知財論趣

高額な特許医薬

筆者:弁理士 石井 正

C型慢性肝炎治療薬
 最近の医療あるいは医薬の開発には目を見張るものがあります。その一つがC型慢性肝炎の治療薬の開発です。C型肝炎は昔は非A非B肝炎と称されたこともあるなかなか厄介な肝炎で、米国ではおよそ320万人がC型肝炎ウイルス保持者とみられ、年間1万人以上がこの病気で死亡しています。米国の肝臓移植のほとんどがこのC型慢性肝炎患者なのです。これまではC型肝炎ウイルスを、インターフェロン等で治療するのが普通でしたが、治療に成功する場合と失敗する場合とがあり、決定的な治療薬がなかったのです。ところが近年、その治療薬が開発されました。米国ギリアド・サイエンシズ社の経口C型肝炎治療薬「ソバルディ」(一般名ソフォスブビル)がそれで、驚くべきことに90%の治癒率というのです。

高額な特許医薬
 90%の治癒率とはまことに高く評価できる医薬ということとなります。特許権により保護された最先端医薬の代表ということとなるでしょう。ただ問題はその価格なのです。「ソバルディ」による治療をした場合、1日に薬剤費としておよそ1000ドル、日本円では12万円程度は求められます。その多くはソバルディという薬の価格なのです。これを12週間治療することが求められます。12週間ということは84日間ですから、全体で1000万円の薬剤費が求められるわけです。ソバルディはギリアド・サイエンシズ社により特許権で保護されていること、米国では健康保険制度がないため、薬の価格を決めることに国が関与することがないために、こうした価格となるようです。

癌治療薬の場合
 高価格医薬は、ソバルディだけの話ではなく、がんの治療薬にはしばしばあり、たとえばメルク社の免疫チェックポイント阻害剤「キートルーダ」の場合は、薬剤費は月に1万2500ドルで、1年間続けた場合、15万ドルは必要とされます。15万ドルは日本円では1800万円で、普通の患者では到底支払いできかねる額ですね。キートルーダに限らず、最近、開発される抗がん剤の価格はそれぞれかなりの高額になりますから、患者もその経済的負担に悩まされるわけです。

開発費回収を急ぐ
 最新医薬は、なぜそれほどまでに高額になるのでしょうか。理由は研究開発費が巨額化していること、それを短期間に回収するためです。特許期間は長いのだから、その長い期間で回収すればよいと言っても、他社がよりよい医薬を開発して市場で提供した場合、その地位は一変してしまいます。だから医者に好評を得ている間で、しかも追随開発者が出て来ない前に、開発費を回収したいという製薬会社の戦略がそこに見出せます。米国の場合、日本と異なり、健康保険制度ではなく、医薬の価格に国が関与することはありませんから、特許期間中はその特許を得た製薬会社が価格を決定できます。考慮するべきは他社の同種医薬の効用とその価格、あるいは薬剤治療の費用と手術等の費用とのバランスなのです。C型肝炎治療薬の「ソバルディ」の場合も、ギリアド・サイエンシズ社は肝臓移植費用とのバランスを考慮したということを説明資料で言及しています。

日本では
 5月中旬に中央社会保険医療協議会総会で、ギリアド・サイエンシズ社が承認申請していた経口C型肝炎治療薬「ソバルディ」の薬価収載が了承されました。薬価は400mg1錠およそ6万円で、米国の半額となります。それでも500万円を超す治療費となりますが、日本では健康保険によりこのうち3割を本人負担することで対処できますし、さらにこれに加えた高額医療の支援方策があるのです。
 医薬は、特許によりもっとも有効に保護されると言われますが、こうした事例をみていくとそれを実感させられます。