模型屋の戦略と進化
模型という小宇宙
筆者のささやかな趣味のひとつに模型工作がある。古希に近くなってもまだ模型かと笑われそうであるが、これがなかなか奥の深いものなのである。多忙でストレスのかかっている時など、東京銀座の模型店に寄って、ショウウインドウを覗き込み、なにがしか買い込むというのが、今では習い性になっている。どうも精神衛生上、相応の効果があるのではないかと思い込んでいる。
模型工作を趣味とする場合、鉄道模型一筋であるとか、ラジオコントロールの模型飛行機に集中するとか、あるいは艦船プラモデルに熱中するというこだわりタイプのケースが多い。しかし筆者の場合には、どうにも信念が弱いと言うべきか、こだわりがないというべきか、様々な模型に興味と関心があって、そのとき次第で模型キットを購入して楽しむ。あまり自慢のできるタイプではない。
この模型なのであるが、まことにバラエティに富み、多種多様。その価格はまことに高額なものから逆に低価格のものまである。生物の進化の過程と同じで、淘汰と棲み分けをしつつ進化してきている。そして多種多様ではあっても、そこには何か模型屋のビジネス戦略というものが、うかがい知れるのである。
大人の趣味追求戦略=高額路線
銀座の天賞堂にいくと、まことに高額の鉄道模型が鎮座している。HOタイプの鉄道模型で蒸気機関車の場合、およそ20万円から30万円程度である。
ある時、模型のエンジンが商品棚に展示されてあった。第一次世界大戦の頃の初期航空機用のもので、ミュージアム型の模型としてどこの博物館で展示されても恥ずかしくないだけの精密にして風格のあるエンジン模型であった。もちろん実機さながらに動くそうだ。その値段がたしか100万円を越していた。一体、実物のエンジン価格はどの程度であるか。模型の価格の方が実物よりも高額であるという皮肉。
これは明らかに模型の美術品路線すなわち高額模型路線である。そう言えば、デパートの美術品売り場では30万円から100万円までの価格帯の美術品が売れ筋なのだとどこかの雑誌で目にしたような気がする。経済的余裕のある高齢者が昔を懐かしみつつ、模型を手にすることを想定したビジネス戦略である。小学校、中学校の時には、買いたくても買えなかった模型を、中高年になってようやく経済的に余裕ができてくることに伴い、そうした模型を購入させようという戦略である。このケースは想像以上に多く、模型屋はそこを突いてくるのだ。
徹底的低価格=普及戦略
これまでは高額であった模型を逆に、おもいきって徹底的低価格で市場に投入するという戦略も目立つ。わずか2000円程度でラジコンの自動車がセットで購入できる。小型で可愛い模型の自動車とそのラジオコントロール装置が合わせて2000円で、どうして製造できるのか、一瞬、戸惑ったものである。しかし買ってみて、動かしてみるとなかなかよくできていて、メカニズムもよく考えてある。立派である。安くすることで子供達は手がでる、大量に売れるという戦略である。最近ではラジコンの飛行機でもセットで1万円以下のものがでてきている。
模型や玩具で低価格と言えば、それは中国製であるからだと批判半分に指摘されそうなのであるが、その技術内容をみると単なる手抜き、低賃金による低価格というものではなく、かなりしっかりとした技術に裏付けられての低下価格模型となっていることに驚く。筆者もこの模型趣味の道に入って長い。だからこうした低価格模型を購入して、触り、中を開け、動かしてみると、その技術内容をおよそ理解することができる。そこには評価できる内容のものが確かに存在している。
模型は作る楽しみ
模型は作る楽しみが基本である。この路線をあくまでも徹底するという戦略がある。筆者も帆船模型を作る経験を二度ほどしているのであるが、これがまことに大変なのである。多忙な時間をやりくりして、1年間かけて作る。時にはいささか自虐的なのではないかと言えるほどの、こだわりの模型作りである。
もちろん、模型屋もそこを突いて来るから、徹底的に細部にこだわる模型を提供する。随分前に購入したデンマーク製の帆船模型キットの場合、200ページからなる英文のマニュアルがあるが、まずこの英文マニュアルをしっかり読みきることが求められた。しかし多忙ななか、簡単なことではない。2年以上の製作期間を要した。プラモデル製作者にも、この作る楽しみを徹底する者がいて、特に塗装については当時の文献を調査して、忠実に再現しようという奇特なマニアがいる。そのための研究書まで出版されている。
先端技術を駆使する
最近の傾向なのであるが、先端技術駆使型の模型戦略が出てきている。最新の技術を模型に適用し、それまでは困難とされていたことを容易にして、利用者を一挙に拡大し、あるいは模型の付加価値を飛躍的に高めるという戦略である。
昔から、飛行機の模型の中でもヘリコプターが難しいとされている。そのコントロールは大変で、名人級の腕が求められる。あの機体のバランスを取りつつ、飛行させることは容易ではない。だからヘリコプター人口は増えない。ところがそれが現在まったく変わってしまった。簡単にフライトさせることが出来るようになった。なぜか。超小型のジャイロが日本で開発され、これが多数、模型のヘリコプターに使用され、自動的に機体の姿勢制御に使われているからである。レートジャイロでわずかに6グラムというから驚く。
現在、筆者が製作中のものにパソコン制御の小型ロボットがある。このロボットが先端技術駆使の典型ともいえるもので、両手、両足、胴体、首等に総計24のサーボモータを使用している。このサーボモータをデジタル情報で操作するわけであるが、もちろんそれぞれを単純にコントロールすることはできない。24のモータを人が同時にコントロールということはできないことは容易に想像頂けると思う。それではどうするか。パソコンでそれぞれのサーボモータはコントロールするわけである。人はパソコンに対して操作をして、その結果、パソコンからロボットに対して、その24のサーボモータへの情報が提供されるというわけである。現在製作中で、完成までに今後1年は要するだろう。
模型といって馬鹿にできない。そこにはビジネス戦略の縮図が見出されるし、最新技術の激しい競争の場でもあるのだから。
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