模写、複製画、そして贋作
模写の文化
欧州の美術館にいくと、しばしば画学生が模写をしている光景を目にする。日本の美術館では万が一の事故を嫌ってか、多分、こうした模写を禁止しているのだろう。目にすることはほとんどない。ところが欧州ではこの模写が画学生の腕を磨いていく重要な方法であって、歴史的にも長く積み重ねられてきた。
以前、ウイーンの歴史美術館を訪れたときは、2月という季節で人も少ないなか、ブリューゲルの名作を模写している光景にぶつかった。まことに丹念に、しかもその模写の内容はしっかりしたもので、模写だからと軽視することもできないのだということを実感させられた。
中国の複製画産業
模写の技術が一定水準以上で、しかもその規模が大きくなると複製画産業としてやっていける。中国がそうで、著作権のない西欧の著名な油絵を模写・複製する産業が確立していて、その複製画産業集積地には世界から買い付けに多くのバイヤーが来訪するという。複製画産業に関わる絵の職人は「画工」と言い、年一回の評価会で優秀賞を三回獲得すると「画家」となり、独自の絵を描くことができるのだそうだ。複製であることの証として、当然であるが、複製画には画家のサインは書き込まない。仮にオリジナルの画家のサインを書き込めば、それは贋作となる。
贋作の歴史
模写した画を、本物と偽って譲渡した場合、それは贋作として非難の対象となる。そうした画には、画家のサインが書き込まれているが、模写した者はオリジナルに極力、似たサインを書き込む。それが進むと、模写どころか、画風が似ていてて、あるいは著名な画家の作品ではないだろうかと信じ込ませる画まで創作する。何故ならば同じ著名な画が複数、存在することはあり得ないからだ。
こうした贋作は、歴史的には掃いて棄てるほど存在していた。オランダの評論家は、コローが一生の間に描いた2500点の作品のうち、8700点がアメリカにあるという。レンブラントの作品として取り扱われる絵の数は、レンブラントが生涯かかって描くことのできた数の6倍から10倍といわれている。ファン・ダイクは寡作でせいぜい70点程度の数しか描いていないのであるが、世に出回っているのは、2000点以上という。
欧州、米国だけではない。日本の場合、地方の資産家の土蔵には江戸時代の有名画家の掛け軸やあるいは古伊万里などが埃をかぶっている。そうした有名画家の掛け軸もあるいは古伊万里も、そのほとんどは贋作である。テレビのお宝拝見という番組でそうした事実は、もう当たり前のようになっている。むしろたまに本物が出てくると拍手喝采ということとなる。いかに贋作が多いかの証左でもある。
贋作家エルミア・ド・ホーリイ
エルミア・ド・ホーリイという贋作家がいた。戦後に米国、欧州においてマチス、ピカソ、デュフイ、モジリアニなどの画家の贋作を製作販売してきた画家である。これまで贋作家といえば掃いて棄てるほどいたわけであるが、このホーリイの水準はまったく異なっていた。元の画家の水準よりも高いというほどの皮肉な評価を得ていた。マチス、ピカソのデッサンの贋作をみると、まことにたくみで、マチスならではのラインが出ていて、とても贋作とは思えない。
デッサンではどうしても高くは売れない。そこでいよいよ油絵に挑戦するが、これがまた実に水準が高い。モジリアニの「ジャンヌ・ビュテルヌの肖像」あるいはマチスの「花のある婦人像」などは本物よりもうまいのではないかと評論家の評価である。こうして描いた作品=贋作は21年間で1000点。そのほとんどが評論家が見ても真贋の判別ができないほどの水準である。
38年前、国立西洋美術館がドランの「ロンドン橋」とデュフイの「アンジェ湾」を併せて2500万円で購入した。これもどうやらホーリイの贋作によるものであったようだ。美術評論家としても知られる同美術館の嘉門安雄氏は真作に間違いないと主張したが、購入ルートからすると、まず贋作であることは確かである。
やがて悲しい贋作
ただ贋作というものは何かもの悲しいものである。模写している画学生の晴れやかな様子に対して、贋作家はいつも後ろめたい気分が漂う。それが模写と贋作の本質的な違いなのかもしれない。
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