寺子屋の教育作法
叱ることが難しい
最近の小学校、中学校教育の難しさの一つが、叱り方なのだそうです。先生がトラブルを起こした子ども達をどのように叱るかということが、悩みの一つであると聞いたことがあります。学校にはモンスター父兄がいたり、スーパー・クレーマーがいたりして、下手な叱り方をすると、その情報がただちにそうした父兄に伝わり、担任の先生に不満が寄せられ、その応対に満足しなければ、校長先生に、先生に関する非難を書き連ねた質問状が送られるという状況なのだそうです。
したがって先生方によっては、叱るよりも誉める方に力点を置いて、できるだけ叱ることは避けるという行動を選択するのだそうです。そうした教育作法が果たしてどこまで有効なのか、いささか疑問に感じますね。参考となるのが、江戸時代の寺子屋の教育作法、なかでも子ども達に対する叱る作法です。江戸時代は古い時代で、しかも封建制度の時代だから、そこに学ぶことなどはないと思い易いのですが、なかなかどうして、その実態を詳しくみていくと、参考となる点が多いようです。
江戸時代の寺子屋の場合
江戸時代においては、武士の子弟は別として、農民、商人、職人の子達の基礎教育は寺子屋で行われました。寺子屋には5歳から15歳くらいの子供達が通い、勉強するわけですが、小学生から中学生という年齢であれば,いたずらもするし、ずる休みや喧嘩もします。渡辺華山の描いた絵のなかに、寺子屋で子ども達がいたずらをしたり喧嘩をしたりし、混乱のなかにある姿を描いた愉快なものがあります。師匠一人で50人から100人もの子ども達を預かるのが普通ですから、元気盛んな子ども達がいたずらや悪さをするのも無理ないことなのかもしれません。
寺子屋の師匠は当然のことですが、厳しく指導し、ひどいいたずらや喧嘩を見つければ、子ども達に水の入った容器を持たせて、廊下に立たせておくということもしばしば行ったのです。手ひどい体罰は加えないが、必要な罰はしっかりと加えました。それを親達は感謝したのです。
謝り役の登場
寺子屋に通う子ども達は筆子と言いますが、寺子屋の師匠が筆子たちを叱る場合、まことに興味深い仕組みを用意していました。寺子屋における謝り役という仕組みです。筆子が師匠に叱られた時に、常に登場する役で、これによって問題は解決していくこととなります。
まず軽度のいたずらや喧嘩の時には、廊下に立たせておくわけですが、その際には筆子のなかの仲間や同輩が、謝り役となります。彼らが筆子達の前で、師匠に頭を下げて、是非、許してやって欲しいとお願いをし、それで師匠は許すのです。筆子達の共同責任というほど堅苦しい仕組みではなく、ともかく普段一緒に遊んでいる周囲の子ども達が、師匠に謝ることでひとまずは許すというプロセスなのです。
留置
もう少し悪いことをしたり、問題を引き起こしたりした場合には、その筆子は、寺子屋の勉強時間が過ぎて、他の筆子達が帰宅した後でも、家には帰さないという仕置きをします。それを留置と言います。今でも警察では留置所という場所を用意していますが、その留置です。この時には師匠の奥さんか、あるいは隣の年寄りがその謝り役となります。どうか許してやってくれと師匠にお願いをするわけですが、寺子屋の外から友達の筆子達がそれを覗いている姿が想像できますね。もちろん、師匠はあらかじめ、今日は誰々のせがれを留置するからと、奥さんや隣の年寄りに伝えておくのです。
机を背負って追放
さらに大きな問題を引き起こしたりした場合には、これは寺子屋を追放するという厳しい処分となります。暇を出すという処分です。この場合には問題を起こした筆子には、机や文庫を背負わせて家に帰すこととなります。この処分がされると、ただちにそれは近所に知らされます。これは大変だというわけで、当の筆子の親はまず近所のお年寄り連中に相談をし、一堂揃って師匠宅へ向い、丁寧に謝り、許して欲しいとお願いをします。暇を出された筆子は小さくなって皆の前で謝り、二度と悪さはしないと頭を下げるわけです。もちろん、その結果、筆子は許されて、再び寺子屋へ通うということとなります。
この謝り役の仕組みは、考えてみれば,なかなかよい仕組みであると気付きます。師匠と筆子の一対一の関係にすることなく、友達に関わらせ、師匠の奥さん、隣の年寄り、近所の連中が皆、第三の責任者として関わるというものですね。叱られる筆子はいやでも責任を感じてしまうに違いありません。現代のスーパー・クレーマーの片鱗も、そこには見出すことはできません。
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