知財論趣

大局観と予測性、そして先手必勝

筆者:弁理士 深見 久郎

(1) 私は学生時代に囲碁を覚え、会社に入って弁理士試験の受験勉強に入る迄囲碁に打ち込んだ時期があった。その成果として関西棋院の初段の免状を受けている。その後何十年も囲碁とは疎遠になったが、最近ニンテンドーDSを入手して偶に機械を相手に対局を楽しんでいる。 
今この囲碁と疎遠の時期を振り返ると、若いときに囲碁で染み込んだ思考の習性が囲碁で用いられるキーワードとともに折に触れ甦り、自分の行動に何らかの影響を与えたように思われる。

(2) これらのキーワードが人口に膾炙されたものかどうかは定かではないが、指導してくれた有段者の先輩が口癖につぶやき私の脳裡に焼きついたもので、それらの代表例は「盤面全体をよく見る」、「よく読む(何手か先まで手を読む)」、「先手必勝」、「下手な考え休むに似たり」などである。
それらの中で「盤面全体をよく見る」はその後自分の中で「大局観」に置換されて残り、「よく読む」は「予測性」に置換されて残ることになった。「先手必勝」は歴とした日本語でもある。

(3) 私はこれらの「大局観」、「予測性」、そして「先手必勝」は私たちのあらゆる行動において、特に学習、業務、会議、管理、運営、経営などにおいて極めて重要な要素であると考える。なぜなら、私たちの各種行動の中でこの三要件の組み入れが、事の成否に大きく影響していると思えるからである。
私はこれら三要件は、とりわけ知的財産業務において重要であると考える。知的財産業務では、フェーズから見て、知的創作物の創造、保護、活用の側面があり、人的関与から見て、発明者、企業、特許庁、裁判所、紛争当事者などの関与があり、法律の面から見て知的財産法、民法、その他経済法、訴訟法などが錯綜するので、大局観と予測性が重要となる。そして知的財産権は、技術、経済の発展の中で限られた期間に保護、活用される制度に基づくことから知的創作物の創造、保護、活用において先手必勝は必定である。

(4) 囲碁の場合、実力のある人は必ずより高度に大局観、予測性、そして先手必勝を実行し、これら三要件は囲碁に強い上で必要条件であると考える。そして、私は同じことが知的財産業務についても云えると考える。つまり、知的財産の法律実務に通じ、よく理解していても、大局観、予測性、そして先手必勝を実行できる人のみが真に実力のある知的財産実務家と云えることが多いからである。私はその理由は囲碁も知的財産業務も究極において勝負であり、勝負に勝つことが至上命令である点で共通するからであると考える。
結局、知的財産実務家も、その分野において、大局観、予測性、そして先手必勝の有段者レベルの実行が極めて重要であると考える。