知財論趣

知的財産業務における弁理士の使命と顧客の満足

筆者:弁理士 深見 久郎

(1) 我々弁理士の使命は、包括的に言えば、知的財産制度の活動に参加し、産業の発展に貢献することであると云える。知的財産制度の活動には、知的財産の創造、保護、活用の側面がある。したがって、我々弁理士は、これらすべての面で顧客の利益の保護を図り、顧客の満足に繋げることを使命とすることになる。
知的財産権は今では企業の重要な経営資源の一つとなり、その活用は経営戦略の重要な一つになっている。したがって、顧客の満足は究極的にはこのレベルでの満足を意味する。

(2) 知的創作物の創造、保護、活用の面を主体の統計的側面から考察する。一例として、代表的でウエイトの高い知的創作物として発明がある。その知的財産権である日本特許権の主体たる日本特許出願人の種別で云えば、8割ぐらいまでが大中企業、1割が小企業、個人、残り1割が外国人である。
主体の規模、種別の如何を問わず、先ほど述べたように、知的財産権は究極的に保護、活用され、経営資源として経営戦略において利用されるから、我々弁理士の使命は知的財産権が究極的に経営資源として経営戦略に役立つように行動することが求められる。ということは、我々弁理士は、知的財産専門家として、顧客の企業経営を知り、経営戦略を知り、企業の利益を最大にする努力をすることが求められる。企業経営を知り、企業戦略を知ることは、企業の事業目的、事業内容、事業状況、経営方針、知的財産戦略、知的財産専門家に対するニーズなどを知ることを含む。

(3) もともと、中小企業では知的財産部門の組織、人材が大企業の場合のように十分に構築、育成されないことがあり得る。したがって、特に中小企業の顧客に対しては上述のような知識が必須であり、我々弁理士はこのような知識に基づいてその企業の知的財産部長、担当者として行動することが求められる。そして、このような行動こそが本来特許事務所の弁理士に対して求められる使命であると考える。
他方で、大企業では企業内に既に立派な知的財産専門部門を擁し、大勢の優秀な知的財産専門家が育成され活躍している。したがって、このような大企業に我々弁理士が専門業務を提供するときは、大企業の知的財産専門部門の方々と密接に連携し合って両者の総和として知的財産活動の成果を最大化することが必要である。

(4) 事務所弁理士が知的財産業務を遂行するときに陥りやすい誤解として次のような問題がある。上で考察したように、事務所弁理士にとって統計的立場から大中企業の顧客との関係が多くなることから、大企業の顧客の知的財産専門部門の方々が顧客の平均と誤解することである。その結果大企業の知的財産専門部門でよく準備された発明届に基づいて明細書を作成しそれに基づく出願、中間手続をすることが弁理士の使命と錯覚することが起こる。その結果、知的財産権が企業の経営資源となり、ライセンス、訴訟の面で知的財産戦略に組込まれ、その前提に企業の事業があることの認識が薄れる。このことで顧客に大きな不満足を生じる。
次に、大企業の知的財産部門には優秀な方々が多くおられることから大企業の顧客との連携で知的財産担当者の指示はすべて金科玉条として受取られ、盲従することが起こる。しかし大企業の知的財産専門部門といえども、初修者、中修者の方もおられ、またたとえ経験者の方といえども完全無欠はあり得ず、知識の不備、思い違いなどが起こり得る。そのときにこそ我々事務所弁理士はもし企業知的財産専門部門の方の何らかの不備に気がつかず、その方に気がついてもらうよう協力することができなければ、それが顧客に不信と不満足を与えることになる。

(5) 標題に関して、最近2、3の大企業の知的財産部門の上層部の方と懇談の機会があり、次のようなことが話題になった。第1の方は、弁理士試験だけに関心を持つような人は企業の知的財産部門では必要ないと言われた。私は、これは、言い換えれば、知的財産法に関連する業務(出願、中間手続)に主として関心を特化するようなタイプの人は、企業の知的財産部門ではあまり役立たず、企業の知的財産業務を経営の見地で考えることのできる人が重要であるとの意味と解する。この指摘は事務所弁理士にも等しく当てはまることである。第2の方は、たとえ大手企業の知的財産担当者からの業務上の指示であっても、事務所弁理士はその指示の妥当性を常に検証し必要に応じ修正を提案して業務を進めることの重要性を言われた。これらの方々の発言は、我々が事務所弁理士として活動する上で考えなければならない点であると思料する。
今や知的財産は企業経営の上で一層重要視され、一方で司法サービスの自由化に伴い弁理士の数が増加されつつある。そのようなときに、我々事務所弁理士は知的財産業務に関し企業のニーズを聡く察知し積極的にニーズの情報を求め、ニーズに応えて顧客を満足に導くことが使命であることを常に認識して行動することが最も重要であると考える。