産業技術博物館
美術館、博物館
最近は美術館や博物館を作ることが流行のようであって、とりわけ地方にそうした施設が多くなってきました。もちろん観光客をあてにしてのことなのでしょうが、正直言って、評価できる美術館や博物館に出会うことは少ないのです。ただ入れ物だけを作ったという状況でしょうか。それならば昔からある博物館は立派かといえば、そうでもありません。上野には国立科学博物館がありますが、その内容はお世辞にも誉められたものではないのです。昔から収蔵しているものをただ昔どおりに展示しているに過ぎず、内容は貧弱、展示の工夫ももう一つというところでしょうか。ドイツのミュンヘンにあるドイツ博物館やアメリカ・ワシントンのスミソニアン博物館と比較すると目を覆いたくなる貧弱さなのです。それでは日本に自慢できる博物館はないのかと言えば、あります。海外の博物館と比べてもひけをとらない技術博物館があるのです。
名古屋にある産業技術記念館
名古屋駅からも近い産業技術記念館がそれで、高く評価できる数少ない技術博物館の一つです。筆者は博物館と名がつけば取りあえずは顔を出し、のぞいてみようかと言うマニアであり、その経験の中から、世界でベストテンに入る技術博物館ではないか、わが国ではベストの技術博物館ではないか、とひそかに思っています。
この産業技術記念館はトヨタグループ13社の共同事業として1994年に設立されたもので、既に設立から20年を超すのです。場所は旧豊田紡織本社工場で、そのレンガの建物を一部使用した由緒があり、しかも外観も内部も手をかけて作られた博物館です。もちろん収蔵品及びその展示は高く評価でき、機会があれば訪ねられることをお勧めする次第です。
繊維機械館と自動車館
さてその内部なのですが、大きくは繊維機械館と自動車館とに分かれています。これはトヨタ自動車(株)が、豊田佐吉と喜一郎により創業された豊田紡織(株)や豊田自動織機(株)に源をもっていることにあります。豊田自動織機(株)自動車部が後に豊田自動車(株)に発展したのです。繊維機械館では明治初期の頃の織機やあるいは紡績機が展示され、なかには実際に作動している機械もあります。博物館で大事なことは、古いものをただそこに置いておくことではなく、可能な限り実際に動かし、実際の状況を理解できるようにすることですが、この博物館ではそれを実現しているのです。この繊維機械館では日本における明治から大正、昭和初期の繊維機械の技術の状況が実機に基づきほぼ正確に理解できます。筆者は技術史に関心があり、とりわけ明治・大正期の繊維機械の技術史に関心があるだけに、この繊維機械館は一日居ても飽きません。
G型自動織機
豊田佐吉の息子、喜一郎は佐吉の発明したシャトル交換方式の自動織機を改良していき、ついに大正13年に豊田G型自動織機を完成させます。世界トッププレベルの技術内容を持つ自動織機で、戦前の日本機械技術が到達した最高水準を示す機械と言ってよいでしょう。この豊田G型自動織機は日本の国立科学博物館にも、またロンドンの科学博物館にも収蔵展示されているのが、その高い評価を示す証左です。このG型自動織機の登場に衝撃を受け、インドにおける織機市場を奪われることを恐れた英国繊維機械製造企業はその対策に苦慮します。その結果が、この自動織機の基本技術に関する特許権実施許諾契約に結びつきます。豊田自動織機製作所は、インド以西での製造・販売を条件に英国プラット社へ10万ポンドで特許の実施を許諾するライセンス契約をしたのです。もちろん、それは英国プラット社からの要請に応えての契約でした。
鋳造、鍛造、加工技術の確立
このG型自動織機の生産で最も苦労したのが、大型鋳物の製造技術であり、切削加工精度の維持でした。織機の金属フレームは鋳物で作りますが、強度を確保すること、しかし鉄の消費量は少なくしなければなりません。ここに鋳物技術の大きな課題があります。なにしろG型自動織機は高さ1.5メートル、幅2メートル、奥行き1.5メートルはある大型の全金属性織機です。そのフレームは高い強度を有する鋳物製ですが、これを大量にしかも高い精度で生産しなければならないのです。記念館の中に、金属加工技術の実演コーナーがあります。鋳造、鍛造、切削加工の実演です。それを見ながら、喜一郎が苦労したであろう状況を理解することができます。ここで培った近代機械製造技術がそのまま自動車製造技術へとつながったのです。鍛造技術も自動車製造に関わっていったときの技術が示されていますが、これも現在の技術からすると手作業がほとんどで関係者は苦労したであろうことが推察できます。機械加工となると当時のグリーソン製輸入歯切盤やK&T社製の横型フライス盤が展示されてあります。
要するに織機製造技術から自動車製造技術への転換、そして海外技術への依存の状況などが展示内容から理解できる貴重な博物館なのです。
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