地理的に広範囲に広がっており、訴えを提起した者の約3分の1がヨーロッパ人であり、3分の2が非ヨーロッパ人です。
2.最新の判決例
UPCは最近、根拠の付された判決を発足後初めて下しました。この判決は、予想通り特許権者に有利なものでした。1つの事件では、UPCのデュッセルドルフ地方部は仮差止命令を出し、他の2つの事件では、UPCのミラノ地方部が証拠保全を目的として被疑侵害者に対して2つの命令を出しました。これら3つの判決はすべて見本市に関するものです。
(1)デュッセルドルフ地方部の判決
本年6月に、スイスの電動自転車メーカーであるmyStromer AG(以下、「myStromer社」)とその競合会社であるRevolt Zycling AG(以下、「Revolt社」)は、ヨーロッパ最大の自転車見本市の1つであるEurobike 2023に自社の自転車を展示していました。myStromer社は、Revolt社のハブモーターの自転車フレームへの取り付け方法がmyStromer社の特許を侵害していると主張し、Revolt社に対する仮差止命令をUPCに請求しました。
UPCのデュッセルドルフ地方部は、Revolt社に対して一方的な仮差止命令(ex parte preliminary injunction)を出しました。デュッセルドルフ地方部は、問題の自転車がmyStromer社の特許を一応侵害(prima facie infringe)していると認定しました。この特許の有効性に疑義を呈する先行技術は示されておらず、この特許については欧州特許庁(EPO)で異議申立もされておらず、また国内での無効訴訟の対象にもなっていませんでした。Eurobikeが「業界全体に関係する著しい重要性を持つ見本市」であることを考えると、取り返しのつかない確かな損害もあったと考えられます。暫定的に侵害しているとされた自転車の引き渡しも命じられました。UPCが決定を下す前に、Revolt社は保護レター(protective letter:ドイツなどに存在する制度で、仮差止請求をされる可能性あると考える潜在的な被告が、事前に反論や証拠を提出できる制度(UPC規則207))を提出しました。しかしながら、仮差止命令は口頭審理も行われず、myStromer社が請求を提出してから数時間以内に認められました。UPCは、Eurobikeが請求日の3日後に終了するため、緊急性が非常に高いと判断しました。
UPCの決定が下された日、執行吏はRevolt社のバイクをすべて没収し、そのブースは空のままになりました。
(2)ミラノ地方部の決定
6月にはまた、Oerlikon Textile GmbH & Co. K.G.(以下、「Oerlikon社」)が、世界最大の国際繊維・アパレル技術展示会であるITMA 2023で繊維機械を展示していた2人の異なる被告に対して2つの訴訟を提起しました。UPCのミラノ地方部は、証拠保全命令を求めた、同じ特許に基づくほぼ同一の2件の請求を認めました。これらの請求は、見本市で被告が展示した機械がOerlikon社の特許を侵害しているという主張に基づくものでした。
UPCは、Oerlikon社が提出した証拠は、被告の見本市ブースで撮影された侵害とされる機械とポスターの写真と、Oerlikon社が任命した特許弁護士による技術的評価とから構成されており、侵害主張を十分に裏付けていると認定しました。
請求の1つは見本市終了の2日前に提出され、もう1件は見本市終了のわずか1日前に提出されました。このことは、たとえ保護レターが提出されておらず、そして行使される特許がその有効性に対するいかなる無効の主張(たとえば異議申立手続)にも耐えられないものであったとしても、訴訟の緊急性が高いという理由を与え、一方的な決定を正当化するものでありました。どちらの決定も、Oerlikon社のそれぞれの請求が提出された翌日に出されました。
(3)判決の傾向について
全体として、UPCはまだ初期の段階にあり、多くの企業は、UPCによって訴訟がどのように扱われ、判例法がどのように発展するかを見守っているのかもしれません。そのような中にあって、上記の3件のUPCの最初の判決は、原告に有利な判決を下すという予想された傾向を裏付けています。上記の3件の判決はいずれも迅速かつ驚くべきもので、被告に口頭審理で事件について意見を表す機会を与えることなく、請求を一方的に完全に認めたものでした。UPCによるこのような早期の判決により、同様の請求をより多く引き寄せる可能性があります。UPCが今後どのように普及するかを見るのは興味深いものであり、今後数か月間に渡って引き続き監視することが必要であると思われます。
[情報元]
1.Patent Newsletter No.96 August 2023 (D Young & Co)
“Early usage of the UPC: infringement and revocation proceedings”
https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/early-usage-upc
2.HOFFMANN EITLE UPC Update
“The First 100 days (online on September 15, 2023)”
https://www.hoffmanneitle.com/en/meta/seminars-conferences/webinar-100-days-upc
3.McDermott News August 25 (McDermott Will & Emery)
“A WIN FOR PATENTEES: UPC ISSUES FIRST REASONED DECISIONS”
[担当]深見特許事務所 堀井 豊