知財論趣

ソフトウエアの国際生産

筆者:弁理士 石井 正

グローバル化とオフショア・ビジネス
 各国の経済が地球規模で相互に結びつき、経済のグローバル化が急速に進行しているようです。各国経済が緊密に結びつく時、当然、より賃金の安い国に工場を建設することを考えなければなりませんし、安い賃金の国の労働者は高い賃金の国に移動していくこととなります。オフショア・ビジネスは、グローバル経済が進展し、それまで国内で行っていたビジネスの一部を外国に移すような時にしばしば使われる用語となっています。昔はそれは製造工程の一部を外国に移すような場合がほとんどであったのですが、今ではその対象はコールセンターやソフトウエアの開発・生産、さらにはデータ入力等々、多種多様になっているようです。

ソフトウエア開発
 代表例がインドにおけるソフトウエア開発でしょう。米国のコンピュータ・ソフトウエア企業がソフトウエアの開発の一部をインドの企業に委託し、それに成功したことが大きなインパクトを与えているのです。コンピュータのソフトウエアは国際的に標準化されています。世界のどこの国でもコンピュータのソフトウエアを勉強し、プログラムを書くということとなれば、標準化した言語を使い、コーディングしていくのが普通です。オペレーティング・ソフトもUNIXであったり、ウインドウズであったり、あるいは今はやりのリナックスであったり、さまざまですが、ともかく世界のどこでもそれらを使用することができます。ルールも標準化され、共通に使用することができるのです。コンピュータの世界では、ソフトウエアが標準化されていることから、システムのオペレーティングを受託することにはじまり、ソフトウエアのメインテナンス、コーディング、システム設計へと受託する範囲が順次、広がっていきます。システム技術者の習熟レベルあるいは技術水準に応じて業務が段階的に切り分けられていることが大事で、これが国際的にほぼ標準化しているのです。このため企業でも国でも、比較的水準の低い状態でこの産業に参入することが容易であるということとなるのです。

インドのソフトウエア開発の競争力
 インドのソフトウエア開発は強いというのが、世界の定評です。なぜインドのソフトウエア開発の競争力が強いのか。英語が公用語であること、論理的思考に強いこと、そして米国と比べたらひどい低賃金であることが指摘できます。ともかく日常的に英語が使用されること、これが国際ビジネスでは大きいうえに、そもそもインド人の思考法は論理的過ぎるところがあります。この点は国際会議でインド人の発言を聞いた人は必ず感じるはずです。さらにもう一つ有利なのが、時差です。米国でソフトウエア開発の仕様書を作成し、それを夕方にインドに指示すると、インドは昼だからそれを集中的に開発し、夕方、その成果を米国の発注企業に報告しあるいは納品することが可能なのです。発注者である米国企業からすると驚くべきスピードアップとなりますね。

ティミショアラのソフトウエア開発
 インドにおけるソフトウエア生産の競争力は、インド固有の理由があり、言語、時差、論理的思考力等々と考えてよいのですが、最近ではこうしたソフトウエアの海外生産はインドに限る話ではなくなりつつあるようです。こうしたソフトウエアの国際生産がインド以外の国でも幅広く行われつつあるという現実をしっかりと考えておかなければなりません。東欧のルーマニア西部の都市ティミショアラが今では東欧のシリコンバレーと称されています。フランス通信機器大手のアルカテル社は携帯通信関連のソフトウエア開発にティミショアラに400人、ドイツのシーメンス社も1000人規模の開発拠点をもつと報道されています。なぜティミショアラなのか。あの悪名高いルーマニアの独裁者チャウシェスクが独裁政権時代に国立ポリテクニカ大学にあまり資金を投入しないで拡充するために、特に数学と情報科学に力を入れ、人材を育成したこと、その卒業生の技術者の人件費はフランスなどの数分の一という安さということが大きく影響しているようです。この結果、オーストリアやハンガリーからのティミショアラへの航空直行便は満席状態だそうです。

これからは
 ソフトウエアの国際生産の状況を受けて、米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)のコンピュータ・サイエンス学科を選択する学生が激減しているという報道がありました。少し前にはおよそ400人の学生が選択したのが、今では200人に減少しているとのことで、MITだけではなく、米国の大学全体でそうした傾向があるというのです。 逆にインド工科大学の入学試験には20万人が押しかけるという熱狂ぶりです。米国各州では、公共事業の発注においてソフトウエア等の開発を外国に委託することを禁止したり、抑制しているようですが、それが果たしてどこまで効果があるものか疑問です。ソフトウエアの国際生産あるいは適地生産の現実を認識した上で、これからのビジネスの展開を考えていかなければならないことは明らかでしょう。